未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:一応、法によって一人の人間の完全なクローンの製造が禁止されているのもあるが、それを置いても人類軍はクローン兵士を運用してはいない。これは法を尊重しているからではなく、実際にクローンを作っても教育課程で性能や人格に大きなばらつきが発生する上に、それでいて傾向はある程度に通う為、脆弱な局面に陥った時に一気に瓦解するからである。複数の人間のクローンを組み合わせれば問題は解決するが、そんな事をするなら普通に徴兵された人間を訓練した方があらゆる意味で汎用性に富む。>
「な……」
その目の前の光景を理解するのに、しばしの時間が必要だった。
異星生物が同士討ちをする事はさして珍しい話ではない。火力が高い癖に狙いがおおざっぱな制圧級なぞは、頻繁に先行している先兵級を攻撃に巻き込んでもやしている。
それでも同士討ちは基本避けるのが前提だ。戦車級だってそのトゲに味方を巻き込んで串刺しにするのは避けるし、猟兵級だって邪魔な先兵級もろとも切り裂いたりはしない。
だが、目の前で繰り広げられているのは、同士討ち、なんてものではなかった。明確に、黒い怪物達は周囲に群がる異星生物を標的に攻撃を繰り出している。
鎌のような鉤爪が薙ぎ払われ、先兵級や猟兵級の破片が飛び散る。友軍から突如攻撃を受けた衝撃からか、彼らはあきらかに浮足立っており、まとまった攻撃も防御も退避も選べない状態に見えた。
「っ、いまだ、攻撃を続けろ! あの黒くてデカイ奴は撃つな!」
「ちょ、隊長!? まさか味方だとでも!?」
「少なくとも現状では敵でもない」
躊躇いつつも、部下達はアレックスの指示に従った。
誤射を避ける為にターボレーザーは使わず、それぞれが装備したレーザーライフルや機関銃で周辺の異星生物を排除する。
味方から攻撃された上に敵からも攻撃され、流石に状況が悪すぎると理解したのだろう。先兵級や猟兵級は蜘蛛の巣を散らすように離散を始め、数十秒後にはさっきまであれほどあふれかえっていたのが嘘のように地形に身を隠してしまった。
後に残るのは膨大な量の異星生物の残骸と血痕、そして戦闘行動を停止した代行級の姿だけだ。
排除対象の撤退を確認した8匹の代行級はしばしフリーズでもしたかのように最後の行動のまま硬直していたが、やがて動きの悪いロボットのようなぎくしゃくとした動きで姿勢を正した。それぞれがのそのそと歩いて、アレックス達の前に整列する。
出来損ないの隊列のような並びを見たイオリが、呆れたような声を上げた。
「……異星生物に歓待されたの、全人類で隊長が初めてじゃないですかね?」
「はは、よせやい、照れる」
欠片も嬉しそうにない口調で返すアレックス。
代行級はそんな一行の態度を確認すると、まったく無言のまま踵を返して背を向けた。そのまま、ゆっくりとどこかへと移動を開始する。
「追うぞ」
指示を待つでもなく、全員がその後に続く。
その向かう方向は、シルバが指示していた地点に対し少なくとも方角は一緒だった。
「さて、蛇が出るか鬼が出るか」
「なんですかそれ」
「私の故郷に伝わってる地球時代の言い回しさ。知らない?」
黒い異星生物の後を追って移動を開始した第77独立遊撃隊。
その彼らを、遠くから観察している影があった。
「……さしものミスターイレギュラーも、この距離では勘が働かないか」
岩陰に身を潜める、10人のパワードスーツ。異星生物にも人類軍にもその所在を悟られず密かに惑星リヴァイアサンに潜り込んだ特殊部隊員達。
その中の一人、かつてマイクと名乗った男は、スコープ越しに遠く20キロ先のアレックスの様子を観察しながら独りごちた。
「流石にそこまで行くと我々の立場が無いな」
軽口に応じたのは、かつてボビーと名乗った部隊員。今はヘルメットをかぶり個性を消しているが、付き合いの長いマイクには装甲の下でむっつりと口を引き結んでいるのが見えるようだった。
“レオニダスの兄弟”。
彼らがここに居あわせたのは偶然ではもちろんない。
総司令官たるもの、ありとあらゆる可能性を考慮しあらゆる手を打つもの。仮に惑星リヴァイアサンが人類軍に突破不可能な要衝であった場合に加え、異星生物の引き込みがアレックスを捕縛するものであった場合、人類軍は何も得られずに戦力だけを失う事になる。その最悪を避けるべく、せめて情報だけでも持ち帰る為に彼ら精鋭特殊部隊が送り込まれるのは当然の帰結だった。
彼らはアレックス達を囮に、高いステルス性を持つ特殊機体で秘密裡にリヴァイアサンに侵入していたのである。
「いやはや、まったくもって。そこまでされたら物理的な筋力以外、俺らの存在意義が無くなっちまう。それこそやっこさんのクローンでも量産すれば話は終わりだ」
「X1567。仮に特定人物のクローンを製造した所で、人格や能力まで同じ者が形成されるとは限らない。それこそ優秀な人材を普通に集めた方が、汎用性に富む」
「わかってるって冗談だぜボビー。だからこそ人類軍はクローン兵士を作らない、問題の方が多いからな。なんせ実証済みだ、流石人類の守護者、一通り真っ黒な事は試した後だってね」
「我々もその一部だがな。それとボビーはよせ」
「へいへい、わかったよX2067。ま、しかし妙な話だよな。やっこさんのクローン、山ほど作って実験したけどまるでダメだったらしいじゃん。クローンでダメなのは人格と能力の再現だろ? 肉体的要素は本物と大して変わらねえはずだが」
さらっと、アレックスの人間的尊厳がすでに踏みにじられ済みである事を口にするマイク。彼はさして感慨深くもなく、さりとて露悪的な意味合いも含めずに、淡々と今日の昼ごはんは何にしようかという気軽さで続けた。
「ゼノファージの移植、培養実験は根こそぎ失敗。移植したゼノファージが即座に活動停止、死滅するのは良い方で、ほとんどのクローンはショック反応で絶命。一方で本物はぴんぴんしてると来たもんだ。肝心のゼノファージも、無作為に抽出した他に肝心の本人から採取したのも使ったって話だぜ?」
「まあ、常人であればショック反応すら起きないのだから、実験としては0.1歩ほど進んだともいえるのでは無いか?」
「そりゃー、そうなんだがよ」
スコープを片付け、移動の準備を開始しながらもマイクはぼやく。
「やっぱあれかね、高次元視座理論的な、DNAとか肉体の性能とは別の所でやっこさんは特別なのかね? 遺伝子を隅から隅まで調べた所、中尉の故郷であるウィンザードの住民と血縁関係がかすりもしなかったらしいが」
「元々捨て子だったらしいからな。……親が何所からきてどこへいったかが気になるが、案外素養がないとして見捨てられた星見の子だったりするのではないか?」
「はは、そりゃあ面白い話だ。その捨て子に、今や星見の至宝とも呼ばれる魔女が首ったけになってる訳だ。なかなか痛快な話じゃないか?」
「……部下が全員惚れてるって話も本当だったようだな。本当に妙な星の元にいる男だ」
「そして今や、人類の明日を一番担ってる可能性があると来たもんだ。……正直、どう思う? 異星生物に、人類と交渉しようっていう気が、本当にあると思うか?」
「頭上のアイツを見る限りは、可能性はあるように感じる」
ボビーことX2067は、頭上を指さしながら端的に答えた。
彼らの視力をもってすれば、地上から衛星軌道上を見通すなど容易い。そしてこの惑星の衛星軌道上には大規模な異星生物艦隊……そして、あの超大型の新種が鎮座している。
「さっきから奴は人類軍の前進を咎めるような動きをしている。前に進めば撃ってくるが、膠着状態にある限りは防御フィールドを展開して様子見に徹している。十中八九は時間稼ぎだろう。少なくとも奴らの期待する何かしらが行われるまではな」
「まあ、そうだが……」
ヘルメットをかぶりつつ、マイクは口にしかけた疑問を飲み込んだ。
だとしても。
何故、アレックス中尉にそこまで執着しているんだ?
代行級に引き連れられて、アレックス達はリヴァイアサンの緑の大地を進んでいた。整地されていない起伏に富んだ地形をひゅんひゅんと渡る彼らを見失わないよう、スーツの力を借りて後を追う。27式が使えればもっと楽だったのだが仕方ない。ただシルバだけは負傷しているのもあって、海兵隊の一人が肩に担いでいる。
それにしても、先ほどから異星生物の類とは遭遇しない。代行級がわざわざ排除しに来たところを見るに、雑兵までは完璧な制御が効いていないようではあったが……。
「さっきの事がなければ、敵の本拠地にしちゃあ手薄だと思う所だったがな」
「あの襲撃が何かの事故だったんですかね? 少なくとも異星生物の首脳陣、とよべる存在は隊長に用事があるってのはホントみたいです」
「ああ……」
あるいは、とアレックスは口に出さずに考える。
別の、LORDやDEATHに該当するエージェントが改めて睨みを効かせているか、ってとこだろう、と。
先導する連中は、ベースになっているのがLORDというだけで本質はDEATHが陽動にはなった量産型と同じはずだ。つまり、奴らには真の知性はなく、指示が無ければ本能のままに暴れるだけの怪物にすぎない。先ほどのぎこちない隊列や戦闘終了時のフリーズを見る限り、外部から強制的にコントロールされているのだろう。つまり、今も近くにいる何者かが、こいつらをコントロールし、同時に周辺の異星生物を近づけないようにしている可能性が高い。
何者だ?
この惑星には宇宙を守っていたNEUROに、ミリシアを運んできたDEATHもいるはずだ。それに加え三匹目のエージェントも派遣しているとなると、いくらなんでもエージェントの大安売りすぎる。奴らは異星生物軍全体を通してみても非常に希少な存在のはず。それをこうまで一点に集めるものだろうか。
あるいはもしかして、前提が間違っているのでは……。
思索に入り込みかけたアレックスだったが、眼前で足を止めた黒い背中にそれを打ち切る。どうやら、ここが終点らしい。
停止する代行級の視線を追う。
丘を一つ越えた先に、何か構造物のようなものが聳え立っていた。上を見上げると首が痛くなるような高さの尖塔のようなもの。無機物であるにもかかわらずどこか有機的なそれは、虫の類が築き上げる巣のようにもみえた。規模が少々、けた違いだが。
ここが、異星生物の拠点。
そしておそらくここに、異星生物の核心……そしてミリシアがいるはずだ。
「……今行く、ミリシア」
当の入口は、その根元にぽっかりと空いた洞だった。飾り気も何もない、野生生物の住処だと言われたら信じてしまいそうである。
代行級に先導されて内部へと進んでいく。
内部は意外にも明るかった。何かしらの光源が周囲を照らしているようだが、見渡してもわかりやすい光源は見当たらない。素材そのものが光を放っているのだろうかと目を凝らしてみるが、そういう感じもしなかった。足元を確認してみると影は薄く、少なくとも多方向から照らされているらしいという事だけがわかった。
「……普通の明かりじゃないな。シルバ、わかるか?」
「……」
「シルバ?」
「っ、すいません、すこし、ぼうっとしていました」
「大丈夫か? 出血が多かったか……?」
現状だと、部隊の中で一番の重症がシルバである。目という、脳に近い器官を損傷している訳だし、そもそもフィードバッグでそうなったというなら脳もダメージを受けている心配もあるのではないのか。
アレックスはそちら方面では素人なので強く言えないが、あまり歩き回っても大丈夫な負傷には見えない。
しかしシルバは本当に大丈夫、と前置きした上で、歯切れが悪そうに懸念を口にした。
「私の体調が悪いというよりは、どうにもここの雰囲気がおかしなかんじでして……波が届かないと言いますか、周辺に力が満ち満ちているといいますか……とにかくおかしな感じがします。尋常の場所ではないでしょう」
「そうか……」
シルバが言うなら間違いないのだろう。そもそも、異星生物の最重要拠点と思わしきこの場所が、人類の感覚でまともな場所であるはずがないのだし。
もしかするとこの場所を照らし出す光源も、何かしらの得体のしれない力なのかもしれない。しばしば目撃した上位次元の力を引き出す場面では、何かと光がぴかぴかと光っていたものだ。
不安を抱きながらも奥へ進んでいくと、再び景色が一変した。
いうなればとてつもなく巨大な螺旋階段。内臓を撚り合わせたような足場が地の底までうねるように続いており、壁際には無数の卵型の物体がつらつらと足場にあわせて螺旋を描いていた。
屈みこんで感触を確かめてみるが、肉とも石とも判断しかねる手ごたえが返ってくる。表面を無数の緑色の毛のようなモノが覆っているのもあるが、あえて近い手ごたえを言うなら、柔らかい大理石だろうか? しかし石特有の冷たさは感じず、ほんのりと温かみを感じる。
そこで気が付いたが、感覚でいえば大分地の底に下ってきたはずなのに、湿度や温度に変化を感じない。生命にとって心地よい状態が、この塔の中においてはどこでも維持されているようだ。
……いうまでもないが、異星生物がそういった環境を気にする事はない。奴らは乾燥しきった砂漠の果てだろうと、息すら凍る極寒の雪原だろうと襲い掛かってくる。それだけ高い適応能力を持っている彼らに、敢えてこのように一定の環境を維持する理由はないはずだ。
ただ、この場所、今の条件において、その理由は一つ思い当たるものがある。
人質の生命維持という理由が。
「……やはりここに居るのか、ミリシア」
確信が深まるにつれ、疑問もつのる。この塔に入ってからはこちらのペースに合わせるように先導する代行級の背中に目を向ける。
彼らの狙いは、一体何だ?
アレックスの捕縛が目的であるならば、一向に襲い掛かってこないのはおかしい。そうなると、本当にザラガ総司令が指摘したように、人類軍との講和の準備が整っているのか?
しかしそれならば何故アレックスを選んだのか。ミリシアを誘拐した事との因果関係は? 確かに、アレックスがゼノファージに適応した唯一の人間だというなら、彼らからすれば会話が可能な唯一の人間という認識になるのかもしれない。だが事実として、アレックスは自分に何か変化が起きているか、といった点について自覚がない。異星生物の言語なんて猶更の事だ。
いや、ここまで来て、そう悩むものでもない、とアレックスは意識を切り替えた。
全ての答えは、すぐに全て明らかになるはずだ。その為にこの場所に来た。
脚を踏み外さないように螺旋回廊を下っていく。
流石に、部下達の方は多少の怯えや警戒を隠せないでいる。周囲を注意深く観察していた海兵隊の一人が、ふと壁際の卵状の物体に目を止め、何かに気が付いたのかしばし見入った。
「た、隊長……」
「どうした?」
「か、壁際のアレ……見てください……」
言われて、壁にずらりと並んでいる卵状の物体に目を向ける。
大きさは長辺3m、短辺2mの楕円形。色は琥珀のような深いオレンジで、表面はテカテカとしている。皮膜が分厚いせいで、中は濁ってあまり見えない。そんなものが、ずっと螺旋回廊の上から下まで続いており、装飾か、あるいは細胞の一部のように見える。
アレックスも気にはしていたが危険を感じなかったので流していたが、部下の様子が気になりじっと目を凝らして観察してみる。
数秒見ても、表面がテカテカしており中に何かがいるのかもよく見えない。が、じっと見ていると一瞬だけ卵状の物体が脈動するように震え、その拍子に表皮の反射が変わって一瞬だけ中身が見えた。
「な……」
一瞬見えた中身に絶句し、アレックスは他の卵にも目をむけた。壁際にできるだけ近づき、目を凝らす。
卵の中には中身があった。いや、卵なら当然の話なのだが、中に眠っているのは……。
「DEATHに、LORDに、他にも見た事のない異星生物……おいまて、ここにあるの全部……?!」
卵の中に眠っていたのは、細身の蟷螂のような爪を持った異星生物、六本の腕を持ち甲虫のような甲殻を鎧のように纏った異星生物、そして見た事のない、コウモリのような翼と長い尻尾を持った異星生物など、知っているもの知らないもの、様々な異星生物の姿だった。
一見すると、研究室のホルマリン漬けの標本が並んでいるようにも見える。それが、延々と並び……目測でも、1000を下回らない数の特殊個体が、この回廊の壁で眠りについているようだった。
こいつらが全部でてきたら一溜まりもない。そういった恐怖心が脳裏をよぎるが、理性でそれを抑え込む。
ここまできて連中がアレックス達を殺す意味がない。それに、見た目が同じでもまるで動きが違ったDEATHとその量産型のように、何かの縛りがあるのか同じ姿のエージェント個体は複数同時に目撃された事がない。今もアレックス達を先導する代行級も、見た目はLORDと酷似しているが全くの別物だ。
「おちつけ。刺激しなければ何もないはずだ、多分」
「そうはいいましても……」
落ち着かなさそうにきょろきょろと不安そうに周囲を見渡す部下達に、アレックスは悪いと思いながらも強く命じた。
「とにかく発砲は許可あるまで厳禁だ。いいな」
「りょ、了解しました……」
不安そうにしながらも、銃口を下げる部下に、それでよい、と頷く。ここにきて暴発的トラブルで全てがおじゃんとか、流石にあってはならない。
そうこうするうちに、螺旋回廊はその底へとたどり着いた。変わらず出どころの知らない明かりが照らす周辺は明るいが、上を見上げると流石に降りてきた上部は霞んで確認できない。
最下層は中心が広く、台座のように盛り上がっている。その中央に、探し求めた人の姿を確認してアレックスは駆け出した。
「ミリシア!」
先導していた代行級を抜き去り、一も二もなく倒れている彼女の元へと走る。目を覚ます様子もなく倒れたままの彼女を抱きかかえ、脈や体温を素早く確認する。
問題はない。少なくとも命に別状はないようだ。
「……っ、まったく、心配させやがって、この……」
腕の中でむにゃむにゃと眠りこけるミリシアの様子に、言葉に詰まるアレックス。だが彼は複雑な情動を抑え込み、気持ちを切り替えてミリシアの様子を確認した。
服装は、最後に連れ去られた時と同じ軍服姿。だが、しばし観察したアレックスは違和感にすぐ気が付いた。軍服はよく乾いて埃っぽい、おそらく連れ去られた時そのままのものであるのに対し、ミリシアは髪も肌もややしっとりしている。肌艶もやたらぷるぷるしていて、赤ちゃん肌のようだ。よくわからないが、アレックスの到着前に急いで服を着せたらしい事が見て取れる。
「……お前ら、一体ミリシアに何をした……? 一体何が目的で俺をここに呼び寄せたんだ?」
周囲を取り囲むように佇む代行級達に、無駄とわかっていて声をかける。彼らはここまでアレックスを導いた事で任務は完了したとでもいいたげに、壁際に一定間隔で整列してびくともしない。当然、アレックスの声に応える様子もない。
部下達も遅れて駆け付けてきた。アレックスとミリシアを庇うようにやや距離をおいて円陣を組み、取り囲む代行級に銃を向ける。
それでも彼らは動かない。
一体、何が目的なのかわからない。困惑しつつも、ミリシアを抱きかかえ、この場を離脱しようとしたアレックスだったが、ふとほほを撫でる風に気が付いて足を止めた。
そう、風だ。さわやかなそよ風のような。
そんなものを、この施設に突入してから一度も感じたことはない。僅かな本能の訴えかけに足を止めるアレックス。
彼の真横の空間が、何の前触れもなく歪んだ。
まるで絵を描いた紙をくしゃくしゃにまるめるように、見えている光景がめちゃくちゃにかき混ぜられる。それは一瞬の事で、何かしらの危機感を感じる前に風景は元に戻り……その代わり、さっきまで絶対に存在しなかったモノが、そこに佇んでいた。
一言で言えば、それは人型のエイリアンだった。
ラテックスのようなつるりとしたつなぎ目のない鼠色の肌。すらりと細長い手足に、ほどよくくびれた胴体。全体的にボディースーツのような印象を受ける胴体は首までであり、首元はジャンパーの襟のようになっていて、おさまるべき首や頭部の代わりに、オレンジ色の半透明な物体がそこに収まっていた。オレンジ色のそれは硬質のジェルのようで、特に人の頭をもしていたり生物の形状をしているという事もない。全体としては色合いと位置関係でオレンジ色の半透明生物がグレーのボディスーツを着ているようにも見える。それはあくまで見た目だけであり、その機能と形状に因果関係がない事もまた多少学があれば一目瞭然でもあった。
そんな不可思議な存在が突如、自らの隣に出現した事にアレックスは驚愕を覚える事もなく硬直した。完全に虚を突かれた。
「っ!」
そんな中で、いち早く動いたのがシルバだった。彼女が手にした高出力レーザーライフルを新たに現れた存在に突きつけるのを見て、思い出したように周りも動いた。海兵隊が、イオリ達が武器を手にする。
それに対し、未知の存在は指一本動かす事もしなかった。
正しくは、その必要すらなかった。
「 」
言葉ではない。無言の圧力とも違う。
突如として、頭に意味のない情報を詰め込まれた……そう表現するのが一番近いだろうか? 未知の感覚に意識を圧迫され、その場にいた人間が武器を取り落とし膝をつく。それは武器を構えていなかったアレックスも例外ではない。ミリシアだけは取り落とさないよう必死に抱きしめながら、彼は霞む視界でソレを見上げた。
「お前は……一体……?」
答えはない。代わりに、再び意識に割り込まれる感覚。
このまま精神を破壊するつもりか。恐怖に喉が引き攣るも、苦痛が続いたのは最初の数秒だけだった。すぐに痛みや圧迫感は去り、しかし頭の中に触れられているような不快な感覚は残る。最初はいわゆる痛みのピークを越えてしまったのかと感じたアレックスだったが、自身の思考が正常に回っている事を自覚して困惑する。
なんだ? 何がしたいんだ??
理解しかねる状況が続き、どうしたらいいのかわからない。困惑しきりのアレックスを前に、再び思考に介入してくる違和感が強まっていく。だが違和感はあるものの、今度は圧力を感じない。
『 X A の わ』
「?!」
自分の頭に、自分以外の意識が紛れ込んでくる。
訳が分からないが、そうとしか表現できない。最初は訳の分からない、怒りなのか悲しみなのか喜びなのかわからない感情とも呼べない何かが渦巻いているのだけが感じられたが、まるで拾い出すように、思い出すように、急速に混沌が形を成していくような感覚。
『これ 否 存在 否定 自己……』
『私 ハ 人間 希望 する 理解』
『応答 セヨ 人間。本存在 呼応 セヨ』
<解答 の 時 が 来た>