未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:この戦争の勝利条件を、人類軍ははっきりと共有している訳ではない。ある者は人類圏の異星生物の完全駆逐を目標とし、ある者はこれ以上の異星生物の侵入を阻止する絶対防衛圏の確立、ある者は存在するかもわからない異星生物中枢の撃滅を目標としている。>
マイク達の乗機は、コスモホークとも違う知らない機種だった。全体的に平べったく胴体の広い、エイのような見た目の航空機。部下達がほへーと観察する一方で、多少は軍事的、物理学的知識があるアレックスはその独特な形状の理由に気が付いた。
おそらく、これはステルス機だ。
異星生物にステルスが効いたという話は寡聞にして知らないので、おそらく同胞たる人類軍へのそれだろう。かつての惑星デュートリオンⅢでもこの機体で誰にも知られる事なく入星し、去っていったであろう事は想像に難くない。
しかしこの惑星に降下成功しているところをみるとそれだけではないだろう。なにかしら、異星生物にも通じるステルス技術を持ち合わせている可能性は高い。羨ましい限りだ。
「ほれ、じろじろ見てないでさっさと乗ってくれ」
「あ、ああ」
言われた通り、タラップを昇って機体内部に乗り込む。
内部は黒一色で、どこに何があるかもよくわからない。ついでに言えば滅茶苦茶狭かった。まあ考えてみれば当然の話だ、本来は彼らの部隊10人を収めればよい機体に、追加で9人も乗り込んでいる。しかもうち4人は大型のパワードスーツだ。流石に彼らからもクレームがはいった。
「悪いが海兵隊はスーツをここで放棄してくれ。機体が飛べない」
「……仕方ないわね」
海兵隊達自身、思う所はあったのだろう。彼女らのプライドそのものともいえるスーツを廃棄するという提案にも文句をいわず、各々が除装する。そうなると、彼女らの恰好は肌にぴっちり張り付くようなインナー一枚だ。少し顔を赤くして隅につめる彼女らに、イオリ達がジャケットを貸し出した。一着足りないので、アレックス自身もジャケットを脱いで渡そうとしたが、しかしそれは何故か断られた。
「え、なんで?」
「まあ、色々あるんで……。それより、ミリシアさんの方を見ておいた方がいいかと思いますよ」
パワードスーツを置いていくとなると、ミリシアを抱えて運ぶのはアレックスの仕事になる。正確には、イオリやニーナらもかさばらないタイプの強化外骨格を装備しているので候補にあがるのだが、ここは隊長権限でアレックスが買って出ていた。こういう時ぐらい、彼氏らしい事をしたいというまあささやかな欲求である。
しかしミリシア、救出してからもずっと眠ったままである。昏睡してるとかそういう感じではなく、時折もごもご口を動かして何ごとか寝言をつぶやいているので脳に異常があるとかではないのだろうが、呑気だなあを通り越して心配になってくる。実はこっそり起きていて、皆に丁重に扱われているシチュエーションを堪能しているとかじゃないだろうな、という考えがアレックスの頭をよぎった。流石に考えすぎか。
「よし、全員乗ったぞ」
「……のようだな。出すぞ」
最後にゴツゴツのパワードスーツを装備したマイク達が押し込むように乗り込んできてハッチが閉じる。格納庫はわずかな明かりもない完全な暗闇に閉ざされ、その中でウォオオオン……という独特なエンジン音が聞こえてくる。
感覚からして、助走もつけずにその場でホバリングしているらしい。重力下で垂直離陸から飛行に入れるとは、エンジンの出力が桁違いか、原理が根本的に違うかのどちらかだろう。なんだかんだで人類軍もまだいろいろ技術を隠し持っているんだなあ、とアレックスは口に出さずに感嘆した。
「そういえば、他に海兵隊の部隊が惑星降下を試みてたよな。あいつらはどうなったんだ?」
「惑星の防空にあたっていた異星生物艦隊に阻止されて撤収するか撃墜された。惑星に降下できたのは我々だけだ。……他人を気にする余裕があるのか? お互いに」
「ちょっと色々あったんで気になっただけだ」
少なくともアレックス達と敵対するつもりはなかったらしい共通体だが、他の人類にはどういう対応をするつもりなのか。それが少しひっかかっただけだ。
他に人間が取り残されていないならそれでよい。
質問に答えてくれたマイクの部下の一人は、なにか訝しむような沈黙を続けていたが、すぐに状況の変化に気持ちを切り替えた。
機体に振動が走る。エンジン音が先ほどの倍ほどに甲高い唸りを上げていた。どうやら惑星の重力圏を振り切ろうとしているらしい。この短時間で高高度に到達し、そのまま離脱できるとなるととんでもないエンジン出力だ。そんなものがあるならもっと一般にも配備してほしいなあ、と思うのは仕方がないだろう。
「惑星の成層圏を離脱する。……離脱した。このまま惑星周回軌道に出て、帰投する」
「敵艦隊は大丈夫なのか?」
「少なくとも降下時に発見された様子はなかった。中尉が乗っている事を向こうも把握している、そう滅多な事は……何?」
会話が途中で打ち切られる。小声で何事か呟き始めた様子を見ると、何か通信に対応しているのだろう。トラブルだろうか?
「どうした」
「……中尉、今からそこの展望ウィンドウを開く。そこから惑星リヴァイアサンが見えるはずだ。……見た方が早い」
「?」
彼らにしてははっきりしない言い方だ。それだけ異常事態が起きているのだろうか。
真っ暗な格納庫に、一筋の光が差す。閉鎖されていた窓が開放され、そこから外部の光が入ってくる。その光源は、すぐ近くにあるリヴァイアサンのものだろう。
何々? と興味深々の部下達を手で制して、言われた通り窓から惑星リヴァイアサンを確認する。巨大な苔玉のような緑色の惑星は、変わらずそこに存在していた。
その惑星全体が、ぼんやりと白色に発光している。
「……え?」
見た事のない現象だ。惑星がぼんやりと白い光に覆われる……そこまで考えて、しかし規模が全く違うものの、似たような現象そのものは何度か見ている事にアレックスは思い当たった。
異能生物の、超常能力の発露の前触れ。
「いや流石に冗談だろう?」
半ばすがるように呟くアレックスだったが、現実は無情だった。
白い光はますます光量を増していきリヴァイアサンを包み込む。緑色のリヴァイアサンの地表が白い光に完全に覆われ見えなくなったかと思った次の瞬間、見えていた光景は宇宙の暗黒へと切り替わっていた。
白も緑ももうどこにも見えない。
リヴァイアサンと呼ばれた惑星は、突如としてこの宙域から消失した。
あまりにもあっけなく。出来の悪い特撮映像のように。
「…………中尉。我々は悪夢を見ているのか? もしかして新手の細菌兵器の影響で、意識をうしなっているのだろうか」
「気持ちはすげーわかるけど事実だから受け入れて頼む。俺もできれば気絶したい……なんかいい薬、ない?」
「自決用のやつしか……」
「そうか……」
「寝て起きたら作戦前に戻らないだろうか」
「しっかりしろ、傷は深いぞ」
何が起きたかは理解している。理解しているからこそ認めたくない隊員とアレックスが、気の抜けたやり取りを交わす後ろで、イオリ達が「何ー? 何が起きてるんですか、見えないー」と騒いでいた。
これは、おそらく異星生物なりのパフォーマンスだ。
確かにアレックスは異星生物本体である超次元知性の事を、神の如き存在、と称した。称したが、だからといって手品のように惑星を消されてもどう反応すればわからない。というか、おそらくはリヴァイアサンそのものが、ああやってこの宙域に運び込まれていたのだろう。人類が血眼になって監視に勤しむ勢力圏内の星図に、突如として未知の惑星が発見された事自体が最初からおかしかったのだ。
なお情報を共有していたマイクの他の部下達は、あ、これ夢だ、と現実逃避に勤しんでいた。特殊精鋭部隊だって……受け入れられない事は……ある……。
そのころ外では、混乱する人類軍をよそに異星生物艦隊が撤退を開始していた。
惑星リヴァイアサンの突然の消失という信じがたい現実を前に人類軍が足並みを乱すのに対し、異星生物艦隊は予めそう決めていたかのように整然と粛々に長距離ドライブに移行する。その際に発生する重力震の影響もあって、人類軍艦艇は個々に身の安全を確保するので手いっぱいだった。
それでもごく一部の部隊、特に司令部直轄の艦隊はそんな中でも統制を取り戻し、撤収する異星生物艦隊に追撃を行った。
しかしその攻撃も、残念ながら満足な結果を出す事はできなかった。どうしても先ほどまでの攻防の流れを引きずってしまい、攻撃の多数は殿として防壁を貼り続けるNEUROに集中。司令部が統制を取り戻した頃には大多数の異星生物艦は離脱してしまった後だった。そして最後にNEUROが悠々と防壁で人類軍の攻撃を防ぎながら重力トンネルを展開、この場から逃げおおせてしまった。
あとにはただ、既知の宙域と、そこに漂う無数の残骸ばかりが残されたのだ。
オペレーション・タイダルウェイブは終了した。
少なくとも攻略目的地であるリヴァイアサンが宇宙の果てに姿を消してしまった以上、作戦完了とみなすほかはない。
最終的に、この艦隊戦において人類軍と異星生物群のキルレシオは、母数の違いを踏まえてもおよそ1:7。単純な戦績でいえば勝っていたと言えるし、人類軍の領域から異星生物軍が撤退したのだから最低限の戦略的勝利は得られたと言える。恐らく広報は、この戦いを人類軍の歴史的勝利と報道するだろう。
だが、その場にいあわせ実際に交戦した者の中に、そう楽観視できる者はいない。惑星リヴァイアサンの消失については硬く戒厳令がしかれ、徹底した情報統制が行われた。
そして始まるのは今後の対応の調整だ。だが当然ながら、会議は踊るばかりで遅々として進まなかった。
想定をはるかに超える異星生物の力を前にして、これまで以上の戦力を以てしての攻勢を意気軒昂と叫ぶ者もいたが、冷静に状況を俯瞰できる者の多くはそれを冷ややかに見るのみである。
現時点で、人類はその社会構造を捻じ曲げてまで異星生物との戦争に戦力を集中してきた。これ以上の戦力の集積には、人が人たりえる最低限の文明、社会をすら捨て去らなければ不可能だ。その結果勝ったとしても、そんなものが人類と呼べるのか。何より仮にそれだけの戦力を集中したところで、分が悪いと言わざるを得ない。
何よりも、生存圏の確保のための防衛戦ならともかく、攻勢に出た所で一体何をもって勝利とするのか?
人類の版図は縮小の一途をたどり、異星生物の支配域は広がる一方。そして彼らにはもともとの勢力圏がいったいどれだけ広がっているのかすら人類にはわからない。これまでは、異星生物の本拠地さえわかればあるいは、という思いもあったが、星一つを動かして見せたその力を目の当たりにした事でそれすら現実的ではない事を思い知らされた。多くの者は冷静に絶望し、勝利ではなく一分一秒でも人類という種を生き延びさせるためにはどうすればいいのか、諦観と思索に沈んでいった。
だがそんな者達の中で、何故今になって異星生物が本気を見せてきたのか、それまで何故実力を発揮してこなかったかについて思いを馳せられる者はごく少数にすぎない。そんなごく少数のうちの一人であるザラガ総司令の元に、衝撃的な情報をもってアレックスが帰還する。
彼がもたらすであろう情報。それが人類軍にどれだけの意味をもっているか、その価値を正確に把握できている者はまだ誰もいなかった。
人類軍西方総司令部。
大規模作戦を終えたばかりの司令部は事後処理に追われていた。被害の把握とその補填や、各隊からの報告の解析、失われた人員の補充と配置転換。
作戦司令部にとっては戦後も戦場であり、休む事など許されない。ただしく人類軍の大動脈である総司令部は、それこそ死人が出るかもしれないという忙しさに見舞われていた。ここにさらなる厄介ごとを持ち込む輩は、それこそ殺されても文句は言えない。
そんな中で、ザラガ総司令のオフィスは、嫌な沈黙に満たされていた。
居合わせているのは四人。ほかならぬザラガ総司令とその秘書である少佐、そしてアレックスと、彼をここまでつれてきたマイクを名乗る特殊部隊員だ。なおマイクは実はマイクではない事をアレックスはとっくに把握しているが、意地でもマイク呼ばわりしている。嫌がらせである。
閑話休題。
ザラガ総司令はデスクに座ったまま、アレックスからの報告についてまとめられた資料を閲覧していた。二度、三度と目を通した彼は、眉間をもみほぐすようにしながら深いため息をついた。
「……報告についてはだいたい理解した。……ああ。理解したとも……」
「総司令、御気分の方がすぐれないのでしたら……」
「そんな軟弱な事を言っていられる場合か。わかっておるとも、今が決断すべき頃合いだというのも」
そうはいいつつも、ザラガ総司令には常の覇気がない。それだけショッキングな報告内容だというのは、ほかならぬアレックスが一番よく分かっている。
ザラガがぎろりとアレックスに目を向けた。
「正直、三流SF作家の新作原稿を持ち込まれた、と思いたいところだ。異星生物の正体が超次元に存在する情報生命体だとか、ほとんど神に等しい存在だとか、人間と異星生物の混ぜ物だとか、嘘や冗談にしても限度というものがある。……一周まわってリアリティがあるぞ」
「ええと、まあ。……それは私自身そう思います……」
それは報告書をかきながらアレックスも何度も思った事だ。真面目に報告書をかいているのに、なんだかパルプフィクションの脚本家になった気分だったのをよく覚えている。が、残念ながらこれを真実だと受け取ってもらわなければ色々と話にならない。
「勘違いはするな、私とてお前が嘘や冗談を言っているとは思っていない。ただ、少し理解するのがなかなかな……。少佐、お前はどう思う?」
「私ですか?」
急に話を振られたフォンブラウ少佐は、少し考えるそぶりを見せた後に、特に動揺した様子もなく持論を述べた。
「確かに一見荒唐無稽ではありますが、納得のいく点も多くあります。異星生物が何らかの情報ネットワークをもっているのでは、という点までは、我々の科学者も仮説とはいえたどり着いておりましたので。ただそれが単純な電気系ネットワークではなく、星見のそれと似た高次元に跨ぐ物だとは流石に誰も想像しておりませんでしたが」
「ふむ」
「それにオペレーション・タイダルウェイブで目撃された新たなるエージェント個体、シルバ星見の言う所のNEUROの力を見せつけられた後だと、異星生物があらゆる面において人類のそれを凌駕した力を持っているという点も、まあ納得せざるをえません。そもそも人類は異星生物相手に戦略的撤退を繰り返すばかりでどんどん生息圏を削られてきたのですから、単純にあちらの方が強い、というのは認識としてもっているべきでしょう」
「……やはり若いというのは柔軟だな……」
すらすらと語るフォンブラウ少佐に、ザラガ総司令は「私も年か……」とでも言いたげにぼやいた。そういえば、この人は一体いくつなのだろうとアレックスはふと訝しんだ。一般兵でもそこそこ薬剤で身体管理されている訳だし、総司令ともなるとアンチエイジングとかいろいろやっていそうである。恐らく見た目通りの年齢ではあるまい。
「しかし、だ。異星生物との停戦、その可能性ともなると、一気に話が進みすぎるとは思うが」
「……私としては、そこで手っ取り早く人類を鏖にしない異星生物の考えにこそ驚嘆しますね。よほど人格者なのか、あるいはそもそも人類など彼らにとっては生きていても死んでいてもそう変わらない、路傍の石程度の存在なのか。むしろ後者であったほうがよほど話が分かりやすいという物です」
「わざわざ人類軍との共闘を申し出てきたのもいったいどういう思惑なのか……。身内の問題なんだから人類軍も責任を取れ、という事か? 逆にあちらからすれば手間がかかるだけだろうに。そもそも停戦といっても、どのぐらいの規模でどのぐらいの期間なのか。そこがはっきりせねば動こうにもな……」
少なくともザラガ総司令達はアレックスの報告を軽視してはいない。むしろ重要視している。が、だからこそ、どうにも判断を決めかねているといった様子だった。
「そもそも堕ちた星見はその隠密性が厄介だった。今となってはそこまで脅威に思う事もないと思うが、異星生物は一体何をそこまで警戒しているのだ?」
「それについては直接交戦した者に聞いてみてはいかがでしょうか。ウィンザード中尉、堕ちた星見の何を異星生物は警戒しているのだと思う?」
「えっ、あ、はい」
尋ねられて慌てて考える。
……堕ちた星見は確かに恐ろしい敵だった。魔法のような力を使い、人類軍を静かに汚染していただけでなく、直接戦闘においても見えない防壁を貼ったり怨霊のようなものを操ったり、とにかく人知を超えた恐ろしい敵だ。
が、それはあくまで個体戦闘力での話であり、かつ、人類軍における脅威である。人類からすれば抗う事が難しいだろう洗脳能力や認識操作も異星生物には通用しないだろうし、単体戦闘力でも代行級を宛がえばなんとかならない範囲でもないというのは実際に見ている。その気になれば異星生物側は代行級をいくらでも量産できるのだから、絶対数が限られている堕ちた星見はどれだけ強くても最終的に敗北するしかない。
異星生物からすれば、堕ちた星見はその気になれば滅ぼせる程度の相手でしかないはずなのだ。それなのに人類に協力を求めるとすれば、その理由は、おそらく。
「……拠点が分からない、とかじゃないでしょうか」
アレックスに思いつくのはそのぐらいだ。
堕ちた星見が、まだ見ぬ戦力を隠し持っている可能性はあるが、証拠がない以上確実に言えるのはそれぐらいだ。
「ふむ。拠点か」
「はい。連中がどこを拠点にして邪悪な策謀を巡らせているのか、それについての情報が異星生物には足りてないんじゃないでしょうか。モルガンヴェール襲撃作戦も、人類軍が一手先を打つ感じでしたし、連中を一掃する上で人類軍からも情報を提供してほしい、という事ではないかと」
「一理ありますね」
フォンブラウ少佐が納得したように頷くのを見て、アレックスは内心ほっとした。どうやらそう的外れな事は言わずに済んだようだ。
「実際、あれから調査を進めて、連中の拠点のある宙域はおおむね絞り込めています。取引情報としては十分でしょう」
「問題は、実際にどう異星生物と停戦協定や作戦について談義するか、だな。そのあたりには触れていないのだろう?」
「はい。あくまで一度話を持ち帰る、という事で終わりましたので」
「となると、近い内に再接触があるだろうな……。まあ、奴らからすればそう難しい事ではないかもしれんな。件のDEATHでも差し向ければ済む話だ」
「あまり面白い話ではありませんがね」
憂鬱そうな顔でつぶやくフォンブラウ少佐にアレックスも内心で同意する。実質、敵の破壊工作員がほぼ素通り状態なのを認めざるを得ないというのは非常に深刻な問題だ。かといって、どうしようもないのが現実だ。すでに何人もの重要人物を暗殺されてきた上、ミリシア誘拐においては量産型まで大量に潜り込まれていた。一応軍も赤外線や質量検出等のセンサーで対策を進めているが、どこまで役に立つことやら。最悪、わざとひっかかって陽動を行ったりする知性がある相手だ。本当にタチが悪い話である。
「まあ、いい。概ね話は分かった。……ここからは我々の仕事だ、ウィンザード中尉はしばらく待機命令を下す。どうするか決まればすぐにでも動いてもらう事になる、しっかり今のうちに休養しておけ」
「はっ」
「では、私も失礼します、閣下」
「うむ」
総司令の部屋を後にする。アレックスに続けてマイクも退室し、扉が閉じてしまうと廊下はアレックスとマイク二人だけになる。
清掃の行き届いた司令部の廊下に、草臥れた軍服のアレックスとパワードスーツ姿のマイクはひどく浮いている。背後からガションガションと足音を立ててついてくるマイクに、アレックスは足を止めた。
「……お前、多分だけど表向き存在してない部隊の一員だよな? 司令部ほっつき歩いてていいのか?」
「あまり良くはないぜ、兄弟。実をいうと総司令部に顔を出したのも初めてなんだ。基本的に通信でやり取りしていたからな」
「ふーん……」
まあ考えるでもなく、今の時間帯は人払い済みなのだろう。司令部にしては、人の姿が無さすぎる。行きの時はもうちょっと賑やかだったので、帰り時間に合わせて気を使ったのだろう。
恐らくだが、マイク達が何かしら人道に反する強化措置を施された兵士だというのはアレックスも予想している。別に人類軍も慈善事業じゃない、勝つためならなんだってやっているだろう。それはそれとして、名目もそれなりに大事、という事だ。
いくら人類の為とはいえ、意味もなく味方を見捨てたり殺したり実験台にするような軍では誰も戦えない。異星生物の侵攻時、それが分からなくて滅び去った経済圏もある。
「……答えられなかったら別にいいんだけどさ。お前ら、惑星ワーロックで降下強襲やった事ある?」
「そいつは機密情報につき答えられない。で、もし俺達がその惑星で降下強襲やってたらどうなんだ? 恨み言でもあるのか?」
「いんや。いやさ、私はそこで殿やって三つ目の獅子勲章貰ったんだけどさ、割と九死に一生だったんだよ。個人的には完全に死んだと思ってたんだが、異星生物の集結地点に大気圏から強襲かけた奴らがいたっぽくてさ、おかげで追撃が途絶えて助かったんだわ。もしお前らがそれに関わってたんならお礼いっとこうと思って」
「んー。我々が参加したかどうかを知る権限は兄弟にはないんだわ。ただ、まあ、なんだ……」
「?」
「……我々がもし参加していたとして。おかげで生き延びた者に礼を言われたら、悪い気はしないだろう」
思わず振り返るアレックス。マイクはフルフェイスのヘルメットをかぶっていてその表情はうかがえなかった。
「ふふ、そうか。悪い気はしないか」
「あくまで一般論だぜ。我々がその作戦に参加していたかどうかはノーニード、だ」
「いや、それでいいよ。あんがとよ」
「へいへい」
<戦場のひみつ:兵士にとって肩を並べて死地を共にする戦友は特別な存在である。後方に残した家族や恋人よりも、隣で共に銃を取る戦友こそが兵士にとってもっとも身近な人間であるのだ。下士官はその事をしばしば忘れがちだが、人間の情というものは無視できない要素である。>