未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:現在の人類の勢力圏は、最初の植民惑星にして首都である“セカンドテラ”を中心にして、西・東・北・南と定められている。セカンドテラは今は一般市民の住む事のない特別許可惑星となっており、人類軍の頂点である“黄金卿”の階位にある者達でさえ地表に住む事はゆるされず、衛星軌道上を周回する人類の叡智の結晶たる宇宙都市に座している。>
『血と鋼の大渦よ……魂の収穫者よ……』
格納庫に強風が吹き荒れる。隔壁に穴でも開いたかと錯覚するような吸引する力に、アレックスはとっさにフォンブラウ少佐を抱えつつマイクにしがみついた。マイクも足裏の電気磁石を起動して床にしがみつく。
強風の中心は積み上げられた死体の山。そこに、吸い寄せられた格納庫内の機材、ランチがあつまっていく。それらはすさまじい圧力に構造を破砕され、無数のジャンクとなると死体と混ざり合って攪拌された。骨と鉄が軋みを上げ、不可解な圧力で変形しながら形を成していく。その流れに、奇怪な詠唱を続ける妖術師すらも巻き込まれていく。へしゃげたフレームに巻き込まれ、その四肢が千切れ、血と肉が弾けて鉄の挽肉に刷り込まれていく。
にも拘わらず、朗々と響く詠唱は止まらなかった。
『聖なる3つの生贄によって……我ら悦びの宴を成さん……』
バキバキと音を立てて、8本の足が格納庫の床に降り立つ。腹のない蜘蛛のような形状をした鉄塊の中央から、血と肉が盛り上がって人の上半身のような形状を形作る。子供が粘土細工で作ったような出来損ないの人の半身が、鉄がネジくれてできたハンマーを手にした。
魂を軋ませるような不協和音を響かせて、血と鉄と肉を寄り合わせて作った怪物が咆哮した。
「マジモンの化け物かよ!! パルプフィクションに帰りやがれ!」
マイクが罵声と共に引き金を引いた。直撃すれば装甲兵器にだって痛撃を与える大口径ライフルの砲弾が、半人の怪物に叩き込まれる。
が、一見すると防御力皆無に見える剥き出しの肉とへしゃげた鉄の怪物は、その攻撃をものともしない。実際には弾丸の直撃とその起爆によって表面を破砕されながらも、破壊された部分が瞬く間に修復してしまう。異星生物だってここまでの再生力は持ち合わせていない、というか金属部分も植物の芽のように再生するのは一体どういう原理なのか。
明らかに生物の新陳代謝とは違う。肉と鉄を捏ねた汚物を、見えない力が生き物のように動かしている、とアレックスは印象を受けた。
格納庫の床を揺らして巨体が突っ込んでくる。
一瞬のアイコンタクトと共に、マイクと共に左に回避する。この状況で分散するのは唯の愚行だ。
三人が回避した直後、怪物が入口付近にとまる事無く激突した。壁が凹み、ゲートが崩落する。唯一の出入口を完全にふさがれた事に気が付いてマイクが舌打ちした。
「あの腐れ野郎の意識が残っているのか? 見た目に反して考えて動いてそうだぞ、あれ」
「司令部にあふれかえっていた化け物とはあらゆる意味で違うという事か」
ダメ元で射撃を続けながら互いに吐き捨てる。異星生物と違って銃で撃たれても死んでくれないのは単純に理不尽すぎる。いや、アレックスの想定が正しければあれは生きているとは到底いえないが……だとしたらどうすれば活動を停止するのか。
怪物が吠えて再びこちらに突進してくる。
周囲を素早く見渡し、アレックスは声を張り上げた。
「キャットウォークの上へ!」
格納庫には大型機の整備用の足場がある。一見頼りないが、それが備え付けられている基礎構造は万が一大型機が事故を起こしても被害が拡大しないように頑丈に作られている。一時凌ぐには悪くないはずだ。
三人で階段を駆け上がり、上へと逃げる。間一髪で怪物が突っ込んできて、基礎構造を大きく揺るがした。手すりにしがみついて振り落とされないようにしながらも、どんどん上へ、先へと昇っていく。
「見た目が蜘蛛なだけで、登攀能力はないなコイツ!」
十分な距離を取った所で、眼下の怪物に向けて射撃を再開する。体表で弾ける爆発に、怪物が不愉快そうに体を捩じった。
「多少は効いているか……!」
「っ! まずい、距離を取れ!」
怪物がハンマーを振り上げて、基礎構造にたたきつけた。凄まじい轟音と共に、基礎がへしゃげ、キャットウォークが崩壊する。マイクの警告のおかげで隣のキャットウォークに飛び移ったアレックス達を、不揃いの眼窩が見上げて笑った。
「くそっ、馬鹿力め!」
「次が来るぞ、走れ!」
負傷者であるフォンブラウ少佐を抱えたアレックスが先行し、マイクがその後を射撃を行いながら後退する。怪物はマイクの阻止射撃でダメージを受けながらも、ガレージをへしゃげさせながらあとを追ってくる。
アスレチックを利用した追いかけっこの様相だ。だが、それもいつまでも続かない。
「行き止まりだ!」
キャットウォークの先端が途切れ、そのすぐ先がアクリル板を隔てて宇宙空間に繋がっているのを見たアレックスがマイクに叫ぶ。
振り返った先では怪物が力任せに引きちぎり脱落していく足場から、マイクが走って離脱しているのが見えた。怪物は相変わらず昇ってこれないようだが、このままだと足場そのものを引きずりおろされて床に落下する。猶予はあと数秒もない。
「……アレックス中尉。あそこのパネルを打て」
「フォンブラウ少佐? いや、あそこのパネルって言われても」
「あれだ。反対側の壁の、非常灯の下にあるパネルだ。わかるな?」
言われて目を凝らす。
確かに遠く反対側の壁面に赤いランプが回転しており、その下に何やら警告の刻まれたパネルがある。流石に遠すぎて文字までは読めないが……。
考えても仕方ない。アレックスは言われるがままに引き金を引いた。流石に距離があって初弾は命中しなかったが、続く3発目がパネルを射抜いて穴を開けた。
「これでどうなるんです?」
「格納庫内の人工重力がオフになる」
「……マイク!」
「聞こえたぜぇー!!」
重要な情報を相方に叫ぶ。後方ではしつこく腕を伸ばしてくる怪物をマイクが文字通り足蹴にしているところだった。話を聞いていたマイクは躊躇なくへしゃげたキャットウォークから飛び降りる。
ふわり、と臓腑が腹の内で浮いてくる感覚。独特の浮遊感に、格納庫内の重力が消失したのを認識する。他のエリアの人工重力の影響が残っているのか、完全な無重力ではないようだが、それでもふわふわと格納庫内の残骸が浮かび始める。アレックスも壁を蹴り、反対側の壁へとフォンブラウ少佐を抱えて移動する。
ちらり、とマイクに視線を向ける。
「……水を得たなんとやらか」
視線の先では怪物とマイクの激闘が繰り広げられていた。壁を床を蹴り飛び掛かるマイクの打撃が、何十倍もあるはずの怪物を打ちのめしている。怪物もマイクに反撃しようと重機のような足を振り回すが、マイクはバックパックからの推進剤の噴射で即座に軌道を変えて回避する。もともと重力下で数百キロのパワードスーツを高機動させるだけの補助推進とパワーを有しているのだから、無重力ともなればその軛を外されて縦横無尽に機動している。
普通、無重力になれば動けなくなる兵士がほとんどなのだが、マイクはそのあたりみっちり訓練をしているらしい。対して巨大な怪物のほうは明らかに無重力に翻弄されていた。力強く床を蹴っては反作用で浮かび上がり、宙で無様にもがいている。
戦場は完全にマイクの側に傾いた。
おぼつかない動きからハンマーで彼を打ちのめそうとする怪物に対し、ぐるりと体を回転させて回避しつつ腕をハンマーにかけるマイク。彼はそのまま怪物の頭を足蹴にして思い切り蹴り飛ばし、腕からハンマーをねじりとった。自分の何倍もある巨大な得物を全身を使ってハンマー投げのように振り回して叩きつけ、怪物の半人部分を叩き伏せる。そのまま床に全身を叩きつけられた血と鉄の蜘蛛の体から火花が散った。
「……すっげ」
流石にあっけにとられるアレックス。強い強いとは分かっていたが、ここまでとは思っていなかった。もしかするとアレックスが近くにいたせいで今までは実力が発揮できていなかったのではないかとも考えられる。バックパックからの噴射をともなう戦闘機動は、生身の人間には非常に危険だ。
「流石に特別扱いされるだけの事はあるんだな」
「……そういう君は彼らの一人を一本背負いしたと聞いたが」
「流石に背負い投げはしてませんよ、腕か背骨が折れます。あれはいってみれば勢いを利用した空気投げみたいなもんで。二度はできないです、あの時はたまたま」
アレックスの言葉にフォンブラウ少佐が痛みを堪えるような苦笑を浮かべる。
納得してないなこれと思いつつも、アレックスは怪物に視線を戻した。
人型の上半身を叩き潰された怪物は、蜘蛛状の下半身をべったりと床に張り付けて沈黙している。大してマイクは一旦距離を取り、大型ライフルによる追撃を敢行している。死んだふりからの反撃を警戒して安全策を取るのは良いことだが……そもそも、あれがどれぐらいダメージを受けたかは見た目からは想像できない。本当に身動きできないほどの損傷を受けたのだろうか。
ライフルの攻撃で背中部分の構造がはぎ取られる。ベリベリとはがれたトゲのように変質した鉄材、その下に無数に光る球体があった。
目。
それが全て、じっとアレックスの方を見つめている事に彼は気が付いた。
「やべっ!」
咄嗟にフォンブラウ少佐を抱きかかえて壁を蹴る。直後、さっきまで伸びていたのが嘘のように俊敏な動きで怪物が床を蹴った。多少もたつきながらも高速で迫った巨体が、一瞬遅れてアレックス達のいた場所を巨大な肢で貫いた。
宙に漂う残骸を蹴って、あわてて距離を取ろうとするアレックスを、怪物の目が逃さず見据えてくる。再びの跳躍から、眼前に足を一杯に開いた巨大な拳のようなシルエットが迫ってくる。
早い。アレックスも残骸を蹴り渡りながら加速するが、あっちのほうが力が強い分、跳躍が早い。あと数秒で追いつかれる。
視界の端でマイクがこちらに向かってくるのが見えたが、速度を考えると間に合わない。彼の体躯では、アレックスのように残骸を小器用によけられない。
万事休す。
2秒後にはバチンと閉じた鋼鉄の足に握りつぶされる自分の姿をアレックスは幻視した、その瞬間だった。首にまいた通信機に、強いノイズと、誰かの言葉が入った。
『伏……て、……長!!』
「……!」
咄嗟にフォンブラウ少佐を抱えたまま怪物に背を向ける。
だから次の瞬間起きた事は、アレックスは直接目にしていない。
司令部の外。宇宙空間から、超硬アクリルを貫いて無数の火線が伸びた。戦車の装甲も貫くそれは、有害な宇宙船や小さなデプリを防ぐアクリルを容易く貫き、怪物の肉体を強かに打ち据えた。爆発のように火花が散り、その衝撃で怪物がもんどりうって吹き飛ばされる。
いくつかの破片が散ったが、身を伏せていたのが幸いした。破片はボディアーマーの背部やヘルメットにあたり、貫く事はなく乾いた音を立てるのみ。
その直後、風穴が空いた壁面の損壊部に凄まじい勢いで格納庫内のものが吸い出される。アレックスも体を持っていかれそうになったが、数秒の遅れでたどり着いたマイクがその体を抱きかかえ、最後の推進剤を使い切って壁にしがみついた。壁際にたどり着きさえすれば、彼はブーツの電気磁石で体を吸着させ、アレックスとフォンブラウ少佐の体をしっかりと支えた。
対して、誰にも助けてもらえなかった怪物は、吸い込む力に抗えなかった。肢を蠢かしての必死の抵抗も空しく、砲撃によって開いた大穴から宇宙空間に吸い出されていく。その巨体が通り抜けた直後、測ったように緊急閉鎖システムが起動。無数のシャボンが放出され、開口部でくっつきあって破損部分を塞いだ。
残ったアクリル窓から、宇宙空間に吸い出されジタバタとしている怪物の姿が見える。そしてその背後に、すうっと虚空から浮かび上がるように姿を見せるのは、見覚えのある機影だった。それも、つい最近の事である。
「あれ、お前らんとこの……」
マイク達がのっていたステルス機だ。見ている前で機体下部のハッチが開き、そこからミサイルが展開された。宇宙を漂流する怪物に、容赦なく複数のミサイルが撃ち込まれる。
爆発。
強力な酸化剤を添付された爆薬は、真空の宇宙空間でも灼熱の花を咲かせた。有機物は超高熱によって欠片も残さず焼き尽くされ、金属は沸点を越えて蒸発する。再生力にモノを言わせる怪物といえど、一瞬で全てを消し飛ばされてはどうしようもない。
真空の宇宙では、どんな爆音も衝撃も届くことはない。派手な爆発の閃光とは裏腹に音一つ聞こえてくる事はなく、醜悪な怪物は宇宙の塵と消えた。最後の断末魔すら、どこにもとどかずに。数秒遅れて、無数の破片がアクリル窓を小さく穿ち、細かいひび割れがアクリル窓をくすませた。
少しだけ、アレックスは内心で冥福を祈った。怪物ではなく、その肉体の一部に利用された司令部の士官達のそれを。
異星生物との戦争で、無残な死を迎える事はある。だが死してなお、遺体を悪辣に利用される事はなかった。少なくとも異星生物達は、死者の尊厳を無駄に辱める事はなかったのだ。
一しきり黙祷をささげ、アレックスはアクリル窓越しに滞空するステルス機に目を向け、マイクに目を合わせた。彼は首を振る。
「俺はしらねえって。救援頼めたならちゃんと言うさ。そもそも、通信途絶してた訳だし……」
「だよなあ。……俺達の通信が途切れたのを見て、自発的に救援に来たとかは?」
「にしては来るのが早すぎる。もっと前に異常を察して大急ぎですっとんできた事になるが、うちの連中そこまでフットワーク軽くないぞ。一応機密部隊だからな、よほどのごり押しをされなきゃ動けん」
「だよなあ」
頷きつつも、アレックスの脳裏にはそのよほどのゴリ押しを出来そうな権限を持っている銀髪の魔女の姿がチラついた。
いや、しかし。彼女でも流石にこの事態を見通す事はできなかったはず。少なくとも司令部に何人かいたはずの星見は一人としてこの状況に対応できた気配はなかった。
何か別の、堕ちた星見の動きに詳しいツテが別にあったなら話は違うかもしれないが……。
「まあ、本人達に聞けばいいだろう。早く発着デッキを開放してやれ」
「了解しました、少佐」
もう一度、ちらりとステルス機に目をむける。圏内仕様の機体と違い、宇宙船やその他に対する防御を万全にする必要のある宇宙戦闘機のキャノピーは外側からは透視できない。だがそこに、なんだか覚えのあるシルエットを見た気がして、アレックスはもしかして、と考え、馬鹿馬鹿しいと却下した。
いくら部下達が無駄にバイタリティがあるとしても、特殊部隊の機体を動かしてかけつけてくれたなんて、まあ都合のよい妄想にすぎない。
「やれやれ。この状況で人肌恋しいとか、俺もまだまだだねえ……」
結論からいうと、妄想は事実だった。
ステルス機に乗り込んだアレックスを待っていたのは、こちらにむけて走ってくる恋人の抱擁だった。状況を把握する前に抱きつかれて後ろにたたらを踏むアレックス。
「わ、わぷぅ……」
「良かった……無事で……!」
「ああ、悪い。心配をかけたな、ミリシア……」
涙ぐんだ瞳で頷くミリシア。異星生物の拠点から救助された後も眠り続け、医療設備に運び込まれて以来の彼女の元気そうな姿に、アレックスの方こそ無事でよかったと内心胸を撫でおろした。
そんな二人の背後で、ゴホン、とマイクがわざとらしく咳をする。
びくっと反応したミリシアが気まずそうに体を離した。
「仲睦まじいのは結構ですがね。とりあえず状況を説明してくれませんかねえ?」
言いながらマイクの視線が窓から外を見やる。
視線の先、暗黒の宇宙空間に突如戦艦のシルエットが浮かび上がる。正確にはこれまで消灯していた識別灯が一斉に点灯したのだ。その艦は、レーダーにも映らず、太陽の影に入ってしまうと目視も難しい漆黒に彩られた特務艦である故に。
特務艦“スクリーム”。かつてアレックスも搭乗した事がある、アリステラの専用艦である。
ステルス機を収容後、スクリームのブリッジでは早速ミーティングが行われる流れになった。
参加するのは、アリステラ、第77独立遊撃隊、“レオニダスの兄弟”、そして負傷を押してフォンブラウ少佐だ。
少佐に関しては満場一致で医療室で寝ていてください、という意見が飛んだが、フォンブラウ少佐は無理を通して会議に並んだ。彼の意思は固く、考えを改められないと見た一行は手早く会議を終わらせる方向で意見をまとめた。今もブリッジの外では医療班が待機している。
「まずはこのメンツが揃った事情について軽く説明しよう」
話を切り出したのはアリステラの司令官だ。彼はちらりとマイクに目を向けたが、すぐに逸らした。
「まず最初に動いたのは第77独立遊撃隊だ。彼女らは何らかのツテで総司令部で発生する異常を警告され、しかし単独では動けないためにまず我々に連絡を取った。以前共同作戦を行った際、アレックス中尉とシルバ星見には連絡先を伝えていたからな」
「我々“レオニダスの兄弟”の待機メンバーに連絡が来たのもそのタイミングです。シルバ星見経由で、戦力として招集がかかりました。我々は総司令部の命令以外を受けませんので、当初は断るつもりでしたが……話の内容が内容でしたので、現場判断で合流を決断しました」
「それ、部隊長の俺が一番不思議に思ってるんだが、何を言われたんだお前ら?」
疑問を呈するのは当然、ほかならぬマイクだ。助かったとはいえ、部下がアリステラと一緒に行動しているのを一番不思議がるのは彼だ。“レオニダスの兄弟”はその出自、運用のため、例えアリステラ相手でもその存在は秘匿されてきたのだ。
マイクの質問に、ボビーを名乗る部下が答える。
「異星生物本体からのホットラインによる警告だったからです」
「はぁ?」
マイクが反射的にアレックスに視線をむける。アレックスは違う違うと首を振る。
「ホットラインって、誰に、どうやって。異星生物が?」
「……私です」
おずおずと手を上げたのは、驚くべき事にミリシアだった。アレックスもぎょっとする。
「え、どういう事だ?」
「その、上手く説明できないんですけど……私と、あの子……共通体? には、なんかこう、精神的な繋がりがあるみたいで……。親子だからかどうかは分からないんですけど、意識の一部が繋がってる感じがあるんです」
「おい待て大丈夫なのかそれ」
異星生物の意識とリンクして脳を破壊されかけた経験があるアレックスが顔色を変える。ほんの一部とはいえ、あれと繋がっていたら人間の脳が耐えられるはずがない。
「そこはその、すいません。よくわからないです。私がずっと眠っていたのと関係があるのかもしれませんけど……。その話はあとで。とにかく、共通体が私に呼び掛けてきたんです。隊長が、ううん、人類軍全体が危ないって」
「それで私が持ちうる連絡先で信用できるツテに話を通しました。状況はわかりませんでしたが、話の内容が内容なので機密部隊でなければ信用されないと思いまして。一般兵相手に異星生物の機密情報を話しても妄想呼ばわりされるだけでしょうからね。今回はそれが功を奏しました」
「……待て、人類軍? 俺達だけでなくて?」
「そうだ。今現在、人類の勢力圏は未曾有の混乱下にある」
アリステラ司令官が話を引き継ぎ、プロジェクターを操作した。
虚空に、広大な西方宇宙のマップが表示される。その大半が、赤く染まった。
「赤いエリアは通信途絶か、あるいは通信どころではない状況に陥っている。近場の星域の通信を辛うじて拾う事が出来たが、植民惑星で大規模な反乱が起きたとか、正体不明の怪物による攻撃を受けている、という話だ。今現在、人類軍の指揮系統は寸断され、個々が独自に状況に対応している状況だと思われる」
「おい、反乱はともかく、怪物って……」
「それに関しては、我々も聞きたい。アレックス中尉、マイク隊長、そしてフォンブラウ少佐。貴方達は総司令部で何を見た?」
「それに関してはこちらも同意見だ。ヴァディス二等兵の指示で排除したが、あの怪物はなんだ? 到底まともな存在には見えなかった。総司令部で何が起きている?」
アリステラ司令官の問いに、マイクとアレックスは顔を見合わせた。
説明はできる。だが理解できるものかどうか。
「正直俺達もよくわかってないんで、見たままの事を伝える」
そして言葉通り、見たままの事を伝える。一応、居合わせた人間として補足も付け加えるが……正直、当事者本人でさえあれが何だったのかよくわかっていない。とびきり質の悪い悪夢であったのは間違いないのだが。
一通り聞き終えて、アリステラ司令官は端的に感想を述べた。
「戦闘薬の分量を間違えたのか?」
ストレートにもほどがある。が、言いたい事はよくわかるので、アレックスとマイクも曖昧に苦笑いするしかない。
ただ、訝しむアリステラと兄弟達とは違い、星見として会議に参加していたシルバは暗がりでもはっきりわかるほど顔が真っ青になっていた。その事に遅れて気が付いたアレックスが声をかける。
「何かわかったのか、シルバ。顔が真っ青だぞ、大丈夫か?」
「……皆さま。事態は、想像しうる限り最悪の事態に入っているかもしれません」
ぞわ、と一行の間に緊張と戦慄が走った。
シルバの能力を疑う者はここにはいない。一連の過程の中で、彼女の優秀さは嫌というほど皆見せつけられている。その彼女をして、顔色を変えて“最悪の事態”というのは、言ってみれば手遅れ同然の認識となる。
「堕ちた星見がこれまで暗躍してきたのは、彼らの信じる、いわば神へ供物を捧げるためだった。それはおおよそ、皆さま共通認識で持っていらっしゃるとは思います」
「ああ。とんでもない狂信者だと思ったが」
「だがその神というのはあくまで比喩であるし、勝手に狂信者どもが入れ込んでいただけなのだろう?」
それぞれの認識を口にする会議の参加者達。アレックスも同意見だ。神、というのはあくまで例えだとシルバはいっていた。実際は、高次元に存在する、低次元の存在からすれば自我があるかもわからない曖昧なものだという認識だ。
「ええ。その認識は間違っていません。ですが、もしかすると堕ちた星見は、それ以上の事に手を出したのかも……」
「どういう事だ?」
「……堕ちた星見は、疑いようもなく邪悪にして醜悪な存在です。それが信仰する神が、果たして善良なものであるでしょうか? そんなはずはありません。堕ちた星見は邪悪で残虐な神を望み、だからこそ長年にわたってこの宇宙の血と悲劇を捧げてきました。もとがどのような概念、存在であったかはこの際問題ではありません。ここで重要なのは、堕ちた星見が、邪神とでも呼ぶべき存在をこそ望み、定義し、リソースを捧げてきた事です」
観測というのは、大いに主観を含むものだ。
裏で汚職に手を染め、脱税を繰り返し、弱い者を虐げて私腹を肥やす政治家は、周りの政治家も皆当然のようにそういった事をしていると認識する。
他者の命を何とも思わず、ただ自分達の妄想と信仰に耽溺する堕ちた星見。そんな彼らが見出した神もまた、そうであると信じた事だろう。
本当に神がいたかどうかは問題ではない。
堕ちた星見がそう望み、そのために膨大なリソースを高次元に注ぎ続けた。100年以上暗躍してきた彼らが捧げた魂の数は、一体どれだけに昇るのだろう。その果てに何が起きるか……。
「馬鹿な」
アリステラ司令官が否定する。だが、その口調は動揺に震えていた。無理解ではない、理解できたからこその動揺だった。
「まさか奴らは、自らの望む邪神を生み出したとでもいうのか」
「そこまでは断言できません。ですが、高次元に何か、我々に対し害意を持った意思が存在しているのは間違いありません。それが現実の我々に敵意を持って働きかけた。これまでのように堕ちた星見の思想や力に溺れた者だけではない、ただ何らかの形で星見と繋がっていた者達にさえ悪影響を与えるほどの力を持った、何かが」
「……確かに、堕ちた星見の影響力は甚大だった。故に、明確にその力で人類に害を成していると認識された裏切者どもを排除した段階で浄化を終えたと我々は判断していた。多少の淀みは、許容範囲として見逃したのも事実だ。全ての関係者を完全に排除すれば軍は瓦解する。その判断は間違っていなかったはずだ。だが……」
信じがたい、と呻いてアリステラ司令官は頭を抑えた。
ごくり、とアレックスも唾をのむ。イマイチ話についていけてないが、何か途方もなくヤバイ事が起きているのは理解できる。
「シルバ、もう少し分かりやすく説明してくれないか。つまり、一体全体何が起きてるんだ?」
「要約しますと、堕ちた星見の願いが成就し、彼らの望む邪悪な神が降臨したのです。その邪悪な呼び声に答えた者達は、狂い怪物と化すか、邪神の従者となって人類に反旗を翻した。今現在起きているのはそういう事なのでは、という話です」
「完全に詰んでるじゃん」
世界の終わりと同義ではないか、とアレックスも頭を抱えた。
「総司令部が念入りに潰されたからまともに指示出す奴もいないからな。あの惨状は……まあ普通に考えれば、敵の中枢を真っ先に落とすわな……。随分と念入りに前々から仕込まれていたらしい」
マイクがため息をつきながらぼやく。
そんな中、ずっと沈黙を守っていたフォンブラウ少佐が口を開いた。
「そうか。異星生物が我々に共同作戦を持ちかけてきたのはこれが理由か」
「え……」
「言っただろう。異星生物には本来、我々人類に譲歩する理由はない。あちらの方があまりにも圧倒的だからだ。だが、堕ちた星見が宿願を果たしたというなら話が変わってくる。異星生物が高次元に存在する情報生命体であるならば、堕ちた星見が見出した邪神も同じ高次元の存在だ。奴らからすれば、同じ領域で絶対に相容れない敵が生まれてしまった事になる。そして現実世界への干渉があまり得意ではない異星生物本体に対し、こっちは現実に干渉し放題だ」
「……つまり、異星生物からすればそれを潰すために、現実世界での戦力が必要だった?」
「そう考えれば辻褄があう。交渉というのは一方的な慈悲を見せる事じゃない、双方に利点が無ければならない。タイミングを考えても納得がいく。アレックス中尉に執着していた理由もこれで理解できる。ただゼノファージのキャリアーというだけじゃない、中尉は堕ちた星見の精神操作に強い抵抗力を持っていた。同じように、邪神の力を跳ねのけられる可能性は高い。少なくとも戦っている最中に邪神の力に屈し、化け物になったりする可能性は低いはずだ」
「なるほど。人類の力を借りるにしても、それがそっくりそのまま敵の戦力に組み込まれたりしたら台無しだからな。信頼できて、戦術的判断を下せる味方が欲しかったって事か」
「いやいや、待ってくれよ」
なんだか話がとんでもない方向に流れているのを察して、アレックスは声をあげた。
<戦場のひみつ:異星生物が人類軍を戦術的に攻めてくる事は基本的に無い。集団行動の結果、物量による浸透戦術らしき事は行うし、結果として遠大な戦略らしきものを行う事はあるが、ピンポイントで要点を攻略する、という事は数少ない例外を除けば皆無といっていい。場合によっては人類がまた惑星に拠点を残しているにも関わらず、大勢が決した段階でただの野生動物のような振舞に戻る事もある。>