未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:アリステラの艦には基本的に星見は配備されていない。アリステラは司令部直属の、軍内警察あるいは憲兵隊であるため、文字通り軍の部外者である星見を配備するのは機密上の問題があるからだ。その代わり、星見がいなくとも航行できるよう、最新鋭かつコストを度外視した機関や航行システムを艦に搭載している。>
ショックポイント航法の緊急停止。
司令官の判断に、忠実なはずのアリステラ隊員からも懸念の声が上がる。
「しかし、今浮上すれば目標地点からは遠く……」
「これ以上は艦が耐えられない! 艦を沈めるつもりか、急げ!!」
「りょ、了解!」
「黄金の夜明けの連中も同じ状態のはずだ、警告を飛ばせ! ……LORD! 頼む、どうやったのかは知らないが必要な情報をあちらにも送信してくれ、ここで全滅する訳にはいかない!」
「RGGGRG」
なりふり構わない司令官の嘆願に、LORDは任せろ、とばかりに頷くと、残りの腕からも生体コネクタを展開すると基盤に差し込んだ。頭部の甲殻の隙間から、青白い光があふれ出し、脳神経が異様に活性化しているのを指し示す。たちまち艦橋の機能の一部が彼に掌握され、同じく窮地におちいっている他の艦にデータリンクで修正情報を送り込む。
あとは彼ら次第だ。
まずは何より、特務艦スクリームが体勢を立て直さなければならない。
「ブリッジより独立遊撃隊へ、ただいま本艦は緊急浮上を行う。現実世界への緊急浮上による不具合に備えてください」
「艦内各所に通達! 浮上後の敵の攻撃に備えよ!」
「現実世界にショックアウトします! 衝撃に備えて!」
ぶぅん、とブリッジが揺れる。それはこれまでの地震の振動ではない、もっと根本的に違う、生理的に不愉快な振動……まるで自分の存在が二重になってしまったかのような、不確かな感覚に襲われ、司令官は席の手すりを強く掴んだ。
霞む視界の中で、LORDの頭殻が青白く発光しているのが見える。その光を見ていると、司令官は不確かだった感覚が安定するような気がした。
艦橋にアラームが鳴り響く。ショックポイント航法の緊急停止。数秒もあればアラームは鳴りやみ、ガラガラと音を立てて艦橋窓を閉鎖していたシャッターが解放された。
現実宇宙に艦が復帰したのだ。
だが、窓の外に広がる宇宙の様子を見て、司令官はこれが現実の光景とは思えずに立ち尽くした。
計器を信用するなら今現在、スクリームはボルドゲルド星系の近く、目的地である第四惑星バール・ゼプツェーンの周回軌道上に出現したはずだ。常なら、そこから星系の全体といえずとも見渡す事ができ、かつこの星系の特徴である赤い星間物質の川が見えただろう。
だが今現在目の前に広がっているのは、あきらかに違う光景だった。
「赤い、宇宙……」
漆黒のはずの宇宙空間が、赤く染まっている。それが膨大な量の星間物質のせいなのか、それとも光源の波長が偏っているかはわからない。なにかしらの大規模な天体現象で、宇宙の色が変わる事はあり得ると言うが。
そして宇宙を赤く染めている原因も一目で明らかだ。ボルドゲルド星系の中に、異様に赤く輝く星がある。その星は光学的に赤黒い光を燦々と輝かせるのみではなく、まるで血のように赤い星間物質を異常なまでに放出していた。その大量の粒子が宇宙に広がり、まるで運河のように銀河に広がっている。その流れには明らかに一定の指向性があり、見ていると三次元と二次元が奇妙に融合しているような感覚を覚え、司令官は首をふって朦朧とした意識を取り戻そうとする。
「恒星の異常活性? ……いや、位置がおかしい。あの輝いているのは……」
そこで気が付く。
輝いているのはボルドゲルド星系の恒星ではない。
四番目。
第四惑星バール・ゼプツェーンが、この宇宙を赤く染めている源だ。本来銀河を照らすべき恒星は、今は黒ずみ色あせており、その役目をはたしていない。まるでその力を、吸われてしまったかのように。
明らかに異常な光景に、心身ともに鍛えられたはずのアリステラ隊員にも動揺が走る。自身も同じく混乱をきたしているのを自覚し、司令官は声を張り上げた。
「損害報告!」
「っ! は、ははっ。艦内各員、報告せよ!」
「機関室から報告! 特異点に異常発生、即座のショックポイント航法は困難との事!」
「艦内に物理的な損傷は軽微。ただし、気分を害した隊員が多数いる模様」
「レーダー室から報告、星間物質と思われる質量のあるノイズにより、レーダーに多数の影あり、索敵に問題が生じています!」
「……っ! 後方に、”黄金の夜明け”の艦隊のショックアウトを確認……いえ、数が足りません! 巡洋艦“ブラス・ハインド”、“クイーンオブダイヤ”、通信途絶!」
司令官の檄に、反射的に隊員達が任務に復旧する。だが伝えられる報告は思わしくないばかりだ。特に、ショックアウトしてきた艦が減っている事はとびきりの訃報であった。
今現在でこそ安定しているが、ショックポイント航法は高次元に移動するという本来なら意味消失の危険を冒す危険な航法である。イレギュラーな事態に見舞われた結果、通信途絶した艦は恐らくそのまま現実世界に復帰できず、非物質世界に希釈されて消滅したものと考えられる。作戦開始前から貴重な戦力を失うというのは看過できない展開だった。
「いや、それでも軽微な損害か。LORDの助けが無ければ全員現実宇宙に復帰できたかどうか……」
ちらり、とコンソールに佇むLORDに目を向ける。彼は、眼前に広がる異常な光景に怯む事なく、まるで獣のように牙を剥き出しにして唸り声を小さく上げている。
その様子を見て、司令官は気を取り直し指示を下した。
「予定とは違うが、このまま目的地に向かう! 操舵手、進路を……」
「司令! 前を……!」
常であれば、司令官の指示を遮るような不作法をする隊員ではない。それだけ逼迫した事態であるという事であり、司令官は怒号を飛ばすよりも言われた通り前方に注目した。
河だ。
宇宙に噴出する赤い星間物質の濁流。その一部がうねる様にして、スクリームの進路上を横断している。回避は間に合わず、スクリームはその流れに飲み込まれた。
艦が激しく揺れる。
ただの振動ではない。重みと、抵抗を感じる、地上では馴染み深い感覚。
まるで、波にゆられる小舟のような。
「なんだ、これは……これは星間物質ではないのか!?」
「マ、マイナス方向に強いベクトルを確認。そんな、河に、河に引きずり込まれます!」
「馬鹿な何を言っている?! ここは宇宙だぞ!? 厚みのない、たかが星間物質の奔流ごときに……」
「エンジン推力上昇! 艦の姿勢を維持せよ!」
赤い奔流に呑まれかけていたスクリームが、体勢を立て直す。本来上も下もない宇宙空間において体勢も何もないはずだが、この星間物質の奔流を河とするなら、間違いなくスクリームは今、沈みかけていた。本当に沈んでしまったらどうなるのか? 頭のすみにちらりとよぎった疑問を司令官は今は無視した。
宇宙船であるスクリームのブリッジは、重力下の船のように喫水線より上にくるようには作られていない。比較的前方に突き出し低い位置にあるそんなブリッジの窓に、星間物質の飛沫がかかる。控えめにいってもそれは液体で、かつ重力下での挙動にしか見えず、間近でそれを目撃した隊員が悲鳴をあげて仰け反った。
先ほどからあまりにも異常な事態が起きている。己の知識での判断を司令官はそうそうに放棄した。
「……第77独立遊撃隊の星見に通信を繋げ。この状況、彼女のアドバイスが必要だ。“インビンシブル・ハンド”の閣下にも通信を……む?」
「前方、星間物質の流れにそうようにして、大質量の物体が流れてきます。これは……これは異星生物の艦隊です!」
今や赤い河を遡上する形のスクリーム。その前方、上流から流れてくるのは、巨大な石灰色の構造物……異星生物艦の一部だった。沈没船のように浮き沈みしながら流されてくるそれらを、スクリームが紙一重で回避する。ほんの一キロ先、目と鼻の先をすれ違っていった円錐状の構造物がそのまま赤い河に沈み、そのまま水面下遥か水底に沈んでいく不条理を目の当たりにした司令官はうなるように喉を鳴らした。全長数キロを誇る異星生物艦に対し、この星間物質の河は、三次元的には厚さ数百メートルしかないというのに。
「LORD、どういう事だ? 異星生物艦隊に何があった?!」
「RGG,GRRRU」
司令官が問いかけるが、LORDも戸惑ったような声を上げるだけだ。と、突然彼の両目が激しく明滅を始めた。事前にそれが異星生物エージェント同士の高速通信の様子であると説明されていた司令官は、質問をいったん棚上げにして現状の対応に回る。
「ええい、とにかくこの訳の分からん河から離脱する! エンジン最大出力、艦首上げろ!」
「司令官、前方に敵影あり!」
「なんだと!?」
河の上流から、三隻の艦影が近づいてくる。すでに大分近づかれている、距離にして1万キロ程度か。星間物質の粒子のせいで、宇宙ではあるまじき事にそのシルエットは遠くかすんでいる。スタッフがその映像を拡大し、メインスクリーンに表示した。
人類軍の艦艇、その面影を残す巡洋艦。だが今やそのシルエットは歪みはて、艦体のあちこちからとうてい意味があるようには見えない突起物が突き出し、各種砲塔はガーゴイルのように醜悪な怪物を模した形状へと変化している。基本的な構造も奇妙に歪み、まるで歪曲した鏡に映しだした虚像のようだ。
堕ちた星見、その手勢であろう事は疑うまでもない。歪んだ戦艦の主砲が回頭し、こちらに砲門を向けるのが見えて、司令官は即座に指示を飛ばした。
「離脱中止! 操舵手は回避運動、砲雷撃班、空間機雷を対砲撃攪乱パターンで射出! 急げ!」
指示に即座に反応し、スクリームの艦体が横滑りに軌道を変更する。それと同時に敵艦に向けて、無数の機雷が放出された。
スクリーム前方の視界を塞ぐように機雷が一斉に起爆する。まき散らされるのは破壊ではなく、各種光線をはじめとするおよそ人類が把握しうるありったけの妨害だ。砲撃センサーを向けていればフラットアウトするようなそれは、事実上の対艦閃光弾といえる。普通、数十万キロの距離を挟んで撃ち合う戦艦では何の役にも立たず使い道がない代物ではあるが、特務艦であるスクリームは目と鼻の先、数百キロ程度で撃ち合う事もあるため装備していた。
機雷が炸裂した直後、敵艦のレールキャノンが火を噴いた。
一般的な砲雷撃戦の距離であれば着弾までそれなりの時間がかかるが、こんな目と鼻の先では発射と着弾はほぼ同時だ。しかし寸前で炸裂した機雷の目くらましで最終照準がずれていたのか、ギリギリの際どい所でレールキャノンの砲弾はスクリームをかすめて飛び去るに終わり、はるか後方で赤い水柱が大きく吹き上がった。
艦首を振り上げ、スクリームが急上昇する。艦を引き込もうとする赤い河を振り切って、上昇するように距離を取る。
「よし、このまま黄金の夜明けと合流する!」
「! 司令、左舷に敵の反応を確認! 伏兵です!」
戦場で一瞬でも安堵した代償か。まっすぐ飛翔するスクリームの左舷、宇宙空間に待ち構えている敵艦の姿があった。レーダーの影になっていて見落としたのだ。
敵艦の主砲が回頭する。この距離、目を瞑っていても外すことはあり得ない。空間機雷も間に合わない。
「総員、衝撃に備えろ!」
最悪を覚悟しつつ、司令は目を逸らさなかった。敵艦の砲口がこちらを覗き込むのを、真正面から睨み返す。
一瞬の閃光。
闇を切り裂き、青白い光が装甲を紙のように貫く。
一瞬遅れて生じた爆発が装甲を捲り返し、歪んだ艦体がくの字に折れ曲がる。今まさに砲撃しようとしていた堕ちた星見の艦が轟沈していくのを、司令は茫然と見つめた。
『間一髪だったな』
ノイズ混じりの通信が入る。直後、ブリッジの横へ、白と真鍮に彩られた流麗な艦体がすっとその姿を顕した。
インビンシブル・ハンド。そしてその配下の艦隊たち。
遅れてショックアウトした彼らは、スクリームと違って赤い大河に捕まらなかった。それでも混乱から立ち直り陣形を立て直すのには、多少の時間が必要だったのである。
『出遅れた分は働かせてもらおう。……撃て!』
号令に従い、一斉射撃が敵艦を襲う。伏兵の艦、赤の河に潜む艦、その全てが諸共に撃破される。速やかに当面の障害を排除した黄金の夜明けの艦隊は、スクリームを守るように突撃陣形を速やかに形成した。
『多少トラブルはあったが、作戦の続行は可能か?』
「……問題はありません。もとより、不退転の作戦ですので」
『よろしい。ところで今の所役にたっていないLORD君、君から何かいう事はないかね?』
「RGGGRGG」
嫌味を飛ばされて、ふんす、と鼻を鳴らしながらLORDがコンソールをなにがしか操作する。
するとブリッジに、更新された星系のマップが表示された。
マップには、星系を這いまわる赤い大河の様子が重ねて表示されていた。また追加情報として、異星生物艦隊の現在位置も表示されている。その六割近くが、大河と重なる位置に表示されているのを見て、アリステラ司令官も状況を把握した。
「なるほど。文字通り網を張られたか」
異星生物艦は、人類とは違い重力トンネル航法を行い航行する。進行方向に超重力を発生させ無限に落下加速度を得る事で亜光速まで加速するわけだが、一時的に別の次元にスライドするショックポイント航法とは違い、その存在は終始物質世界に存在したままだ。発生させる超重力が衝角の働きをして多少の小惑星程度など問題にならないが、それでもこの星系に網のように張り巡らされた流れに衝突すればただでは済まなかった、という事らしい。
いや、そもそもこの宇宙を横断する河、尋常のものなのか? アリステラ司令官は訝しんだ。こちらのショックポイント航法が妨害されたのと、この異常な現象は無関係ではないはずだ。
『ふむ。残存した異星生物艦隊は異常現象を回避し、宙域を迂回して集結中、と』
「状況がよく分かりませんが、あまり悠長にしてはいられなさそうです。このまま敵本拠地、バール・ゼプツェーンを目指すべきかと思います」
『そのようだ。この異常現象が、因果律崩壊の前兆とも限らない』
「RRRG」
三勢力の意見が一致したところで、艦隊が進行を開始する。得体のしれない河の流れを回避するように星系の奥へと進んでいく。気分は無数に張り巡らされた蜘蛛の巣をかいくぐって飛ぶ蜻蛉のようだ。
「……第77独立遊撃隊に再度通信をつないでくれ。シルバ星見の意見が聞きたい」
「大丈夫か、シルバ?」
「はい……ご心配をおかけします、アレックス様」
「いや、それはいいんだが……」
6式の内部。補助席にぐったりと身を預けるシルバを介抱しながら、アレックスは通信機をつないだ。
「と、いう訳です。シルバ星見はとても直接会話できるような状態ではないです」
『そうか……。この星系が尋常ではない状態にある事の裏付けではあるが、困ったな』
「彼女に言わせると、上位の次元と、物質世界が重なりつつあるような状態らしいです。そのため、物理法則が変わりつつあるとか、なんとか。本来星見としての感覚を使わなければ感じられない次元の力が、物質世界にそのまま働きかけてる、と」
『なるほど。その説明は分かりやすい。つまり破綻はもう目の前に迫っていて、蝶番がいつはじけ飛んでもおかしくはない、という事だな』
「そういう事かと」
『了解した。第77独立遊撃隊は引き続き待機していてくれ』
「了解しました」
通信が切断されたのを確認し、アレックスはため息をつき、車内に並ぶ不安そうな顔に苦笑してみせた。
「あまり旗色は良くなさそうだ。前言撤回、仕事に備えてくれ」
「うーん、やっぱり今回もそうなりましたか……」
「隊長がいるもんねえ……」
「お前らなぁ……。シルバの方は大丈夫か? 何かしてほしい事はあるか?」
「そうですね……。落ち着くまでアレックス様にぎゅっとしてもらえれば、ちょっと元気になるかもしれません」
「なんだ、そんな事でいいのか。ほれ」
「きゃ」
補助席に座る躰を抱き寄せる。軍服越しにもわかる華奢な骨格と薄い肉、そして柔らかい感触。頓着なく抱きしめられて、言い出した方のシルバが顔を赤らめた。
「ん。……少しやせたか? 戦場にいるんだから、少し太いぐらいのほうがいいぞ。シルバぐらい美人なら、ちょっと輪郭が豊かになったぐらいで美人なのは変わらないと思うが」
「あ、え、えと……」
「なんだ、言い出したのシルバの方じゃないか。……なんだ、お前らも。具合悪い相手に嫉妬するんじゃない」
「あー、いえ。……まあ、こういう人だったよね」
「ん。基本的に下心ない人だしねえ……」
「即断即決。支払いが良いのは、悪くない事」
一瞬ピリついた女性陣だが、当のシルバがあっぷあっぷになっているのをみて、深いため息をついてそれぞれの持ち場に戻る。付き合いもそろそろ長い、アレックス本人には「体調悪いと人肌恋しくなるもんな」程度の意識がない事もわかっているし、イライラしてもしょうがない。大体、作戦中にTPOを弁えずにイチャイチャするような人ではないのは百も承知だ。
「ん? そうなるとこの場合、ギルティなのシルバじゃないの?」
「ペナルティに。加算」
「その、いや、これはその……ごめんなさぃぃ……」
「……仲いいなぁお前ら」
別に部下同士仲が良いのはいい事ではあるのだが。しばしば仲間外れにして盛り上がられるのは、ちょっと寂しくはあると思うアレックスだった。
と、ふざけ合っていると、ぐん、と艦が揺れた。先ほどかららしくもなく荒々しく艦が唸っており、きちんと固定していなかったら今頃格納庫の中でごろごろと転がっていたかもしれない。宇宙空間では直撃弾でもない限り振動は伝わらないから激しく揺れるばかりで静かなものだが、外は相当アレな事になってんのな、とアレックスは予想する。
実際は、正気を疑うような地獄絵図が広がっているのだが、格納庫に待機し音声通信のみでやりとりしている独立遊撃隊の面々は、今外がどうなっているかを知らない。それがよかったのか悪かったのかはわからないが。
「ん……」
「どうした、シルバ?」
「……目的の惑星に近づいてきたようです。何やら強い力を感じます。……少し、地図を」
シルバに、事前に渡されていたバール・ゼプツェーンの地表マップを手渡す。傍らには計器頼りの各種座標をメモし、眉を顰めながら地図を照らし合わせていたシルバが、ここですね、と地図の一点を指さした。
「艦の進行方向と、バール・ゼプツェーンの公転周期等から推測しました。実際に惑星上を見て確認すればより確実だと思いますが、恐らくここが連中の拠点なんじゃないかと思います」
「ふむ。通達する」
手はずでは惑星破砕砲で星もろとも吹き飛ばす予定だが、敵の拠点が分かっていればそこを第一目標にするのが自然な流れだ。星ごと雑に吹き飛ばしましたが、なんだか生き残ってました、というのが一番笑えない。
ブリッジに通信を繋ぎ、座標について連絡する。
通信相手のアリステラ士官は快く聞き届けてくれたが、反応がイマイチ妙だった。
『了解しました、司令達にも伝えます。……まあ、うん、そうだろうと思いましたが』
「? ブリッジでも何か確認しているのか?」
『ええ、まあ、はい。ある意味一目瞭然というか……そちらからは見えないんでしたっけ。見えないなら見ない方がいいです』
「なんだそれ」
よくわからないが、大分ろくでもない事になっているらしい。これまで堕ちた星見関係で遭遇した数々の怪奇現象を思えば、連中の本拠地であるここらは宇宙が黒いかどうかも怪しくなってくる、と彼が考えたのも当然の話だろう。
まあ実際の所は本当に宇宙は黒くないし宇宙空間の平面化とでもよぶべき現象が起きていてバールは赤く光り輝き血のような星間物質の大河を垂れ流しにしているのだが。流石にそこまでは予想できるはずもない。むしろ出来たら正気を疑うべきである。
少し不安になってアレックスは傍らのシルバに尋ねた。
「……手遅れ、って事はないよな?」
「いえ、まだ恐らく間に合うはずです。この宇宙において物事は、どれだけ早くても光の速さを越えられませんし、それ以下の速度でしか伝播しません。逆に言えば、この宙域で物理現象が崩壊しても、それは光の速度以上で広がる事はないという事です。今、ここで連中を止める事さえできれば、隣の星系にこの状況が伝わったとしても、ある種の怪奇現象で済むはずです」
宇宙は広く、それに対し光はあまりにも遅い。
その不便な絶対的な法則が、この場においては最後の命綱であると、シルバは語る。アレックスには感覚的にも理論的にもイマイチぴんとこなかったが、彼女が言うならそうなのであろうと納得した。
「だけど、宇宙全域で連中は変なトラブルを引き起こしているようだけど、それはその話と矛盾しないか?」
「恐らくあれらは全て仕込みです。何十年、いや、何百年とかけて己の手勢を人類の要所に忍び込ませていたんでしょう。彼らにとってもこの機会は乾坤一擲、次は無いものかと」
「どいつもこいつも全賭け好きなギャンブラーで困る」
もうちょっと健全にいこうぜ、とぼやくアレックス、実は賭け事があまり好きではない。基本的には堅実な男なのだ。
不意に艦が激しく揺れた、というより傾いた。
装甲板をビリビリとした衝撃が伝わってくる。遠くから、甲高い破砕音が聞こえてきた。艦内に、目に毒々しい赤色灯が明滅し、俄かに騒がしくなる。
「被弾したか。修羅場だな」
「あんだけ静かなのに被弾した瞬間に騒がしくなるの、なんかいつも変な感じしますね」
ブッ、と通信機にノイズが入った。向こうから繋げてきた予兆だ、と見たアレックスは通信に耳を傾ける。
『聞こえるか、第77独立遊撃隊。出番だ』
「……惑星破砕砲の攻撃は失敗ですか」
『発射直前で砲口部に攻撃を受けた。暴発はしなかったが、インビンシブル・ハンドはその影響で一時航行不能に陥っている。サブプランを実行する。黄金の夜明けの残存艦隊は本艦の援護、これより特務艦スクリームは単独でバール・ゼプツェーンに降下し、作戦を続行する』
ガタガタガタ、と激しく艦が揺れ始める。
外が見えなくても何が起きているかわかる。何度も何度も経験した馴染みのある感覚。何度経験しても慣れる事はない、重力の井戸の底への自由落下の手ごたえだ。
『大気圏突入後、第77独立遊撃隊とレオニダスの兄弟を確認された敵拠点上空から投下する。敵の防衛部隊を突破し、マーカーを設置後、速やかに脱出せよ』
艦を震わす振動はどんどんと強くなり、そろそろ不安になってきたところで、急に途絶えた。安全圏まで高度がさがってきたらしい。
ミリシアが車輛のエンジンを入れる。
気になって車窓から同じ格納庫に鎮座しているマイク達のステルス機を確認する。あちらも、機体固定の為に床に打ち込んだアンカーを切り離し、エンジンに火を入れている。教えられていた周波数に通信を繋ぎ、一言入れる。
「結局、仕事になったな」
『ザッ ああ。だがそれでこそだと思わないか?』
「違いない」
ゴンゴンゴン、と音を立てて格納庫のハッチが解放される。暗い格納庫内に日が差し込んでくるが、その色は血のように赤い。びゅうびゅうと強い風が吹き込んできて、格納庫内の細かい塵が舞い上がり、赤錆のように鉄材を彩る。
いや、違う、とアレックスは目を見張った。
「待機中に粉塵……、いや、違う、急速に酸化……?! 事前情報と大気組成が違うぞ!? ネルス、6式のステータスを確認!」
「確認しました、車輛に異常はありません。恐らく、6式は酸化に強い複合素材で出来ているのに対し、巡洋艦のそれも格納庫はそこまでコストをかけていないからでしょう。高品質でもただの鉄です」
「どっちにしろロクでもない環境らしいな……。乗員は早いとこ生命維持装置を着装しておけ、惑星の大気を直で吸ったら大分不味いぞ。マイク、そっちは大丈夫か?」
『問題ない。こっちは強酸の暴風雨の中を飛んだことだってある、この程度お茶の子さいさいってな。悪いが先にいくぜ』
庫内に黄色い照明が点滅し、ゆっくりとステルス機が移動を開始する。発進位置についた機体の後部にブラストリフレクターが起き上がるが、それも赤い風を浴びて急速に劣化を始めているのが見て取れた。
『出るぞ!』
足早にエンジンを轟かせ、ステルス機が発進する。ブラストリフレクターは噴射炎を受けきれずに砕け散るが、その頃には機体は加速し、ハッチから飛び出していた。ガラガラガラ、と劣化で砕けた部品がバール・ゼプツェーンの空にまき散らされ、直ぐに見えなくなった。
続けて6式が発進位置に移動する。
だがまだ発進はできない。ちっ、とアレックスは舌打ちした。
「奴はまだ来ないか? ああもう、だから最初からこっちで待機してればよかったのに……」
「いえ。どうやら間に合ったようですよ」
「ん?」
バァン、と格納庫内のスタッフ用の扉が開かれる。
狭い扉を無理やり押し込むようにして通ってきたのは、ブリッジで作戦に対応していたLORDだ。彼は異星生物の代表として艦隊指揮と情報共有のためにブリッジに詰めていたが、惑星降下時にはアレックス達と行動を共にするというなかなか無茶なスケジュールを組まされていた。彼がいないと惑星地表に点在するであろう異星生物が根こそぎ敵になるのだからしょうがない。
恐らくブリッジから全力疾走してきたのであろうLORDは、肩で息をしながらも格納庫に吹きすさぶ腐食の風に面食らったように足を止めて仰け反る。が、すぐに我に返り、ドアを念入りに施錠するとそのままキャットウォークを駆け上り、6式に向かって跳躍した。どん、とその巨体が6式の上に飛び乗り、車体がゆさゆさと揺れた。
そのままLORDは複数の腕をつかって車体の手すりに体を固定する。ちょっと無茶だが、この中に乗れないから仕方がない。
「GRR」
「出せってよ! ミリシア、発進しろ!」
「了解でーす! 皆、舌噛まないでよ!!」
エンジンが唸りを上げ、6式が発進する。その巨体に見合わぬ軽快さでスタートダッシュを決めた6式は、そのまま赤風吹き荒ぶバール・ゼプツェーンの空へと身を躍らせた。
<戦場のひみつ:いわゆる一桁ナンバーの車輛群は、腐食の類に非常に強い。これは主に制圧級のオーガニックウェポンに対抗する為ではあるが、他にも多種多様な戦地の環境に対応する為でもあった。戦場の形が推移していく中でそういった多様性はコストが嵩むばかりだとして見直され、運用に見合った設計や材質に切り替えられていく中で複合素材のフレームは姿を消した。>