未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:超次元マーカーはいかなる状況においても誘導兵器の最終誘導を可能とする特殊な発振器である。もともとはショックポイント航法の実用化過程で高次元に退避した敵艦を追跡する為に開発された装置ではあるが、長時間の高次元への滞在が技術的に不可能かつ非常に危険な事から実際に本来の目的で使用されることはなく、現在はいかなる電波妨害や障害があっても誘導可能なビーコンとして運用されている。>
要塞寺院中央の大ホール。
敬うべき神を見失う前は、恐らくこういった施設は礼拝堂だったのだろう。不思議な事に、信仰は失われてもそれに伴っていた建築技術、芸術は失われなかった。その名残だ。
とはいえ、ただ慣習に従っただけでもないだろう。祈る相手がいなくとも、自然と人が集まる場所として、ホールが設けられるのは不思議な話ではない。あるいは、失われた後に見出された何某かの宗教を信仰していたのかもしれない。
それが幾年月を過ぎ、本来の役目に立ち返り神へ祈りを捧げる場所に使われているというのは、不思議な話だ。
まあ神は神でも、邪神ではあるが。
大ホールは、座標を調べずともそれ、とわかる佇まいだった。このあたりで一番大きな施設でもあるし、道が自然と集中している。
何よりも、そこだけ一際情熱的に“飾られている”のを見れば、嫌でもここが“そう”だと理解できるだろう。
ホールの周辺に飾られる、無数の人骨の成れの果て。恐らく生きたまま壁に磔られ、そのままこの惑星の異常な大気で骨を残して溶かされてしまったのだろう。風化というには妙な劣化具合の人骨は、いずれも身を捩るような姿勢で野ざらしにされていた。
一体の意味があるのか、わからないし知りたくもない。
「趣味わっる……」
イオリがうげー、と言わんばかりにつぶやく。アレックスも全く同意見だった。
とはいえいつまでも呆れている訳にはいかない。任務を速やかに達成せねば。
「降車する。6式の警護はお前らに任せた」
「ちょっと待ってください、本気でこのまま乗り込むつもりですか?! どうみたって罠じゃないですか!?」
「私も同意見です。見え透いた罠に踏み込む事もないかと」
ネルスとシルバの言う通りではある。防壁突破後、ここまでアレックス達は妨害らしい妨害を受けなかった。こちらの狙いは看破されているはずだ。
この状況で、特殊部隊単機で乗り込んでくるなら、狙いはマーカー設置からの戦略爆撃以外にあり得ない。それを分かっていて素通しする理由は、目的地で待ち伏せている以外に存在しない。
「せめて、マイクさん達と合流してからでも……」
「恐らく、そのマイクの方に戦力が割かれているんだ。時間を無駄にするだけだ。……それに、ここまできたら罠もクソもない。こちらの戦略目標は概ね達成可能だ」
「しかし」
「いいか。作戦はもう完了したようなものなんだ。後はどう逃げ出すか、だ。その状況で何が一番優先されるかわかるな? 脱出手段だ。マイク達もステルス機を落とされた。今ここで一番戦力を割り振らないといけないのはこの6式の護衛だ。……マーカー設置は俺とLORDでいく。ちゃちゃっと乗り込んで、装置を起動して。それで終わりだ」
「ではせめて私も」
「そのふらふらの足でか? シルバ星見、戦力評価はただしくすべきだと思うが」
「それは……っ。そう、ですが……」
「……わかりました」
全く納得していない顔でミリシアが頷く。理屈に納得したというより、アレックスが意思を曲げない事を理解したのだろう。そしてここで問答している一分一秒で、状況は余裕をなくしていく。言い争っている場合ではないのだ。
「……良い子だ。そういう訳だから海兵隊、護衛頼むぞ」
「あいさー。……ほんとはあたしらもついていきたいんだけど……ま、足手まといだね」
海兵隊のまとめ役であるプラリネが苦笑する。本来パワードスーツを運用する彼女は、装備の調達が間に合わなかったためアレックス達と同じ軽量タイプの強化外骨格を装備している。決して悪い装備ではないが、彼女らの運用からは外れているのも事実だ。その状態で、何が起きるか分からない環境に連れていくのは不要なリスクを増やすだけだ。
「安心しろ。マーカーの起動さえできれば俺が死んでもあとは大丈夫……なんて無責任な事は考えてないさ。いいから、大人しく吉報を待ってろ」
「……はい」
ふてくされた様子のミリシアを、ヘルメット越しに頭を撫でて微笑む。それきりアレックスは未練を切り離して、兵員輸送スペースに備え付けられた強襲ハッチの開閉ボタンに触れた。
モーター音と共に分厚い装甲が割り開かれ、赤い風が吹き込んでくる。素早く海兵隊達が外に展開し、全周警戒を行う。その淀みない動きに安心しつつ、アレックスは振り返って車上から降りてくるLORDに目を向けた。
ここに来るまで何度か修羅場をくぐったにも関わらず、流石というべきか彼の姿には傷一つない。そしてその六本の腕には、今は二振りのブレードと、巨大な機材が抱えられている。
形状は円筒形の金属ケース。表面は鈍く輝く金属の地肌がむき出しになっている。二人がかりで運搬する事を想定しているのか取っ手が四つあり、それをLORDが一人で全部保持している。
今回設置するマーカーだ。高次元視座理論を用い、どれだけ現実空間が異常な電波に覆われていても信号を届ける事ができるようになっている。それに加え、起動すれば底面の掘削装置で自動的に地下深くに潜行する。設置さえすれば、堕ちた星見達でも破壊は困難だ。
「シルバ。確認するが、例の妙な力の高まりは、この大ホール内部にあるんだな?」
「はい。このあたり一帯が異様な力に満たされていますが、その中心点、焦点とでもいうべき点は、やはりこの内部です」
「そうか」
大ホールまでたどり着いた以上、作戦としてはここで起動しても問題はないだろう。だが念には念をいれて、ホール内中央部で起動する。連中の不可思議な力は嫌というほど思い知っている、例え惑星を破壊しても大ホールだけ不可思議な障壁を展開して無事に生存する、なんて事があってもおかしくはない。そういう相手だ。
「じゃあ行ってくる。あとは頼む」
「はい。お気をつけて」
大ホールの内部は、外観で受けたイメージと違って随分とまともだった。
清掃の行き届いた廊下、毛並みの揃った絨毯。受付に飾られた花。
ここだけ見れば、どこぞの街の市民ホールと言われても違和感はないだろう。だからこそ、あまりにも異常だった。
先ほどからアレックスの生存本能もピリピリと危険信号を発している。逃げ出したくなるのをこらえつつ、傍らのLORDに視線を送った。
「……どう思う?」
「RGGGRG」
答えは明瞭な言語でこそないが、意味合いは痛いほど伝わる。牙を剥いて唸るLORDに、俺も全く同感だよ、とアレックスもつぶやいた。
「気味が悪い。誘い込まれてる感じだ。……まあ、それならそれで都合が良いと解釈するか」
「GRU」
「……あと、突入して正解だったな。座標の表示が滅茶苦茶になってる。半ば現実空間から切り離されてないか、ここ」
バイザーに表示される計器数値がスロットマシーンのようにぐるぐる乱れっぱなしなのを見て、嫌な確信ばかり積もっていくのにゲンナリするアレックス。
「大ホールはバール・ゼプツェーン上にあるけど、建物の内部は別の場所にもつながってる、的な? マーカー設置してもちゃんと誘導できるのかだけが心配だが……ああくそ、シルバに聞いておきたい所だったな」
「GRRR」
ぶつぶつつぶやくアレックスに、LORDは問題ないと腕の一本でサムズアップしてきた。専門家である彼がそういうのなら問題ないのだろう、とアレックスは納得する。
実際の所、それは概ね間違ってもいない。アレックスには分からないが、この大ホールはどこでもありどこでもない場所となっていた。しかしそこに、「ここはバール・ゼプツェーンの大ホールである」という認識をもったアレックス達が踏み込み、マーカーを持ち込んだことで仮初的にそれが事実となっている。もしアレックス達が身の安全を優先し外にマーカーを設置したのなら、例え惑星が破壊されてもこの大ホール内部は曖昧なまま無傷のまま、堕ちた星見の野望を挫く事は叶わなかっただろう。
「とにかくマーカー設置してずらかるぞ。希望論だがな」
「RRGGR」
頷き合って、大ホールの中心に侵入する。
中央部は、大きなコンサートホールのようになっていた。電源を落とされ真っ暗な中を手探りで進む。どうやら無数の座席が並んでいるようだ。
ここまでくればいいだろう。アレックスがLORDに目で指示を下すと、彼は複数の腕で器用にマーカー側面のハッチを開き、内部の端末を操作した。電源を落とされたマーカーが起動し、アンカーを床面に打ち込んで本体を固定する。同時に底面のバンカーが掘削作業を開始、ドリルで地下深くに発信器の埋め込みが始まった。
その途端、コンサートホールに突然ライトが灯った。反射的に銃を引き抜いて周囲を警戒するアレックス。
明かりは、彼らを照らし出してはいなかった。三つのライトの光が、ホール中央のステージを照らし出している。
そこには、大きなピアノと、この場に似つかわしくない薄汚れた鎧をまとった髑髏面の姿があった。モルガンヴェールで遭遇した、堕ちた星見の頭目と思しき男だ。奴はアレックスやLORDの存在を無視するかのように、両手をピアノへと伸ばした。
男の、血と油で汚れ切った籠手が、白亜のようなピアノの鍵盤に触れる。カチン、という音一つ立てる事なく指先が鍵盤を撫でるように閃き、厳かな旋律が奏でられた。
アレックスも聞いたことのある有名な曲だ。それも相当な腕前と見える。
あまりにも不可解な状況に、不意打ちするべきかどうか、という段階で判断しかねる。そもそもこの状況でしかけても不意打ちになるのか? 先日から落ちた星見のやる事に割り込みをかけても大体そのまま思惑通りになってしまっている事が続いている。マーカーの完全設置にはあと数十秒ほどかかるだろう、それまではおとなしくしていた方がよいかもしれない。
しかし、それにしても腹だたしいまでに良い腕前だ。惑星総督のパーティーにピアニストとして招かれても拍手喝采を受ける事だろう。意外というか、不可解というか、どうにも納得がいかない話だ。
眠る様に静かに旋律が引いていく。一しきり音楽を奏でた頭目は、ゆっくりと指を引き、アレックス達に向き直った。
『……いかがだったかな? それなりの腕前だと自負しているのだが』
「腹正しいがそれは否定しない。なんだ、観客が欲しくてこんな騒ぎを起こしたのか? 大げさなんだよ、その腕前なら宇宙中ひっぱりだこだろうよ。100年ぐらい遡ってやり直したらどうだ?」
『くく。まあ、君という観客を呼び寄せるのが目的だった事については、まあ否定しない』
ちらり、と髑髏面がピアノに視線を向ける。
『音楽を、ただの音の羅列、とみなす者も居る。それは確かに真実の一面ではあるが、すべてではない。音楽家や資産家が、ただの音の羅列に資産価値を見出した、ただそれだけの話であるならば、音楽がこうも人の胸を打つ事はないだろうよ。荒れ地で育ち文化を知らぬ野蛮人とて、ピアノの音色に耳を傾ける優美さを持つ。それは何故か?』
「…………」
『意味を与えられたからだ。ただの空気の振動、それに人が音楽という意味を与えた。この世の全ては元々無価値であり、それに意味を与える事が知的生命体の偉業であった。音楽も、芸術も、黄金も武器も歴史も全て! 人が意味を与え、その手にとる事で価値あるものとなった……』
だからこそ、と髑髏の頭目は告げた。
『人を越えた存在。より尊き者に捧げられ、価値を与えられる事で、この宇宙は無意味な虚空である事から解放されるのだ。それこそが福音である』
「はっ。宇宙の価値とは、また大きく出たもんだ」
頭目が謳いあげる彼らの正道。それに対し、アレックスは銃を突きつけながら吐き捨てた。
髑髏面の向こうから、頭目がじっと視線をよこしてくる。自らの理想を否定されたにしては、その視線には怒りも憎悪もなく、冷静に実験動物を観察する科学者のような冷たい興味があった。
『気に食わないかね?』
「わかりやすくはあったけどな。正直ちょっと安心したぜ、異星生物のあり様や考えよりはよっぽど分かりやすい。これまで奇々怪々摩訶不思議ばっかり相手にしてきたから、お前らの考えも理解不能なものかと思ってたからな」
異星生物の、高次元の情報生命体だとか人間とはスケールが違いすぎる時間感覚や物事の捉え方に比べれば、堕ちた星見達のそれは非常に分かりやすかった。
今まで宇宙の価値は人が決めてきたが、人より素晴らしい存在に捧げる事で宇宙の価値をよりよくしよう、という事だ。アレックス的により俗っぽく解釈すると、これまで辺境の惑星総督ご用達だった特産品が、主要惑星の総督ご用達になればより特産品につく値打ちは高くなる、そんなところである。実に人間らしい、消費社会らしい考えだと言えよう。
ちなみに異星生物より分かりやすい、のあたりでLORDが「えっ」という顔をアレックスの後頭部に向けていたが、髑髏の頭目はそれには触れないでおいた。話が脱線しそうなので。
『ご理解いただけて何よりだ。どうかね、今からでも遅くはない。こちらに鞍替えしないかね?』
「それを私が受け入れると本気で思ってるのか? 冗談もたしなんでいるとは驚きだ」
『冗談のつもりは甚だないのだがね、隻眼の獅子よ。君にとって、人生や生命、己の行く末など、無価値なものだったはずではないかね?』
ひく、とアレックスの喉が引き攣った。
見当違いの意見、だったからではない。髑髏の頭目の言葉は、確かに彼の本心を言い当てていたからだ。
『人類軍にとって、一兵士などただの使い捨ての消耗品に過ぎない。どう生かすか、ではなく、どう死なせるか、が全て。君とてそれは分かった上で、故郷のために徴兵に応じた。そこから先はもはや己は死人とみなし、命に頓着などしなかった。未来の展望もない。希望など輝く事はない。ただたまたま、今日この瞬間まで生きていた。ただそれだけだろう?』
「いけしゃあしゃあと……」
イライラとアレックスは歯噛みする。言っている事は確かにごもっともだが、異星生物との戦争が始まったのも、アレックスが訳の分からない人頭税のせいで徴兵に応じたのも全部堕ちた星見のせいである。ネタは上がっている以上、腹が立つだけだ。
『確かに原因は我々だ。だがここで我々に憎しみを露にし、その責任の所在を追及した所で、過去が変わるわけではない。問題にすべきは、人類軍にとっても、君自身にとっても、その命は限りなく無価値に近いという事だ。……ならば、最後にその存在を高く買ってくれる、高く評価してくれる者の元に就くべきだと思わないか?』
「……言いたい事はまあ、分からないでもない。人類軍からすれば、私はただの数字、1だ。死んだところで、損害表から数字を引くだけだろうよ」
『ならば』
「だが悪いな、お前の言った通り、人類軍からの評価とか心底どうでもいいんだ。私には、私の命を高く買ってくれる相手が既に先約済みでな。お前らの崇める神がどれだけこの宇宙に高値をつけても、あいつらより高く買ってくれるとは思えないんだよ」
交渉決裂だ。そもそも交渉するつもりもない。
人類軍の一兵士ではなく、一人の個人……アレックス・ウィンザードとして、堕ちた星見の所業は看過できない。アレックスの命は、今はもう彼一人のものではない。価値を見いだせなかった自分自身を愛し、捧げてくれる命がある。その相手を、アレックス自身は高く、高く買っているのだから。
『残念だ』
「というか、そっちの言葉をそっくり返すぜ。マーカーは設置した。ここで私達を殺したところで、座標を送信した以上どのみちこの星はお前ら諸共破壊される。チェックメイトが掛かっているのはそっちのほうだ」
「GRRR」
アレックスの言葉に応じるように、武器を構えたLORDが前に出てくる。
もはやマーカーの防衛は必要ない。すでに発信器は地下深くに埋め込まれている。これを今から掘り出して発信を解除するのは不可能だ。
あとは予定通り30分後に発射されたヘルストライクがこの座標に直撃する。シルバの話によれば、この大ホールは言うなれば儀式の中心部分、心臓だ。堕ちた星見が例え逃げ出しても、奴らの宇宙を脅かす野望は頓挫する。そして今後、再び野望のためのリソースを集めさせるような事を、人類と異星生物は絶対に見逃さない。
アレックスの命や堕ちた星見の生存とは別に、根本的に詰んでいるのだ。
にも拘わらず、髑髏の頭目は余裕の態度を崩さなかった。
『ふ。君達は少々、人類の業というものを低く見ている』
「なんだと?」
『20分か、30分か。脱出時間をその程度で見積もっているようだが……言っただろう? 人類全体にとって、いや、そう気取る者達にとって、君個人の命など塵に過ぎないと。見るがいい』
髑髏の頭目の言葉と共に、大ホールの天井に何か映像が投射された。
恐らくは宇宙空間。そしてその星の並び、何よりも星系を引き裂く赤い流れが蜘蛛の巣のように広がる様は覚えがあるものだった。
バール・ゼプツェーンの衛星軌道上の光景。
今も、黄金の夜明けと異星生物の残存艦隊が、堕ちた星見の艦隊と交戦を続けているのが見える。
『5分も要らぬさ。肩の力を抜いて鑑賞したまえ』
「巡洋艦“マルカサール”中破! エンジン出力低下、艦隊から落伍します!」
「重巡洋艦“エイジオブゴールド”、居住区に被弾! 火災が発生している模様!」
黄金の夜明け旗艦インビンシブル・ハンドの艦橋には、矢継ぎ早に報告が飛び交っていた。戦艦であるインビンシブル・ハンドは多少の被弾をものともせず、惑星破砕砲こそ使えないが強力極まりない武装は健在だ。一斉射ごとに複数の敵艦を消し飛ばすが、しかし敵の攻撃は衰えず僚艦への被害が徐々に拡大しつつあった。
苦戦の原因は、敵の数だ。堕ちた星見は正規戦力こそ少ないが、いかなる手段を使ってかスクラップ同然の宇宙艦を多数戦線に投入してきていた。それらはどう見ても動力が停止しているにも関わらずエンジンや武装が機能しており、正常な状態と遜色ない火力を投入してきている。装甲が破損し機関部も露になっているようなそれらジャンク船は簡単に撃沈できるが、それらの対処に手数を割かれ本命の戦力への火力投射が思うようにいかない。かといって放置しておくには、危険な手数と火力であり、常に難しい判断を差し迫られる状況だった。
それでも撃ち合えているのは、異星生物艦が被害担当艦として前衛を務めていてくれているからだ。宙域に張り巡らされた罠にかかり八割以上の艦艇を喪失しながらも数百隻が健在な異星生物艦隊はスクラップ艦の対処をしながら自らの艦隊を敵主力に対しわざと晒すように戦っている。
彼らがいなければとうの昔に黄金の夜明けは消滅していた。今も見ている前で敵の雷撃を受けた異星生物艦が内部から膨れて弾けるように轟沈するのを目の当たりにし、大提督は屈辱に歯噛みをした。
「おのれ、口惜しい……! 友軍を盾にしてむざむざ見殺しにし、我が身を守らねばならんとは……!」
「大提督。お気持ちは分かりますが、本艦の火力はこの状況を打破する為にも失ってはなりません。どうか賢明なご判断を」
「わかっておる……。くそ、地上部隊はどうした?」
「……! 惑星地表から高次元マーカーの信号を確認!」
「よし!」
らしくもなく快哉をあげて大提督が席から身を乗り出す。
「すぐさまアリステラ本部にヘルストライク弾の発射を要請しろ!」
「了解!」
「ここからが本番だぞ貴様ら! 弾頭の到着までに可能な限り敵戦力を削り、弾頭の迎撃を阻止する! こちらから宙域データを送っているからすぐ近くに転移してくるはずだが、それでも万が一がある! いいか、これを外せば次は無いぞ、心してかかれ!」
作戦の最終段階に入った事を確認し、艦橋が俄かに慌ただしくなる。そんな時だった。
「? これは……ボルドゲルド星系宙域に、ショックポイント航法の予兆を確認! 何かがショックアウトしてきます!」
「何?」
いくらなんでも早すぎる、恐らくヘルストライク弾頭ではない。異星生物艦隊の増援でもないだろう、ショックポイント航法を使うのは人類だけだ。
となると、堕ちた星見の増援か、あるいは体勢を立て直した西方人類軍の一部勢力がこちらのメッセージに応えて救援に駆け付けたか。
「場所はどこだ」
「少し離れていますが、バール・ゼプツェーン近隣の宙域です。まもなく現実空間に出現します」
「……反応、でました! この信号は……人類軍です! ですが西方人類軍ではありません!」
「どこの所属だ?」
「北方軍です! 北方人類軍総旗艦“ヘルヴェル・アルヴィト”の信号を確認! 他、戦艦の存在を多数確認!」
「……なんだと。北方軍?」
大提督は眉をしかめた。
少なくともその知らせは、単純に応援として楽観視できるものではなかったからだ。何故ならば、各方面軍は政治的に対立している。西方人類軍の混乱に、北方人類軍の総旗艦が殴り込んでくる。
嫌な予感がした。
すぐさま、大提督は通信機を手にし、来客への通信を試みた。
「こちら、セカンドテラ絶対防衛戦隊”金色の夜明け”旗艦、“インビンシブル・ハンド”!! 北方人類軍総旗艦“ヘルヴェル・アルヴィト”に告ぐ! 何のつもりでここに来た、管轄を越えるにあたって一言もないなど越権行為も甚だしいぞ!」
大提督が通信越しに怒鳴る。立場的には、北方軍総司令よりも、黄金卿直轄の彼の方が立場が上だからこその態度だ。
だがしかし、それに対して北方軍は答えない。通信不良? 確かにこの宙域は堕ちた星見によって妨害が行われているが、しかしこの距離で全く繋がらないとは思えない。
「応えろ、“ヘルヴェル・アルヴィト”!! 貴様らの作戦目標はなんだ……」
「大提督! 北方軍艦隊付近に、さらにショックアウトを確認! 識別コード……戦略級決戦兵器に該当! これは……グラビトン・レンズです!!」
「なんだと!?」
顔を上げる大提督に確認できるよう、拡大された映像が艦橋の空中に投影される。長距離光学撮影でいささか画像が荒いが、そこには円陣を組んで展開する北方軍の艦隊の姿が見えた。中央には、総旗艦である“ヘルヴェル・アルヴィト”の姿もある。
ヘルヴェル・アルヴィトはインビンシブル・ハンドの劣化量産型とも言える“ワルキュレー”級の一隻だ。惑星破砕砲こそないが、艦首中央に大型ターボレーザー砲を主砲として備えている。随伴している艦も同系統の設計思想の、極端な大鑑巨砲主義艦ばかりだ。
そんな戦艦群の後方に、大規模なショックアウト反応。星を覆うほどの規模のオーロラを突き破って出現したのは、小惑星ほどもある巨大なリング状の艦だ。
凄まじく大きい。隣に並ぶ戦艦が小舟のようだ。ちょっとした宇宙コロニーほどもあるその巨大構造物は、北方軍が有する戦略兵器の一つだ。
中央としてすべての人類軍の機密に無条件アクセスできる大提督は、もちろんその存在を知っていた。そしてその運用方法も、その性能も。
戦慄に脂汗が彼の頬を滴り落ちた。
「奴ら、我々ごとバール・ゼプツェーンを……いや、堕ちた星見ごと我々を葬り去るつもりか!」
<戦場のひみつ:東西南北の人類軍は、その後ろ盾や成立経緯、軍を支える経済基盤などの問題から、組織的には同じ指揮系統の元に存在する軍でありながら仲がよろしくない。むいろ敵対していると言える。しかしながら、古来から予算等をめぐって軍内の派閥が対立するのは必然的な事であり、その事に対し黄金卿ら中枢は不干渉を貫いている。>