未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:パワーソードは刀身に斥力場を発生させて破壊力を向上させた近接武器である。動力を内蔵している他、製造には多数の機密が絡む為、所有するのは将官クラス以上に限られており、強力な武器というより勲章の類としての意味合いが強い。また刀身の攻撃力強化にはさまざまなパターンが存在し、必ずしも斥力場を纏うのみには限らない。>
赤い光に飲み込まれた後、気が付けばアレックスは赤い奔流の中で翻弄されていた。
血を思わせる濁流の中、手足の自由も利かずに激流に流されるまま、上下も分からぬ状態で振り回され続ける。防護服を着ていなかったらとっくに溺れていただろう。
バイザー越しに見る赤い流れの中に、妙な光景が見えた。
粗末な毛皮を体に巻き付けただけの裸人が、同じような裸人を襲い殺している。
怒りのあまり悪魔のような顔をした女傑が、手勢を率いて血の海を行軍している。
石を積み上げた祭壇の上で、神官が生贄の心臓を生きたまま抉り出している。
薄汚れた衣服を身にまとった市民が壁に一列に並べられ、銃で射殺されている。
列を作って立ちはだかる市民を、戦車が容赦なく挽き潰している。
数限りなく流れていく、どこかで、いつか行われた殺戮。
アレックスはそれらの光景を知らない。
だが、それらの光景が人類史に於いてかつてあった流血の記録である事は説明されずともわかった。歴史の果てに消え去った、数えきれないほどの争いと愚行。そしてそれはやがて今につながっていく。
変わらない人の本質。いや、人に限らない。
略奪と殺戮は生命の本質。奪い、育み、そして奪われる。ありとあらゆる命はこの輪廻の中に組み込まれている、例外は無い。人は食物連鎖から抜け出したと思っているがそれは間違いだ。宇宙に出れば、人とてただの一生命でしかない事は嫌というほど思い知らされた。
流される数多の血。そこでアレックスは、自分を取り巻く物が濁った血流である事に気が付いた。未来永劫過去永劫流された血が、この空間を満たしている。
気が付けば流れる血流は、血塗れの手へと変わっていた。アレックスの足に、手に、すがりつくようにまとわりついてくる。爪の割れた指先が防護服の装甲をガリガリとひっかき、化学繊維の布地を引き千切ろうと掴んでくる。アレックスを自分達と同じ怨嗟の血流の奥へと引き込もうとする力に抗い、アレックスは無意識に手を伸ばした。
その手を、掴み返す指があった。
はっとして顔を上げる。
そこに居たのは、果たして顔も知らぬ有象無象ではなかった。
血に汚れた軍服に身を包んだ、痩せ気味の青年。大人しそうな笑みを浮かべる彼の鼻にはひび割れた眼鏡がのっていて、肩からざっくり、反対側が見えるほどの深い裂傷が見て取れた。
知っている。アレックスは、この青年を知っている。
「アンドリュー……」
同じ惑星ウィンザード出身の同期。行政に携わる家の長男で、本来ならアレックスと同じく徴兵なぞされない立場であるはずの彼は、訓練戦艦での日々をせっかく生き延びたのに、最初の任務で戦死した。
彼は己の名を呼ぶアレックスに笑みを深めると、ぐっと手を強くひいた。すがりつく亡者の手の中から、アレックスの体が引き上げられる。
困惑するアレックスにアンドリューは無言のまま、とん、と彼の胸元を叩いて押しやった。軽く叩かれただけなのにその力には抗いがたい圧力があり、抵抗もできずにアレックスの体が背後に流される。二人の間を遮るように、血の流れが轟くように流れた。
「アンドリュー!」
轟々と流れる血流の向こうに、たちまちアンドリューの姿が掻き消える。思わず近づこうとしたアレックスの肩を、今度は背後から誰かが軽くたたいた。
はっとして振り返る。
「ジョシュア」
「…………」
そこに居たのは体の半分を強酸で溶かされた金髪の青年だった。彼は左半分が溶け崩れた顔でぎこちない笑顔を浮かべると、首を横に振る。そして、頭上を指さした。
指につられてアレックスが振り仰ぐと、血の流れの向こうで、何かが白くぼんやりと光っているのが見えた。顔を戻すと、すでにジョシュアの姿は消えている。
血の流れに乗る様にして、彼の指し示した方へと向かう。
その途中で、懐かしい顔と次々にすれ違う。
パミッタ。訓練戦艦での生活に耐えられず衰弱死した年下の青年。
アン。最初の戦闘で、他の仲間ごと生体プラズマで爆死した女性。
ケットス。少し笑い声を漏らしただけで政治将校に射殺されたお調子者の青年。
ドット。先走って尖兵級に絡まれ、手足や首をねじ切られて殺された短気な青年。
他にも、同じウィンザードから旅立ち、アレックスを置いて先に逝ってしまった者達が、死した時の無残な姿で、アレックスを導くように姿を見せる。
白い光がどんどんと明るくなっていく。周りを流れる血も、濁った赤黒い色から、透明感のある綺麗な赤へと変わっていった。
そしてアレックスは、最後に彼女と邂逅した。
軍服ではない。ウィンザード家が採用している侍女服に身を包んだ、ちょっとそばかすの目立つ茶色い髪の少女。
何年ぶりかに見る、幼馴染で、特別だった彼女。
アレックスの専属侍女で、妹の親友で、そして様々な初めてを一緒に迎えた相手。
「…………メイ」
微かに微笑む彼女は、彼の記憶にある限りの美しい顔立ちのままだ。
彼女の死因が戦死ではなく、流行り病による病死だったからだろうか。それとも、アレックスの記憶では、闘病生活に痩せ細った骸骨のような姿ではなく、元気なままの美しい姿が色濃く焼き付いていたからだろうか。
「メイ。俺さ。お前にまた会えたら、言いたい事がいっぱいあったんだ。ただそれだけの為に、ただ生きて、ただ戦って……何を言おうか、そればかり考えて……」
「…………」
「でも、でもさ。今、言える事は何もないんだ。言うべきじゃないんだ……。ごめん。ごめんよ、メイ……」
目に涙を浮かべて謝るアレックスに、メイは皆まで言うな、と右手を前に突き出して顔を振った。アレックスはそれに、一度だけ頷き返す。
ここがどこなのか。概ねそろそろわかってきていた。地獄や天国でもなく、恐らくここは、堕ちた星見の呼び出した神の体内だ。これまで失われた命をリソースに神の肉体を作り出した結果、ここには多くの死者の残留思念のようなものが渦巻いているのだろう。
多分、本人の魂があるとか、そういう話ではない。
それでも、失われた者達の顔を再び見る事が出来た。そして怨嗟と憎しみ、悲しみの渦巻くここで、彼らは穏やかな顔でアレックスを導いてくれた。
それでもう、十分だ。十分すぎる。
外ではきっと、部下達や仲間達が今もあきらめずに戦っている。アレックスもまた、戦いに戻らなければならない。
失われた彼らに土産話をするのは、すべてが終わった時だ。
「きっと、その為に導いてくれたんだろう?」
「…………」
死者は答えず、ただ、飛び込むようにして抱き着いてきた。羽毛のように軽い体がぎゅっとアレックスを抱きしめる。防護服には、彼女の体温も柔らかさも伝わらず、抱きしめる彼女にも硬い鉄の感触が返っただけだろう。
間近で彼女が何ごとかを囁く。声にならないその呟きを、唇の動きで拾う。
「ああ。わかった。必ず。必ずだ」
「…………」
数秒見つめって、彼女は身体を離した。少し距離を話して向かい合う。一歩踏み出せば届く距離だが、先ほどと違ってお互いの間に強い隔たりを感じる。きっと、手を伸ばしても届かない。
死者と生者が交わる事はない。宇宙の有り様が脅かされ、すべてが曖昧になったこの瞬間だからこそ、許された事。これ以上を望んではならない。それは、アレックスが倒すべき敵の所業だ。
メイの姿が血流の向こうに霞んで消えていく。
それにもう振り返る事はなく、アレックスは頭上の白い光に向けて浮上した。手を伸ばし、血の流れの向こうへと手を伸ばす……。
「ここは……」
そして意識を取り戻す。
アレックスは、気が付けばパワーソードにぶら下がるようにして、なんだか高い所にぶら下がっていた。視界の右側に延々と赤錆色の壁が広がり、それにパワーソードを突き刺す事で辛うじて張り付いていたようだ。
下を見下ろすと、バール・ゼプツェーンの大陸の形状が霞んで見える。少なくとも雲よりは高い場所にいるらしい。
逆に見上げると、宇宙空間の暗黒……ではなく、なんか赤く染まった星空と、見覚えのある艦影、遠くで何か燃えているやたら巨大なプラズマ塊と、巨大な腕らしきもの。
首を傾げてしばし考え込んだアレックスは、納得してパワーソードを突き刺している壁と、蠢く巨大な腕との間で視線を往復させた。
「なるほど」
一人納得し、パワーソードを引き抜いて赤錆色の地肌に指をかける。そのままロッククライミングの要領で、アレックスはえっちらおっちら宇宙に向けて邪神の体を昇り始めた。
そして、今に至る。
どうにか頂点、邪神の頭に昇り詰めたアレックスは少し休憩を入れながら、周囲の状況を確認した。場所は多分、巨体の額。大きさで言えばかつてみたNEUROに匹敵するだろう巨体だ、流石にちょっと正確な位置は把握しかねる。それこそ、カオシラミか何かになったような気分だ。
目の前には、柱にしか見えない巨大な邪神の角が生えており、そこに半身を融合させた髑髏の頭目の姿が確認できる。奴はアレックスの登場がよほどに予想外だったのか、常の余裕を見失って取り乱しているようだった。
『アレックス・ウィンザード。何故貴様が、ここに』
「昇ってきた」
『そうではない! 貴様は我が神の一部となったはずだ! いかに強い自我を持ち合わせていようと、無量大数の怨念の中で自我を保てるはずがない! 一体何をした!?』
「ん。まあ別に教えてあげてもいいけどさ……あんたにゃ多分、理解できないよ」
『ちぃ……!』
舌打ちをしつつも、髑髏の頭目は衝撃から立ち直りつつあった。その態度と声色に冷静さが戻ってくる。だがそれは所詮付け焼刃だ。よく知るからこそ、戻ってきたアレックスが信じられず、芯はまだグラついている。
ここが付け込みどころだ、とアレックスは覚悟を決めた。
『まあいい。神は降臨した。今更貴様一人、戻ってきたところでどうという事も……』
「あ、そうとぼける? とぼけちゃう? 別に私は高次元視座理論に詳しい訳じゃないけどさ。それでも流石に見ればわかるって」
休憩はここまで。立ち上がってパワーソードを構えつつ、アレックスは開戦の合図を放つ。
「お前が楔だな?」
『っ!!』
頭目が周囲に4発の怨霊弾を呼び出す。それに対し、アレックスは獣のような前傾姿勢で躍りかかった。
◆◆
一方、その頃。
信号弾で状況を伝えたミリシアとマイク達特殊部隊は、大気圏内で待機していた特務艦スクリームと合流、一路宇宙を目指していた。あとは小型機を用意し、邪神の元へ突入するのみである。
だが、ここで問題が起きた。
小型機を運転できる人員がいないのだ。
ミリシアは言うまでもなく、また特殊部隊の方は操縦手を務めていた隊員が墜落時に負傷し、とてもではないが万全の状態で操縦に臨めるとは言い難い。他の隊員も操縦ができないわけではないが、その技能は大きく劣る。デブリの大量に飛び交う宙域を突破し、神の元へ向かえるかは微妙なラインだった。
特務艦スクリームの方も、大気圏内で敵の襲撃を受けたほか、邪神が降臨した際の精神的なダメージが非常に大きい。艦内は荒れ果て、廊下には負傷者であふれかえっている。小型機を飛ばせる人員がいたとしても、連携も何もない。それなら下手でも、気心知れた仲間でどうにかする方が作戦の成功率はまだ高いだろう。
もはややるか、やらないかという問題だ。
覚悟を決めてミリシア達は小型機の展開を進める。操縦するのは、とりあえずという事でネルスに決まった。仲間全員の命を預けられて、震える手が操縦桿を握りしめる。
「が、がんばります……!」
「ごめんね、無理するなとは言えない、全力で無理して!」
「……ガンバ」
「急ぎましょう、何ともならなくてもみんな死ぬから気軽にね!」
「無茶苦茶いうなぁー!?」
仲間たちの激励なんだか諦めなんだかわからない声援を受けて、ネルスは小型機を発進させた。操縦桿がやたらと重い、後部に詰め込んだ特殊部隊達のせいだ。
それに小型機といえど、宙間機は操作する事が非常に多い。あれこれパチパチ操作盤を操作するネルスは、本気で腕が六本欲しいと心から思った。
「ええい、この、くそ! なんでこんなに複雑なのよ、……って、ん? レーダーに反応……小型の異星生物艦?」
不意にレーダーに反応。詳細を確認すると、それは異星生物の小型艦のようだった。普段はミサイルキャリアーとして無数の自爆生物を搭載して高速飛行するそれが、あきらかに普段より遥かに遅い、通常の連絡艇程度の速度で近づいてくる。攻撃の意志は感じない。
見守るネルスの前でその小型艦は並走の態勢に入る。その灰色の甲殻に覆われたキャノピーらしき部位が内側からベリ、と引っぺがされ、その内部から出てきた姿にネルスは目を見開いた。
「え、ええ!? 貴方、無事だったの!?」
◆◆
ざっと50m。アレックスは彼我の距離を大体そのぐらいと見積もった。
強化服を装備している今なら、5秒と掛からず駆け抜けてしまえる距離だ。しかしそれは勿論一切の妨害が無い状態での話であり、敵の苛烈な攻撃を掻い潜りながら進むには少し遠い距離とすら言える。
四発の怨霊弾が迫りくる。ふらふらと動いているので一見動きが遅そうな印象を受けるがとんでもない。銃弾よりいささか遅い、といった程度であり、瞬きする間に怨霊弾が至近距離まで接近している。
これは強い誘導性能を持っている。回避してやり過ごすのは無理だ。
そう結論し、ハンドガンを向ける。赤紫の炎の中に浮かぶ苦悶の顔に狙いを定めて、4射。現実に固着する為の核を打ち抜かれた怨霊たちは、忽ち煙のようにかき消えた。
楔がなければこんなものだ。まだ物質宇宙の法則が生きている限り、怨霊だの念力だの曖昧な力はどれだけ強力でもふとした拍子で消え去ってしまう。
例えそれが邪神と呼ぶべき強大な存在であってもだ。
改めてそれを確認しつつ前に進むアレックス。狙いは髑髏の頭目が融合している角の破壊。
ただ接近すればいいというだけでもない。標的は直径5mはありそうな太い角だ。邪神の体格だと髪の毛とそう変わらないのだろうが、人間の身からすると破壊するには太すぎる。悠長に爆弾を設置させてもらえるとは思えないし、手持ちの装備で破壊する方法は恐らくただ一つ。
パワーソードで切込みを入れ、内部でプラズマアタッチメントを自爆させて破砕する。それしかない。
そしてそのためには当然、一発撃ったらオーバーヒートするプラズマ弾は使えない。それを温存した状態で、数々の攻撃を潜り抜けて髑髏の頭目の元までたどり着かなければならない。
「上等だ」
自身を鼓舞するように口ずさみ、次の一歩を踏みしめる。
対して髑髏の頭目は、何が何でもアレックスを迎撃する構えだ。怨霊弾に加え、杖を振ると炎の線が走り、そこから滝のように炎が吹き上がる。防護服越しでも熱いと感じるほどの熱量、触れれば鉄でもドロドロに溶かす。試しにハンドガンの一撃を撃ち込むが、銃弾は突き抜ける事なく炎の中で蒸発した。突破は不可能だと見ていいだろう。
壁のように道を遮る炎を迂回すると、そこに曲線を描いて怨霊弾が襲ってくる。ハンドガンで迎撃するが、マガジンの中の弾丸は次々とへっていく。
吹き上がっていた炎の壁が倒れるようにのしかかってくる。咄嗟に身を翻し、サーファーのようにスライディングで炎の中をすり抜けるものの、相手の狙いはそれだ。アレックスの回避経路を限定した所で、ガラスのような鋭利な破片を空中に浮かべて放ってくる。シルバが似たような攻撃を使っていた、見覚えがある。
「ちっ!」
身を捩って最初の一撃を回避するが、二発目、三発目とアレックスを追って透明な刃が降り注ぐ。これは避けきれないと判断してパワーソードを振るう。刀身の斥力場は不可思議な力の刃を割砕いて見せたが、細かな破片が飛び散った。そのうちの一つがアレックスの頬をかすめて切り裂き、血が飛び散った。
見た目以上に鋭い。うかつに迎撃すれば、その破片で全身をズタズタにされかねない。
一連の攻撃がアレックスに有効と見たのか、髑髏の頭目が再び杖を掲げ、レーザーのように炎の線を走らせる。
およそ1秒。先ほどみた、線が走ってから炎が噴き出すまでのタイムラグ。
その僅かな間隙をぬって、アレックスは懐からハンドグレネードを引き抜いた。ピンを抜きつつ投擲し、炎の線の向こうに二つほど転がす。
直後、炎の壁が噴き出して行く手を遮る。このままでは袋のネズミだが、そこで投げ込んだグレネードが起爆した。爆薬の炸裂と飛散する無数の破片が、炎の壁を打ち破る。それによって、包囲網に穴があいた。本来ならばこの距離での起爆はアレックス自身も自爆しかねないが、炎の壁が爆発の衝撃と破片を受け止めてくれる。涼しい顔でアレックスは駆け出し、火の輪を潜るように、炎のカーテンに空いた穴を走り抜ける。
「貴様……ちょこざいな真似を!」
待機させておいた刃の魔術を頭目が放つが、体勢を崩されていなければアレックスの脅威ではない。多少迂回しながらも軽々とかわし、間合いを詰める。
あと20mほど。
もう目の前といってもいい。あと少し……そう内心で鼓舞をかけたアレックスだったが、突如襲ってきた悪寒と降り注ぐ怪しげな光に反射的に足を止めてしまう。
はっと振り仰ぐ。
頭上には、赤く染まった宇宙が広がっている筈。だが今アレックスの視界に移るのは、夥しい数の怨霊の群れだった。苦悶にのたうつ人魂が、宇宙の赤を塗りつぶすほど犇めいている。
『星見の姫と同程度だと思ったか?』
髑髏の頭目が嘲笑う。
『先ほどまでのはほんの余興よ。神とつながった我の振るう力、人知の及ぶものではない。骨も残さず悪霊どもに食らいつくされるがよいわ』
「ち……っ!」
手持ちの武器で対応できる攻撃ではない。一か八か走り抜けるにも、怨霊の雨が落ちてくるほうが早い。
駄目だ。完全に詰んだ。
『では、死ね…………ッ?!』
突然、足場が揺らいだ。否、とアレックスは考え直した。
今立っているのは大地ではなく、邪神の体表だ。何かの影響で、邪神が大きく姿勢を崩したのだ。そのせいで額に立っているアレックスは大きく揺さぶられ、足が宙に浮く。このままでは宇宙に放り出される、と慌ててしがみつくも、ほんの一瞬浮遊しただけで随分と流されてしまった。そのせいで、せっかく詰めた距離がまた大きく引き離されてしまう。
一方この衝撃で、空を覆っていた無数の怨霊弾はどこかへいってしまった。良かったとも悪かったともいえる。
だが何が起きた? 髑髏の頭目の意図した事ではないはず、とアレックスは周囲を見渡した。
そんな彼の目に、鋭い閃光が差し込む。まぶしさに目を細める間にも、二度、三度と眩い光が弾けた。
艦砲射撃だ。
生き残っている黄金の夜明けの艦隊、その戦艦が邪神目掛けてレールキャノンによる砲撃を繰り返している。邪神はそれを不可思議な力場で防ぎ続けているようだ。
不思議な事に反撃する様子はない。タコ殴り状態の邪神に対し、艦隊からは無数のミサイルも放たれ、爆発の炎が邪神の巨体を覆う。ダメージにはなっていないようだが、微細な振動がつたわってきてアレックスの足を揺らした。
『ぐ、ぐぅ……!』
艦隊からの砲撃そのものは防がれている。が、一方で途端に控えめになった髑髏の頭目からの追撃。
アレックスの脳裏にピコンと閃きが走った。
「ははーん。俺の相手に手いっぱいで艦隊攻撃への防御に集中できなくなったな?」
『!』
答えは確認するまでもない。頭目の動揺をついたアレックスが、一気に距離を詰める。迎撃の妖術が飛び交うが、その数と勢いは先ほどまでと比べてあきらかに減退している。艦砲射撃に意識を割かれてこっちに集中できていないのだ。
考えてみれば当然の話だ。神の力を使えるなどと頭目は豪語したが、それはあくまで自由にできるリソースが増えただけ。それを処理しているのは頭目自身だ。人間、いや元人間かもしれないが、出来る事には限界がある。
アレックスに集中すれば、艦砲射撃への対応に集中できない。かといって艦砲射撃に集中しすぎれば、目の前のアレックスが野放しになる。二律背反、まったくの偶然だがここに人類側の連携攻撃が成立していた。もしここにいるのがゴキブリのようにしぶといアレックスでなければ、こうも上手くはいかなかっただろうが。恐らく頭目も、そこを見誤った。
さらにいえばそれこそ虫のようにアレックスを払い落とせない理由が頭目にはあった。額についたハエ一匹、人間であれば平手一発でカタがつくが、皮肉な事に神だからこそ迂闊な事ができない。現実世界に定着していない神は不安定な状態であり、己自身へ攻撃を向けるような事をすればそれは自己批判の概念となり、曖昧な基礎部分が崩壊しかねない。言葉遊び一つで自己矛盾をおこしかねないほど、邪神はまだ不完全なのだ。
『ぐ、この……分かっているのか?! あの者どもは神の上にお前がいる事などおかまいなしに砲撃してきているのだぞ!? ここで我の邪魔をすれば、貴様も……!』
「だからそれが仕事で来てると言ってるだろ!!」
言葉でアレックスを食い止めようと繰り出される虚言だが、あまりにも今更過ぎて微塵も心に響きもしない。脚を止めようと横合いから向かってきた怨霊弾に目もくれずステップ一つで回避したアレックスが髑髏の頭目めがけて銃弾を連射する。
そのほとんどは不可視の防壁にはじかれるが、あきらかに常よりも防壁が貧弱だ。たまたま隙間を抜けた一発が杖を打ち、古い木で作られた呪術の杖は半ばから砕け散った。先端についていた怪しげな宝玉が堕ちて転がる。
『お、おのれ……っ!』
「貰った!」
パワーソードを振り被り、ついにアレックスが残り5mのラインを踏み越えた。あと数歩踏み込めば、跳躍で刃が届く距離だ。それに対し、髑髏の頭目は明らかに迎撃の手筈、その精細をかいている。
獲った、そう確信して跳躍するアレックス。横なぎに振るう刃で、髑髏の頭目もろとも角を切り裂こうと振りかぶった。
『……いや、少し遅い』
その最中、頭目とアレックス、その両者の間の地面に突如怪しげな魔法陣が浮かび上がった。赤い光を放つそれから、ぬ、と何かが姿を顕す。
「な!?」
ガキィン、と手に響く衝撃と共に、降りぬこうとした刃が受け止められる。ギチギチと刃をかみ合わせてそこから一歩も動かないそれは、髑髏の頭目の配下である歪んだ騎士の姿。
それも一体ではない。周囲に今度は無数の魔法陣が展開され、次々と騎士達が姿を顕す。
頭目の、遠距離召喚術。
しまった、とアレックスは舌打ちした。一度モルガンヴェールで目にしたのに、その存在を失念していた。
気が付けばアレックスは完全に取り囲まれていた。唯人に過ぎないアレックスにこの包囲を突破するのは不可能だ。
『思えば我自ら手打ちにせずとも、こやつらに任せればよかったのだ。くく、神の顕現を迎えた悦びのあまり、我とした事がこんな簡単な事を』
「ちぃ……あと少しだったんだが」
『そしてその言葉と立場は逆転した訳だ。貴様ら、遠慮する事はないぞ。宇宙を我らが神に捧げる前菜だ、丹念に引き裂いてやれ』
ジリ、と刃を片手に騎士達が包囲を狭めてくる。絶対絶命の窮地を前に、しかしアレックスはにたりと笑みを浮かべて見せた。
「……なーんてな。……今だ! DEATH、やれ!」
<戦場のひみつ:技術は使われなければ喪われるもの。黄金の夜明けをはじめとする黄金卿傘下の戦隊がすでに失われたとされるテクノロジーを保有しているのは、常時ドックで艦の解体と再建造を繰り返しているからである。新しい艦が完成するために既存の艦を一つ解体し、技術の保全を行っている。そのため、彼らの実働可能戦力は書類上より少し少ないのが常である。>