※この作品はR-18です。

未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版)   作:SIS

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<戦場のひみつ:プラズマ炉心は極めて不安定で繊細である。幾重にも施されたセーフティーによってその暴走は普段完全に制御されているが、それでも発生する莫大な熱により、高出力で運用する場合は射手が焼死する事故も発生する事がある。ただしそれでも規定の運用の範囲であれば、冷却後は普通に再使用が可能であり、戦場においては射手が死亡しても速やかに次の射手に引き継がれる。>




第八十一話 悪霊払い

 

 

「DEATH、やれ!」

 

『……んなっ!?』

 

 アレックスの口にした名前は、髑髏の頭目にとって、この局面でこそ致命的な一言だった。

 

 DEATH。光学迷彩能力を持ち、さらには何らかの方法で超常的な感覚からも逃れてみせる能力を持った異星生物の特殊工作員。また戦闘力も高く、特にその白兵戦能力は特筆に値する。

 

 だが一方で弱点も多く、防御力は大したことがなく射撃戦になればまともな武器がない。またあくまで見えないだけで実体はあるので、広範囲を巻き込む爆発が飛び交う戦地では意図せず巻き込まれる恐れがあり、砂塵が大量に空中に舞っているような環境でもその能力は損なわれる。

 

 よって、後者の条件において最悪に近いバール・ゼプツェーンにDEATHは配備されていない、それが髑髏の頭目の判断だった。

 

 それが誤りだったとしたら。

 

 知らぬうちにアレックスとコンタクトを取り、千載一遇のチャンスを狙って潜んでいたとしたら。ほかならぬアレックスは透明状態のDEATHの所在を看破した記録がある、あり得ない話ではない。

 

『どこに……?!』

 

 周囲をとっさに見渡す。相手は完全な光学迷彩の使い手だ、簡単に目視できる相手ではないが、この異常な環境ではその性能も完全ではないはず。僅かな違和感を見落とすまいと目を見張る。

 

 騎士達も同様だ。おいつめたアレックスから目を離し、周囲に視線を向ける。

 

 どこだ、どこにいる。

 

 そうやって死神の姿を探す彼らとは別に、一方。

 

 アレックスの姿は、包囲から忽然と消えていた。

 

『ん、な……』

 

 それに気が付いたのは、包囲の外から視線を振りまいていた頭目。彼は目にした、しゃがみ込むようにして騎士達の包囲、その足の間を音もなく潜り抜けて転がるように駆け出すアレックスの姿を。全く躊躇なく、予定通りのように、何か誰かに後を託すつもりもなく。

 

 遅れてようやく理解した。憤怒で目の前が真っ赤になる。

 

 つまり、これは。

 

『謀ったなぁ!?』

 

「引っかかるほうが馬鹿だっての」

 

 マジで引っかかるとは思ってなかったぜ、とヘルメットの中でアレックスがほくそ笑んだ。いくら彼でも、透明化して隠密状態のDEATHは探知できない。鎌をかけただけだ。

 

 とはいえ、そう悪い賭けではなかった。この状況で、DEATHが居ない方が違和感がある。

 

「(案外ほんとに出待ちしてたりしてな)」

 

 一瞬考えるが、すぐに意識の外に追いやる。目の前にはもう、刃の届く位置に頭目の姿だ。

 

『おのれぇ!』

 

 杖を失った頭目が腕を振り、怨霊弾を飛ばしてくる。その数2。触媒を失った事で露骨に能力が落ちている。挙動も単純なそれを首を捻って回避し、白兵戦の距離へ。

 

 頭目は下半身が角と融合している。身動きはとれず、そして守るべき角は彼の体より太い。

 

 アレックスを掴もうと手甲に覆われた腕が伸びてくる。素早くしゃがんでそれをやり過ごした彼は、そのままパワーソードを一閃させた。見えない障壁に遮られるかも、と思ったが刃は抵抗なく鎧に食い込み、一瞬の後に切り裂いた。障壁の展開には集中力がいる、艦砲射撃を防ぎつつ、アレックスを目の当たりにし、さらにブラフで翻弄され、千々に乱れた頭目はもはや満足に超常の力を振るう事もできないあり様だった。右目が破裂しても冷静さを失わずアドバイスを続けたシルバにくらべてなんと無様な事か。アレックスは侮蔑と軽蔑を込めて刃を振りぬく。

 

 頭目の右腕が肘あたりから断ち切られ、宙を舞う。切断面からどす黒い血が噴き出した。

 

『ガァッ!?』

 

 そのまま隙を突いて右側面に回り込む。

 

 ソードの出力を最大にして角にたたきつける。角質とパワーソードの斥力場が激しい火花を散らして干渉しあい、青い爆発を引き起こした。ソードを握る手に、嫌に軽い手ごたえが返ってくる。見ればパワーソードの刀身は半ばからへし折れ、砕けた刀身が足元に突き刺さっていた。

 

 だが、無力だったわけではない。

 

 角の一部に、確かに亀裂が入っている。ぎりぎり拳が入るかどうかの小さな亀裂だ。

 

 ハンドガンごとでは入らない。アタッチメントを取り外し、出力をMAXに固定。唸りを上げて手の中で震える超小型の炉心を握りしめ、角の亀裂に叩き込む。

 

「よし……っ」

 

 やった。アレックスの心に、僅かな緩みが到来する。

 

 あと数秒もあれば、暴走したプラズマ砲身がハンドグレネードの比ではない爆発を起こし、閉鎖された空間で発生したそれは亀裂を押し広げ角を破壊するだろう。ほぼほぼアレックスの目的は達成されたといっても過言ではない。恐らくアレックス自身も爆発に巻き込まれただでは済まないだろうが、爆発までの数秒の間にアレックスを殺し、その手の中にあるプラズマ銃のスイッチを解除する事はできない。

 

 もはや阻止は不可能なはずだった。

 

『嘗めるなっ!』

 

 叫びと共に、髑髏の頭目が切り札を切った。指向性を持たせない、全方向への力の放射。最低限の防備すらないそれは自分自身をも巻き込む無差別攻撃であり、多少心得のあるものなら決して使わない稚拙な手でもあった。それを、敢えて切る。

 

 頭目を中心に空間が歪む。

 

 自爆する覚悟で腕を角に食い込ませていたアレックスは、それを回避できなかった。

 

「が……っ!?」

 

 不可視の衝撃波を受けて後方に吹き飛ばされる。その拍子に腕が抜け、握りしめていたプラズマ砲身が転がった。キュィイイイ、と音を立ててエネルギーを圧縮していたそれを騎士の一人が摘まみ上げ、カチリ、とスイッチを切る。セーフティが作動し、煙を上げて臨界運転が停止される。

 

「が、くそ……」

 

 それを見て、アレックスは身を起こそうとしてできなかった。

 

 少なくとも右手と左足が折れている。強化服の胸甲もへしゃげて凹んでおり、肋骨も何本か折れているようだった。口元にせり上がってきた液体を吐くと、ヘルメットの内部が血で汚れた。内臓も傷つけたらしい。

 

 すぐに強化服の救命装置が働き薬物が躰に撃ち込まれ内出血を止めようとするが、骨折はどうしようもない。補助骨格も壊れているようだ。

 

 もはや、死に体。

 

 そんな彼を嘲笑うようにプラズマアタッチメントを見せびらかしながら、騎士達が包囲を狭めてくる。

 

『ここまでだな』

 

 嗤う髑髏の頭目もただでは済まなかった。纏っていた襤褸の外套は千切れ飛び、鎧もボコボコに凹んでいる。トレードマークである髑髏の形をした鉄仮面も外れ、その内部の醜悪な素顔が明らかになっていた。無数の腫瘍と傷跡で原型をとどめないほど変形した肉瘤のような顔の中、ぎょろりとした左目が落ち着きなく視線をさまよわせている。

 

『矮小な唯人の身でよくもまあ抗ったものだ。だが、これで終わりだ。我らが神への供物、その一部になるがいい。ああ、心配する事はない、お仲間もすぐに同じところに送ってやろう。特に貴様の女達はたっぷり可愛がってから丁寧に殺してやる。胎を割き、子宮を抉り出してお前の首の前に並べてやろう』

 

「……!」

 

 それを聞いて、アレックスは最後まで手放さなかったハンドガンを頭目に向けた。血で汚れたバイザーの向こうに覗く瞳は、尚も強い眼光を放っている。

 

 自棄になった人間の目ではない。

 

 死地にあっても、義務と誇りを喪わない戦士の目だった。

 

『……不快な目を、私に向けるな!』

 

 やれ、という頭目の指示に、騎士が剣を振りかぶる。身動きできないアレックスは、その一撃に身構えもせず、最後の弾丸を頭目に撃ち込もうと引き金に指をかけた。

 

 

 

 

 

『SYRR』

 

 

 

 ザン、と騎士の首と手が宙に舞った。そのままたたらを踏んだ体が、アレックスを通り過ぎて倒れ込む。

 

 事態を理解する前に、別の騎士の腕が跳ね飛んだ。停止させたプラズマアタッチメントを弄んでいた腕が宙を舞い、その中からひとりでにアタッチメントがふわりと浮かび上がり、するすると宙を漂った。

 

 否。何者かが、アタッチメントを手に取ってそこに佇んでいる。

 

 答え合わせのように、光学迷彩が解除される。透明なクリスタルの像に色がつくように、誰もいなかったはずの場所に一匹の怪生物が姿を露にする。

 

 タコのような頭。鎌のような右手に、ポンチョのような皮膜。肋骨から垂れさがっているアンカーのような無数の触手は、初めて見るものではあるが。

 

 DEATH。

 

 異星生物最高の破壊工作員が、そこにいた。その手の中には、取り返したプラズマアタッチメント。

 

 間に合った、と“彼”は内心安堵した。

 

 出待ちしていたかのようなタイミングのよさだが、何もかも偶然だ。

 

 そもそも地上部隊の支援目的で密かに降りていたのはいいものの、邪神の降臨とLORDとの通信途絶という事態を前に独自判断で動く事を求められた彼は、とりあえず邪神の額を目指して移動した。確保した攻撃機級を直接接続でコントロールを取り戻して邪神の体に取りついて、その体をひたすらよじのぼってここまで来た。

 

 まさかアレックスがいるとは思っていなかったし、彼がいいところまで邪神を追いつめているのも想定外だった。

 

 だがしかし、驚きはなかった。アレックス・ウィンザードという人間の個体はそういう星の元にいる。異星生物はそう認識していた。

 

 そして後は、遅れてきた自分の仕事だとも。

 

 スイッチを、粘液で塗れた指先が再びONにする。ヴオオオン、と再びプラズマ炉心が臨界運転を開始した。

 

『……ソイツを止めろぉおおおお!!』

 

 絶叫のような頭目の叫びと共に、騎士達が雪崩を打って襲い掛かる。それに対しDEATHは再び光学迷彩を起動すると、標的を見失った騎士達の間をすり抜けるようにして包囲を抜けた。

 

 そのまま高速で頭目の元へと走り寄る。だが漂っている赤い粉塵と反応してか、ぼんやりとそのシルエットが赤く浮かび上がっており、その姿は完全に透明とは言い難い。さきほどは不意を打たれたから通じただけで、やはりこの環境では完全な光学迷彩は機能しないようだった。これではDEATHといえど一方的に戦う事はできない。

 

 最後の殿として頭目の傍に控えていた騎士が剣を抜く。まずい、とアレックスが危惧を抱いた。DEATHと騎士、光学迷彩のハンデがなければ騎士の方が近接戦闘では有利だ。このままでは迎撃される。かといって、身動きできないアレックスに出来る事はない。

 

 あとはただ、信じるしかない。

 

「DEATH、頼む……!」

 

 交錯は一瞬。

 

 跳躍するDEATHと、側近の剣が空中で交差した。

 

「あ……」

 

 切り裂かれる、おぼろげなシルエット。飛び散った鮮血に、アレックスが思わず声を上げる。

 

 が、側近とアレックスは共にすぐさま気が付く。

 

 “軽い”。

 

 空中で切り裂かれたDEATHの躯がふわりと落ちる。見れば、それは奇怪な異星生物の死体ではなく、それが纏っていた光学迷彩の皮膜だった。

 

 ……光学迷彩は、周囲に溶け込んで姿を晦ます。だがそれを応用すれば、あるはずの無い物を映し出し、攪乱に使う事もできる。

 

 その事に居合わせた者が思い当たった時には、既にDEATHは仕事を終えていた。

 

『馬鹿、な……っ!?』

 

 頭目の融合した角の亀裂から、バク転しながら距離を取るDEATH。その左腕は根本から失われて粘液を滴らせている。では、左腕はどこにいったのか。

 

 ……アレックスがつけた亀裂。そこが、青紫色の肉塊で埋められている。DEATHが左腕ごとプラズマ砲身を叩き込んだあと自切したのだ。これでアレックスの二の舞にはならない。

 

 角の角質ごしに、青白い光が迸る。臨界を越えたプラズマ炉心の暴走。超硬質の角質内で弾けたそれが、圧力に抗うようにして膨れ上がる。致命的な爆発の気配に、アレックスはその場に身を伏せ、DEATHはさらにもう一歩、跳躍して距離を取った。

 

 そして角と融合している頭目には、もはや何もできることはない。

 

『ふざけるな、ふざけるなぁ! 我らの悲願が、こ』

 

 頭目の最後の言葉は、途中でかき消えた。暴走したプラズマ炉心の爆発が周囲を飲み込み、全てを消滅させる。その光の中に飲み込まれた頭目と数名の騎士は、一瞬で全身の肉と鎧を沸騰させてこの宇宙から消え去った。

 

 

 

 全てを破壊する、プラズマ炉心の臨界爆発。

 

 あとに残るのは、邪神の体表をえぐるクレーターだけだ。邪悪なたくらみの首謀者の姿は、そこには残されていない。

 

「やった、のか?」

 

 現実感が無いまま呟くアレックス。

 

 爆発に巻き込まれず生き残った騎士達は、茫然としたようにその場に佇んでいる。DEATHは油断なく、周囲に警戒を配りながら事態を窺っていた。

 

 突然、足元が激しい揺れに襲われる。同時にどこからか聞こえてくる、身の毛のよだつような叫び声。

 

 それが邪神の断末魔だと、アレックスは遅れて気が付いた。

 

 巨大な邪神がのたうち回りながら体を捩らせている。当然その頭も激しく揺さぶられ、皆、立っていられず膝をつく。何人かの騎士が体勢を崩し、そのまま宇宙に投げ出された。

 

 不意に影が差した事に気が付いたアレックスが顔を上げる。見れば、巨大な手がアレックス達の頭上を覆うように振ってきていた。苦悶のうちに反射的に顔に手をあてた、といった感じのようだが、虫のように額に張り付いているアレックス達はこのままではぺしゃんこだ。

 

 だがアレックスは片手片足が折れている。匍匐前進もできないこのありさまでは逃げ出す事もできない。

 

「……!」

 

 それを見て真っ先に動いたのはDEATHだった。彼は素早くアレックスの元へ駆け寄り、彼を抱きかかえて全力疾走する。どんどん頭上に巨大な掌が迫ってくる中、アレックスを抱えたまま、宇宙に向けて跳躍した。

 

 間一髪、背後に巨大な壁のように腕が振り下ろされる。逃げ遅れた騎士達の姿はその向こうに消える、あまりの大質量ごしであるため断末魔も何も聞こえないが、原形をとどめている可能性はゼロだろう。人類と異星生物その両方に多大な出血を強いてきた卑劣漢どもの最後としては、あまりにもあっけないものだった。

 

 とはいえ、アレックス達も悠長にはしていられない。

 

 邪神の頭から逃げ出したところで、その先は無限に広がる宇宙空間だ。このままではアレックスもDEATHも真空を漂った末に餓死か窒息死するだけである。邪神の手のひらに潰されるよりはよっぽどマシだろうとはいえ、その末路はあまり歓迎できるものではない。

 

「おい、助けてくれたのは礼を言うけどこの先の展望はあるんだろうな?!」

 

『SYRRR』

 

 駄目だ言葉が通じねえ! とアレックスは頭を抱えた。

 

 イライラしてもしょうがない。任務は果たした、なるようになれ、の心で彼はとりあえず平静を取り戻した。

 

 ぬるぬるの腕に抱えられながら、離れていく邪神の肉体に目を向ける。気が付いたら邪神の肌の上だったアレックスがその全体像を確認するのは初めてだ。

 

 堕ちた星見が呼び出した神らしく、醜悪極まりない姿だ。同時に、どこか畏怖のような物を感じずにはいられない。悪魔のような姿だ、という感想が心に沸いてきて、人という種に刻まれた恐怖のイメージはああいうものなのかもしれないとぼんやりとアレックスは考えた。

 

 しかしその姿は、今や崩壊寸前だった。顔を両手で押さえ仰け反るその肉体は徐々に崩壊が始まっており、あちこちが乱れた立体映像のように輪郭が消失し、消え始めている。崩壊は末端から徐々に広がっており、まだ質感を残している部分にも無数の亀裂が走り、倒壊寸前の建物のようでもある。

 

 その巨大さ故すぐさま崩壊していないだけで、すでに手遅れの状態に陥っているのは誰の目にも明らかだった。縫い留める針一つ失うだけでこれというのは、ある意味では酷く儚い話でもある。

 

 どれだけ強力でも、幻想は所詮幻想にすぎないのだ。

 

 と。

 

 ぼんやり眺めていたのが悪かったのだろう。

 

 己の顔を抑えて悶絶する邪神。その指の向こうから、ギラギラと輝く血走った金色の瞳と視線があう。あってしまった。

 

「あ、やべ」

 

 邪神が腕を伸ばしてくる。動くにつれて加速度的に崩壊が進んでいくが構いもしない。

 

 もはや死が逃られぬと理解した時、だいたいやる事は二つだ。全てを諦め受け入れるか、最後の最後まであがいて出来るだけ道連れを増やすか。邪神が選んだのは当然後者。己の野望を打ち砕いたちっぽけな生き物を道連れにしようと、巨大な掌が迫ってくる。

 

 回避する手段はない。アレックスとDEATHは跳躍しただけで、無重力空間での推進力を持たない。これがLORDだったらPSYエネルギーでどうにかなったかもしれないが、あいにくただの工作員であるDEATHにそういった手段は使えない。

 

 完璧に万事休すである。ただ、当事者達に恐怖はなかった。

 

 このままではどうせ漂流の果てに死ぬだけであった。どうせ死ぬ相手にわざわざトドメを刺しにくるのは滑稽であったし、邪神も今更アレックス達を殺したところでどうにもならない。文字通りの無意味な最後の足掻き、全て無意味に終わる事を分かっていて手を伸ばしてくる様子を嘲笑う余裕すらあった。

 

 最後の最後にヘマしたなあ、そう思ってぼんやりと迫りくる死そのものを眺めていたアレックスの視界の端を、強い光がよぎった。

 

 ザ、と通信機にノイズが入った直後、聞き覚えのある声が響く。

 

『アレックスさん!』

 

「……ミリシア?」

 

 ごう、と推進機の光の尾を引いて、一隻のランチが目の前を横切る。戦闘を想定していない移動用の小型船の窓から、一人の強化服姿の兵士が身を乗り出して手を振っている。

 

『相対速度を合わせて接近します! 手を!』

 

「いや待て、逃げろ! このままじゃお前らも……『黙って従ってください!!』お、おう……」

 

 ぐんぐん迫る巨大な手に巻き込みたくないと上げた声に返ってきたのは心底怒髪天の怒声だった。勢いに押されて口をつぐむアレックスに、ランチが照明でアレックス達を照らしながら急接近してくる。よほど腕の良いパイロットが操縦しているのか、急接近からの減速は神がかった淀みない動きだった。

 

 第77独立遊撃隊にこんな宇宙船の腕がよい人間はいない。誰だ? 気にはなったが、近づいてくるミリシアの姿に気を引き締めなおす。

 

『3,2,1……今!』

 

「ああ!」

 

 言われた通りのタイミングで、腕を合わせる。一瞬だけぐっと加重を強く感じたが、そのまま互いに体を引き寄せ合ってしがみつく。DEATHはそのタイミングでするりとアレックスから身を離し、自身は触手を伸ばしてランチの外壁にしがみついた。

 

『出して!』

 

『了解、マム』

 

 触れ合った強化服ごしにミリシアの合図、そしてそれに応えるマイクの声。たちまちランチがエンジンを危険な領域まで稼働させ、一目散にその場を逃げ出す。巨大な指が、頭上に迫ってきている。指が檻のように閉じようとしており、ランチはその中に取り残されようとしている。

 

『いや、問題ない』

 

 通信の向こうでマイクが小さくつぶやき、ランチを90度横にロールさせた。そのまま、指の間をすり抜ける。ギリギリで接触し、アンテナが折れ飛び、ひっかかった装甲が火花を散らした。操縦席にアラームが鳴り響き、激しく船内が揺れる。

 

 それでも間一髪、ランチは指の間をすり抜け……背後で、巨大な指が握りしめられた後、土くれのように砕けて崩壊した。

 

 宇宙空間を、邪神の心底悔しそうな咆哮が震わす。

 

 その視線が、なおも自分達をねめつけているのに気が付いて、アレックスが警告を飛ばした。

 

「まだだ、アイツ諦めてないぞ!?」

 

『問題ないさ。……邪神というには、随分と近眼らしいな、あいつは』

 

「え?」

 

『忘れないでくれよ。そもそも、アンタは今回の作戦、何をしに来たんだったか?』

 

 何が何でも生きて返さぬ。その殺意が形になったかのように、邪神の咥内に赤い稲妻が迸った。それは忽ち収束し、雷球の形をとる。小さなランチごとき、掠めただけで消し飛ばせるエネルギーだ。それだけのエネルギーを絞り出した事で全身の崩壊が進むが構いもしない。

 

 それを放とうとする瞬間、邪神はようやくそこで、自らにかかる影に気が付いた。

 

 はっとして見上げる視線の先。

 

 そこに、灰色に輝く尖塔のような物体があった。全長数キロと、下手な巡洋艦より巨大なサイズを誇るそれは、およそ破壊という目的の為に徹底して純化された形状と構造をしていた。

 

 ヘルストライク。

 

 惑星バール・ゼプツェーン破壊の為にアリステラ本部からマーカー信号めがけて発射された巨大弾頭。様々なアクシデントから作戦の推移は滅茶苦茶になったが、それはそれとして発射された弾頭は与えられた命令をしっかりこなしていた。跳躍航行の阻害を踏まえて星系外から通常加速で目的地まで進み続けた弾頭の加速は第三宇宙速度に達し、巨大な投げ槍のように邪神の胸元に飛来した。なまじ通常の推進システムでの加速であった為に、邪神の知覚はそれを見落とし、気が付いた時にはもはや対処不能な距離であった。

 

 第三宇宙速度はおよそ秒速17㎞。邪神がその存在を認識した直後に、白木の杭がごとく、その胸板に灰色の鉄塊が突き刺さっている。

 

 邪神がぐらり、と体勢を崩す。そのまま加速度的に崩壊を速めながら、バール・ゼプツェーンの地表に落ちていく。

 

 それを見送るアレックス達の乗るランチを下側から追い越すように一隻の特務艦が姿をあらわした。特務艦スクリームは圧倒的な加速で最大船速のランチを追い越すと、相対速度を合わせてランチを格納庫に招き入れた。赤錆の目立つ格納庫内だったが備品は正常に稼働し、天井から伸びてきたアームがランチをがっちりと掴んで固定する。すぐさま格納庫を閉鎖し、スクリームは全力でこの宙域の離脱に入った。

 

 衛星軌道上に生き残っていた黄金の夜明けの艦隊も、一斉に撤収を開始する。ヘルストライク弾頭の起爆前に宙域を離れようとするそれら艦隊の後背を、まだ残る数隻の敵艦が性懲りもなく追撃するが、それは間に割って入った異星生物艦隊に阻まれた。

 

 俄かに連携と統制を取り戻した異星生物艦隊は敵艦の砲撃から我が身を盾にして人類軍艦隊への攻撃を防ぐのみならず、自らを鉄槌として敵艦にぶつけてその動きを封じ込めた。もともと数で劣っていた敵艦隊は、犠牲を顧みない異星生物艦隊の妨害に追撃どころか離脱もままならず、バール・ゼプツェーン軌道上に釘付けにされる。

 

 そして、惑星軌道上で爆発が確認された。

 

 ヘルストライク、プラネットイーター弾頭。起爆したそれは、軌道上からも観測できる巨大な火球となって炸裂した。惑星の岩盤に俄かに亀裂が入り、膨大な放電現象を伴いながら、かみ砕かれた飴玉のようにバール・ゼプツェーンが崩壊していく。

 

 こうなっては離脱も間に合わない。近隣の落ちた星見の艦隊は、居残った異星生物艦隊と共に惑星の崩壊にまきこまれ、無数のデブリの一部と化した。

 

 そして離脱したスクリームと黄金の夜明け残存艦隊は、十分に距離を取った所でショックポイント航法に入り、この宇宙から姿を消した。

 

 

 

 

 

 オペレーション“エクソシスト”。

 

 多大な犠牲を払いながらも成功に終わったその作戦は、しかしその実情を知る者はほとんどいない。ただ、代々西方軍総司令に引き継がれる資料の一画に、短い記録が残るばかりである。

 

 そして。

 

 この作戦以降、第77独立遊撃隊についての公式作戦記録は存在しない……。

 

 

 

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