未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
植民惑星ウィンザードの空はいつも薄暗い曇天だ。
だがそれは決して気持ちを暗くするものではない。ここではそれが当たり前なのだから。
空港のロビーを出て、雪の残るロータリーに降りたシルバは、息を白くしながら空を見上げてそう思う。先日まで滞在していた惑星は逆に年中通して晴れ渡っていたので、この曇天が逆に目に優しく感じる。
と、不意に手を引かれてシルバは空から意識を引き戻された。
見下ろせば、小さな子がむっつりと不満そうな顔でシルバの手を引いている。
銀色の髪に、黒い瞳。愛らしい顔つきの幼女は、モコモコの防寒着を窮屈そうに着込みながら、じっと無言でシルバを見上げている。
くすり、とシルバは笑みをこぼす。
「はいはい。貴女の事を忘れた訳じゃないですよ」
「…………」
むすっとした顔の幼女を抱き上げる。別に彼女は何かに不満を抱いているのではなく、もともとそういう子なのだ。むしろ、今は好奇心と期待に少し興奮しているようだった。ぎゅ、とシルバに抱き着きながらも、せわしなく視線を周囲に巡らせている。
そのせいで少し勘違いされやすいのよね、とシルバは親らしく悩みを巡らせた。彼女が今後、人の中で生きるにあたって苦労しないでいいようにするには、どうすればいいのだろうか。
抱き寄せた幼子の熱を感じながら、思いを馳せる。
そうするうちに、待ち人はすぐにやってきたようだ。
ロータリーに、一台のタクシーが入ってくる。貸し切りの表示。
黄色いタクシーはシルバの前で停車し、中から出っ歯の青年が降りてきて頭を下げた。
「いや、すんません。お待たせしました、シルバの姉さん」
「いえ。お気になさらず。本当に……私も今来たばかりですから」
お決まりのやりとりをして、タクシーに乗り込む。手荷物もなく、すぐにタクシーは出発した。
何度か通った覚えのあるコースで、タクシーが目的地に向かう。窓にはりつくようにして風景に見入っている幼子に笑みを浮かべつつ、シルバはふと思いついた世間話を運転手に振った。
「随分、見違えましたね。街並みが」
「ええ、まあ、はい。人頭税が撤廃されましたし、ウィンザード領は各種税も免除されましたからね……代わりに人の出入りが制限されてますが、やはり先の事を気にしなくていい、というのは大きいですね。人口はすぐに増加する訳じゃないですが、来年にはいなくなる人のために家を建てる人はいませんからね」
「ふふ。子供も随分増えたようです。10年後ぐらいが楽しみですね」
「ええ、それはもう。領主様、あ、新領主様の方ですね、旦那様といった方がよろしいでしょうか? 旦那様は気が早い事に、今から大学を新設しようとなさってるようです」
「まあ。それは知りませんでした」
「つい三日前の話ですけどね。フットワーク軽いのは旦那様の良いところです、すでに各所に話を通し始めているようですよ」
「そうですか、ふふふ」
あの人らしい。そうつぶやき、シルバはすれ違う街並みに視線を戻した。
西方人類軍と異星生物との間に停戦協定が結ばれてからはや2年が経過した。
互いの間に設けられた不可侵領域は破られる事はなく、人類軍は組織の再編と軍縮、社会の健全化に努めていた。何しろ事実上の絶滅戦争であり、人権をあまりにも軽視した戦時体制であった為、その歪みは尋常なものではなかった。それを徐々に健全な状態に戻しつつ、最低限の備えを残して希望者には退役を許す。言うのは簡単だが、実行するのは途方もない難事で有る事は言うまでもない。目算ではあと20年ほど軍と社会の健全化に時間を要すると言われているが、実際の所は新たに西方軍総司令に着任したレオンハルトが恥も外聞もかなぐり捨てて異星生物に協力を求めなければ、100年立っても終わらなかっただろう。逆にいうと神に近い情報処理能力をもつ異星生物の協力があってもあと20年かかるのである、尋常な話ではないが……しかし間違いなく、宇宙は平和に近づきつつあった。
しかし、戦争そのものが終わった訳ではない。
あくまで停戦協定に過ぎないのもあるし、さらにいえば、他の方面宇宙軍と異星生物の間では今も戦争状態が継続している。
特に北方軍と南方軍は頑な態度を崩さず、頑として異星生物の殲滅を主眼に行動している。さらに停戦協定に応じた西方人類軍を背信者として糾弾する動きもあり、対応を間違えれば人類同士の内戦に発展しかねない。幸いにして東方人類軍は停戦よりの様子見の構えを見せているが、もし人類軍同士の内戦になった場合、東方人類軍は継戦派に加わる事が予想された。さらにいえば北方戦線においては異星生物側も停戦協定に対して非好意的な態度を見せており、平和的な進展は難しいとみられる。
そのため西方宇宙軍は軍と社会の再構成に加え、他方面人類軍との折衝も強いられる状態にある。
戦争はまだまだ終わらない。残念ながら、それが現実だった。
しかし希望が無い訳ではない。
西方における異星生物と人類軍の関係は良好であり、事実上の全面降伏であったにも拘わらず異星生物は人類を尊重する姿勢を取っている。彼らは戦争をやめる事が出来ない人類の有り様について否定的ではなく、互いに血を流し続ける現状を無為と見なしながらもやめる事が出来ない現実についても理解を示してくれている。時間が必要、というのが双方ともに抱く根本的な認識であり、これからも地道な交渉が続いていくであろう。
そして異星生物のその対応の根源にあるのが一人の青年の存在による事は言うまでもなく、西方人類軍は彼に関しては最大限慎重を期した対応を取った。
その一つが惑星ウィンザードへの渡航制限。あまりにも機密を知りすぎ、また重要人物である彼らに接触する人間を管理する為の政策ではあったが、おかげでウィンザードは急激な新体制への変化に伴うトラブルに見舞われる事なく、穏やかに復興と発展を遂げつつあった。
「はい、お待たせいたしました。どうぞ」
「ありがとうございます」
「いえいえ。では、また後程」
小さく手を振ってタクシーが走り去っていく。抱きかかえた幼子も小さく手を振り返すのに幸せそうに微笑みながら、シルバはタクシーの姿が見えなくなってから振り返った。
目の前には、大きな館。
惑星総督、ウィンザード家の屋敷である。その立場を思えば慎ましいほどに小さいが、大邸宅である事には変わりない。
玄関までの道のりは、多数の人が往来した痕跡が雪に残されている。靴を汚さないように気をつけながら、シルバはドアベルに手を伸ばした。
「あら」
鳴らす寸前に手がとまる。シルバは手をひっこめると、何かを待ち受けるように腰を低く落として身構えた。
直後、屋敷のドアがバン!! と弾けるように押し開かれた。その向こうから、小さな子供が走ってくる。
黒い髪、青い瞳。やんちゃのさかりといった男の子は、屋敷の方に目を向けたまま前を見ずに走っている。そのせいで彼がシルバに気が付いた時は、すでに激突不可避な状態だった。
「……あっ、わぶっ」
「はい。ルー君、久しぶりですね」
あわや激突、といった有様だったが、身構えていたシルバが子供を優しく受け止める。目を丸くする男の子に、しゃがみ込んでシルバはにっこりと笑いかけた。
「全く。やんちゃはいけませんよ?」
「う、うん。ごめんなさい、シルバおば……お姉さん」
謝るも失言で周囲にギンッ! と冷気が満ちるのを敏感に察して言い直す男の子。どうやら危険探知能力は父親ゆずりらしい。
シルバは、見る者が竦み上がるようなそれは綺麗な笑顔でガチガチに固まる男の子の頭を軽く一撫でし、起ち上って屋敷から続けて出てきた人物に視線を合わせた。
彼女は、ルーを追って家を飛び出したところでシルバの姿を目にし、思わず脚を止めてしまった、というところだった。幼子を抱えなおし、久しぶりに顔を合わせる家族に声をかける。
「お久しぶりです、ミリシアさん」
「シルバ! それにプラチナも! あらー、早かったわね、もう少しかかるかと思ってたわー」
笑顔を浮かべて走り寄ってくるミリシア。互いに握手をかわし、再会を喜び合う。
「ごめんなさいね、わちゃわちゃしてて。ルー、シルバさんにぶつかったりしなかったでしょうね?」
「う゛……」
「ほら見なさい、いつも言ってるでしょ、走るときは前を見なさいって。よそ見してて飛んでくる石を回避できるのはパパぐらいなもんなんだから、出来もしない事を真似するんじゃないの!」
「べ、別にパパの事真似てる訳じゃないよ! 出来る訳ないじゃん、あんなの!」
「わかってるならヨシ。ほら、シルバさんもう来ちゃったし、中に入って手を洗って! ほら!」
「はーい……」
唇を尖らせて屋敷に戻っていくルー。その後ろ姿を見送ってミリシアが苦笑する。
「ごめんなさいね、シルバ。あの子、貴女の事迎えに行くつもりだったのよ。やんちゃで困るわ」
「いえ、元気な事はよい事です。……慕われているのですね」
「貴女もね。家族だもの、あたりまえでしょ。ふふ、プラチナも喧しくしてごめんね?」
「……ん」
シルバに抱き着いたまま、言葉少なにぷるぷると顔を振る幼子。しかめっつらで一見不機嫌そうに見えるが、シルバには彼女が頬を紅潮させて上機嫌なのがはっきりとわかった。
ちっちゃな手がミリシアに向けて伸ばされる。
「……マァマ。……だっこ」
「いいわよーいくらでもしちゃうわよー! あー、プラチナは可愛いなぁー!」
シルバの肩から幼子を抱きかかえ、くるくると踊るようにステップを刻むミリシア。一人娘を取られてちょっと不満なシルバだったが、あまりな喜びようにまあいっか、と気を取り直す。
「あらあら。あまりプラチナをかまうと他の子たちが拗ねますよ」
「いいのよー、娘達はなんかパパや他のママに夢中だし? どうせリリーナほどおしとやかじゃないし? イオリみたいにノリもよくないしニーナみたいに手先器用じゃないしネルスみたいに家事ができる訳じゃないしぃー」
「拗ねない拗ねない。皆、貴女の事が好きなんですよ。わかるでしょ?」
「むー。まあ、いいわ」
一瞬頬を膨らませたものの、次の瞬間にはにこやかに笑うミリシア。コロコロと変わる彼女の表情を、シルバも春の木漏れ日のような、穏やかな顔で見つめかえす。
きっとお互いに知らない。戦地にあってはきっと浮かべなかったような顔をしている事を。
「さ、中に入って、シルバ。皆貴女の事を待っていたんだから。……まあ、亭主だけは諸事情で今ちょっと留守にしてるんだけど。あの馬鹿」
「ふふ、話に聞きましたよ、大学を作るんですって? その話かしら?」
「そーなのよそーなのよ、急な話でごめん! って飛び出していったんだけど、そもそもアレックスが言い出した話だから自業自得でしょー? シャーリーったら拗ねちゃって朝から大変だったんだから……」
互いに近況報告と愚痴を言い合いながら、屋敷に戻る。
静かに閉じられた扉の向こう、幾人もの歓声が聞こえて、賑やかなお喋りはいつまでも途絶える事はない。やがて家主も帰ってきて、笑顔と笑いが屋敷中に満ちた。
ここに、銃声や砲音が轟く事はない。銃爪やナイフの柄の代わりに握るのは、フライパンやボールペン。どれだけ戦場で勇名を馳せた戦士でも、日常においては唯の人。
平和というのも難敵だ。打ち倒せばそれでよい敵もいないし、殺して終わり、という事もない。毎日の積み重ねを、ただひたすら明日へと積み上げていく事が、生きるという事だ。
その日は、夜遅くまで屋敷の明りが途絶える事は無かったのだった。
~完~
これにて本編は完結です。
以降は、ノクターンにて10万UA達成記念に追加投稿した短編集となっております。
引き続きお楽しみください。