※この作品はR-18です。

未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版)   作:SIS

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帰郷、ウィンザード

 

 

 

 その日、辺境惑星ウィンザードの空港には人が押し寄せていた。

 

 普段、人の出入りする事のない空港。その需要に釣り合った小さな空港には、到底収まり切らない人が押し寄せている。数にして数万人はいるだろうか。

 

 ウィンザードの全人口が今、ここに集まっているといっても過言ではないだろう。

 

 彼らの多くは空港の外に締め出されているが、文句を言っている者は一人もいない。皆、ただ静かに、その時を待ちながら、昼でも薄暗い灰色の空を見上げている。

 

 と。

 

 その灰色の雲の向こうを、大きな影がよぎったのが見えた。

 

 高空で唸るエンジンの音。集まった市民が一斉に顔を上げる。

 

 灰色の霞を突き破って、一機の航空機がその姿を露にした。宇宙航行用のロケットエンジンから、大気圏内航行用に切り替えたジェットエンジンから青みがかったオレンジ色の炎を引きながら、角ばったシルエットの惑星強襲用揚陸機が高度を落としてくる。

 

 勿論、人類軍がウィンザードへの強襲を企てたわけではない。むしろその逆。航空機は、人類の命運を左右した英雄を貴賓として連れてきたのだ。

 

 市民達がわっと沸き、各々が持参した旗を振って航空機を歓迎する。中には大きなボードを持ち込み、それを数人がかりで頭上に掲げる者達もいた。

 

 そのボードには、こう書かれている。

 

 『ご子息、帰還おめでとう』と。

 

 ゆっくりと高度を落としていく航空機。そのサーチライトが照らす先、空港の発着場に、数人の影がある。

 

 他は誰も入れないよう閉鎖された空港。そこで貴賓を待ち受けている者もまた貴賓。この惑星を支配する惑星総督ガル・ウィンザードとその家族だ。熊のような体格を包み込んだスーツがはちきれそうな大男であるガルの横に、ほっそりとした儚げな雰囲気のプラチナブロンドの女性が寄り添っている。細君であるエミリア・ウィンザードである。息子を軍に奪われて以来精神的に調子を崩し、人前にもう何年も出ていなかった彼女ではあるが、今日に限ってはそうもいかない。不調に鞭を打ってでも彼女はこの場に立っていた。その彼女は、一人の幼子を胸に抱いている。彼女からすると孫にあたる、娘の息子……ルー・ウィンザード。古い古い、地球の神話において光の神を意味する名を与えられた彼は、しかし状況を理解していないような顔で、きょとんと祖母の腕に抱かれている。

 

 そして、もう一人。

 

 風になびく艶やかな黒髪の少女といっても過言ではない女性。年齢よりもどこか幼げな印象を受ける彼女は、真っ白なワンピースのドレスに袖を通し、胸に両手を祈るようにあてながら、一心に降りてくる航空機に視線を向けていた。

 

 リリーナ・ウィンザード。ウィンザード家の実子であり長女。そして、夫を失った未亡人……“だった”。

 

 速度を落とした航空機が空中でホバリングするように停止し、ゆっくりと発着場に降りていく。展開された脚が地面ギリギリまで伸ばされたあと、急に失速したようにガクンと航空機は着陸した。振動で機体がガクガクと揺れる。荒っぽい操縦だが、惑星強襲機などそんなものだ。のんびり広い滑走路を減速しながら滑走したりなどしない。

 

 さらに言えば、貴賓といえど中に乗っている人間はこの程度ものともしないだろう。比較にならないほどの悪条件での惑星着陸を何度も経験しているからだ。

 

 それを示すように、着陸後、すぐさま航空機の機首にあるハッチが開いた。装甲版がそのままタラップのように展開され、内部を露にする。普段であれば武装した兵士がわっと飛び出してくるその奥から、今回は着飾った儀礼兵がゆっくりと歩み出てくる。彼らは左右に展開すると、捧げ銃の構えを取って直立不動となった。

 

 そして、そんな彼らに見送られるようにして、一人の青年がその姿を見せる。

 

 ぎこちなく着こなすのは、人類軍の儀礼服。胸には、三つの獅子の勲章と、見た事のない黄金の勲章が飾られている。黒髪には心労からか灰色が混じっているが、その顔つきは精悍そのもので、どこか少年のような勝気さも残されている。見たところ大きな戦傷はなく、歩く仕草にも違和感はなかった。文字通り五体満足で地に降り立った彼は、待ち受ける少女に柔らかく微笑んだ。

 

 アレックス・ウィンザード。軍における最終階級は大尉。特例により兵役を解かれた彼の、故郷への凱旋である。

 

「ただいま、リリーナ」

 

「…………義兄様!!!」

 

 優しく声をかけられて、その声の響きにこれが夢や妄想ではないと確信し、リリーナは矢も楯もたまらずかけだした。涙の雫を振りまいて、愛しい人の胸へと飛び込む。記憶よりもずいぶんと分厚くなった胸板に顔を押し当て、恥も外聞もなく嗚咽して歓喜する。

 

 記憶とさほど変わらぬ細い腰に手を回し、ゆっくりと抱きしめるアレックス。その瞳は慈愛と愛情に潤み、長く離れた時間を埋めるようにやさしく抱擁を続けている。

 

 そんな、兄妹にして夫婦の再会を、ガル夫妻は涙ぐみながら見守っていた。ただ、エミリアの腕に抱かれたルーは「……ぱぱ?」と状況をよくわからないように首を傾げていたが。

 

 それも仕方ないだろう。彼が生まれたときには、アレックスは異常な人頭税の徴収によって兵役に出ていたのだから。ルーは、父親の顔を知らずに育ったのだ。

 

 そんな、邪悪な悪意によって引き裂かれた家族の、その修復の瞬間を、惑星の全ての市民が祝福していた。

 

 

 

 

 

 一方。そんな様子を、機内からひっそり伺っている人影があった。

 

「……あれが隊長の妹さんかぁ」

 

「第一婦人。という奴ね」

 

「顔を出しづらいんだけど……え、どの顔だしてあそこに混じれっていうのよ」

 

「ははは……」

 

 ブラウンのウェーブ。黒のロング。金髪のロング。黒の三つ編み。四者四様の美女が、お揃いの軍服に袖を通して物陰に隠れるようにして家族の再建を見守っている。

 

 四人とも、顔を出しづらいなあ、と顔に書いてあった。

 

 とはいえ、いつまでも引っ込んでいるわけにはいかない。四人を監視するスタッフが「早く降りてほしいんだけど……」とありありと顔に出しているし、何より、この四人は今日からアレックスと“家族”になる予定なのだ。

 

「……ま、覚悟決めていくしかないでしょ。ほら、いくわよ」

 

「確約済みは余裕だね……」

 

「うん。ずるい」

 

「はははは……」

 

 実の姉妹のようにやりとりをして、皆で機を降りる。

 

 アレックスとその義妹は二人の世界に入っていて気が付いていない。代わりに、別嬪四人が下りてきたのを見て、ガルとエミリアが目を丸くする。ルーが腕の中で小さく首を傾げた。

 

「……ママがいっぱい……?」

 

 

 

 

 

 人類軍への参加は市民の義務であり、喜びである。

 

 故に一度人類軍に参加し、軍歴を得た以上、解放されるのは死を以ってのみである。それがこれまでの通例だった。

 

 だが、異星生物との戦争は大きな転換期を迎えた事により、その前提は覆った。

 

 西方宇宙においてのみの話ではあるが、異星生物と人類の間に和睦が成立し、停戦条約が結ばれたのだ。それは事実上人類の全面降伏といってもいい内容ではあったが、一方で人類の主権を全面的に担保し、復興を約束するものでもあったのもまた事実。何よりも終わりの見えない長い長い戦争に人類社会は完全に疲弊しきっており、感情論を除けばこの停戦を拒絶する理由は何一つなかった。

 

 そもそも、停戦直前に起きた大規模バイオハザード(厳密には違うが、そういう事になった)により、人類軍はその戦闘能力をほぼ失っていた。このまま戦争が続けば異星生物の手によって容易く滅ぼされるであろう事を肌で感じていた軍も民間も、いつ異星生物が考えを改めて侵攻が再開されるともわからず、変心する前に和睦を成立させなければならないとして、多少の疑問はあっても全力で作業に臨む事になる。

 

 結果、驚くべき速度で成立した停戦に伴い、軍も再編が行われる事になる。

 

 ほぼ崩壊した指令系統の再編、経済やインフラの再建の為に軍事に偏っていた予算の再分配。その結果、指揮系統に対してあまりにも膨大な戦闘人員の削減も行われる事になる。兵士というのは、戦わなければタダ飯ぐらいである。軍というものが本来何も生みださないただ消費するだけの存在であるがため、停戦がなった今、いつまでも同じ規模で部隊を維持する必要はない。それに加え、国元に返せば兵士は市民となり、惑星の復興要員になり、経済の循環要員になる。そういった事情から、一斉に大規模な復員が始まる事にもなる。死を以ってのみ解放されるはずだった軍役から解放された多くの兵士は、困惑しつつも降ってわいた幸運に喜び、勇んで故郷に勲と共に帰還する復員船に押し寄せる事となった。

 

 ……実際の所、停戦の陰で起きた宇宙をかけた大決戦について把握している者はほとんどいない。だから、この大規模な復員が、たった五人の人間の復員を他の方面軍から隠しきるための大規模すぎるカモフラージュであり、今も西方宇宙の人類の命運が事実上たった一人の男の双肩にかかっている事を知っている者も、またごくわずかであった。

 

 勿論、惑星ウィンザードにもその事を知る者はいない。惑星総督であり父親であるガル・ウィンザードにも、真実を知らせる事は許されていない。

 

 ただそれでも、突如として封鎖惑星指定を受け、衛星軌道上に防衛艦隊が配備された事を受けて、察する者が居ないわけではなかった。

 

 戦争は、形を変えて、まだ続いているのだと。

 

 

 

 

 

 しかし、そんな事はあくまでお偉いさんの問題である。

 

 惑星ウィンザードからすれば、不本意な形で奪われた未来ある若者が、たった一人とはいえ勲章を背負って帰ってきたのだ。

 

 たちまちのうちに、星を挙げての歓迎会が始まり、アレックスはその主賓として歓待をうける事になった。

 

 迎賓館にて、惑星の重鎮が集まる歓迎パーティー。航空機から降り立ってから休む暇もなく始まった祝賀会に担ぎ込まれた彼は、にこやかな顔で重鎮たちと会話をかわしていた。

 

 そのほとんどが、彼の記憶にある見知った顔だ。自らが犠牲になった事で惑星ウィンザードの平穏が守られた事を証明する生き証人たちと記憶のすり合わせをしながら、彼は終始笑顔で会話を続けている。その微笑みは険の無いリラックスしきった穏やかなものだ。

 

「いやあ、アレックス君。君が帰ってきてくれて、わたしは、わたしはね……ぐすん」

 

「お久しぶりです、リデラ惑星防衛軍総司令。少しばかり痩せましたか?」

 

「アレックス君、よく無事で帰ってくれてた。リデラの奴、息子の分まで長生きするんだとあれから酒を断っていてな。いやあ、それにしてもこうして君と再び盃を交わせる日が来るとはな」

 

「ボダブ国土交通大臣、ご壮健のようで何よりです。ご息女は、立派に戦われました。この三つの隻眼獅子勲章に誓って、私が保証します」

 

「……そ、そうか。そうか……」

 

 アレックスを取り囲むのは、この惑星を運営する政府の重鎮だ。保健省や国土交通省、惑星防衛軍といった組織のトップが、盃を手にアレックスを取り囲む。その多くが、かつての異常な増税で泣く泣く子供たちを見送りだした親でもある。内心、自らの子に帰ってきてほしかった思いはあっても、それをおくびにも出さずにアレックスに語り掛ける。幸か不幸か、何年もの時が流れる間に、彼らの中で整理整頓はついてしまったのだろう。それでも、彼ら彼女らの最後を、アレックスの口から聞く事が出来るのは、一抹の救いには違いない。

 

 また、彼に語り掛けるのはお偉いの老人だけではない。

 

 明らかにアレックスより年下の青年が彼の前に立つと、ぴしりと敬礼をした。灰色の髪のその青年に、アレックスは一瞬いぶかしむが、すぐにはっと目を見開いた。

 

「……オップ! オップじゃないか! あのクソガキが、まあ、立派になったもんだ……!」

 

「ちょ、兄ちゃん! クソガキ呼ばわりは事実だけどやめてよ!? ……ウォホン、惑星防衛軍二等陸尉、オップ・ヴァレンです! こうして大尉どのにお会いできて光栄です! あ、いや、人類軍での階級は惑星防衛軍よりも高いから、実質2等陸佐、という事に……?」

 

「やめろよ、俺はもう退役してるんだからそんな畏まった事いうなって! だいたい、それいったらこの飲んだくれじいさんどもの立場を考えろって」

 

「飲んだくれとは酷いなアレックス君。まあ事実だからな、はっはっはっは!」

 

「だーから、いったんだ。こんなちっぽけな植民惑星で、数億人抱えてたセカンドテラのかつての組織構造をパクるのは話が大げさだって。わしらの日々の仕事ときたら、AIに指示を下して、AIからの反応を人間に伝わるよう翻訳するのが大半じゃないか。責任取ってハンコ押すだけに存在しとるもんな、わしら」

 

「人口数万人のウィンザードで何百人も一つの省庁で働かせてたら無駄じゃしのぉ……」

 

 ワイワイガヤガヤ。お偉いさんが距離も近くに語り合う。

 

 そんな仲睦まじい様子を、四人の部下は遠巻きにして伺っていた。

 

「いや、組織の人員と役職の偉い低いはあんま関係ないよね……」

 

「うん。偉い人は。偉い」

 

「はははは……」

 

 ミリシア達オマケ組は、宴会場のすみっこで所在なさげに身内で集まって談話していた。その手には取り皿が持たれているものの、乗せられている料理はごくわずかだ。周囲に人の姿はない。

 

 さもありなん、とミリシアは気落ちしながらも納得している。自分達はこの場においては部外者も甚だしい。さらに戦地からアレックスが連れ帰った若い女……変に思われていてもおかしくはないだろう。アレックスは地元においても人気者、礼儀正しい若者として通っているようだが、その事が猶更自分達を異物として浮き上がらせているのだろう、と彼女は考えていた。勿論、それをわかったうえで引くつもりは一切ないが。四人とも、外野から何を言われようがこのウィンザードに骨を埋めるつもりでついてきたし、アレックスもそれを望んでくれた。怖い者はないもない。が、自分達のせいでもしアレックスが悪く言われないだろうかと、それなりに気にもする。

 

 ちなみに、ミリシア達の悲壮な覚悟は、割と筋違いなのが真実だ。

 

 本人たちにイマイチ自覚はないが、ミリシア達は目の肥えてる方であると自認するアレックスが認める美女ぞろい。さらにアレックスと関係を持つようになってから自分磨きに余念がない。今も儀礼の場だからと皴一つない新品の軍服に袖を通し、髪は綺麗に整え化粧もした見目麗しい女性たち。ぴん、と背筋を伸ばし、宴会の場にあっても緊張感漂う佇まいをしている彼女達に、目を奪われる者は多くいたが同時に戦場の匂いに怖気ついて声をかけられないでいる。辺境惑星ウィンザードは、砲声もはるか遠い銃後の星だ。彼らからすれば異星生物との戦争は現実の一部ではあるものの遠い場所で行われていた争いであり、そこで激戦を潜り抜けた戦乙女ともいえる四人に、存在の格の違い、とでもいうべきものをかぎ取っていた。それは逆に言えば、ウィンザードの住人も決して平和ボケしている訳ではないという事でもあるのだが……。

 

 しかしながら、すべての者がそうではない。

 

 たとえ戦場を知らずとも、同程度の覚悟があれば、彼女達に声をかける事は十分に可能だ。

 

 不意に、凛とした柔らかい呼びかけが、四人の耳朶を打った。

 

「その。ミリシアさん、イオリさん、ニーナさんに、ネルスさんですね?」

 

 はっと振り返る四人。その視線を一身に浴びても小動もせず、一人の少女が立っていた。いや、年齢的にはそろそろ女、といっても問題ないのだろうが。

 

 義兄であり夫が語り聞かせたところによれば、雪の妖精、静謐の淑女。その言葉に違いはなく、イオリのそれとは質の違う艶やかな黒髪をストレートに流し、鍛えた軍属の女とはまるで違う生き物のような細い体を貞淑な白いワンピースで包み、レースのストールを肩にかけた少女。髪と同じ黒い瞳が、色鮮やかな戦乙女達を視線に入れている。

 

 リリーナ・ウィンザード。

 

 アレックスの義妹であり、妻。そして二人の間に生まれた長男、ルーの母親でもある。

 

 一瞬だけ、ミリシアの視線がアレックスの方を確認する。さっきまでリリーナは、彼の隣でお酌をしていたはず。だが当然、今彼の隣にリリーナの姿はなく、入れ替わるように父親であるガル・ウィンザードがその肩を組んでお酒片手に盛り上がっているのが見えた。

 

 しまった。図られたか。

 

 この状況が作られたものである事を理解した四人の間に緊張が走る。

 

 それを知ってか知らずか、リリーナは控えめに微笑み、四人にある提案をした。

 

「皆様、ウィンザードに来て間もなくで知り合いもいないでしょう? つまらないかと思いまして……どうでしょうか。ぜひ、我が惑星の誇る温泉で湯汲でも」

 

「……それは……貴女も、という事でしょうか? リリーナ夫人」

 

「あら、まあ。そのような他人行儀な呼び方をなさらないでください、ミリシアさん。私たち、これから家族になるんですから。ね?」

 

 何ら含むものがないかのように、リリーナがたおやかに微笑む。ミリシアは困惑しつつ、仲間たちと目を合わせた。

 

「どうする?」

 

「……願ってもない機会なのは、事実じゃない?」

 

「良い度胸」

 

「私、温泉ってどんなのか気になります!」

 

 一人見当違いの事を言っているのがいるが、まあ概ね意見は統一されているようだ。

 

 ミリシアはリリーナに向き合うと、こくん、とうなずいた。

 

「わかりました。ご案内していただけますか?」

 

「はい! どうぞ、こちらに。私が案内しますわ」

 

 スキップでもしそうな軽やかな足取りで、リリーナが一行を先導する。四人は多少困惑しつつも、その後に続いて宴会場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 なお、アレックスがリリーナ達五人が姿を消したことに気が付いたのは、会場にいる重鎮を父親含めて全員酔い潰してからの事である。

 

 

 

 

 

 

 

 惑星ウィンザードは寒冷な気候が特徴の惑星だが、それと反比例するように地下活動が非常に盛んだ。上空から見下ろせば、雪原や雪山のあちらこちらから、白い蒸気が立ち上っているのが見て取れる事だろう。火山活動も激しく、居住区から遠く離れた火山地帯ではひっきりなしに火山が噴火し、赤く燃える惑星の血潮が流れる様を目撃する事が出来る。

 

 それはつまり、温泉も豊富、という事だ。地熱と合わせて住民の生活を支える大事な要素であり、当然のように惑星総督の館にも大きな浴槽が設けられている。

 

 白い大理石を削り出して作られた広大な湯舟。壁面にはこの惑星の獣だろうか、様々な生き物の彫刻が刻まれ、利用する人が転ばないよう適度にざらつきを残して削られた床面や湯舟には、僅かな石灰の蓄積も見当たらない。普段から多くの人手をかけて手入れされている事が察せられた。もしかすると客人の為だけに用意されたもので、通常は使用されていないのかもしれない。どちらにしろ、これだけ広い温泉を個人で所有し、手入れも行き届いているというのは、例え小さな植民惑星であっても惑星総督の持つ権限の大きさが一般人とは比較にならない事が伺える。

 

 そんな豪華絢爛な湯舟に、元独立遊撃隊の女性陣は、主であるリリーナに招かれていた。

 

 四人とも温泉など入ったことが無い。四人のそれぞれの出自を加味した場合、一番お嬢様生まれはミリシアだが、そんな彼女でも初体験だ。

 

 それも仕方ない。居住惑星であれば大体温泉が湧く環境は揃っているが、人類の全てを傾けた大戦争の最中、娯楽のためだけに莫大なコストを投じて温泉浴場を整備し一般に開放するような余裕、どこにだってありはしない。それは惑星ウィンザードでも同じことだが、惑星全体で温泉が湧くといってもいい環境、寒冷で地熱を利用する事で生存環境を維持しているという社会構造、そして何より惑星総督の館という贅沢が許される立場だからこその大浴場という訳だ。

 

 当然、温泉の作法など知りはしない。なのでおっかなびっくり、リリーナの案内を受けて四人は言われた通りにまずは体を洗い、タオルを頭の上に乗せて足先から湯舟につけていった。色の着いたお湯に戦々恐々としていたのも最初のうちで、やがて暖かいお湯に眦を緩めた女性陣は、肩までたっぷりと湯舟につかり、のほほんと温泉を楽しんでいた。

 

「あー……あったまるぅ……」

 

「シャワーとは全然違うわね……」

 

「極楽」

 

「これだけのお湯が地面から湧いてくるなんて惑星の恵み様様ですねぇ……」

 

 四人並んで、それぞれ感想を漏らす。その様子を見て、同じように湯舟に体をつけていたリリーナがくすり、と上品に微笑んだ。

 

「ふふ。皆さん、本当に仲がよろしいんですね」

 

「仲が良い、っていうか。普段から一緒に行動してるからね……」

 

「誰かが動いたらそれに合わせるのが習慣になってるのよ。チームだからね」

 

「然り」

 

 指揮系統からして、アレックスからまずミリシアに指示が飛び、そこから他に分散していく形だ。そのせいでプライベートでも集団行動していると、ミリシアがまず皆を代表して喋り、それに合わせて三人がそれぞれ補足する形になる。戦闘車両という一つの兵器を動かす乗員は、いうなればその神経だ。息があっていなければならないし、同じ一人の男を愛する者同士、自然と考えも似通ってくる。まあ普通だったら独占欲やらなにやらが発露してきて逆にバラバラになってしまうケースの方が多いのだろうが、幸いな事にミリシア達は割と特殊なケースだった。一歩間違えば絶死の戦場で、アレックスが絶対的な信頼を寄せられていた事や、彼自身が部下の関係調整に気を砕いていた事も大きいだろう。

 

 だが一番の理由は、まあ躾けというか、調教というか。夜の関係を通して四人がアレックスに絶対的に屈服させられているのが最大の要因だろう。流石に惑星総督として将来的には複数の妻を娶る立場だっただけあり、そのあたりも抜かりが無い、というのが四人の共通認識だ。勿論別に不満はない。彼女らも、お互い仲間の事を友人として、同じ男を愛する同志として快く思っている。

 

 最も、その父親であるガル・ウィンザードは妻一人のようだが。となると、その娘であるリリーナからすると、自分達四人は邪魔ものではないのか……? それが四人の最大の懸念点であった。

 

 しかしながら、現状を見るに純粋に歓待されているようにしか思えない。湯舟に案内された時は人の目の無い所で釘を刺してくるつもりなのかと警戒していたのだが、一向にその素振りが見えない事にミリシアは困惑していた。

 

 一方、リリーナはというと、小さく目を伏せながらチラチラと四人が並んで湯舟に浸かっている様子を観察していた。

 

 四人は全員、まあ、スタイルが良い。爆乳という事はなく、あくまで常識的な範囲でのサイズとはいえ比較的なだらかなネルスでも、揉む程度には胸も尻もある。そんな四人が並んで浸かっていると、その、浮いてくるのである。湯舟にぷかぷかと浮いている女性の象徴が四つ。お団子……いえ温泉饅頭かしら……とリリーナは感想を抱きながら、己の胸元に視線を落とした。

 

 敢えて擬音で例えるなら、こうだ。

 

 すとん。

 

 ぺたん。

 

「……ぐすん」

 

「あ、あの……何故急に涙目に? 何か不作法がありましたか?」

 

「い、いえ! なんでもないんです、はい!」

 

 慌てて取り繕うリリーナに、んー?と首を傾げるネルス。当然、まさかスタイルを比べられているとは思っていない。

 

 というか、ミリシア達はミリシア達で、リリーナの裸体をちょっとうらやましく思っていた。

 戦場で鍛えられ、傷だらけになった自分達とは違う、線の細い、傷一つない艶やかな肌。ぷるぷるツヤツヤ、湯舟の湯をはじく彼女の肌は、若さに満ち満ちている。立場も考えれば、普段からよく手入れがされているのだろう。胸は確かに大きくないかもしれないが、全体の調和でいえば完璧であり、まるで雪の妖精がひそかに隠し湯につかっているような神秘的な風情すらあった。普段は白い肌が温泉で上気し赤く血が通い、髪を結いあげて露になった細いうなじにはぞっとするほどの色気があり、ほぅ、と物憂げにため息をつく横顔は同性であっても見惚れてしまう。

 

 言っては悪いが、あのクマみたいな父親の遺伝子が混じっているとは思えないレベルの、それはそれは儚げな美少女である。しかもこれで一児の母ときた。あまりに強すぎる。ごくり、と人知れずミリシアは唾を飲み干した。

 

 それは同時に、彼女達の中に深刻な危機感をも呼び覚ましていた。一応自分達のスタイルには自信があるし磨いてきたつもりだが、これと比べられると負ける、と。

 

 まあ、人間。隣の芝は青いというか、自分に無い物を欲しがるものなのである。

 

 しばらくの間、湯舟に気まずい感じの沈黙が訪れる。

 

 それを真っ先に打ち破ったのは、案の定というか、ニーナであった。

 

「それで。決闘の日時はいつ頃で?」

 

「…………はい?」

 

「ちょ、ニーナ!?」

 

「え? 私はてっきり人目の無い所で「貴方達のような身元も怪しい女をウィンザードの一族に加えるなんてとんでもない! どうしてもというなら、実力で勝ち取ってごらんなさい!」と言われるのかと」

 

「なんでそこで急に武闘派になってるんですか私!?」

 

「だって。立場とか教養とか言い出されたら。勝ち目、無いし……」

 

「そこは自覚あったのね……」

 

 どちらにしろトンチキな言い分にも程がある。慌てたようにリリーナが彼女の勘違いを訂正する。

 

「そんなつもりは毛頭ありません! 家族が増えるのは歓迎ですし、同じく義兄様を愛している者同士、仲良くやっていければな、と……! そ、その、ちょっと回りくどかったかもしれませんけど」

 

「……その。お気持ちは有難いのですが、リリーナ様。実は私も似たような疑問を抱いていまして……その、本当に? よろしいのですか? それはつまり、兄が戦場から連れ帰った得体の知れない女を、側室として認める、という事ですよ?」

 

「認めるも何も……」

 

 少し深呼吸して気持ちを落ち着け、リリーナは言葉を選んだ。

 

「義兄様のお立場を思えば、複数の女性を娶る事は普通ですし……。そもそも、ウィンザードは人口確保の観念から一夫多妻です」

 

 これにはちゃんと理由がある。今でこそ安全が確保されているが、三世代前までは人工オゾン層が安定していなかったウィンザードでは、地表の放射線濃度が高かった。そのため遺伝子に欠損が生じる事が大きく、性決定において重要なX染色体に異常が起きやすかった為男女比が女性に大きく偏りがちだったのだ。そうでなくとも、荒事や徴兵には男児が求められがちである。厳しい環境もあり、自然と男は複数の妻を娶り、夫は危険な雪原で命をかけて獣を狩り、妻は家で他人の子供も区別せず育み育てる、という家庭環境が構成されたのだ。その基本骨子は、生活が安定した今現代でも変わらない。むしろ、異常な人頭税の徴収で一定年齢層がごっそり抜けた今は、ますますもってその傾向が強くなっている。

 

 勿論、別に人権を無視して強制している訳ではない。だが惑星上に数か所しか存在しない人口密集地で寄り集まって生活しており、男女比が偏っていれば、自然とそういう風な空気になるものだ。

 

 ただ、その点においては一つ、無視できない要素があるのも事実だ。

 

「……でも、ガル総督は奥さん一人ですけど」

 

「うーん。それを言われると困りますね。父の唯一の我が儘で、唯一庇えない点です……。母も病弱で、子供は私一人ですし……。義兄様を拾ってなかったらどうなってたやら……」

 

 苦笑いをするリリーナ。その表情を見て、本当に含むところはないらしい、とミリシアもようやく信じる気になる。不思議ではあるが。

 

 ちなみにこんな事を言ってはいるが、リリーナも、惑星総督の息女という立場を考えればアレックスが徴兵され事実上の亡き者となった以上、次の夫を迎え子を成すのが責務である。が、彼女はあくまでも私の夫はアレックス一人と縁談を突っぱね、頑なに独り身を貫いた。いってはなんだが、父親の事を悪く言えない。

 

 ある意味似た物親子というか、アレックスも含めてウィンザード家は愛した者に一途で頑ならしい。

 

「でも、アレックスさんの事、愛しているんでしょう? 女として、愛する男を独占したい、っていう気持ちはあるんじゃないですか?」

 

「無い、といったらウソになりますが……そもそも、義兄様にはもともと一人、最初から側室が居ましたので。先に寵愛を受けてる相手がいたから、それは特に強い願望ではありませんね。私自身、後から割って入った形ですので」

 

「え?! 他にもいるの?!」

 

「初耳」

 

「いやいや、落ち着こうよ、皆。アレックスさんがそんな事黙ってる訳ないじゃない。もしかしてその人……」

 

「……はい。流行り病で亡くなりました」

 

「そう……」

 

「私にとっても、実の姉のような人でした」

 

 しばし、しんみりした時間が流れる。

 

 恐らく、アレックスはその人の事を微塵も忘れてはいないんだろうな、とミリシアは思った。同郷の兵士を全員覚えている彼の事だ。最初の女の事なんて、魂に刻み込んで忘れはしないだろう。別に、妬ましい訳ではない。少なくとも彼は、四人の部下の事を比べて順位をつけたりはしなかった。ミリシア達の事も同様に魂に刻み込んでいるだろう。

 

 逆に、その事に今の今まで思い当たらなかった自分達の浅慮に腹が立つ。あの人が、深い傷ほど抱え込んで誰にも見せようとしないというのは知っているはずだったのに。

 

「ま、まあ、そんな訳ですから! 私としては、新しい家族が増えると聞いて楽しみにしてたんです。見ての通り私一人娘ですので、お姉さんがいっぱい出来たようで! 義兄様からお手紙いっぱいもらって皆さんの人となりも聞いていましたし……こうしてお会いしても、思っていた通りの方々でとても嬉しいです!」

 

「あら、そう? ……その、手紙にはなんて?」

 

「はい! 皆さんとっても優秀で、彼女達が居なかったら生きて帰る事はできなかっただろうって。気立ても良くて、きっとリリーナとも仲良くできる、って売り込みに必死な感じでしたね、手紙とはいえあんなに饒舌な義兄様、初めて見ました。あ、でも、その。皆さんからのアピールに関しては文章からも察せられたというか、えっとその……義兄様、愛情には愛情で返してくれるんですけど……イマイチ、こちらの本気さというか、執着を理解してくれない傾向があって、苦労しませんでした?」

 

「わかってくれるのね。同志よ」

 

 ぐっ、と握手をかわすリリーナとミリシア。他の三人も、深く納得したようにうんうん頷いている。

 

「貴女も苦労したのね……」

 

「ええ。どれだけ好意を伝えても、家族愛の延長線上みたいに解釈されて……。最終的に徴兵される三日前にようやく受け入れてもらえましたけど、あれも本当の意味で通じていたのかイマイチ微妙で。愛情が軽い訳じゃないんですけど、なんていうか、『俺の物になれ』って我欲みたいなの、あまり向けてくれないんですよね。もし自分が死んだら別の人と幸せになってくれー、みたいな……。なんか、正直私が他の誰かと再婚してても普通に祝福してきそうな感じがあります」

 

「わかる。わかるわ。関係を持ってからは滅茶滅茶愛してくれたけど、それもなんていうか、自分が生きている間の関係っていうか。そうじゃないのよ。こっちとしてはもう、生きてるとか死んでるとか関係ないの。心を完全に持っていかれちゃったのに、分かってくれないのよねそのあたり」

 

「そうですよね! 一夫多妻というのも、好し悪しですよね。旦那を失った女性が、普通に再婚してるのも見ているせいか、こう、物分かりが良すぎるというか……。そうじゃない、そうじゃないんですよこっちは。ねえ!」

 

「ええ、本当にね。良かった、貴女とはうまくやっていけそうだわ」

 

「私も! ふふ、ここに居ないシルバさんもやっぱり同じなんです? お会いしてみたかったなあ」

 

「ああ、シルバの事も書いてたのね。まあ当然か……」

 

「シルバさんも、来ればよかったのにね。まあ、星見の立場もあるんだろうけど……」

 

「星見の。事情は、奇々怪々」

 

「まあ、私としてはちょっと安心してますけど。彼女が居たら、私達の事、星の人達の記憶に残らないんじゃないですかね」

 

 そう、シルバは惑星ウィンザードに来ていない。もともと星見は家族を持たない、というのもあるが、何やら事情があるとかとの事でウィンザードへの帰還に同行しなかったのだ。まあ、今や惑星ウィンザードは封鎖監視されているし、一度降りたらそう簡単に外には出れないという事情もある。星見の、それもかなり上級のシルバにはまだやる事も多く、今すぐに来る事が出来ないというのも納得はできる。

 

 それに、皆心配はしてない。シルバのアレックスへの入れ込みようは四人と同レベルかそれ以上だ。多少時間がかかっても絶対に来るはずである。気にするだけ損だ。

 

 そもそも、シルバからしても不本意だったのは明確である。

 

 お別れする時の恨みと嫉妬と口惜しさが全力で込められた視線を向けてきたのを思い出すだけで寒気がする。呪ったりされてないよね? というのが四人一同の唯一の不安であった。

 

 勿論、そんな事情をリリーナは知らない。というか、恐らくシルバの容姿も知らない彼女は、こてんと不思議そうに首を傾げた。

 

「お話には聞いていましたが、そんなに美人なんですか?」

 

「ヤバイレベルよ。同じ生命体かって思うぐらいには」

 

「リリーナが。雪の妖精なら。シルバは。宇宙の妖精」

 

「普通に立っているだけでも男性兵士が目の色変えてナンパしにきますからね……」

 

「ええ。私らをガン無視してね」

 

 ちょっとしたトラブルの事を思い出して呻くミリシア。目が大分座っている。どうどう、とイオリが宥めにかかった。

 

 なお、この中でまだ客観性を残してると自負しているネルスは、ミリシアが普段から人目もはばからずアレックスに甘えてるからワンチャンすら無い事を皆知ってただけじゃないかな、と思ったが、しかし彼女は黙っていた。面倒くさい。

 

「まあ、大丈夫よ。シルバさんは化け物じみた美人で、器量よしで、愛情も深いし物凄くエッチだけど、アレックスさんはそれで私達を軽く扱うような人じゃないし」

 

「そ、それならよかったです。正直言うと、私、この通りの体型ですので。正直、義兄様に飽きられてしまうのではないかと不安で……。皆さま、とっても美人でいらっしゃるし」

 

「そこは一切心配いらないわ。アレックスさん、人には人それぞれの美しい形がある、って考えるタイプだもの。美をパーツで見るんじゃなくて、全体で評価する方だから。その点、リリーナさんは百点満点よ。私達が嫉妬しちゃうくらい」

 

「そ、そうでしょうか……?」

 

「大丈夫、私達が保証しちゃう。ねえ、イオリ」

 

「ん……、なんなら、今晩早速夜這いかけてみるのはどう? 嫌でも理解できると思うよ」

 

「よ、夜這い、ですか……」

 

 イオリの直接的な言葉に、顔を赤くするリリーナ。だが満更でもなさそうな様子。考えてみれば、つい数日前に文字通り足腰立たなくなるまで抱き潰されていたミリシア達と違い、彼女はもう数年、夫とベッドを共にしていないのだ。御無沙汰にも程がある訳だ。

 

 しばらくはでしゃばらず、夫婦の時間を設けてあげるべきかな、と四人は言葉に出さず意見統一し、無言でうなずき合った。リリーナが良い子なのはわかったから、心配する事はないだろう。逆にここでしばらく譲ってあげる事で、夜の当番分担も円滑に纏められるかもしれない。

 

 しかし、この時点では、ある致命的な思い違いがある事に、リリーナと四人は全く思い当たっていなかった。

 

 四人からすれば知っているのは、ベッドの上では鬼か悪鬼かという性豪のアレックスだが。リリーナが知っているのは、人よりちょっと精力の強いアレックスなのである。長期にわたる兵役の最中投与された強壮剤(もちろんそういう目的ではなく、不安定な生活と食生活でも兵士の能力を維持するのが主目的である)と、死んで当然という過酷な戦場を渡り歩いた事で生存本能が高められた結果、兵役前後でアレックスは男として完全な別物に代わり果てていた。

 

 もし、その性欲が、特に鍛えてもいない儚げな貴族子女に全て向けられた場合、どうなってしまうのか。その事に考えが及ぶ者は、この段階ではただの一人もいなかったのである。

 

 そう、ただの一人も。

 

「よかったわ、私達上手くやっていけそう!」

 

「はい、これからもよろしくお願いしますね、お姉さま方!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで。第三婦人は、誰になるの?」

 

「「「……」」」

 

「そ、そのあたりは、またおいおい、という事で。ね、ねえミリシア姉さま!」

 

「そ、そうよね。また今度……」

 

「ミリシア。当然のように自分を第二婦人に確定してるのどうかと思うけど?」

 

「あ、あはははは……」

 

 

 

 

 宴は夕刻にはお開きとなった。主賓であるアレックスの負担を考えてもともと短時間で終わる予定だったのだが、それに加えて彼が来客を全員酔い潰してしまったからだ。

 

 何やら妙に酒を勧めてくる重鎮達に最初は眉を顰めたアレックスだったが、知らぬ間にリリーナと四人の部下の姿が消えている事に気が付いて納得した。なるほど、そういう事か、と。

 

 リリーナと部下……いや、今となっては妻と呼ぶべきか。とにかく五人の性格は熟知している。そうそう、面倒な事になりはしないだろう。万が一話がこじれたら、それこそアレックスが自分でどうにかするべき問題である。

 

 何にせよ出来た嫁さんばかり貰って果報者だ、とアレックスはじんと来た。なので、割と遠慮せずに飲み明かした。結果、気が付いたら死屍累々という訳である。

 

 酔いつぶれた父親を担いで侍従に任せていると、侍女達が宴会場の片づけを始める。それを手伝おうとしたアレックスは当然、彼女達に会場の外に押しやられた。

 

 どこの世界に、宴の主賓、それも惑星総督の息子が後片付けをするなんて話があるのか。侍従に私達を無能の笑いものにするつもりですか、と言われてしまえば、アレックスもそれ以上強くは出れず、しぶしぶ従う事にした。

 

 僅か数年の兵士生活といえど、もう二度と故郷には戻れない前提で何もかも自力でやっていた身としては、そのようなVIP扱いは聊か違和感がある。早くなれるべきなのだが、どうにも時間がかかりそうだ、とアレックスはげんなりと肩を落とした。彼とてかつては惑星総督を継ぐべく教育を受けていた身だ、しかるべき立場の者がしかるべき振舞をする、その意味合いはよくわかっている。星の代表が貧相な身なりをしていては、故郷の沽券にも携わる。清貧は美徳とはいっても、時と場合によるものなのだ。

 

「……まあ、これはこれで」

 

 気持ちを切り替えて、アレックスは屋敷の中を思い出すように歩いて回った。リリーナと妻達は多分、大浴場の方だろう。いくら裸どころか体の奥底まで知っている間柄とはいえ、女同士で語らっている所にアレックスが入っていくのも空気が読めていない、しばらくは放っておくべきだ。

 

 父親は恐らく寝床に担ぎ込まれたあげく、枕元に侍従長が眉を顰めて待ち構えているはずだ。意識を取り戻し次第お説教が待っているに違いない。

 

 母親は、何やら楽しそうに食堂でコックと混じって料理の片づけをしているのを見た。メニューのいくらかも母親の料理だった。

 

 帰還が決まってから許された手紙のやりとりで、自分が徴兵されてから心身のバランスを崩していたと聞いた時は驚いたが、アレックスが原因で調子を崩したならそのアレックスの帰還で調子を戻すという事もあるだろう。

 

 さて。となると、アレックスが会うべき人、行くべき場所はただ一つだ。

 

 朧げな記憶を頼りに、館の中を歩く。館の間取りも、飾られている調度品も記憶の通りだ。アレックスの体感だと果てしなく終わりのない長い時間に思えた従軍期間は、カレンダーの上では数年のことだ。そのぐらいで、館ががらっと変わる事はないと理屈ではわかっていても、いざその変わりなさを目の当たりにした彼の心に、懐かしい安堵が過ぎった。

 

「ここか」

 

 館の最奥。記憶と変わらない扉に手をかけ、キィ、と押し開く。扉の隙間の向こうからは、穏やかなオルゴールの音が流れていた。アレックスにも覚えがある懐かしい曲だ。

 

「入るよー……」

 

 出来るだけ静かに扉を開けて押し入る。

 

 中は、暖かく湿度が整えられた快適な空間が広がっていた。天井にはいくつものぬいぐるみがぶら下がり、壁際には子供の好きそうなデザインのなにかがベタベタと貼られている。床にはウレタンのマットが引かれており、万が一にでも転んでけがをしないように配慮が行われている。

 

 部屋の中央には、小さなベッド。その隣で絵本を手に座っていた乳母が、アレックスに慌てて立ち上がって頭を下げた。

 

「御子息様」

 

「ああ、いいよ。座っていてくれたまえ」

 

 乳母を座らせ、アレックスはベッドに近づき、寝ている小さな子供を見下ろした。

 

 ベッドの上では、シーツを被せられて一人の男の子がすやすやと眠っている。黒い髪の男の子。確か、今2歳だったと聞いた。

 

 子供の名は、ルー。リリーナの息子……そして、アレックスの息子でもあるという。

 

「…………」

 

 無言で、眠る幼子の頬に触れる。うっすらと産毛に覆われた子供の頬は信じられぬほど柔らかく、迂闊に力を入れると千切れてしまうのではないかと不安になる。大して、アレックスの指は幾度の擦り傷、切り傷でガサガサで、骨折を繰り返した事で節くれだっている。その比較が、彼を不安にさせた。

 

 アレックスが、自分の子供が存在する事を知ったのは帰還途中の事だ。ようやく許されたメールのやり取り、その最後の方で、一言だけリリーナが『義兄様の子供も会いたがっています』とだけ告げたのだ。

 

 当初は混乱した。リリーナが再婚した可能性も考えていたが、しかしそれでは“義兄様の”とは言うまい。そして、確かにアレックスは、リリーナと子供ができるような事をした覚えがしっかりとある。

 

 だが、それがもし本当なら。

 

 リリーナは、父親を知らぬ子どもを一人育てていた事になる。

 

 酷く困惑したアレックスは、しかし、幾ばくかの時間を要してそれを抑え込んだ。自分が不安がる訳にはいかない。アレックスを愛するが故に、故郷へ帰る選択肢を捨ててついてきてくれる妻が四人もいるのだ。それに戻れば、父親が許しさえすれば次期惑星総督としての勉強や業務に励む事になる。大黒柱がぐらついていてはいけない。

 

 そう思って彼は表向き平静を装ったが、しかし、それが本当に正しかったのか。

 

 本来ならば空港に降り立った時、他の何よりもリリーナと、そして子を優先するべきだったのではなかったのか。政治的立場や都合を考慮せず、リリーナを抱きしめ、そして子へ駆け寄って抱き上げる事こそが正しかったのではないのか。

 

「……いや」

 

 分かっている。理解してそうしなかった理由。

 

 

 

 

 

 怖かったのだ。

 

 

 

 

 

 父親を知らぬ子ども。子供を知らなかった父親。

 

 果たして子に駆け寄り抱き上げてその結果、他人に向ける視線を、ましてや見知らぬ者への恐怖の視線を向けられたらと思うと。それを想像しただけで、今も背筋が震えあがる。

 

 だから今も、こうして子が昼寝に勤しんでいる合間を狙って、こうして訪れている。

 

 自分は卑怯者だ。とても父親が務まる器ではない。アレックスは自嘲した。

 

 このような父親を持った子があまりに哀れだった。

 

「……この子は、いつもどのぐらいに起きるんだ?」

 

「よく眠る子ですから。あと数時間は起きないと思います」

 

「そうか。せめて、その間、隣に居てもいいかい?」

 

「御子息様……」

 

 いささか年かさの乳母は、痛ましいものを見るように眉を顰めた。流石というか、人生経験が豊富なだけあって、アレックスの抱く不安を見透かしてしまったらしい。

 

「あまり、ご自分を責めないでください。今は、少し混乱しているのです。この子が……ルー様が、父親無き子にならなかった、それだけで今は充分だと思います」

 

「だけど……」

 

「誰もがある日突然、父親や母親としてふるまえるようになるわけではありません。妊娠を告げられ、少しずつ大きくなっていくお腹を前に、時間をかけて覚悟を決めていくものです。しかし御子息様は子の存在も知らず、先日まで明日をも知れぬ戦働き。気持ちがまとまらぬのは当然の話です」

 

「そうでしょうか」

 

「そうですとも。むしろ知ったばかりの子を自分の子として受け入れようとして苦慮する様、乳母として嬉しく思います。大丈夫です、焦らず、しっかり向かい合っていきましょう」

 

「……はい」

 

 慰めるような乳母の言葉を、今は素直に信じておこう。アレックスは波打つ心を自覚しながらも、ベッドの上に視線を戻した。

 

 と。

 

 そこで半身を起こして見つめてくる幼子の、クリクリとした黒い瞳とばったり目があった。

 

「わ……」

 

「あら、ルー様。まだ起きるには早いですよ」

 

 驚いて身を引くアレックスと入れ替わるように、乳母が前にでてルーを寝かしつける。だがルーは乳母には一向に構わず、じぃっとアレックスを見つめている。その小さな唇が、もごもごと動いた。

 

「……パパ?」

 

「…………!!」

 

 話によれば、寝る時間だったはずだがもう構わなかった。幼子の両脇に手を入れ、優しく壊れ物のように抱き上げる。至近距離から黒い瞳を覗き込んで、言い聞かせるように答えた。

 

「ああ。そうだよ。パパだよ」

 

「……パパ!」

 

 子供が笑い、手を伸ばしてくる。アレックスは泣き笑いのような笑顔で、その柔らかい体を引き寄せぎゅっと抱きしめた。暖かくて柔らかい。子供は怯えもせず、好き勝手に手を伸ばしてアレックスの髪を掴んだり耳をひっぱったりし始めるが、構わない。

 

 笑うアレックスの眦に、一滴の涙が流れた。

 

「ルー。ルー。俺の息子……!」

 

「あははは、パパ! パパ! あははは!」

 

「あごごご、こ、こら、口に手をつっこま……あふぉ、ひゃめなさい、ふぁ」

 

 ニコニコ笑いながら暴虐の限りを尽くす息子に、てんてこ舞いの新人パパ。小さな暴君を前にしては、隻眼の獅子といえども形無しである。

 

 そんな二人の様子を、乳母が微笑ましく見守っていた。

 

 

 

 

 

「子供ってのはパワフルだな……」

 

 アレックスは、ルーにもみくちゃにされた髪を整えながら鏡の前で独り言ちた。

 

 あれからしばらくの間、小さな暴君のやりたいようにさせていたが、もともとお眠の時間だった事もあり、ぱたりと電池切れ。幸せそうにもごもごしているルーをベッドに戻し、後を乳母に任せて彼は自室……徴兵される前に使っていた自分の部屋へと戻っていた。

 

 一通り形を整えたら、ベッドに腰かける。ふわり、とふかふかの感触が返って来て、久しいにも程があるその感触を何度も堪能する。

 

「ベッド、ふっかふかだなあ……」

 

 部屋を見渡せば、調度品はアレックスが出ていった時のままだ。時が止まったような……それでいて、埃一つ積もってはいない。アレックスが戻ると決まったから急遽掃除した、という訳ではない。恐らく普段から掃除が行われていたのだろう。

 

 窓際に立てかけられた一枚の写真に目を向ける。ガラスに封入されたその写真は、まだ幼いころのリリーナとアレックスが二人並んで笑顔を浮かべている。何も知らなかった無垢な頃の自分を見るのが気恥ずかしくなって、アレックスはくるり、と写真を窓の外に向けた。

 

 外は、チラチラと雪がぱらついていた。季節を考えれば、さきほどまで晴れていたのが珍しい。これから恐らく吹雪くはずだ。ウィンザードの雪は厳しい。人は勿論、野生動物も吹雪の中では大人しく巣に籠る他はない。

 

 館の中は地熱を伝達しているから暖かいとはいえ、壁際窓際によれば冷気が伝わっても来る。アレックスはカーテンを閉じると、再びベッドの上に転がった。

 

 時間は4時過ぎ。夕飯には早いが、何かをするにはそろそろ遅い感じだ。昼に宴で散々飲み食いした事もあるし、恐らく晩御飯はそれぞれが部屋で軽食を取る事になるだろう。いや、それなら声をかけて、皆で食べるのも悪くないかもしれない。母親に改めて四人の妻も紹介したい。普通に考えればあまりの節操無しに白目をむかれるのは間違いなしだが、ウィンザードは元々一夫多妻。そもそも自分以外の妻をガルが一向に迎えない事を嬉しく思いつつも不安に思っていたエミリアからすれば、息子が信頼できる女性を複数連れて帰ってきたのは、決して悪く取られる事はないだろう。

 

 ミリシア達も、いくら長風呂とはいえどそろそろ上がってくる頃のはず。

 

 思い付きだがとてもよい考えのように思えてきて、アレックスはよし、とベッドから身を起こした。

 

 まずは食堂にいって母親がまだいるか、今晩は何を出すつもりなのか聞いてこよう。そのうえで、多分休憩室か娯楽室にいるであろうミリシア達に声をかける。食堂は使えないだろうが、家族が団らんに用いている部屋がいくつか空いているはずだ。場所には困らない。

 

 軽くこの後の計画をまとめたアレックスは、少し寒くなってきたなとクローゼットから上着を見繕った。いつまでも大仰な礼服を来て館の中をうろつく訳にはいかない。と、そこでとんとん、と小さく部屋のドアをノックする音がした。

 

 久しぶりなのに、すぐにわかった。この軽くて優しい音はリリーナだ。

 

「いいよ、入っておいで、リリーナ」

 

「……失礼します」

 

 カチャリ、と控えめに音を立てながら、ケープを纏ったリリーナが入室してくる。他の女性……ミリシア達の姿は見えない。別行動か。

 

 風呂上りの彼女の肌はほんのりと上気し、艶やかな黒髪はいつにも増して麗しい。わずかに花の香りが漂ってきた気がして、アレックスは少しだけどきりと心音が高鳴った。

 

「やあ。いらっしゃい。ミリシア達と風呂に入ってたんだって? 有意義な話はできたかい?」

 

「はい。皆さま、優しくて、面白くて……私、ミリシアさん達の事、すっかり好きになってしまいました」

 

「そっか。良かった。彼女達を連れ帰ったのは俺だからさ……少し心配はしてた」

 

「ふふ、そう取り繕わなくても結構ですよ。でも少し不安だったのは私も同じです。杞憂でしたけど、ね」

 

 言ってリリーナはそっと身を寄せてくる。風呂上りの高い体温を礼服越しに感じて、アレックスはどぎまぎした。

 

「義兄様……ああ。義兄様だ……。こんな日が来るなんて夢にも思わなかった……」

 

「リ、リリーナ? その、随分……」

 

「積極的だな、ですか? ふふ、積極的にもなりますよ。義兄様は、私達の心をちょっと知らなさすぎです」

 

「それは……その。すまん……」

 

 ミリシア達にも耳蛸レベルで言われている苦言が、よりによって義妹にして妻からも出てきてアレックスはしょんぼりと肩を落とした。自分では頑張っているつもりなのだが、どうやらまだまだ及第点には程遠いらしい。

 

「……ミリシア達は? 呼びに行こうと思ってたんだが」

 

「ミリシアさん達は、今、母様が館を案内しています。ふふ、あんなに元気な母様を見るのは久しぶりです。それも当然ですよね、義兄様が無事に帰って来てくれた上に、四人もお嫁さんをつれてきたんですから。これでウィンザードも安泰ね! ってずっとニコニコしてましたよ。それに、皆さん器量がいい上に素直だから、母様すっかり入れ込んじゃって。明日にも皆さんの事、ウチの娘呼ばわり始めるんじゃないでしょうか?」

 

「ははは……まあ、仲が良いにこしたことはないけど、へえ」

 

 仲が悪いよりはよっぽどよいが、一歩も二歩もすっとばしてそんなに仲良くされると、息子としてはちょっと複雑な気持ちになる。まあ、そういう事なら好きにさせておいた方が良いだろう。これがニーナだけとか、イオリだけとかなら大いに心配ではあるが、四人で集まっているなら彼女らは一つのチームとして行動する。そう問題は起こさないだろう。

 

 いや、嘘である。取り繕った。本心を包み隠さずに言えば、凄く心配である。何が心配って、彼女らからさりげなく、普段の自分の様子とか聞きだされかねない。あるいは逆に、過去の自分について母親経由でミリシア達に根掘り葉掘り把握されてしまう恐れもある。自分の知らないところで知らない情報を女性陣に共有されるのはちょっと恐ろしい。

 

「そっか。まあ、母さんがいるなら安心だけど。どれ、俺もちょっと顔出しに……」

 

「義兄様?」

 

「あ……いや」

 

 きゅっとリリーナに有無を言わさず抱きしめられて、アレックスは己の失言を悟った。

 

 確かに、この状況で、今の発言は無しだ。

 

 今、この部屋にいるのはアレックスとリリーナのみ。そして、リリーナは、明らかにそういう雰囲気を出してきている。

 

「前言撤回。ミリシア達の事は一旦母さんに任せて、久しぶりに夫婦水入らずと行こうか」

 

「っ、はい、義兄様……」

 

 寄りそうリリーナを前に立たせると、リリーナは目を閉じて迎え入れる体勢を取る。そんな彼女の唇に、ちゅ、と口づけを落とす。

 

 久しぶりに触れる彼女の唇は、柔らかくてしっとりとしていた。

 

 なんだかドキドキする、とアレックスは高鳴る心音に困惑した。そういえば、確かにリリーナは立場上妻であり、彼の子も産んだが……こうやってあらためて抱き合うのは初めてだった。初体験は徴兵が決まり、泣き喚く彼女を窘めるように口づけを落とした事を思い出す。そこからなんだかんだで情をかわし、三つの夜を共にした。それは喪失と絶望に彩られての事で……こうして落ち着いた気持ちで互いの気持ちを確かめるのは、初めての事だ。

 

「義兄様……私、凄くドキドキしてます……」

 

「ああ、俺もだ……」

 

「嬉しい……」

 

 しっとりと口づけを終えて、互いの気持ちを吐露する。妻と夫、兄と妹。だが今は、ただの男と女であると、互いに強く意識した。

 

 そっと、リリーナの羽織る布を解いて床に落とすアレックス。その下から出てきた衣装に、彼は思わず目を見開いた。

 

 てっきり、暖かな夜間着に身を包んでいると思っていた彼女は、その実そうではなかった。スケスケの、ネグリジェとかベビードールとか言われる類のその下着は、体型を維持し汚れを防ぐ下着本来の目的ではなく、ただ男に媚びるためだけのもの。琥珀色の薄布の下に微かに自己主張する細やかな胸を目の当たりにして、ごくり、とアレックスの喉が上下した。

 

 リリーナが、このような煽情的な衣装でアレックスを誘う。そのシチュエーション自体が淫靡すぎて、頭がクラクラする。だがおかしな話ではない。彼女は妻であり、女であり、色事を既に知っている身なのだ。

 

「義兄様がお帰りになると知って、用意しました。淫らな女と蔑まないでください……」

 

「いや、そんな事は。でも、そうか……」

 

 戸惑っていたのも僅かな間。アレックスはリリーナの両肩をぐっと捕らえるように抑え、その耳元に優しく囁いた。

 

「期待、してたんだ?」

 

「はい……。一人寂しくなる度に、あの夜の事を思い返して自分を慰めました。きっと、私があのように情熱的な夜を過ごす事はもう無いのだと……でも……」

 

「いいよ。もう言わなくても。我慢させたね……でも、これからはきっと、そんな思いはさせないよ。似合ってるよ、リリーナ……」

 

「義兄様……」

 

 瞳に涙をうっすらと湛えるリリーナに、再び優しくキスを落とす。少しばかり長く唇を触れ合わせた二人は、もう互いしか見えてない、といった体で熱く見つめ合った。

 

「ベッドに行こうか」

 

「はい、義兄様……」

 

 肩を抱かれ、ベッドに向かうリリーナ。その心には、純粋に義兄と再び巡り合えた喜びと、あの夜の再演を期待する淫らな欲望とが入り混じっていた。

 

 そのまま彼女は、ベッドに身を横たえる。

 

 

 

 

 その先にあるのが、取り返しのつかない淫獄の入口だと知らないままに。

 

 

 

 

 

「あっ(キュピーン)」

 

「ん。どうしたのよ、ミリシア。突然」

 

「いや。その。ふと思ったんだけど……やばくないかな」

 

「? 不明瞭。詳しく」

 

「なんかミリシアってば最近、変な閃き芸身に着けたよね……」

 

「芸じゃないってば、もう」

 

「ほらほら、奥方が呼んでますよ、行きましょう」

 

 

 

 

 

 日が傾き、外では本格的に雪が吹雪き始めている。

 

 寒さを防ぐために二重構造になった窓、多層構造により蒸気が循環している壁面はその極寒を家屋内部に伝える事はないが、びゅうびゅうという風の唸りまではかき消せない。

 

 慣れない者には怪物の唸りのように聞こえるその音も、産れた時から聞きなれている者には日常の音だ。むしろ、かつてあった穏やかな時間さえ思い出させる。

 

 アレックスもそうだ。

 

 自室のベッドの上で、横たわる義妹の上に覆いかぶさるように見下ろす視点には覚えがある。そう、徴兵される前の最後の逢瀬、義妹を妻としたあの甘やかな夜も、こうして風が吹雪いていた。

 

 まるで数年の時を越えて、過去の時間と今が繋がったかのようだった。

 

「義兄様……」

 

「リリーナ」

 

 アレックスは礼服を椅子に脱ぎ捨て、今はトランクス一枚になっている。大してリリーナは、半透明のベビードール姿で、ブラジャーやショーツも身に着けていない。明らかに、夜這いに……アレックスを欲情させるための装い。

 

 ベッドの上に肢体を無防備に投げ出した義妹からは、僅かな緊張が見て取れる。そしてそれ以上に大きな期待と歓喜。こちらを見上げる瞳はわずかに潤み、情愛を称えている。

 

 新品同様の白いシーツに広がる黒い髪を一房手に取ってみる。さらさらの髪は指に引っかかる事なく墨のように流れた。イオリもさらりとした綺麗な黒い長髪だったが、リリーナのそれはさらに柔らかく、細い。同じ黒髪でも色々質の違いがあるのだな、とぼんやり思った。

 

「綺麗な髪だ。よく手入れされているな」

 

「だって……。義兄様が、昔からよく褒めてくれたから……」

 

 だから、手入れは欠かさなかったんですよ。

 

 そう伝えてくる義妹に、アレックスの胸に愛おしさが溢れてくる。今さら疑う事はしないが、彼女の心には文字通り自分しか収まっていない事を改めて実感する。

 

 他にもっと器用な生き方があっただろうに。どうしてこんな男にここまで入れ込んでしまったのやら。嬉しいような呆れるような気持ちを抱えながら、そっと顔を近づける。

 

 言われずとも理解したリリーナは、受け入れるように目を閉じた。

 

 そっと唇を重ね合わせる。

 

 ただし先ほどとは違い、触れるような優しいキスは最初だけ。より長く、深く口づけを強めていく。長いキスに、彼女が小さく鼻で息をするのが聞こえた。

 

「ん……!」

 

 突き出した舌先で唇を割るようにすると、すぐに向こうから引き入れるように門が開いた。むしろ奥へ奥へと引き込むように、小さな舌が臆せず絡みついてくる。強く粘膜を擦り合わせ、舌を絡み合わせるようにすると、リリーナの細い体がびくり、と跳ねた。刺激を持て余すように荒い鼻声が漏れ、縋り付くように繊手がアレックスの肩に回される。

 

 気持ちは全て受け入れる程に昂っているのに、本物の刺激には不慣れで、気持ちと肉体の反応に強いギャップが生じているようだ。リリーナ本人はどんな激しいプレイにでも応じるつもりなのに、初心な体がそれに耐えかねてまったをかけているような。

 

 思えば、リリーナはこうした性交そのものにはほとんど経験がないはずだ。

 

 確かに三晩、彼女の体を欲しいがままに貪ったが、あれは永遠の別離を前にして情動と若い性欲が暴走したようなもので、彼女を快楽に導くというより、本能のままにお互いの欲情をぶつけあっただけだ。当然、性感など開発していない。

 

 子供を産んでいるにも関わらず、肉体的にはそう生娘と変わらない。意識と肉体、実績と実体に酷くギャップがあるのが、今のリリーナだった。

 

 一方、アレックスは長い軍人生活の大半で女性と無縁でご無沙汰であったものの、ここ半年ぐらいはミリシアを始め部下との爛れた私生活を送っていた。かつて培った女性を導く手腕は、十分すぎる程の実戦を経て、スキルとして完成していた。

 

 その差は絶対的な戦力差であり、たかが大人のキス一つで、リリーナは完全に翻弄されていた。

 

「んぅ……んんーーー……っ」

 

 びくっ、と肩を跳ねさせて、くぐもった声が響く。キス一つで軽い絶頂を覚えたリリーナが困惑に目を白黒させているのに構わず、アレックスはその顎を取りより深いキスを覚えさせていく。

 

 まって、まってと細い指が静止するようにアレックスの肩にしがみつくが、雪国暮らしの細い指は、長い軍人生活の間サプリメント投与と訓練で鍛えられた鉄のような筋肉を前に、爪痕一つ残すことはできなかった。

 

 舌を絡めるというより蹂躙され、互いの唾液の混合物を流し込まれるような激しく深いキス。口蓋内を舌先でこすられるのにも背筋が震えるような快楽が生じ、まったく想像する事すらなかった悦びにリリーナの意識が明滅する。口の中がこれほど敏感で淫靡であったなど、彼女は少しも意識した事はなかった。確かにかつて義兄と夜を共にしたとき、熱情と共に深く唇を重ね合ったが、あれはここまで淫らなものであっただろうか。はっきりと焼き付けていたはずの甘い記憶が、痛烈な快楽に瞬く間に上書きされていく事実に、心の奥でわずかに恐怖が過ぎる。

 

 そしてさらに数度、リリーナを追い込んでからようやく、アレックスは彼女を解放した。どさり、と彼女の両手がベッドに投げ出される。

 

「……っ! はぁ゛、はーーっ……ふぅ、はぁー……」

 

 酸欠気味の真っ赤な顔で貪るように息をするリリーナ。快楽に耐えかねて眦からは涙が幾筋も伝い、口元は涎でべとべとだ。普段の雪の妖精のような静粛さは見る影もない。

 

 そんな彼女の様子を確認しながら、アレックスは胸元に手を伸ばした。義兄の大きな掌が己の乳房を覆うように宛がわれたのを見て、リリーナが息を飲む。

 

 だが逡巡もなく、彼女は少し胸を反らしてアレックスが触りやすいように身を差し出した。

 

 どれだけ激しくとも、久方ぶりの快楽に恐怖じみた印象を覚えても、ここで終わりにするという選択肢は彼女にはない。義兄が望むなら望む全てを差し出すのは当然の事なのだ。

 

「ん……あ……っ」

 

 シースルーの布地の上から優しく触れる指先に甘い声が漏れる。その様子を見てアレックスはくすりと笑い、触れるか触れないか、といったギリギリで、ゆっくりと乳房を撫でまわした。優しい手つきに安心したのか、反らされていた背がベッドに戻され、ただ愛する人からの愛撫を甘受する事に専念するリリーナ。

 

 その状態がしばらく続く。アレックスはまるで彼女の躰の採寸でも行っているかのように、ギリギリで撫でるような、かといって刺激にならないほど浅くならないように、胸の愛撫を続ける。普通、同じように同じ場所を刺激し続けるとすぐに体は慣れてしまうのだが、五人近い恋人をベッドで抱き潰した経験からアレックスが編み出したのが、適切に刺激の深さと場所をずらす事で、受け取る側からすれば同じような快感が続くが一向に慣れない、という謎のテクニックである。

 

 無駄に高等技術というか、戦場でミリ単位でナイフを捌いて異星生物の急所を的確に貫いてきた身体制御の応用というか。早い話が、アレックスはわざとリリーナを焦らして楽しんでいた。

 

 心地よく細められて快楽を受け取っていた彼女の視線が、やがて物足りなさにしかめられ、ついには困ったように眉尻が下がる。

 

「ふぅ……ふぅ……義兄様……? あの、その……んっ」

 

「どうした?」

 

「あ、いえ、その。……私の胸なんかいつまでも撫でて、楽しいのですか……?」

 

 半分欲求不満、半分本心でリリーナが問いかける。彼女の胸は女性の平均から見てもやや小ぶり、それこそ兄が比べてきた標準以上のスタイルを誇る恋人達に比べれば、慎ましいにも程がある。それがそもそもの体質、体格なのか、これから成長するのか、早い段階で子を宿した影響なのかはわからないが、とにかく、リリーナは己の胸のサイズにいささかコンプレックスがあった。ただその理由は己のスタイルへの不満ではなく、愛する義兄がこのような貧相な胸では喜ばないのではないか、というものであったが。

 

 それを知ってか知らずか、アレックスは優しく微笑みながら否定する。

 

「いんや? リリーナの胸は形も良し、感度もいいし、肌もすべすべだし……いつまでも撫でまわしていたいね。この掌に納まる感じのサイズ感がちょうどいい」

 

 言葉の通り、優しく輪郭を撫でるように指が這いまわる。改めて言葉にされて、リリーナの胸に充足感と安堵が満ちる。義兄が楽しんでくれているならそれでいいか……と納得すると、今度はその胸を物足りなさが満たした。

 

 すでに乳首は勃起しきって、呼吸に合わせてピクピクと揺れている。だが、先ほどから一向にアレックスはそれに触れてくれない。近づいても乳輪までで、色の変わったリングのぷちぷちとした凹凸を確かめるように指先で弄ってギリギリまでは攻めてくるものの、乳首そのものには一向に触れようとしてこない。

 

 ミリシア達ならすぐに焦らされてる、と理解するのだが、残念ながら淑女として『ベッドでは夫に身をまかせるもの』『痛みを伴わない限り、何をされても受け入れる事』と従順かつ無垢に教育された彼女はその事に理解が及ばない。残念ながら、辺境惑星であるウィンザードにその手の雑誌やサブカルは殆どないし、蝶よ花よと育てられた貴族子女に、悪い事を吹き込む友達もいなかった。

 

 じれったさ、そして確実に高まる性的な興奮に、深呼吸するリリーナの息に熱いものが籠っている。その熱量が一定を越えたのを見て取って、アレックスは頃合いかな、と判断した。

 

 リリーナの呼吸を読んで、彼女が油断して体が弛緩した瞬間。ぐにゅり、と優しく捏ねるように、その乳房を揉みこんだ。

 

「は、あ……っ!? ん…うっ!?」

 

 不意を打たれた上に、待ち望んでいた刺激に彼女の声が跳ねる。打って変わって捏ねるように攻め立ててくる快楽を受け止め損ねて、ベッドの上で細い手足がばたつくが、腰のあたりを跨ぐようにアレックスに伸し掛かられているため、ただじたばたするだけに終わる。

 

 十分に焦らしただけあってリリーナの胸は柔らかく張り詰め、指がどこまでも沈み込みそうな一方で圧力を押し返す張りもある。またリリーナの年齢だと乳房の奥にしこりがあり、それに触れると痛みを伴うものだが、すでに第一子を出産している影響か、それとも別の要因か、彼女の胸は成熟した女性のようにどこまでも柔らかく、アレックスは欲望のままに揉みしだいて楽しんだ。

 

 そしてきゅ、と乳首を押しつぶす。柔らかい乳房にコリコリと硬くなった乳首を埋めたり、逆にしごきあげて指先でクリクリと可愛がる。

 

 反応は劇的だった。

 

「は、あああっ! んっ! ああぁっ! 義兄様、それ、それぇっ!」

 

「随分、いいみたいだね。じゃあ、直にいってみようか」

 

「あ……んっ! あぁっ! あ゛ぅっ!」

 

 半透明な下着の下に手を入れ、直接胸を愛撫する。こうすると、彼女のきめ細やかな肌の手触り、汗ばんでもっちりとした乳房の感触をよりはっきり感じられた。一方でリリーナは、ガサガサとした戦場帰りの男の手のひらが胸を弄ぶ感覚に酔いしれ、より煽情的な嬌声を寝室に奏でた。

 

 そして。

 

「あ……き、来ます、来る、義兄様! あっ! ああ゛っ、飛び、飛びます、ああ、義兄様ぁっっ!?」

 

「いいよ。何度でも逝かせてあげるから」

 

「あ……あああああんっ!」

 

 ピクゥツ、と体を跳ねさせて達するリリーナ。ディープキスでも何度か軽く達していたが、それよりもずっと深い絶頂。まだ胸しか触られていないというのに、自分の女を激しく慰めた時と同じかそれ以上の喜びに、令嬢は驚嘆しながら浸る。

 

 ふと、随分と声を荒げてしまった事への羞恥が今更ながら過ぎるが、義兄の部屋の隣は自分の部屋で、そちらは当然今は誰も居ない。そして扉は防弾・防音仕様。少なくとも、自分の嬌声が屋敷中に響き渡る、という事はないはずだ、と考えて、少し安堵する。

 

 何度も荒い息を吐いて、波が過ぎ去るのに耐える女体。アレックスはその間、動きを止めてじっとその様子を観察している。

 

「……ふぅ、……ふぅ、……はぁ」

 

「良かった?」

 

「あ……。は、はい……義兄様」

 

「よしよし。じゃあ、次のステップに進もうか」

 

「え……」

 

 虚ろな目でぼんやりと自分の躰を見下ろすリリーナ。気が付けばシースルーの下着は首元まで捲り上げられ、ピンピンにたった乳首や、膨らんだ乳房が露になっている。そしてその下、股ぐらの間にアレックスの膝が割り込み、足が押し広げられていた。ショーツを纏っていない秘所が露になり、手入れをしているとはいえ陰毛と、濡れそぼった女陰がさらされている。陰唇は入念な前戯にすっかり膨らんで綻び、内側からだらだらと大量の愛液をあふれさせていた。さらにその上、数年の自慰ですっかり大きく育ったクリトリスが、膨張して皮から顔を出している。

 

 リリーナの顔が羞恥に染まる。義兄に抱かれるのは大いなる悦びだが、自慰で育った豆を露にされるのは、その、気恥ずかしかった。

 

 上目遣いで義兄に目を向ける。気まずさからくる行動だったが、自分の腕の中で今更生娘のように振舞う彼女の仕草は、ぐさり、とアレックスの琴線にささった。

 

「義兄様、その、あの……んっ!?」

 

 おずおずと言い訳をしようとしたのだろう。だがその言葉を言い切る前に、アレックスは唇を奪う。そして左手で胸を揉みしだきながら、右手を秘所の間に滑り込ませた。

 

 ぎち、と一瞬リリーナの体が強張る。だが巧みなキスと胸を揉みしだく指に、すぐに強張りがほどけていく。それを見て、優しく指先を陰唇に触れさせた。

 

「んう……っ!」

 

 反射的に上がる嬌声を飲み干しながら、指先で愛液を絡ませると、そのままずぶずぶと内部に沈めていく。びくびくと体を震わせる彼女の手が、こらえるようにくしゃくしゃとシーツを握りしめた。

 

「ふ……うっ! あ……っ! あ゛ぅ……んっ!」

 

 強引に咥内を貪る一方で、確かめるように指が膣の中を這いまわる。

 

 一説によれば出産を機に女性器は大きく性質が変わるという。指どころか逸物より遥かに大きな赤ん坊の頭が産道を通るのだから、それは理屈ではわかっていたが、実際に経産婦を抱くのはアレックスも始めてだ。ミリシアはある意味そうなのだが、あちらは未熟児を途中で何らかの方法で腹部から取り出されたので、産道を経由していない。

 

 リリーナの膣は数年ぶりに男を迎え入れるというだけあってやや硬さを残していたが、一方でどこまでも柔らかく広がるような柔軟性があった。既にドロドロの愛液で満たされた中を軽くひっかくように指を曲げると、膣壁にずぶずぶと指先が沈む感覚。んぐぅ!? と悲鳴のような嬌声をリリーナが漏らすが、痛みによる響きを感じなかったアレックスはそのまま、彼女の膣内を遠慮なく弄った。過去に彼女を抱いた時は、ただ貫いて蹂躙するだけで性感帯がどこにあるか、掘り出したりしなかった。今は時間も心の余裕もある。まるで数学者のように冷徹に、淡々とリリーナの中をチェックする。

 

 たまらないのはリリーナの方だ。痛みは無いとはいえ、敏感な所を容赦なく弄り責め立てられるのは、数年もご無沙汰だった体には刺激が強すぎる。しかも現在進行形でキスとは名ばかりの口辱に加え胸を責め立てられている。いつのまにか乳房の弱い所を探り当てられ、掘り出そうとするかのように攻め立てられているのもあって、脳裏になんども白い光が弾けては散っていく。

 

「んん゛っ! お゛っ! んんんっ!」

 

 やめて、か、とめて、か。あるいは、もっと、か。

 

 言葉にならない呻きを上げる彼女をアレックスは容赦なく責め立てる。やがて彼女の反応から、ひときわ弱い所を探り出した彼は、人差し指の腹を使ってピンポイントでそこを責め立てた。少しざらついた指紋が、ぬるぬるの粘液を纏って的確に肉の奥の神経を掘り当てる。

 

「ん゛ぉおおおおっ!?」

 

 脳を焼く刺激に、反射的に手がアレックスの手を抑えにかかる。が、悲しいかな、力の差がありすぎて全く動きを掣肘できていない。

 

 膣の弱点を抑えた事に加えて、胸も激しく責め立てられる。3点から送り込まれる刺激が再び臨界点を越え、リリーナが絶頂に達する、その瞬間。数度の観察でそのタイミングを計っていたアレックスが、駄目押しと言わんばかりに彼女の淫豆をきゅぅ、と親指でひねりつぶした。

 

「ぴっ……」

 

 今にも絶頂の波に乗ろうと身構えていたリリーナが、その衝撃に乗り遅れる。彼女の準備とは違うタイミングで、絶頂の波とクリトリスの刺激が同時にやってきて、無防備な彼女の精神を淫辱の津波が攫って行った。

 

「!? っ、?! ! ?!」

 

 悦びの声も出せず、ガクガクと体を震わせて達する華奢な女体。全身が痙攣するようにひきつり、赤く染まった白い肌に玉のような汗が噴き出す。制御を失った状態で深い絶頂にさらされた体が統制を失い、膣はキリキリと痛いほどに指を締め付けた。ごぽり、と白濁した愛液が膣口から噴き出す。

 

 たっぷり数十秒、絶頂の極みによる思考の漂白を味わって、ようやく脱力した体がベッドに沈んだ。不規則に息を乱れさせるリリーナの目は虚ろで、ここではない涅槃を彷徨っているようだった。

 

「ひ……あ……。あ……」

 

「ふふ……かわいいよ、リリーナ」

 

 義妹の額にちゅ、とキスを落とす。

 

 数度の軽い絶頂を経ての深いエクスタシー。十分すぎるほどの下準備で、リリーナの体は女として完全に開ききっていた。膣の奥、子宮口が綻んでいるのを見透かしながら、アレックスはそろそろ食べ頃かな、とトランクスに手をかけた。

 

 そう。リリーナにとっては十分すぎる程の快楽の宴、だがこれはまだ前菜に過ぎない。

 

 するりと下着が脱ぎ降ろされ、その下からパンパンに張り詰めた逸物が飛び出してくる。若妻の痴態に興奮したソレは、遠慮も情けもなくギンギンに聳え立っていた。虚ろなリリーナの視線がそれを捕らえ、俄かに正気を取り戻して見開かれる。

 

「に、義兄様……? え、それ義兄様の……?!」

 

 かつてまぐわった時も、義兄のそれを大きく感じた。だが今目の当たりにしているのは、明らかに当時の記憶よりも遥かに大きい。思わず自分の恥丘の上、記憶にある義兄の切っ先が収まった位置に手をやるが、今、リリーナの胎を下に見下ろす赤黒い肉幹は、それよりずっと奥まで届く長さだった。

 

「リリーナが可愛かったからな。ちょっと押さえが効かなさそうだ」

 

「あ……」

 

 あまりの凶悪さに言葉を失っている彼女の頭を、アレックスの手が優しく撫でた。労わるような手つきに、彼女の目がとろんと緩む。

 

「大丈夫か? 嫌なら、ここで我慢するけど」

 

「えと……だ、大丈夫です。たぶん……」

 

 改めて逸物に目を向ける。あきらかに巨大で凶悪な逸物だが、しかし赤子より大きいという事はない。もっと大きな物が通った事があるのだから、受け入れた所で裂けたりはしないだろう、多分。それより、義兄が自分の痴態に興奮してくれた事への喜びが今は勝る。

 

 ごくり、と唾を飲んで覚悟を決めると、リリーナは足を開いて腰を上げ、自ら膣口を差し出すような姿勢を取る。義兄の視線が矢のように突き刺さるのを感じながら、自分の指で膣口を左右からぐ、と引っ張って押し開いた。どろり、と想定よりも遥かに濃くて多い愛液が滴るのに恥辱を感じながらも、リリーナは思いつく限り精いっぱい、淫らな言葉使いで義兄を誘った。

 

「ど、どうぞ……義兄様……。妊娠保証済みの、リリーナの、その……お、おんなのこの奥に……また、たっぷり種付けして……孕ませてください……」

 

 恐らく、畜産の知識からの引用なのだろう。どこかずれた、しかし精いっぱいの淫らな誘いが、アレックスの耳にどう聞こえたのか。

 

 それについて、まさか説明が必要なはずもない。

 

「リリーナ!!」

 

「あ゛あ゛あっ!? あ゛ぁ~~~~っ!?」

 

 ぐじゅじゅ! と容赦なく突き入れられる規格外の逸物。たっぷりと愛液を湛えた使用済みの膣肉をかき分けて、黒々とした肉槍が突き立っていく。興奮のあまり女体への配慮も忘れて最奥まで一息につきこまれた切っ先がその奥の子宮口へとごりゅりと届き、その奥の子宮を突き上げた。到底耐える事も慣れる事もできない悦びに、リリーナの声から絶叫のような嬌声がほとぼしる。

 

 彼女の華奢な肉体に比べ、余りにも太く長い逸物。腹にはくっきりと逸物の形に隆起が浮かび上がり、明らかに膣が引き延ばされて内臓が押し上げられている。経産婦だからこそ、いや、経産婦でもだいぶきついあり様だが、過剰なまでの前準備と、愛しい男への愛情で脳が快楽漬けになっているリリーナにはただ、意識が飛ぶほどの快楽が齎された。

 

「お゛、あ……お゛っ……あ゛ぅあっ!? あ゛あっ!?」

 

 そして容赦なくピストンが開始される。逞しい両腕が彼女の細い腰をがっちりと抑え、さほど早くないが、しかし確実な動きで大きく前後する。ずるずるとカリで膣肉を削ぎ落すようにしながら抜けるギリギリまで引き戻されて、再び最奥まで今度は肉を掘るようにして突き入れられる。最奥まで達した逸物は直ぐに引き戻されず、8の字を描くように子宮口を捏ねまわし、その奥の子宮を弄ぶようにバウンドさせてから、再び引き抜かれる。胎の奥、女性そのものを磨り潰し攪拌するような挿入に、蕩け切った快楽神経がスパークした。

 

「あ゛あ゛あ゛! に゛ぃさ、まぁ! あ゛あっ!!」

 

 もはやリリーナは自分が獣のような嬌声を上げている事すら自覚できず、ただひたすらに嵐のような快楽に翻弄されるばかりだった。必死にシーツにしがみつく自分の感覚も曖昧で、ただ自分の腰を強く掴む兄の指と、自分を攪拌する剛直の存在だけが唯一はっきりするものだった。

 

 その事を強く意識すると、どろり、と胎の奥が解けるような気がする。愛する人に全てを支配されるを通り越して蹂躙される悦びに、リリーナは泣き叫びながらも嬉しそうに笑った。

 

「に゛ぃさまぁ! リ、リーナに、また! またやや子を、お情け、くださいませぇ!」

 

「ああ……! また、孕ませてやるとも……!」

 

「あぁっ! 嬉しい、あ゛っ! あぁああっ!!

 

 余裕のない切羽詰まった義兄の返事に、リリーナの全てが悦びに染まる。

 

 そしてその時が来た。アレックスはリリーナを押しつぶすように一際強く剛直を突き入れると、その最奥で欲望を解き放った。連日のように恋人達を相手しても余りある精力、ましてや二度と合えないと覚悟すらしていた可愛い義妹への再びの種付けに本能が猛ったのか、尿道を通り抜けて注ぎ込まれる精液の濃さと量に、腰が抜けそうな射精感を味わう。

 

 一方、熱く煮えたぎる精液を胎の奥に注ぎ込まれたと理解したリリーナは、そこでようやく、特大の絶頂に達した。正確には許容量を超えた快楽のあまり交合中ずっと達していたのだが、次から次に快楽の最大値が更新され続けるような状態でイっているのにイってない、そんな状態に陥っていた。それがピストンが終わり、明確に終わりである灼熱の精子を注ぎ込まれた事で認識が追いつき、意識が消し飛ぶほどの絶頂の津波が押し寄せてきていた。

 

「~~~~~~~~~~~っ!?」

 

 もはや声帯を動かす余裕もない。ベッドと義兄の体の間で折りたたむように押しつぶされる体が、末期のウサギのようにひくひくと痙攣する。やがて最後の一滴まで絞り出したアレックスが身を起こすと、リリーナはベッドの上で完全に意識を飛ばしていた。美しい黒髪は千々に乱れ、半目で開かれた瞳には輝きがなく、虚ろに開かれた口からは意味のない譫言が零れている。下手をすると壮絶なレイプの後にしか見えないが、その横顔は幸せそうに笑みを刻んでいた。

 

 幸福の絶頂の内に失神した義妹の横顔を見ていたアレックスの逸物が、彼女の中で再びムクムクと持ち上がる。一回目以上に太さと硬度を増したそれで、半ば暴走したまま義妹の媚肉を貪りつくさんとアレックスが動こうとした、その時。

 

 パァン、とハリセンの一撃が彼の後頭部を襲った。

 

 決して痛い訳ではないが、予想外の刺激に我を取り戻すアレックス。俄かに理性が戻った彼の瞳が捕らえたのは、呆れ切った顔で背後に立つミリシアの姿だった。

 

「はいはい、そこまで」

 

「……ミリシア?」

 

「はい、ミリシアさんですよー。アレックスさん、とにかく、今日はそこまで。リリーナさん死んじゃうから、マジで」

 

「え……あっ! や、やべ! リリーナ、おい、リリーナ、しっかりしろ!」

 

「はいはい、心配するならまずそのエグいもの引っこ抜く! んで大人しくしててください!」

 

 割って入ったミリシアが、アレックスの体を後ろに押しやる。流石にこの状況で剛直を維持できるはずもなく、萎えた逸物がずるりとリリーナの膣から引き抜かれる。直後、どぼどぼと精液と愛液の混合液があふれ出してくるのを、イオリがティッシュ片手に始末する。

 

 見れば、ニーナとネルスの姿もあった。背後からアレックスを羽交い絞めにしてベッドから引きずりおろしたニーナとバトンタッチするように、ネルスがテキパキとタオルを彼の腰に巻いた。

 

「副長、処置終わりました!」

 

「よし! ほら、アレックスさん、あとは私達が対応しますんで、とっとと風呂にでも入ってきてください。大浴場以外にも個人風呂あるんでしょ? ほらほら」

 

「え、えと、え?」

 

 状況がイマイチ理解できなくて困惑し棒立ちするアレックス。その背をネルスとニーナが押しやって部屋の外に追い出していく。

 

「私達で連れて行っておきますねー」

 

「よろしく頼むわ。あ、でも風呂で自分達で第二ラウンドとか始めないようにね」

 

「流石にしませんよー。使用人の人達とかに見られたら私達の評判、地に落ちるじゃないですか」

 

「…………。その手が。あったか」

 

「ニーナァ?」

 

「ぶるぶるぶるぶる。言葉の綾。大体、今、そんな気分じゃない」

 

「ならば良し。イオリ、リリーナさんの容態は?」

 

「んー。瞳孔反応とかに異常はなし。脈拍も、乱れてるけど許容範囲。まあ命に別状はないと思う。ちょっと後遺症が心配かな」

 

「ああ……。まあ、数日アレックスさんから引き離しておけばいいでしょ」

 

「俺は毒物か何かか……?」

 

「そんな変わらないと思うけど。ねぇ? ほら、さっさと風呂入ってくる!」

 

 チームワークにものを言わせて状況を掌握する四人娘。聊か納得しかねる顔のアレックスは心配そうにリリーナを気にしていたが、背中をぐいぐい押されて退室とあいなった。

 

 一体四人がいつから部屋に居たのか。

 

 実をいうと、四人は奥方の館案内もひと段落した所で一旦辞退し、アレックスの元にやってきていた。奥方からは「一時も離れたくないのね、素敵だわー」と好意的に解釈されたし、実際そうなのだが同時に、ミリシアの漠然とした直感に理由が分かったのが大きい。

 

 そう。乱れに乱れ切った性事情で、色事にも慣れた元独立遊撃隊の面々。場合によっては3P、あるいは4Pすら執り行う彼女らですら、アレックスの前では食い散らかされる贄でしかない。もし、そんな悪鬼の如き性豪と、経験に乏しい貴族令嬢がタイマンでベッドを共にする事になったら?

 

 結果は言うまでもない。しかも相手は、アレックスからすると二度と会えないと思っていた愛しい義妹にして妻。燃え上がった結果、一切の加減を失ってしまう事すら想像できた。

 

 その事に遅れて気が付き、急いで戻ってきた後は、一応再会で盛り上がる二人の仲を割くのもあれなので一旦様子見。扉の外でリリーナの断末魔を確認し次第、即座に介入に入ったのである。帰郷初日で第一婦人を抱き殺すとか、いくらなんでもあんまりであるからして。

 

「ふぅ……。“あの子”が緊急伝達してくる訳だわ。間に合ってよかった」

 

 額の汗を拭い、ミリシアは部屋の証拠隠滅を始めた。異変を察した奥方や使用人が来る前に、この部屋に残る尋常ならざる性交の跡を消し去らねばならない。しかし充満したこの性の匂いとか、べしょべしょになったベッドシーツをどうしたらよいのか。失神しているリリーナにも早い所正気を取り戻してもらわねばならないし。

 

「やれやれ。平和なら平和で、問題は山積みだわ……」

 

 そうして。

 

 わちゃわちゃと、アレックスの帰郷一日目の夜は更けていった。

 

 

 

 ちなみに、この一件を切っ掛けにリリーナと女性陣の結束は一層深まり、何も知らない両親や街の人からは「まるで本当の姉妹のようだ」と評されるほど親密な関係になるのだが、それはまあ、良い事のはずである。

 

 多分。

 

 

 

 

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