未来も希望もない戦場で必死に生き残ってたらモテモテになった件(ハーメルン版) 作:SIS
<戦場のひみつ:長く軍務についている士官には特別な薬剤が提供される。回春剤と呼ばれるそれは言葉のうさんくささとは裏腹に現代人類の薬学の粋を尽くしたもので、老化抑制、治癒力の強化、筋力の低下抑止、記憶力の向上等の効果が医学的に証明されている。>
目的地に到着したころには、日はすっかり消えていた。
夜間行軍の予定はないので、三台の車両はそこで足を止め、今日はここでキャンプとなる。キャンプといっても、この荒野にテントを張るわけではない。車輛内部で寝泊まりだ。
当然車輛内部に休憩するためのスペースなんてないし、周辺警戒自体は夜を通して行う必要があるので短時間でしっかり眠らなければならない。だが戦場ではこれが標準で、例え対空砲が唸りをあげ敵のバイオプラズマが着弾する音が鳴り響く中でも寝なければいけない時は寝られる必要がある。訓練としてはちょうどよいだろう。
燃やす物もないので焚火もしない。レーザーガンのバッテリーを電源にした明かりが、車内をぼんやりと照らすのみである。
そんな車内で、車長席に腰かけたままアレックスは夜景を肴にカップを傾けていた。カップの中身は代用コーヒーではなく、合成たんぱく質をお湯で溶いた……その、スープと呼ぶのも烏滸がましい代物である。変なにおいがするし変な味がするしだまになってるしどろどろしているうえに粘っこいというおよそこの世の不味さを煮詰めたような代物で、間違ってもじっくり味わって飲むようなものでもない。だからそれなりに綺麗な星空を見ながら意識をそっちに割いて、一息に飲み切る。
「うげぇ……」
後味最悪のげっぷが出そうである。しかしながら、戦地にいくと貴重なたんぱく源である。訓練であっても、いやだからこそ、この味に慣れておかないといけない。基地の食事がちょっと美味しすぎた。
車内に視線を戻すと、副砲手と運転手、情報管理手はぐっすりとお眠だ。それぞれが器用に寝心地がいいとはいえない座席に身を預けて睡眠をとっている。まあ彼女らも実戦を潜り抜けてきたのだから、これぐらいはお手の物だろう。
起きているのは、砲手……イオリ・クズノハぐらいなものだ。
時計をちらりと見る。
「ああ……そろそろ交代の時間か。大丈夫か? 仕方ないとはいえ、仮眠はとれたか?」
「はい。申し訳ありませんが、席を交代しますね」
「わかった」
監視のために一番見晴らしのいい車長席にクズノハがよじ登ってくるのと交代で、アレックスは砲手席に潜り込む。やはり成人男性には非常に狭いが、鉄に囲まれた空間は、どこかちょっと安心する。うっかり肩がこすれてしまって、情報管理手がうーんと寝言を漏らした。
「あ、と。……ふぅ、起こすところだった」
「ん。隊長の体格では狭いですからね」
「まあな。でも狭いところで寝るのは慣れてる」
少しでも居心地のよい姿勢を求めて身じろぎする。……やっぱりちょっと狭すぎるかもしれない。
「前言撤回。やっぱ狭いわ」
「ふふふ」
クズノハが声を潜めて笑う。
以前は見せてくれなかった表情だ。ミリシアを除くほかのメンバーもだが、こちらを探るような距離の置き方から変わりつつある。狭い車輛の中、運命共同体でやるのだから、上下関係とは別に仲良くやれるにこしたことはない。
部下が全員異性だと聞いた時はどうなるものかと思ったが、案外うまくやれていると思う。というより、彼女たち全員、書類にあるような問題児とは思えない。協調性もあるし、思いやりもある。確かに心に傷を抱えているかもしれないが、戦場にいる兵士なんて多かれ少なかれ、何か抱えているものだ。
昼のトラブルみたいに、男なんてしょーもない事で熱くなる生き物だ。兵士間のいざこざなんて日常茶飯事で、皆根本的に自分勝手だ。他人に興味がない奴もいるし、部屋の隅であらぬ方向を見つめてるだけの奴らもいる。彼らはあくまで軍事作戦上においてトラブルを起こさないだけで、人間としては既に欠陥品だ。言われたことしかできないし、言われてない事はできない。確かに軍人は上の命令に従うものだが、命令を遂行するためにどうすればいいか、を考えないのでは人間である意味がない。
本当のチームというのは、目的意識を持ち、自己をもって行動を起こすものだ。そういう意味では、この遊撃小隊はチームとしてやっていくに十分な素質がある、と思う。いやまあ、挑発に対して過剰反応するのはどうか、というのはあるが。ただあれもまあ、彼女らの経歴を考えれば起きうる事態ではあった。嘗められたらぶち殺せ、とまではいかなくとも、彼女らの経歴を考えればふざけた態度の男にどういう反応するか予想すべきだったアレックスの責任もある。
「あまり訓練中にこういう事をいうのもなんだと思うが。我々は良いチームだと思う」
「……」
「正直言うと、最初は不安だった。だが君達の能力は私から見て十分だし、懸念だった人格面でも問題を感じていない。おかげで、もう少し生きていられるだろう」
「そんな事は……ないですよ」
弱い声。俯いた表紙に、長い黒髪が靡いてクズノハの視線を遮る。
「クズノハ砲手?」
「隊長、少し外の空気を吸いませんか?」
言われて、上官として少し考える。……惑星ザーバンは車外への移動を自粛する程危険な環境ではない。また、少し車外に移動するのも、夜間監視任務にそぐわない行動ではない。緊急時への対応を考えると、降車する事は許されないが装甲上にとどまるのなら問題ないだろう。訓練中として私語は慎むべきだが、ここも判定は曖昧だ。士気を維持するためのコミュニケーションまで禁止している訳でもないし、隊員の精神面のケアは上官の仕事でもある。少しなら問題はない、という結論。
「2分だけだぞ。訓練とはいえ任務中だ」
「はい。ありがとうございます」
◆◆
夜のザーバンの風は冷たい。
惑星全体が乾燥地帯なので、まあ当然ではある。昼は猛烈に厚く、夜は寒い。ただ湿度も低いので、水分補給さえ怠らなければ過ごしやすい気候ではある。病原菌の繁殖も抑えられるし、戦場の塹壕の底よりはよっぽどマシだ。
そして夜空は満面の星空。実は戦地だと星空が見える事なんてほとんどないので、少しだけ楽しい。なにせ前線の惑星はピストン輸送で次々とおびただしい数の装甲兵器が持ち込まれ、それが排煙をまき散らしながら前線に進撃し、敵によって破壊され爆発炎上される上に、昼夜問わず砲撃が行われてる環境だ。有害な噴煙によって大気は汚染され、昼でも薄暗い事すらある。
星空は、ある意味平穏の証でもあるのだ。
そんな星空の下で、男女が二人きり。どうしても、ちょっと微妙な空気が二人の間に流れる。でもそんな空気じゃないと、話にくい事もあるだろう。
「私は、隊長の言うような強い人間じゃないんです」
クズノハはそう話を切り出した。
「隊長は、恋人がいた事、あります?」
「いいや。故郷に婚約者がいた事はあるけど、戦地では全く」
「私には、いました」
「……ふむ。どんな人だったんだ」
「……ん。優しい人でした。訓練の時に知り合って、その後戦場に出た時に同じ部隊で再会しました。射撃が上手で気配りができて、この人にまかせておけば大丈夫、そう思わせてくれる人でした。だから私はいつもその人にまかせてて、ある日、陣地で二人きりになった時に口づけを求められた時も、流されるままその人に全部任せました」
甘えていたんです、とクズノハは独白する。
「それからは何もかもあの人に従いました。戦場ではあの人の言う通りに動きましたし、ベッドの上でも求められるがままに何でもしました。私はそれができたし、それで楽でした。少なくともあの人の愛情は信じられたし、私自身、何でもしてあげたかった。そうしていれば、戦場で明日の事を考える必要はなかったんです」
「別に、悪い事ではないと思うが」
恋愛の形なんて人それぞれだ。たまたまそのやり方でうまくいくか、いかないか。結果論が全てといっても過言ではない。アレックスは少なくともそう考えている。
クズノハはふるふると首を振った。
「でも、あの人は死にました。私の目の前で。そして私一人に戻った時……自分の生き方がなくなっていた事に気が付いたんです。誰かに導いてほしい。誰かに支配してほしい。誰かに、生き方を決めてほしい。私は、部隊のためになるような人間じゃないんです」
彼女の個人情報を思い出す。PTSDの疑いあり……この事か。
「なんでその事を、私に?」
「隊長が、信頼できる人間だと思った……いや、違いますね。甘えられる人間だと、思ったからでしょうか。恋人の代わりに、なってくれるかもって」
「自分を卑下するような言い方はよせ」
なるほど、クズノハの事情は分かった。正直、戦場では珍しくもない。むしろ、優秀な上官とその部下ではよくある事だ。思考停止と指示への依存。そもそも軍自体が意図的にそう仕向けている傾向はもともと存在する。ただクズノハの場合、それが個人間であったのと、彼女自身がなまじ自分を客観視できているのと、それなりに教養が高いのもあって自己評価が著しく低い事になってしまっており、それが彼女自身を苦しめている。恋人の代わり、なんていう露悪的な表現がまさにそれだ。
心の病は、現実が見えて倫理観がしっかりしている者ほどかかりやすいというが、クズノハの場合はその典型的な例だ。
さて、どうするか。とはいえ答えは決まっている。
ちらりと時計に目を落とす。
「二分だ。話はこれで終わり。私は寝るが、その前に一言」
「?」
「不健全だろうが健全だろうが、君が任務を遂行する限り、依存でも甘えるでも私は全て受け止める。隊としての規律が守られる限り君の内面は君の自由だ。あと指揮官としての都合でいうと、言う事をちゃんと聞いて指示に従うだけで優秀な兵士だからな。その点では君は申し分ない。これからもよろしく頼む」
「……えと。それは、はい」
「ならば話はこれで終わり。私は寝る!」
強制的に話を打ち切って、車内に戻る。あとは、クズノハ自身が都合の良いように解釈してくれればいい。
正直、部隊長からすれば、自己をしっかり持ってるがゆえになんかイチイチつっかかってくる兵士よりも、依存気味でイエスマンの兵士の方が扱いやすい。部隊全員がそれだと破滅コースまっしぐらを避けられないが、別にそういう訳でもない。ミリシアは事実上の愛人関係にあっても、物事をはっきり言ってくるし、ほかの二人も言う事は言ってくる。部隊としてのバランスはそれで保てている。
人としてはまあ確かに問題かもしれないが、戦場で人の倫理が何かの役に立つわけでもない。戦場には戦場の理屈と損得がある。それだけだ。
そして今回の場合、クズノハがそういった内心を打ち明けられるほど部隊長であるアレックスを信用してくれた、それだけの実績を積むことができた。それでいい。
アレックスに出来る事は、その信頼に応えてやる事だけだ。その事は、はっきりさせておく。精神科医でもないアレックスにはクズノハの問題を根本的に解決してやることは、残念ながらできない。
砲手席に戻り、目を閉じて眠るために意識を落ち着ける。頭上でハッチの閉まる音と、クズノハの衣擦れの音がした。
「ん。……おやすみなさい、隊長」
少なくともクズノハの声に暗いものはなく、対応は間違えてなかったかな、と思いながらアレックスは眠りについた。
尤も。もしこの時アレックスが気恥ずかしさから顔を逸らさず、ちゃんとクズノハと目を合わせていたら、ゲリラ豪雨の後の空もびっくりな高湿度の視線に、頭を抱えていただろうが。それはあくまでもしも、の話である。
「……ふーん?」
運転席で、狸寝入りを決め込んでいたミリシアが、小さくつぶやいた。
<戦場のひみつ:星見観測者と呼ばれる者達は、予知や占いで方針を助言する。一見するとうさんくさいが、彼らの能力は科学的に根拠あるものとして重宝されている。しかし階級を下るにつれ教育レベルも下がる為、現場の下士官の中には彼らの金言を無碍にする者もいるという。>