大人の知識を持ったまま中学生に戻った俺は好き勝手に生きていく 作:柊咲
35年生きてきたこれまでの人生で、ラブホテルに入ったのは数回ほどだ。
それほどまでに妻とはご無沙汰で、仕事も忙しくて浮気する時間もなかった。
「……へえ、こんなホテルもあるんですか」
大きめのダブルベッド。
部屋に設置されたカラオケ。
大人のおもちゃやグッズが入った自販機。
中身35才でも、少しワクワクする気持ちがある。
「え、ええ……こういうホテルもあるの。もう内装も見たからいいわよね!?」
さっきまでこことは違う部屋でどんな濃厚なセックスをしていたのか思い出した、というわけでは無いだろうけど、急に慌て始める彩さん。
俺は彼女の願いを無視して風呂場へと向かう。
丸い形の浴槽に、透明なガラスの壁で仕切られたシャワー室。
「こんなシャワー室、初めて見ました。これ……見えちゃいますよね?」
そう問いかけると、彩さんは返事に困りそっぽを向く。
「そういえば、どうして彩さんはあの男の人とこのホテルにいたんですか?」
少し踏み込んで聞いてみた。
「えっと、それは……」
「それに旅行でもないのにホテルに泊まるのも変ですよね。まるで休憩……ここに来た目的ってなんなんですか?」
彩さんは黙秘した。
うーん、そろそろ子供のフリするのも疲れたな。それに進展しない。
「──彩さん、座りませんか?」
「え?」
俺はベッドに座り、隣を叩く。
嫌がる素振りを見せた彩さんだったが、何度も叩くと折れてくれた。
「彩さん、実は知っていたんです。彩さんが浮気していたこと」
「……え」
「さすがに俺も中三ですからね。ここがラブホだってことも知ってますよ」
「……」
騙したのね、と言いたそうに睨まれたが、俺は彩さんの弱みを握っている。さすがに言葉にして怒ったりしない。
「あっ、でも勘違いしないでください。俺が浮気していたことを知っていたのは前から──太一から聞いていたんです」
「太一、から……?」
さっきまでの怒っていた形相が、息子の名前が出て今にも泣きそうな悲し気な表情に変わる。
「太一に相談されたんです。彩さんが浮気してるかもしれないって」
まあ、嘘だがこう切り込むのが彩さんにとっては一番ダメージが大きいだろう。
「旦那さんが出張ばかりで彩さんが寂しがってるって。だから魔が差して浮気してるんじゃないかって……。もちろん相談されただけで、彩さんが本当に浮気していることを太一は知りません」
「……」
実際に太一は彩さんの浮気が発覚して離婚するその瞬間まで、彩さんが浮気していたことを知らなかった。まあ、母親が浮気しているかどうかなんて、普通の子供が知るわけないけど。
「どうして、浮気したんですか……?」
俺は彩さんをジッと見つめながら問いかける。
すると彩さんは、涙を流しながら話してくれた。
……まあ、想像通りの理由だ。
旦那が出張へ行き、浮気していることも薄々だが気付き、寂しさから浮気してしまったという。
お互いに浮気しているんだから、どっちが悪いとかないけど。
「私も、こんなことするつもりはなかったの……だけど、寂しくて」
俺に話したことで少しは気が楽になっただろう。
「あの男の人とはどうやって知り合ったんですか?」
「……アプリで」
「俺が言うのもあれですけど、随分と若かったですよね?」
「大学生だって言っていたから……」
やっぱり大学生なのか。
「彩さんって、もしかして年下好きなんですか?」
笑いながら問いかけると、彩さんは少し沈黙してから、
「……ええ」
と、頷いた。
その言葉を聞いて俺は畳みかけるように聞く。
「じゃあ、中学生も好きですか?」
「え……?」
「実は俺……ずっと彩さんのこと、好きだったんです」
彩さんの手を握り、はっきりと伝える。
「太一の家に行っていたのも、本当は彩さんが目当てで」
「えっ、ちょ、祐輔くん!? あの」
「だけど彩さん結婚しているから、ずっと我慢してました。でも寂しいなら、俺で埋めれないですか?」
握った手は拒まれたので、今度は肩を抱き寄せる。
ふわっと甘い香水の匂いが鼻孔をくすぐる。同級生にはない、大人の女性の匂いだ。
「ちょ、ちょっと祐輔くん……ダメ、止めなさい」
「やっぱり俺じゃあ駄目ですか?」
「だってアナタは太一の同級生なのよ!? 息子の同級生となんて……」
「じゃあ──」
ここで折れてくれれば、いい雰囲気でセックスできたが仕方ない。
俺はポケットに入ったスマホを手でさする。
「この写真……太一に見せるしかないですね」
はっきりとした脅しに、彩さんはゆっくりと俺から離れる。
「お願い……それは止めて」
「俺だってこんなことしたくないんです。だけど彩さんが浮気しているのを知って、なんか苦しくて」
「もう浮気はしない、だから──」
「──じゃあ、一回だけ俺としてもらえますか?」
「するって……」
「実は俺、初めてなんです……。初めては彩さんがいいんです」
浮気を辞めるかどうかは別にいい。
俺はただ彩さんと関係を築ければそれで。
「本気で、私のこと……?」
「はい、好きです。彩さんが俺としてくれたら、今日見たことは忘れます」
彩さんは俯いたまま返事をしない。
かなり無理矢理なお願いだが、彩さんに断るという選択肢はない。
俺はジッと、彼女が折れるのを待った。そして三十秒ほど経ってから、
「……一回だけ」
彩さんは、まるで自分に言い聞かせるように。
「一回だけ、なら……。そしたら本当に、写真も消して、太一にも言わないでくれる……?」
「ええ、もちろん」
俺は内心で満面の笑みを浮かべながら、彩さんに答えた。