大人の知識を持ったまま中学生に戻った俺は好き勝手に生きていく 作:柊咲
背を向けた体勢の奈菜は気付いていないが、窓ガラスの向こうから覗いている彼女──蘭華は、はっきりと俺と目が合っていた。
俺は笑みを浮かべ、彼女に奈菜との濃厚なキスを見せつける。
「ちょっと、祐輔……っ♡ これ以上は、ダメだって♡」
「奈菜も我慢できなくなるか?」
「……う、うん♡ だから後で♡ ねっ♡」
そう言って俺たちはキスを止めた。
それから数秒後、扉がゆっくりと開く。
「お待たせー、いやあ、トイレ混んでてなあ」
「そ、そうなんだ……」
顔を真っ赤にして笑う奈菜。
勘のいい奴だったら、明らかにここで何かしていたって気付かれるのに、奈菜は俺に「良かった、バレてなかったみたい」みたいな視線を送ってくる。
そんな気まずい状況から始まったカラオケ。
一時間ぐらいして、俺たちからなんとなく帰ろうかみたいな空気が出ていた。
「そういえばさ、奈菜とは交換したけど、祐輔も連絡先交換しない?」
別れ際、俺と蘭華は連絡先を交換した。
部屋へ戻ると、二人からメッセージが来ていた。
奈菜からは、
『まだ消灯まで時間あるけど、どうしよっか?』
という、本当は自分もしたいくせに俺から言わせようとするメッセージ。
蘭華からは、
『今日はありがと。これからよろしくね!』
という、当たり障りのないメッセージ。
俺は蘭華へ当たり障りない返事をする。
奈菜へは、温泉に入ってから再びカラオケで会う約束をした。
だが、
『ねえ、少し会って話せない?』
蘭華からメッセージが届いた。
俺はすぐに『わかった』と返事をして、蘭華と二人で会うことに。
「ご、ごめん、待った?」
「いや、俺もさっき来たとこだから」
ロビーの広場にて。
温泉に入った後、浴衣姿の蘭華がやって来た。
艶々の肌に微かに火照った肌。元から化粧なんてしてないから、お風呂上りはさっきよりも色っぽくて綺麗に見えた。
「えっと、これから奈菜と会うんだよね?」
「聞いたのか?」
「ううん。なんか落ち着きなかったから、そうなんかなあって」
「なるほどな。まあそうだな」
「だから手短に。えっと……」
髪をペタペタ触る蘭華。
そして意を決したように、彼女は俺を見つめる。
「二人ってさ、付き合ってんの?」
「いや、付き合ってないけど」
何を聞かれるのか予想できていたから即答する。
「そ、そうなんや……へ、へえ、でも……」
「ああ、カラオケでしてたの覗いてたのか」
「──ッ!?」
顔を赤く染めた蘭華を見て、俺は笑みを浮かべる。
「見られてるのはわかっていたからな」
「やっぱり、そうなんやね……はあ、知ってたなら言ってや。あっ、もしかして奈菜も?」
「奈菜は気付いてないし、俺も言ってない。それで? それが聞きたかったのか?」
「あー、ううん。それもあるんやけど、実は……」
「幼馴染のあの慶谷とかいう奴のことか?」
「……やっぱり、気付いた?」
「まあな。好きなんだろ?」
俯いて、今にも泣きそうな表情をする蘭華。
彼女の性格は明るい。騒がしいぐらい明るい。
そんな彼女にこんな表情をされると、少しだけ興奮する。
「元々うちと慶谷な、両想いだったんよ。それで何度も告られたの。だけどうちら、まだ中学生やし。付き合うって、何したらいいのかわかんなくて……好きだけど、付き合えないってずっと断っててな。そんな煮え切らんうちの態度にムカついてだと思うんやけど、慶谷……彼女作ったんよ」
「まあ、友達の延長線上の関係なら、いずれそうなるだろうな」
「うん……。だけどすぐ、その子と別れてな。うち、そこでようやく気付いたんよ。誰かに取られるぐらいなら、わかんなくても付き合ってみようって。だから慶谷に告ったんやけど……」
「またすぐに彼女ができたか?」
話しの流れ的にはそうだ。
だが違う。
それを俺は、当時の記憶があるから知っている。
けれどここで正解を当てられない。なんたって、普通は想像できない答えだからだ。
「『今までたくさん俺のこと振ってきたくせに。今さらお前と付き合う気はない』って。だけど一緒にいたかったから……。そんなうちに慶谷……セフレなら、いいぞって」
「……」
「今だったら、バカな提案だなってわかってるんやけどな。……だけど、受け入れちゃった。それで今も、セフレのまま」
「セフレのままって。あいつ彼女いるんじゃなかったのか?」
「いる……。いるけど、それでもセフレのまま。彼女も……アカネも、うちと慶谷の関係を知ってて何も言ってこないの。というか」
乾いた笑い声を発する。
「……彼女になれない、性欲処理のセフレとして扱われてる私を見て──バカにして、楽しんでるんよ」
だからこそ、アカネとかいう女はナイトプールで蘭華を見て鼻で笑ったというわけか。
あまりいい趣味とは思えないが、優越感を得て興奮している俺が言えたことじゃない。
「蘭華は、このままでいいのか?」
「え……?」
「セフレのままでいいのかってこと。彼女になりたいんじゃないのか?」
蘭華は俯いたまま答える。
「セフレは、イヤ……。だけど彼女になれないし。セフレの関係を断ったら、慶谷……たぶんうちなんかのこと相手にしてくれない。だから」
「だから、このままでいいと?」
「……」
「だったらこのままでいいんじゃないのか? 俺と奈菜もこの関係でお互いに幸せだからな。それじゃあ、奈菜が待ってるから俺は──」
「──ま、まって!」
蘭華はスマホを取り出す。
ああ、来たか。
そう思って、顔には出さず安堵した。
当時とは色々と変わってしまったから、もしかしたらイベントが消えてしまったのではないかと心配した。
だが、どうやら消えてないらしい。
「慶谷から、さっきこんなメッセージが来たんよ。こんなん言われたの初めてで、うち一人でどうしたらいいかわからんくて。でも、こんな相談して引かないでくれる友達、おらんくて……会って間もない祐輔に、こんなこと相談してほんまごめん。だけど、誰かに話したかったんよ」
そう言って、蘭華は俺に慶谷から送られてきたメッセージを見せる。