朝日がカーテンの隙間から柔らかな光を漏らし、その光が私の顔に優しく触れる。
まるで、夜の夢から現実へと引き戻すように、温かい光が頬を撫でる。
眠たい目を擦りながら、まどろみの中から意識が徐々に覚醒していく感覚が心地よい。
まぶたを重たく感じながら、私はゆっくりと上半身を起こす。
布団の中はまだ少しひんやりとしていて、体温が逃げていくのを感じ、カーテンの隙間から差し込む光が、部屋の中を黄金色に染め上げた。
頭の中はぼんやりとしていて、昨夜の出来事が少しずつ思い出される。ナポレオンの言葉、彼の真剣な眼差し、そして心の中で揺れる感情。
そんなことを考えてたら、深夜まで起きてしまい、寝れなかった。
私はさらに目を擦り、周囲の景色をはっきりと見るために視線を定める。
昨夜、憧れていたナポレオンから、いや、男からあんな真っすぐなプロポーズを受けたのだから。
まるで夢の中にいるような、信じられない出来事で、なんか足元フワフワするような感覚だ。
「お前は佳い女だ。お前の気持ちを俺に振り向かせたいくらいに、俺はお前の事が好きだ」その言葉は、彼を憧れていた私の心の奥深くに響き渡った。
私は復讐心で魔術師として生きて、男には興味がなかった。
それにだ、私はひたすら魔道具を作り、研究に没頭する日々で、男との関係は皆無だった。
そんな私をナポレオンは佳い女だと言ってくれた。
ナポレオンのあの瞳は、真剣そのもので、彼の言葉には迷いがなく、私をそのまま受け入れてくれるような温かさがあった。
復讐心に駆られていた私を、彼の言葉で心を動かされるなんて、自分でも驚くほどだ。
彼との時間はまだ少ないが、そんな時間の中で彼の存在が、私の世界を少しづつ色鮮やかに染め上げていく。
「どうして、私なんかに…?」自分の心の声に耳を傾けると、いつの間にか彼のことを考えている自分がいた。
もちろん憧れもあったけども、昨夜の彼が笑う姿、真剣な眼差し、そして、その温もり。
まるで何かの魔術にかけられたように、私は彼に引き寄せられていく。
「あぁぁぁぁぁぁ」
恥ずかしさから、ベットの上でのたうち回り、高ぶる鼓動を抑えようとする。
だが、ふと冬弥の「ナポレオンとやったのか?」の言葉が頭をよぎった。
「ナポレオンとする?ナポレオンとセックス?」
大丈夫だ、落ち着け。
セックスは生物学上、子どもを作るにおいて必要な行為、そう必要な行為なんだよ。
初めてのセックス、あのナポレオンに自分の初めてをあげるなんて、今の私の頭では想像がつかない。
「あー…考えても仕方ない、そろそろ起きよう」
渋々ベッドから起き上がると、体はまだ少し重く、まるで夜の夢に引き戻されそうな感覚が残っている。
春と言ってもまだ寒さはあり、布団の温もりが恋しくて、思わず名残惜しさを感じながらも、私は意を決して立ち上がるが、足元の冷たい床が、私を現実へと引き戻す。
ゆっくりと部屋を歩き、洗面所に向かい、鏡の前に立つと、自分の顔が映る。
寝癖のついた髪、寝れなかったせいかまだ眠そうな目元。
蛇口は捻り水を出せば、水を手に取り、顔を洗う瞬間、冷たい水が肌に触れ、すっと目が覚める。
水滴が頬を伝い、心地よい刺激が全身に広がる。
洗面台の前で、私は少し深呼吸をしてから、タオルで顔を拭き、寝癖をブラシで整えた。
鏡の中の自分と目が合えば、昨夜の事が蘇り、この後ナポレオンと会うとなれば期待と不安が入り混じる。
その後、クローゼットを開け、お気に入りのシャツとズボンを手に取り、さっと着替える。
布地が肌に触れる感触は心地よく、少しずつ気分が高まっていく。
準備が整ったら、部屋のドアを開ける。
廊下の先には、朝の光が差し込んでいて、静かな廊下全体を明るく照らしている。
久しぶりに早起きしたかもしれない。
少し早起きした自分を褒め、台所へむかった。
そんなカナエが早起きしてるとは思わず、ナポレオンは刻夜と一緒に庭園の手入れや、掃除をしていた。
「すみません、アーチャー様。私が年老いた為に」
「謝る必要はない、この土袋は女性には重たい」
俺は土が入った土袋を、刻夜に教えられた場所に運ぶ。
「そういえば、アーチャー様」
「ん?」
「カナエ様とは上手くいってますか?」
「あぁ、勿論」
「そうですか、それは良かった」
刻夜はカナエの母親代わりみたいなもので、彼女を自分の娘かの様に、何か嬉しい事があれば喜ぶ時がある。
「さて、アーチャー様のおかげで、無事に朝食に間に合いそうです。ありがとうございました」
「何かあれば呼んでくれ、俺もここに居る以上出来ることはしたいからな」
「頼もしいですね、その時はお願いします」
刻夜と喋りながらあるき、邸の中に入り台所に入れば、珍しい光景が広がっていた。
「な、maître」
「カナエ様が早起き!?」
カナエは、朝の光が柔らかく差し込む台所で、彼女は、温かいコーヒーカップを両手で包み込み、その香りを楽しんでいた。
「アーチャーと刻夜、おはよう」
カナエは、いつもより早く目覚めた自分を誇らしげに言った。
彼女の声には、いつもとは違う明るさが宿っている。
「お、おはよう」
俺は少し戸惑いながら返す。
普段、カナエが朝起きるのが苦手なことを知っている俺にとって、この変化は驚きだった。
俺は、彼女の柔らかな笑顔を見て、心が少し温かくなるのを感じた。
「おはようございます。カナエ様…一体何があったんですか?」
刻夜は、カナエの様子に目を細めながら尋ねた。
彼女の声には、心配と好奇心が混ざっている。
それもそのはずだ、普段のカナエなら、まだ夢の中にいる時間だ。
カナエは、コーヒーのカップを手に持ちながら、少し照れくさそうに笑った。
「昨日色々あって、寝れねかった」
刻夜はその言葉を聞いて、思わず眉を上げた。
カナエの周りには、陽の光が優しく降り注ぎ、彼女の髪の毛が輝く。
そんな彼女を刻夜は、横を見つめ、彼女の心の中に何か特別な何かがあったのではないかと感じた。
「アーチャー様、昨日カナエに何かありましたか?」
「ん?何かがあったと言うよりかは、昨日、俺がカナエにプロポーズした」
「ゴフォオ!!」
カナエは俺の言葉に思わず驚き、口の中のコーヒーを盛大に吹き出してしまった。
彼女の目が大きく見開かれ、コーヒーの湯気が立ち上るカップから、黒い液体が空中に飛び散っていく。
「えっ、ああっ!」
カナエは驚きの声を上げ、その瞬間、コーヒーはテーブルに飛び散ちった。
刻夜はこの状況に目を丸くし、何が起こったのか理解した。
「カナエ様、何故そんな大事な事を言わなかったんですか!」
カナエは慌てて手で口を押さえ、顔を真っ赤にした。
「ちょ、なんで私が怒られ…アーチャー!!なんで清々しい顔してるのさ!」
恥ずかしさから顔を赤くする彼女をみて、思わず笑いをこらえてしまった。
「どうせ、後に延ばしても知るものだ。今知っても変わりはない」
「とにかく、カナエ様とアーチャー様、詳しい話は後程聞きますかね!」
刻夜は急いで台拭きを取り出し、コーヒーが飛び散った部分を拭いた。
「もう、カナエ様も少しは落ち着いてください」
「はは…」
刻夜は心配そうに言うのも、カナエの顔には恥ずかしさと同時に楽しさが混ざり合い、カナエは少し幸せそうな顔をした。
「しっかし、朝からこんなことになるなんて…着替えてくるから、朝ごはんよろしくね刻夜」
「かしこまりました」
カナエはそう言えば、自室に戻って行った。
カナエが台所を離れた後、俺と刻夜は朝食の準備に取りかかることにした。
刻夜は包丁を握り、野菜を切り始める。彼女の手際は見事で、まるで料理の達人のようだった。
「これ、どうする?」
俺が玉ねぎを取りだし聞くと、刻夜はそのままサラダにすることを提案した。
刻夜は微笑みながら頷き、さらに別の鍋で卵を焼き始めた。
油の音がパチパチと響き、朝の静けさを破る。
その後、カナエが降りてきて俺たちは一緒に朝食を準備し、和やかな雰囲気の中で会話が弾んだ。
朝食を囲むと、テーブルには色とりどりの料理が並び、温かい雰囲気が漂っていた。
三人で何気ない会話をすれば、食事はあっという間におわり、食事が終わった後、刻夜が少し緊張した様子で話を切り出した。
「カナエ様、アーチャー様、先程仰ていたプロポーズのこと、詳しく教えてくれますか?」
刻夜その問いに、カナエは少し戸惑いたのをみて、俺が語ることにし、語る上で、刻夜には聖杯戦争の事も話した。
「私も少なからず魔術師の端くれ、文子様からは聖杯戦争の事は聞かされていました。まさか、アーチャー様があのフランスの英雄ナポレオンとは」
刻夜は俺の話に興味津々で耳を傾けていた。
「それで、アーチャー様…いや、ナポレオン様、あなた一体カナエ様のどこを見て、プロポーズしたのですか?」
「佳い女だからだ」
「佳い女?」
「あぁ、月の光に照らされると、オニキスのように艶やかな黒髪、イエローダイヤモンドのように輝く美しい瞳、東洋の陶磁器のように滑らかで美しい肌。何より、カナエは知性があり、強さを兼ね備えている。」
「……」
カナエは恥ずかしさからか徐々に頬を赤らめていく。
「それにだ、カナエの笑顔をずっとみていたいと思った」
「なるほど…分かりました」
刻夜は何かを図るかのように、真剣な眼差しで数秒間、俺を見つめていた。
刻夜の瞳には、疑念と不安が交錯しているのが見て取れる。
無理もない。刻夜はカナエを実の娘のように可愛がり、慕ってきた主の娘だ。
そんなカナエが、人間なのか幽霊なのかも分からない俺にプロポーズされたのだ。
刻夜の心の内を察するに、当然の反応だろう。
互いの沈黙が、静寂が辺りを包み込み、時が止まったかのように感じた。
刻夜の表情は、まるで嵐の前の静けさのように緊張感に満ちていた。
刻夜の心の中で、選択肢が渦巻いているのだろう。
大切な人を守りたいという思いと、自分の感情との間で揺れ動いているのが伝わってくる。
そんな沈黙を破る様な声と共に、カナエの母、文子が入ってきた。
「おはよう!あらあらまぁまぁ、三人いるのになぁに?この静けさは」
「母さん…」
「文子様、ちょっと」
刻夜に呼ばれた文子は、少しワクワクしながらも、彼女の傍に寄った。
刻夜の表情は真剣そのもので、文子に今回の事を話した。
文子は刻夜の話を聞いて、次第に満面な笑みを浮かべ、カナエと俺の目をじっと見つめた。
「なるほどね!確かに刻夜が私に言いたくなるわね。それにしても、カナエ!アナタ何でそんな大事な話を母さんに言わなかったのよ!」
「言うも何も、プロポーズされたのは昨日だったし。それに、結婚は聖杯戦争勝たないとまずできないから」
「はは!それもそうね、ならここは母親として少し力を貸そうかしら?」
「…いや、いい」
カナエは文子の提案を断った。
「母さんが、聖杯戦争に関わったなんて、時計塔や聖堂教会にバレたら厄介。ただでさえ、お母さんの魔術は危険視されて、封印しない代わりに魔力症の魔術師を治療してるんだから」
「それもそうね。本当にやぁね、可愛い娘の一大事に母親の私が力貸せないのは」
「それなら、力貸すのは式をあげる時がいいでしょ?」
「それもそうね!さて、ナポレオンさん」
文子は話を切り替え、俺に話を振ってきた。
「あなたは、本当に私の夫の一族、ルーヴ族が仕えたと言われているナポレオンでいいのかしら?」
「あぁ」
文子の俺を見る目が、先程の穏やかさは無くなり、真剣な眼差だ。
「私はカナエの母親、それと同時に魔術師でもあるの。だから、聖杯戦争の事は理解してる。だからこそ、この先あなた達に苦しい事が起きたとして、ナポレオン。あなたはカナエをサーヴァントとして…いや、一人の男として守り、聖杯を勝ち取ることはできるのかしら?」
文子の言葉は、まるで重厚な鉄の鎖のように、俺の心をがっしりと縛りつけていた。
その言葉は見かけによらず、柔らかな声色の裏に潜む鋭い刃のようだった。
文子の瞳は何かを狩る強者そのもので、まるで俺の内面を見透かすかのように輝いていた。
だが、そのプレッシャーを受け止めることができなければ、これから待ち受ける戦いには勝てない。俺は、文子…カナエの期待に応えるため、己の限界を突破しなければならない。
「ナポレオン」
周囲の静寂が、カナエ俺を呼ぶ声が重みをさらに際立たせた。
俺は深呼吸をし、心の奥底から湧き上がる闘志を感じた。
昨夜、カナエの言葉を思い出し、それを胸に刻み込み、どんな困難が待ち受けていようとも、必ず勝つ。
「俺は絶対に負けない」
力強く返事をした。
すると文子は微笑み、頷く。
「なら心配はないわね。さて、刻夜。今日はKAIDOUグループの定例会議があるから、車出してちょうだい」
俺の言葉で彼女の表情は少しずつ和らぎ、目の奥に理解の光が宿っていくのがわかった。
俺が伝えた思いは、彼女の心に響いた様子で、文子はその場を後にした。
「かしこまりました。カナエ様、今日のご予定は?」
「今日は
カナエは部屋に戻ると、すぐにボストンバッグを取り出し、静かな動作で中に着替えを詰め始めた。彼女の手は慣れた様子で、次々と衣服を取り出し、丁寧に畳んではバッグの中に収めていく。
彼女の表情は少し楽しげだ。
「
俺は興味を持ってカナエに尋ねた。
カナエは一瞬手を止め、俺の方を振り返った。
「機械の心を持つ旅列車。その名の通り、機械に惹かれた世界の魔術師達が開発した機械やオートマタ、部品等を収集しオークションをし、日本とイギリスを主に走り続けてる列車だよ」
彼女はウキウキした様子で説明した。
その声はまるで、子どもが楽しい場所に行くのが嬉しい様子だ。
世界中の魔術師が集まる場所、魔術技術者でもあるカナエとしては、きっと夢のような場所なのだろう。
「それに、今回は私が必要な材料が出るらしく、私はそれが欲しいんだよ。手伝ってくれるかい?」
カナエの手元では、次々と衣服がボストンバッグに収められ、彼女の準備が進んでいく。
「もちろん。世界の魔術師達が開発した機械のオークション。なかなか興味深いな」
俺は感心しながら言えば、カナエはその言葉に微笑んだ。
「さて、そろそろ駅に向かおうか」
身支度を終えたカナエは、ボストンバッグをしっかりと持ち、軽やかな足取りで部屋を出てきた。
俺は彼女の後を追い、廊下を進む。周囲の静けさが、彼女の心の高揚感を一層引き立てているようだった。
邸の扉を開けると、普通の外の空気とは違い、霧で冷たい空気が一気に流れ込んできた。
「これは?」
「合図だよ、この空気は招待された者しか感じない」
「なるほど、部外者は入れないってことか」
「まぁね、部外者が入れば、四日間霧の中で彷徨うことになる。一種の固有結界だよ」
「それは、恐ろしいことだな」
バイクの前に立つと、カナエはバッグをサイドに置き、ヘルメットをかぶる。
それに続きカナエは、エンジンをかけると、低い唸り声が響いた。
俺は後ろに乗り込むと、しっかりと彼女の腰に手を回した。
その瞬間、彼女の温もりが背中に伝わり、心が落ち着く。
「行こう」
「あぁ」
カナエは声かけと同時に、アクセルを踏み込む。
バイクが前に進むと、冷たい風と霧が顔を撫で、心地よい爽快感が広がった。
固有結界のせいか周りが静かで、道を駆け抜けるたびに、街の景色が流れ去るような風景はなく、霧だけが広がっていた。
暫く走れば駅に近づいたのか、霧の先に明かりと周囲の喧騒が増し、人々のざわめきや、電車の音が耳に届く。
カナエがバイクを停めた瞬間、俺とカナエはバイクから降りた。
「さて、しばらくは小さくなっていてね、愛車君」
カナエはバイクを魔術で小さくし、無くさないようにキーホルダーのようにボストンバックにつければ、俺と顔を見合わせる。
彼女の目は輝き、期待感で満ちていた。
「さあ、オークションに行こうか」
微笑みながら言うと、彼女も頷き、二人で駅の中へと足を踏み入れば、そこは列車に乗ろうとしている招待客で賑わっていった。
「さて、私らが乗るのはスイートルーム車だ」
カナエと共に列車の中に足を踏み入れると、目の前に広がる光景はまるで一流ホテルのロビーのようだった。
豪華な絨毯が敷かれ、歩くたびに柔らかな感触が足元を包む。
壁には高級感あふれる木材が使用され、深い色合いが落ち着いた雰囲気を醸し出している。
天井には美しいシャンデリアが吊るされ、柔らかな光が室内を照らし、その光が壁に飾られたアート作品や写真を優しく照らし、まるで旅の思い出を語りかけているかのようだ。
窓の外には流れる景色が見えるらしく、その対比が一層この空間の特別感を引き立てている。
ホールの座席は広々としており、革張りのソファが配置されて、クッションもふっくらとしており、心地が良い。
テーブルには生花が飾られ、優雅な雰囲気を演出している。招待客達の笑い声や談笑が響き渡り、まるで一つの社交場のように感じられた。
さらに、車両の一角にはバーカウンターが設けられており、バーテンダーが巧みにカクテルを作っている姿が目に入る。
カウンターには高級なワインボトルやリキュールが並び、旅の疲れを癒すための特別な飲み物が用意されている。
「さて、招待状確認者が来るまで、ウィスキー飲みながらゆっくり待とうじゃないか」
「なら俺がとってくる」
「ありがとう」
汽笛と共に扉は締まり、列車は動き始めた。
列車が動きだせば、次第に霧が晴れ、車窓から景色が見れるようになった。
列車の揺れが心地よく、まるで時間がゆっくりと流れているかのようで、カナエと一緒にウィスキーを飲む、この特別な空間での旅が、どんな思い出をもたらしてくれるのか、期待に胸が膨らむのであった。