その日は午後休講、遊び仲間とは予定が合わず、バイトのシフトも入ってない……つまり暇を持て余してるってことだ。
はっきり言ってこんなの大学入学以来せいぜい3~4回目のことだ。
とはいえどうせ帰ったらやらきゃならない別の講義の宿題のレポートも提出期限が近付いてることだし、遠出する程の余裕がある訳でもない。
この時間をどう過ごしたもんだかと考えて、ちょっと遠回りして普段通らない帰り道を開拓することにした。
何のことはない。趣のあるシブいラーメン屋、開店祝いの花が並ぶ小洒落た小さなカフェ、子供達が集まる駄菓子屋、こじんまりした昔ながらの古本屋、薄暗い熱帯魚店の店頭の水槽、そんなものを眺めながら街を散策しただけのことだ。
そしてペンキがあちこち剥がれた前衛芸術の彫刻のようなワケの分からない巨大遊具が中央に鎮座する大きめの公園では、数人の子どもたちが遊んでいる。
この公園を通り抜けようとすると、見覚えのある女の子が一人で鉄棒をしているのが目に留まった。
みゆちゃんに似てるなと思えば、鉄棒の支柱のてっぺんに引っ掛けてるママ手縫いの手提げ袋……まさにあれはみゆちゃん本人だ。
「やあ、みゆちゃん!いつもはこっちの方で遊んでるのかな?」
声を掛けるとみゆちゃんは鉄棒から飛び降りて駆け寄ってきた。
「あれっ、お兄ちゃん!どうしたの?こっちでは初めて会うね」
大学では教授や講師先生の都合で時々講義が休みになるってことを、みゆちゃんは不思議がって笑った。
一方でみゆちゃんがここで何をしていたかと言うと、先日体育の授業で連続前回りに挑戦して初めて5回転に成功したんだと嬉しそうに語った。
すごく気持ち良かったからまた挑戦したんだけど、それ以来一度も成功しないからここ数日一人で練習してたとのことだ。
見ると確かにみゆちゃんのTシャツにゆったり重ねた半袖パーカのお腹が鉄棒に擦れて汚れている。
「今日は絶対成功するから、お兄ちゃん見ててよ!」
「ごめんみゆちゃん、俺今ちょっとトイレに行きたくてさ。すぐ戻ってくるからその後でいいかな?」
「ふ~ん。ここの公しゅうトイレきたないから、あっちのコンビニに行くと良いよ。待ってる!」
俺はみゆちゃんが指さした先のコンビニに飛び込んでトイレを借り、ついでに自分が飲むアイスコーヒーとみゆちゃんが好きないちごのヨーグルトドリンクを買って公園に戻ってくると、みゆちゃんを同じくらいの年頃の男子三人が取り囲んで何やら責めるような物言いをしてるのが聞こえてきた。
「……のくせに……なんだよ!」
「こいつ……じゃねーの?」
「……ってねーで……しろよな!」
男子の一人が威圧的に鉄棒の支柱を蹴ってみせたりして、内弁慶なみゆちゃんは何も言い返せずただまごついている様子だ。
公園にいる他の子供達のうち二~三人は遠くから訝しげにその様子を眺めているが、殆どの子はそんな様子を気に留めることもなく、無関係に遊んでいる。
事情は分からないが、ここは〝お兄ちゃん〟として黙って見てる訳にはいかないよな。
「お~いみゆちゃん、どうしたの?」
白々しく何も知らないかのようにのんびり歩み寄りながら声を掛けると、みゆちゃんはたたっと無言で駆けてきて俺の後ろに逃げ込んだ。
「ん、どうした君ら?みゆちゃんが君らに何か悪い事したのかな?」
みゆちゃんに飲み物を渡しながら、表向きはにこやかに問いかける。
「そいつがナマイキだからどっか行けっつってたんだよー!」
「女子がエラそうに鉄ぼうひとりじめしてるのが悪いんだろー!」
などなど……何のこっちゃ。
まああれだ、やっぱり弱そうな女の子にイチャモンつけたいだけの悪ガキだな。
「う~ん、意味分かんないな。君らはサッカーボール持ってるけど、サッカーじゃなく鉄棒したかったのかな?まあそれはそれでいいけど、鉄棒は4つも並んでるじゃないか、他に鉄棒してる子もいないし。大体公園の遊具ってもんは云々……」
額にグラフィティ風のロゴが付いた黒いキャップを被ったガラの悪いリーダー格らしき色黒の少年を相手に、腰に手を当て覆いかぶさるようにわざとらしい笑顔で顔を近づけて諭してみせる。
「そそそそんなの、オメーに関係ねーだろ!」
「関係無いわけ無いじゃん。誰だって身近な人がデタラメな文句付けられて怖がってたら、放っておけないだろ」
「うぅぅ……」
何だ、思ったより歯応えがないな、と思った瞬間。
「バーカ、大人が子どもの話に口出してんじゃねーよ、おっさん!」
キャップ少年はいきなり俺に向かって中指を立てる下品なハンドサインを見せるや踵を返して逃げていった。グループの残り二人も後に続く。
「やれやれ、
俺は身を起こしてため息をつくと、振り向いてみゆちゃんに微笑みかけながら肩を抱いた。
「大丈夫、みゆちゃん?怪我させられたりとかしてない?」
「お兄ちゃん、ありがと……」
みゆちゃんは俺のシャツの裾を掴んで見上げて言った。
取り敢えずみゆちゃんを慰めるために、一旦ベンチにでも座って買ってきた飲み物を飲もうかと言ったところ、
「ならベンチより良いところがあるよ!」
水飲み場で手を洗ってきたみゆちゃんはシ~~~ッと唇に指を当てて、人目を盗んで公園の隅の方へと俺を導いた。
二人して腰をかがめて植え込みの隙間を抜けベンチの裏に回ると、そこには薄暗く外から目の届きにくい一畳ほどの空間が現れた。
植え込みや塀や公園の背後のマンションのポンプ室といった遮蔽物に囲まれた木陰は、大人が立っているとさすがに胸より上は公園から丸見えだが、地元の一部の子供にとってここが完全に〝秘密基地〟として使われてることは想像に難くない。
端に段ボールが立てかけてあるのも、誰かが敷物代わりに持ってきたであろうことが一目で分かる。
俺達はその段ボールを地面に敷いて並んで座り、喉を潤しながら先程のイザコザの事情を聞いた。
しかしまあ、男子が好きな女子の気を引きたいがために嫌がらせのように絡むのは昔から聞く話ではあるが……
「まっさかぁ!S田が好きなのは私じゃなくて、友達のYちゃんって子だよ」
と俺の憶測を笑い飛ばした。
みゆちゃんはママ手縫いのキルトの手提げ袋からファンシーキャラの表紙の手帳を取り出して、その中に貼ってあるプリントシールを見せてくれた。
キラキラに加工されたシールの写真に映るみゆちゃんを含む5人の同級生女子グループ、その真中にいるのが友達のYちゃんだという。
そして先程みゆちゃんに絡んできた黒キャップの生意気男子が、悪ガキとして学校中から嫌われてる隣のクラスのS田って訳だ。
「S田のやつ、Yちゃんがカワイイのが気になって、わざわざとなりのクラスからちょっかいかけに来るんだよね~。いつもは私達4人で守ってあげるんだけど……」
「へぇ、確かにまあ……可愛いかな、Yちゃん」
この小さな集合写真一枚だけから見るに、プリントシール機の加工機能を差し引いても、他の子よりオシャレを決め込んだYちゃんがなかなかの美少女であろうことが伺える。
「この公園であいつらと会うのはこれが初めてなんだけど、ちょうど私一人でいたからっていやがらせしてきたみたい」
ああ、そういうパターンもあるのか。
「あんなやり方でしか女の子と話せないやつだからよけいきらわれるんだよ、子どもっぽいよね~」
さっきまで三人組に囲まれて碌に言い返せもしなかったみゆちゃんだが、気を許した相手である俺と二人きりになると言うことがなかなか容赦ない。
「っていうかー……いつもは私達でYちゃんを守ってあげてるんだけど、今日はお兄ちゃんが私のこと守ってくれて、うれしかったな」
「当たり前じゃん。本当なら可愛くてか弱い女の子を守ってあげるのが、男の役割ってもんだろ。」
俺は座ったまま肩に身を預けてきたみゆちゃんの腰に手を回して見つめ合った。
「私、Yちゃんみたいにカワイくないよ」
「俺にとってはみゆちゃんの方がよっぽど素敵な女の子に見えるけどな。本当はあいつらのことが怖いのにいつもお友達を守ってあげてるんだろ、なかなか出来ることじゃないよ」
顔を近づけると自然に目を閉じたみゆちゃんの頬に手を添えて、口づけた。
「ああ、そうだよ。あいつらなんかと違って大人で、可愛いよ、みゆちゃんは」
繰り返しちゅっちゅっと唇をついばみ合い、くちゅくちゅと舌を絡め合い、顔を離せばいちごヨーグルトの香りが残る唾液が糸を引く。
やがてみゆちゃんの息が荒く艶めいたものへと変わってきたところで、俺はパーカのファスナーを下ろしてTシャツの下に手を潜らせて、未発達な胸をまさぐった。
傍からその様子がよく見えてすべすべのお腹がチラ見えする程度に、大げさな動きで。
「あんなカッコ悪い真似しかできないダサい男子には、対等に喋らせてやるのも勿体ないくらいだ」
傍から聞こえる程度には大きくはっきりした声で。
そして、先程から植え込みの中にチラチラ見え隠れしていた見覚えのあるキャップのロゴに向かって視線を送ると、これ見よがしにニヤリと口の端を上げてぐっと中指を突き返してやった。
してやったりだ。植え込みの向こうからガサッと小さな音が上がるとともに、気配は消えた。
植え込みの木の葉の隙間からあの悪ガキが駆け去っていく後ろ姿らしきものがちらっと見える。
「……お兄ちゃん、どうかしたの?」
「何でもないよ。猫か犬でもいたんじゃないかな」
みゆちゃんは俺の愛撫の手が止まったのを訝ったが、俺はまたすぐその口をキスで塞いでやった。
ざまあないね、S田君。
俺の可愛いみゆちゃんをいじめたんだから、性癖を歪めてやる程度のささやかな仕返しをしてやったところでバチは当たらないだろ。
23:49 何故かハーメルンver.だけセリフの順番が一部入れ替わってたので修正しました。