あれから7年が過ぎた春。
俺はまだこの市内に住んでいる。
学生時代にいくつか経験したバイト先の一つで俺の勤務態度と学歴が評価されて、いともあっさり正社員として登用された。
従業員数がバイト込みで百人にも満たない中小企業で給料もまあ程々だが、学部の就職組で一番最初に内定を勝ち取った快挙は皆から羨ましがられたもんだ。
あの古アパートは卒業とともに退去した。その後一年くらいで取り壊されて駐車場になったらしい。
今住んでるのは社員寮という名目で会社が借りてくれた、もう少し職場に近い隣町のアパート。
あれ以降学生時代と就職してからの合わせて3回ばかり合コンで知り合った女性と連絡先を交換したが、いずれもしっくり来なくてすぐに身を引いてしまった。
それ以外で女性に触れる機会なんて、出張先で職場の先輩に一度連れて行かれた風俗くらいのもんだ。
みゆちゃんとの別れにあたって、俺はサークル活動の為に作ってあったチャットアプリの二次元コード付きの名刺に、携帯のメールアドレスも書いて渡しておいた。
いずれ大きくなってスマホを買ってもらった時、何かあったらこのメアドかチャットに連絡してと言っておいたけど、本当に連絡が来ることはあまり期待してなかった。
この春みゆちゃんは高校を卒業した年齢のはずだが、未だ連絡はない。
その後きっと別の恋をして、俺のことなど忘れてしまったろう。多分それが一番良いのだと思う。
「で、結局ちょっと早いですけど対応済んじゃいまして……良いんですか、お言葉に甘えます!じゃあ報告書送ったら直帰ってことで、お先に失礼しま~す」
出先の最寄りのコンビニの駐車場でコーヒーを飲みながら、顧客の機材トラブルが思いがけず早く解決してしまったことを上長に報告したところ、まさかの当初の予定通りの直帰許可が下りてしまった。
上長の口調やその背後から妙に騒がしく漏れ聞こえるオフィスの喧騒から察するに、何かトラブってて今俺が戻っても構ってる暇がないと暗に言われてる気がする。
こういうユルさがこの職場の好きなところだ。さっさとタブレットPCで報告書を書いて帰らせてもらうとしよう。
せっかく気持ち良い天気だ。コンビニからすぐ先に見える公園の脇に営業車を移動させて、この公園のベンチを借りようか。
もう桜が殆ど散ってしまった公園では、子供たちが走り回ったりボールを投げ合ったりして遊んでいる。
その真ん中には巨大な謎オブジェのような遊具……そうだ、俺は一度この公園の秘密基地で、みゆちゃんと二人だけの秘密の遊びを愉しんだこともあるんだよな。
公園のレイアウトはあの頃から少し変更されていた。
確か一昨年だったかに大型遊具は綺麗に再塗装され、フェンスや水飲み場やトイレも新しいものに建て替えられた。
ベンチや植込みの位置も変わったため、あの秘密基地はもう存在しない。
それでも我が母校周辺のこの地域には他にもいくつか俺が担当する取引先があるから、時にはあの日々の思い出を刺激される景色に再会することもある。
我ながら未練がましいよなと自嘲しつつ、適当なベンチに陣取って今日の仕事の締めに取り掛かった。
そして爽やかな春の夕風に吹かれながらものの数分で報告書を仕上げて、会社のサーバに転送してその旨チャットアプリで通知。
あとは上長から受取のメッセージが返ってくるのを待つだけだ。
子供たちが遊ぶ様子でも眺めながらのんびり時間を潰すとしよう。
数分経って手元に置いたスマホが振動とともに着信音を鳴らした。上長からのメッセージがもう来たのかと手に取ると、それは知らないメールアドレスからのメールの通知だ。
どうせスパムだろうとメールを開いた俺は目を疑った。
『お兄ちゃん久しぶり。今何してるのかな?』
誰かの胸元を飾る、見覚えある蝶のペンダントチャームのクローズアップ写真が添付されている。まさか!?
俺の頭は一瞬にしてぐちゃぐちゃにかき乱された。何が起こってる。このメールは何を意味してるんだ。どう返信すれば良い。
喜びと猜疑がまとまらない頭で考えを巡らせていると、わずか数秒で次のメールが届いた。
『私は今、お兄ちゃんの後ろにいるよ』
「えっ!?」
俺は飛び上がるように立ち上がって振り返った。
その女性はいつの間にかベンチの後ろに立っていた。
ふんわり落ち着いたロングスカートのキャンパスコーデに、クリスマスに贈った蝶のペンダントが胸元で光っている。
髪もかつてのおさげの黒髪から、ナチュラルに染めた暗めの茶髪をヘアクリップで軽くまとめたアップスタイルに変わっている。
だがその容姿はママと一緒にいるところを見てこんな風に成長するんだろうなと想像したそのまんまだ。
僅かに残されていた桜の花びらが風にはらはら散らされる中、女性は口元を抑えてくすくす笑い声を漏らしながらベンチを回って俺の目の前に立った。
そして涙で滲んだ視界の中で、あの頃のままのドヤ顔で首を傾げて一言。
「約束覚えてる?私とっくに18歳になっちゃったんだけど」
俺は震えながら両手を前に差し出し、やっとのことで声を絞り出した。
「久しぶり、みゆちゃん。綺麗になったね」
「ただいま、お兄ちゃん!」
胸に飛び込んできたみゆちゃんを、俺は溢れる思いを込めて抱きしめた。
―終―
実はもう一回エピローグがあります。明日も更新。
エッチシーンはありませんが、何かしらの答えは出ると思います。