※この作品はR-18です。

土曜の朝の小さな恋人   作:上上上上上上上

24 / 24
もう一つのエピローグ

「男の恋愛は名前を付けて保存、女の恋愛は上書き保存」なんて言葉があるそうだ。

 自分のことを特別ぶるつもりはないけど、それが一般論として正しいのなら、私は例外なんだろうと思う。

 私は小学5年生で大学生の男の人と恋をして、肉体関係を持った。

 まあ正確には肉体関係が先にあって、それから恋愛関係に発展したんだけど。

 その後家庭の事情で夜逃げみたいに田舎のお爺ちゃんお婆ちゃんの家に身を寄せて、その人とはそれっきりだ。

 友達が恋バナで盛り上ることがあっても私がそんな話をしたらドン引き間違いないから、初恋の人は近所の大学生のお兄ちゃんだった、程度の話でお茶を濁してる。

 それは私の大事な思い出……というより長い長い現在進行形の失恋かもしれない。

 今でもたまにあの人のことを想って寂しい夜を紛らわすことがある。

 妄想の中で未だに鮮明なイメージのあの人は「大きくなったね」「綺麗になったね」と優しく耳元で囁いて、あの頃のままに私を抱きしめて愛してくれる。

 現実の恋愛はといえば、中学のとき同級生に、高校のとき部活の先輩に、計二回男子から告白された。

 どちらも友達の女子に相談して、お試しで付き合ってみればというアドバイスで付き合ってはみたけれど、結局その男子たちとは手を繋ぐ気にもなれず、半月も持たずに私からお別れを告げた。

 私の初恋を上書きしてくれる男子は、身の回りには現れなかった。

 

 あのまま引っ越すこと無くあの人と付き合い続けていたらどうなっただろうと思うこともある。

 私達はお付き合いしてますと周りに大っぴらに言える歳になるまで、私達はお互いに恋愛感情を維持し続けられたのだろうか。

 成長する私を見て、ロリコンのあの人は私に愛想を尽かしたりしたのだろうか。

 いや何だったら世間知らずな子供の私はロリコン犯罪者に弄ばれていただけで、あの人は今頃私の知らないところで別の少女に手を出して捕まったりしてないだろうか。

 この7年間で色んな考えが頭をよぎった。

 でも最後は必ず、あの時確かに私達は恋人同士だったという確信に戻ってくる。

 

 高校に入ってすぐ、学校の図書室で出会った一冊の本に私は感銘を受けた。

 その本の作者は大学の先生で、私はそんな先生のもとで勉強したいと思い著者略歴を見ると、よりによってあの人がいたK大学の教授だという。

 運命のように私の進路は決まった。

 勉強は嫌いじゃなかったけど、初めての模試はD判定という惨憺たる結果だった。

 そこから奮起してK大学に行くために家族を説得して、安くないオンライン学習塾を利用させてもらったり色んな協力を得て、遂に努力は実を結んだ。

 第一志望への現役合格に家族のみんなも喜んでくれた。

 そして私は親元を離れて、またこの街に戻ってきた。

 街の様子はあの頃から少し変わっていた。私達親子が住んでたアパートも、あの人が住んでたアパートも、今ではもう無い。

 きっとあの人も就職でもしてこの街を離れてしまったことだろう。

 でも私は勉学の為にこの街に戻ってきたからそれで良いんだ。

 そう思っていた。

 

 まだ入学から間もない、桜ももう殆ど散ってしまった4月中旬、大学女子寮へ帰る前に何気なく買い物を思い出して回り道した。

 私が小学生の時遊んでいた公園、一度は人目を忍んであの人と秘密の逢瀬を愉しんだ思い出もあるあの公園を通りかかった時、私は懐かしく愛しい後ろ姿を見た。

 自分の目を疑った。

 背中に大きく社名がプリントされた青いナイロンジャケットを羽織ったネクタイ姿で髪型も変わってたけど、遠目にちらっと見えた横顔はあの人に違いない。

 私は迷わずスマホを取り出した。

 最後の別れの日、あの人は私に名刺を渡してくれた。

 いつかスマホを買ってもらった時、何かあったらこのメールアドレスかチャットアプリの二次元コードに連絡してくれと。

 何百回となく見返した名刺はもうボロボロで、これ以上傷つけないようチャック袋に入れて宝物箱にしまい込んでしまったけど、メアドは今でもソラで暗唱できる。

 実をいうと中2で既にスマホを買って貰っていた。

 ただニュースや新聞でよく話題になるように私がSNSなどでトラブルに巻き込まれないよう、定期的にママがスマホの中身を確認する約束をしていたから、その連絡先にメッセージは送れずにいた。

 たとえその約束がなかったとしても、あの人がまだそのアカウントを使っているかも分からないし、連絡が取れたとしても以前の関係に戻れるとは限らない。

 だから大学の女子寮に入ってママのスマホ確認がなくなっても、あの人にメッセージを送る勇気は起きなかった。

 それが今、あの人が目の届くところにいる。

 公園のベンチであの人は、タブレットPCに向かって多分何か仕事をしている様子だ。

 瞬時に私は考えを巡らせた。

 クリスマスプレゼントに貰った蝶のチャームのペンダント……もうすっかり流行りから外れたデザインだけど、人見知りで気の小さい私が今でも何かと気合を入れたい時に、お守り代わりに身に着けている。

 ある授業の初めての宿題で、自己紹介がわりの小レポート発表をした今日もそうだった。

 私は自分の胸元のペンダントの写真を撮ってメールに添付すると、メールアドレスを手動で入力した。

 一文字一文字、間違えようがないくらいはっきり覚えてるのに、間違いはないか何度も確認した。

 そして私は気づかれないよう忍び足であの人が座っているベンチの後ろに近づきながら、メールを送信した。

『お兄ちゃん久しぶり。今何してるのかな?』

 一瞬の間を置いてその人が持つスマホが振動と共に着信通知を鳴らした。

 もはや万に一つの人違いすらありえない。

 今まさに私の目の前にいる後ろ頭が、あの人だ。

 私の胸が早鐘を打つ。

 あの人はスマホに向かってオタオタしている。

 すかさず私は次のメールを送信。

『私は今、お兄ちゃんの後ろにいるよ』

 あの人はぴょんと跳び上がって私の方に振り向いた。

 いかにも混乱してそうで、それでいて嬉しそうに涙ぐんで、もうめちゃくちゃな表情。

 ああ可笑しい。懐かしい。そして愛おしい。

 私は堪えきれない笑いを漏らしながら、ベンチを回ってその人の目の前に立って、つい今しがた目一杯頭を捻って考えた再会の一言目を発した。

「約束覚えてる?私とっくに18歳になっちゃったんだけど」

 その人は今にも泣き出しそうに微笑みながら、震える両の手を私に向かって差し出した。

「久しぶり、みゆちゃん。綺麗になったね」

「ただいま、お兄ちゃん!」

 私は迷わずその胸に飛び込んで、望み焦がれていた再会の言葉に、耳を蕩けさせた。

 

     ―もう一つのエピローグ 終―




二ヶ月ちょっとの短い連載は、これで終わりです。
今までお付き合いいただいた皆さん、お疲れ様でした。
次回作は決まってませんが、ネタはあるので機会があれば書いてみたいと思います。
というか本当は8月には全編書き上がっていた本作を小分けに投稿しながら次回作を書くつもりでいたんですが、結局毎回予約投稿の時間ギリギリまで細部を直し続けてて次回作に手が回らなかった不器用さんです。
感想などありましたら次回作への参考と意欲に繋がりますので…「あのパートが抜けた」の一言でも頂ければ大いに助かります。

それでは、次回作はちょっと先のことになりますが、またお会いしましょう。
どうもありがとうございました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。