転生したら寄生生物なんですけど!? というかち×ぽなんですけど! 作:真喜屋五木路
残党が隠れていないか周囲を窺っていた剣の青年も、もう大丈夫だと判断したのだろう。剣を持つ手から力を抜いてぶら下げると、肩から大きく安堵の息を吐いた。
「はぁ、はぁ……これで、全部か……。本当に助かった、ありがとう二人とも」
「いえ、困った時はお互いさまと言いますから」
一方応じるシアは、呼吸一つ乱していない。くるりと大剣を手の中で一回転させて背負いなおす。
「はは、お互いさまか……そう言って貰えると助かるよ」
青年が苦笑を浮かべるのも無理はない。冒険者グループは彼だけでなく、全員が疲労困憊といった様子なのに対して、シアとリズにはまだまだ余裕があるどころか、傷一つ負っていない。
『それに、倒した数でいったら俺達の方が三倍はあるしな』
(いや、倒したのはボクとシア様であって、お前は何もしてないじゃないか)
思わず寄生虫がそんなことを考えてしまっていると、先程から押し黙ったまま、シアの陰に隠れるようにしているリズが心の中で突っ込んできた。
『この戦いでは、な。だけど俺がいなかったら二人ともここまで来れてなかったんだぞ? 所謂チームの勝利って奴だよ』
(……本当にそういう屁理屈だけは人じゃないのに人並み以上だな。というかムサシ、さっきのはあいつらに聞かせてないよな?)
『当り前だろ、そんな空気を悪くするようなこと例え事実でも言わねぇよ』
(それならいい。シア様が態々向こうに恩を売らないよう言葉を選んでいるのが無駄になるからな)
『ああ、お互いさまってそういうことか……』
ムサシとリズが密かに雑談している間も、シアは青年と気さくな感じで対話を続けている。だが、その表面とは裏腹に結構考えて話しているらしい。
幼げな見た目のわりにしっかりしているなと感心しかけたムサシだったが、そういえば忘れかけていただけで、シアは姫様なんだったかと思い出す。いつも寄生したり、フェラさせたり、セックスしたりしてるから意識する機会がないだけで。
『ま、それに今の俺は寄生蟲だしな。声だけでいきなり会話に割り込んだらあいつらも混乱するだろうし、最悪魔物だとバレたら殺されかねないだろ』
(…………そう、だな)
『?』
冗談めかして話を締めたつもりのムサシだったが、リズは拳を軽く握りしめる。
一体何をそんなに緊張しているのかと寄生虫が訊ねようとしたところで、青年の視線がリズに向けられた。
「そっちの……格闘家か? の子もありがとう。まるで舞ってるみたいな戦いぶりだったよ」
「……どうも」
握手しようというのか手を差し出して半歩踏み出した青年だったが、リズはそれに対してその場から動かず、軽く会釈しただけだった。
青年は少し困ったように手を彷徨わせ、だがすぐ話を切り替えるように手を打った。
「そこで、だ。正直虫のいい話だとは思うが、君たちに同行させては貰えないだろうか? 見ての通り今の戦いでかなり消耗してしまったし、残りのアイテムも心もとないんだ。……頼む、この通り!」
そう言って彼は頭を深く下げる。
なるほどつまり、遠回しに自分たちの護衛をしてくれないかということか。先程リズの戦いぶりを褒めたのも、この話につなげるための前座だったのだろう。
とはいえ、それを浅ましいと言うつもりはムサシにない。
彼自身がシアとリズに寄生している為、人のことを言えないというのもあるが、それ以上に冒険者たちは満身創痍で、リズとシアには余裕がある。冷静に自分たちの状況を考えた結果、頼み込む以外にないと考えたのだろう。
そして優しいシアのことだから、きっと承諾するに違いない。
あれ? そうなると俺は暫く黙ってないといけないのか、と寄生虫が考えた時だった。
「――ごめんなさい。それはできません」
意外にも、心底申し訳なさそうな声ではあるものの、シアは青年の頼みをきっぱりと断る。
「……理由を聞いてもいいだろうか?」
「皆さんの様子では、これから引き上げる他ないと思います。ですが、私達はまだダンジョンの奥でやらねばならないことがあるので」
先程自分たちが飛び出した方へ視線を投げるシアに対して、青年は残念そうに溜息をついた。
「そうか、引き上げる途中ではなかったか。……奥からやってきたから、そうかなと思っていたんだが」
「戦っている音が聞こえたから様子を見に来ただけで、ごめんなさい」
「いや! 助けに来てくれただけで充分ありがたいんだ、本当にありがとう」
一見なんの違和感もない二人のやり取りに、だが、寄生蟲の中を疑問が駆け巡る。
まず、シアが自分たちの来た方を”ダンジョンの奥”と言い、青年もそれを当たり前のことと受け入れたこと。
シアとリズは、ダンジョンへ逃げてその”奥”へ進む途中フェンリルで行き詰まり、自分を召喚した筈。だから、自分たちはずっとダンジョンの奥へと抜ける方向へ進んでいると思っていたのだが。
そしてそれ以上におかしいのは、シアが”奥でやらねばならないことがある”と元の道に戻ろうとしていることだ。
彼らの声が聞こえる少し前からここまでは一本道。つまり、どちらにしろここまで来るのは予定通りの筈なのに、引き返す理由がない。
嘘をついてまで、彼らと同行するのを避けるという理由以外では。
「リズ、まだポーションの予備はありましたよね?」
どういうことかとムサシがリズに訊ねようとしたところで、丁度シアもリズへと声をかけ、今は邪魔になるかと寄生蟲は黙り込む。
「マナ回復のポーションだけですが」
リズは腰のカバンからゲームと理科室でお馴染みな、底の丸い容器を取り出した。
尤も、マナ回復のポーションというだけあって、中身の液体は光を浴びたエメラルドのようにキラキラと、見慣れない光を放っている。
それを確認したシアはリズの元までそれを受け取りに行くと、再び冒険者たちの方へ戻っていった。
「確か、そちらのアミラさんは回復スキルが使えるんですよね?」
「あ……は、はい!」
「それなら私たちは同行できませんけど、このマナポーションをお譲りするので、皆さんを回復してあげて下さい」
「その色……かなり純度が高いんじゃ……? ということは値段も……」
杖の少女は、困ったように青年とシアとを交互に見る。
「折角くれるっていってるんだ、遠慮せずに貰っとけ。それに、ここで回復できないとヤバいんだ」
「そうですよ。確かに私たちは同行できませんけど、だからこそ皆さんには、可能な限り生きて帰って欲しいですから」
「で、でもそれってわたしの回復に皆の命運がかかってるってことじゃ……!」
どうやら彼女は、こんな高価なものを貰うのが申し訳ないというだけでなく、自分に自信がないらしい。
遠目にも、整ってはいるがどことなく儚げというか、幸薄そうというか、小動物めいた印象を受ける顔をしている。背丈もシアよりギリギリ高いくらいか。
「そんなの今更だろ、うちのパーティーで回復スキル使えるのは神官のアミラだけなんだし」
「そ、それはそうなんですけど……!」
「大丈夫ですよ、マナが足りなかったらもう一本お譲りしますから」
余りに遠慮気味で受け取るのを躊躇する彼女に対し、シアは直接手渡すしかないと考えたのだろう。冒険者たちの中でも後ろ気味に立つアミラの方へ向かって一歩踏み出して――その時、部屋の端に背景として紛れ込んでいた岩の裏から、鈍い光が見えた気がした。
瞬間、そちらに向かってリズが地面を蹴り飛ばしながら叫ぶ。
「――ッ!? シア様! 伏せてくださいッ! 背後に弓兵が――!」
リズの声で、ムサシも光の正体が鏃であることに気付いた。矢を引き絞っているのは、先の生き残りらしきゴブリン。魔物の視線はシアの背中へと向いている。
シアも流し目ですぐに敵の位置を把握し、すぐさま回避を取ろうとしたものの、自分が躱せば目の前の神官に当たりかねない。
「伏せて――っ!」
シアが神官の少女へタックルするように身を伏せさせる。矢が放たれたのは、丁度同じタイミング。
鈍い光を反射する鏃が薄暗い洞窟に真っすぐな線を描いて屈みこむ二人へ向かい――一瞬前までシアの頭があった場所、外套のフードだけを打ち抜いて向こうの暗闇へと吸い込まれた。
リズは横目にそれを確認し、ゴブリンが二の矢をつがえる前にその顔面へと拳を叩き込む。
「こいつッ――!!」
主を狙った不届きものへの怒りが籠った重い正拳突きの一撃。
先ほどまでとは比較にならない本気の打突に、ゴブリンは断末魔を上げることすら許されず、首から上と下で二分に引き千切られた。
一瞬とはいえ引き千切られた首断面を見てしまったムサシは、気持ち悪さ半分、その威力にドン引き半分である。
『おぉぅ……殴っただけで首吹っ飛ばすとか、どういう威力してんだよリズ……』
「……あんまり言わないでくれ、ボクもやりすぎてしまったと思ってるところだ。姫様を狙ってると思ったらつい加減が……って姫――シア様! お怪我は!?」
リズは慌ててシアと冒険者のいる方に振り返る。
「ええ、こちらは大丈夫で――」
「おい貴様ッ! そこを動くなッ!!」
シアの返事は、男の怒鳴り声にかき消された。
声の主は先ほどまでリズやシアに人の良さそうな笑みを向けていた――だが今は、剣呑な表情を浮かべて武器をリズの方へ向けている剣の青年だった。
「……助けたフリをして、油断した所を狙うつもりだったのか?」
『は? え? おい、何だこいついきなり……?』
突然の変貌に困惑するムサシ。だが、リズへ敵意を向けているのは青年だけではない。冒険者全員がボロボロの状態ながら再び武器を構え、油断なくリズの顔を睨みつけている。
否、よく見れば顔よりももう少し上――
「――っ!? ……!」
それに気付いたリズは表情を引き攣らせて頭に手を伸ばし、苦虫を噛みつぶしたような表情になった。
先ほどまで巻いていたスカーフが外れ、黒い獣耳が露になっていたのだ。視線を斜め下方へ向ければ、いつの間にか解けたスカーフが落ちている。
(しまった、勢いよく動きすぎたか……!)
『ちょ、ちょっと待った、何納得してんだ! 全然分からんのだが!?』
訳が分からず一人困惑しているムサシだが、状況は更に悪い方へ転がっている様だった。
「アミラ! 彼女から早くポーションを受け取って回復を――!」
「は……あ、り、リーダー! この人、耳が!」
半ば怯えたような表情でリズを見ていた神官の少女が、ポーションを受け取ろうとシアの方へ視線を戻し――フードの外れたその顔を見て、ぎょっとしたように目を剥いた。
「っ!」
彼女の表情に気付いた瞬間、シアは素早く後方へ跳躍する。
長い銀の髪が舞い上がり、その中からエルフみたいに尖った耳が冒険者たちの目にもはっきりと映った。
「まさか、こいつら二人とも魔族だったのかよ」
冒険者たちの瞳に浮かんでいるのは、シアとリズへ向かう明確な敵意。
ゴブリン達と対峙していた時と変わらない、否、それ以上に不穏な雰囲気が両者の間の空気を張り詰めさせていた。
言葉を発することすら躊躇らわれるそんな沈黙を破ったのは、シアだった。
「……そうです、確かに私たちは魔族です。隠していて申し訳ありませんでした」
そう言ってシアは冒険者たちに向かって深く頭を下げる。
だが、冒険者の青年は敵意を抑えるどころか、むしろより一層怒りを込めて叫んだ。
「ふざけるな! 謝ったフリか? どうせそれも演技なんだろ!」
キチリ、と冒険者の構えた武器が怒りに共鳴して震える。
だがそれでも、シアは武器すら構えない。頭を下げたままだった。
「そんなことはありません。私だってできるならば――」
「うるさい! おかしいと思ってたんだ……あんなゴブリンの大群。どうせあれもお前らがけしかけたんだろ! 自作自演で油断させようってか?!」
『……何だアイツ』
未だ状況を完全に理解したとは言い難いムサシだったが、シアの話を聞こうともせず一方的に捲し立てる青年に対して、徐々に困惑よりも怒りが勝り始める。
『助けて貰っておきながら、一方的にシアとリズを悪者にしやがって』
(待て、ムサシ。待ってくれ。頼む、今は抑えてくれないか)
これ以上は我慢ならないと、青年に向かって文句を言おうと”念話”を使いかけたムサシだったが、寸前でリズに止められた。
『っな……! 何で止めるんだよリズ! というか、リズもシアもあんだけ一方的に言われて、何で言い返してやらないんだよ!』
(……理由は後で説明する。だから、頼む。お願いだ)
『…………ッ』
表面上、毅然と立ちっぱなしのリズだが、ムサシに向けられる内心の声はシアと同じく頭を下げてるみたいに申し訳なさそうで。
いつもの張り合うような彼女とは全く違うその様子に、ムサシも思わず黙りこんでしまった。
再び沈黙が場を支配し、ゆっくりとシアが口を開く。
「多分、これ以上何を言っても今は、信じて貰えないと思いますから……」
シアは身を屈め、持っていたマナ回復のポーションを地面へと置いた。
「このポーションはここに置いておきます。これは本物ですので――」
「どこにそれが本物だという保障があるんだ! 第一、何の理由があって魔族が人間を助ける!? 信じられるか、そのポーションだって実は毒なんだろう!」
「……それでも、一応ここに置いておきます。どうか皆さんが無事にダンジョンから引き上げれますよう。……行きましょう、リズ」
シアはポーションをそのままに立ち上がって、踵を返した。
その顔にはひどく悲しそうな、無力感を感じさせる表情が浮かんでいて。
「……はい、姫様」
冒険者たちの方を警戒しながら後に続くリズもまた、似たような表情を噛みしめている。
ムサシはそんな二人に対して、暫くの間息を潜めるように黙って見守る事しかできなかった。
良いなと思って頂けたら、なんらか反応を頂けると滅茶苦茶嬉しいです。
それはもう本当に。