転生したら寄生生物なんですけど!? というかち×ぽなんですけど! 作:真喜屋五木路
『……詳しいことまでは分からんが、二人とも人間とは敵対する種族だったんだな』
冒険者グループと別れてから暫く。
来た道を緩慢な足取りで戻っていたリズとシアに向けて、ムサシは重苦し沈黙を破った。
寄生しているリズの呼吸が一瞬止まる。
それは気まずそうでも、何と言ったものかと迷っているようでもあり。
しかし、従者が考え込んでいる間に先行していた主が足を止めて、くるりとムサシの方へ振り向いた。
「そうです。今まで機会がなかったとはいえ、先に説明しておくべきでした。申し訳ありません」
そう言って頭を下げるシア。それに続いてリズもゆっくりと口を開いた。
「ボクからもすまなかった、ムサシ。というより、悪いのは全面的にボクの方だ。ムサシがこの世界の人間じゃないと途中で気づいていたのに、魔族と人間のことについて説明してなくて」
『別にそれに関して責めてる訳じゃないんだ。俺もさっきの奴らに会うまでは、異世界だしシアとリズみたいに耳が尖ってたり獣耳だったりするのは普通だと思い込んでたしな。それに、今更二人が魔族だと分かったからっていって、態度を変えるつもりもない』
「……ありがとうございます、ムサシ様」
それを聞いたシアは、少し安堵したような表情で顔を上げた。もしかしたら、結果として騙していたというような負い目を感じていたのかもしれない。
だが、ムサシとしてはこちらの世界のいざこざや確執など知ったことではないし、それ自体はさしたる問題でないと思っていた。
『ただ、やっぱりあの状況を見た以上は魔族と人間の関係について説明して欲しいとは思うがな』
「分かった。それはボクから説明しよう」
近場の岩を腰かけ代わりに一行は座り込み、リズが主に代わって、人間と魔族の歴史について語り始める。
両者の関係を一言で表すならば、それは血塗られた争いの歴史であった。
強さこそ正義である魔族側が、個々の力では劣る人間の国を従属させようと戦争を仕掛けたこともあれば――土地と資源を求めて、人間側が連合を組んで魔族の領域へ襲撃を仕掛けたこともあったらしい。
力に優れるが数の少ない魔族と、力の不利を数の力で補う人間の戦いは拮抗し、地図を大きく変えることこそなかった。
だが、繰り返される戦いは相手への敵意を増幅させ、いつしか人間と魔族は”戦争がある故に敵である”のではなく”敵であるが故に戦争がある”という状況になってしまい――
『――そんな状態が百年以上続いて今に至る、ってことか。そりゃ成程敵対してるのも仕方ないというか』
「……ああ。だが、先代の魔王様はこの状況をよしとしなかった」
『ほう?』
「それ自体が目的の戦争など消耗するだけだとして、人間との融和を図ろうとしたんだ」
異世界人のムサシでも、ここまで聞けば大体の事情は把握できる。そして、リズが姫様と呼ぶシアの正体についても。
『理屈は分かる……だけど、上手くいかなかったんだろう? 魔王の娘であるシアがこうやって逃げてるってことは』
「……ああ、そうだ。魔王様は――」
リズはそこで躊躇するようにシアの方を窺う。
「私は大丈夫です、リズ。――先代魔王、父は、その方針に異を唱える六大貴族に討たれました」
リズに代わって説明を続けるシアは、僅かに瞳を揺らしながらも、気丈に落ち着いた様子でそう口にした。
「古来より他の魔族よりも力を持っていた為に存在感を発揮してきた六大貴族達にとって、力の劣る人間を認めるというのは我慢ならないことだったのでしょう」
「ああ、それは自分たちの力による正当性を否定することに他ならない。それに魔王様は実際、ボクのような六大貴族に支配されてた種族の待遇を良くするようにも図らってくれていて……それもアイツ等からすれば忌々しかったのかもしれない」
思わず、ゴブリン相手にあれだけ暴れたリズですら魔族のくくりからすれば弱いのか、と突っ込みかけたムサシだったが、話が逸れそうなのでぐっと我慢する。
それよりも、ムサシには二人の口ぶりからして確認しなければならないことがあった。
『……なるほどな、今ので話は大体分かった。それで、だ。シアとリズはこのダンジョンを抜けて、その後はどうするつもりなんだ?』
これまではヴァナルガンドだのマンイーターだのの、差し迫ってくる危機で、ムサシ自身も目先のダンジョンを抜けるという目的しか考えていなかった。
だが、この迷宮を抜けたとき二人がどうするのか。現状のままだと二人と一蓮托生なムサシにとって、それは是が非でも確認しなければならない点だった。
シアは小さく息を吸い込み、リズの中にいるムサシに向かって真っすぐな視線を向ける。
「私は……父の遺志をなんとか実現したいと思っています。力こそ全てであるとするこの戦乱を終わらせ……そして人間との血塗られた歴史を終わらせて、可能ならば協力関係を築きたいんです」
覚悟を決めた眼差し。問われるよりずっと前からそうすると決めていたのだろう、頑とした様子にムサシはやっぱりかと独り言ちる。その答えは如何にもシアらしい。
『……それは理想的だな。人間との争いが無くなれば、いや無くならないとしても減ったなら、それだけ無駄に消耗しなくて済むんだから』
どこか平板な調子だが、同意するようなムサシの言葉を聞いたシアは、緊張した頬を僅かに綻ばせた。やっと同意してくれる人が現れたというように。
「そうです。そうなればもっと他のことに、例えば新たな土地を開拓したり、手に入りづらいものも交易で賄えるようになるかもしれません」
『なるほど。そうなれば、力で奪いあうよりもずっと豊かになれるだろうな』
「ええ。それに国内だけで見ても、奪い合うだけでは奪った側が一時的に豊かになったとしても、全体で見れば徐々に失っていくばかりですから」
それも、正しい。
奪うことは単に奪われる方から奪う方へと富が移動するだけではない。奪われる側だって無抵抗ではなく、従って奪う側との争いが起こり、そこでは多くの物と命が失われる。
だから、シアが思うその願いは正しい。
けれど――
ムサシは冷めた心をそのまま声に、硬く、鋭く、冷たくした。
『それで? さっきの冒険者どもの反応を見ても、まだそれが実現できると思ってるのか?』
弛緩しかけていた空気が、再び重苦しく静まり返る。
「っ……それ、は……」
シアの脳内に、先ほど冒険者たちから向けられた敵意の視線が思い出される。
実のところ、魔王の娘として安全な魔界の奥地で暮らしていたシアが、普通の人間と会うのはあれが初めてであった。
魔族と人間の間に負の感情が渦巻いていることは分かっていた。だから助けに入るときも最初は警戒させないよう、耳を隠して参戦したのだ。
敵対しないと分かってもらえれば、きっと話を聞いてもらえるはず、と。
――けれど、実際には分かっているつもりであって、知っているだけだった。
共闘した後でも尚、魔族だと分かった瞬間に向けられたあの目つき。
敵意と、恐怖。
自分たちとは全く異質なものを見るときの目。助けたいと思う気持ちにすら悪意を感じる彼らと、話をすることなどできるのだろうか。
心が揺れるシアとリズへ、それでも寄生蟲は容赦なく続ける。
『それにだ。そもそも人間側と話をつける以前に、魔族の中ですら意見が統一されてないから――こうやって追われる身になってるんだろ』
多少ムサシも言葉を選んだものの、それでも今まで逃げるのに必至で、考えてこないようにしていた現実を容赦なく突きつけたことに変わりはない。
完全に押し黙ってしまったシアに、ムサシは少し言い過ぎたかと口調を和らげて続ける。
『……そりゃあ確かに、シアの言ってることは正しい。正しいさ。得るもののない争いなんて無駄だし、そんな無駄なものに割かれてる労力を、豊かにするために使った方がいい結果になるのは事実だ。奪い合うより作った方が豊かになるってのも同意する。だけどな、正しいことをしないことが正しいことだってあるんだよ。妙な話だけどな』
話しているうちにだんだんと自身が感情的になってしまっているのに気付いたムサシは、そこで一度話を区切り、改めて彼の結論を口にした。
『兎も角、だ。シアだっていつまでも逃げ続けて生きる訳にはいかないだろ。だったら、昔ながらの考え方を支持すると表明して六大貴族の支援を得た方がいい。仮にもその上に魔王が居たってことは、そいつらにだって魔王という存在は必要なはずだ。……そうなれば一応魔族のトップだからな、人間との戦争も多少は減らせるかもしれない』
シアは黙ったまま、じっと視線を動かさずにいる。
重苦しい沈黙が迷宮の薄暗闇を支配すること暫し。
「……それでは、ダメなんです。減らすだけでは……!」
『……そうかい』
シアの言葉に、半ば予期していたとはいえ、ムサシは忌々しそうに短く応じた。
せめて彼女のそれが、見た目通りの子供じみた反発心からや、世間知らずな希望に満ちたものであれば、もう少しムサシにも粘る余地はあったのかもしれない。
だが彼女の眼差しは落ち着いていて、来るであろう困難も苦境も理解しているような――覚悟の極まった眼差しだった。
こういう類の人間は止めることができないことを、ムサシはよく知っている。
『おいリズ、お前もシアに最後まで付き合うつもりなのか?』
「ああ。先代魔王様には一族の恩もある。……それに、そうでなくてもボクはシア様がそう望むなら、少しでも力になりたい』
『はぁ~……だろうな』
付き合いの長いリズの言葉ならばとも思ったムサシであったが、よく考えなくとも逃げるシアに一人、ここまでついてきたのだ。
主に対して多少オーバーな愛を抱いていることを除いては、従者としてシアに十分以上の忠誠を尽くしているのは明らかである。
『……悪いが俺はそこまで付き合う気はない。だから、このダンジョンを抜けたらキリのいい所で抜けさせてもらう』
「えっ、ちょ……ムサシ、おまえボクや姫様が居なくてどうするつもりだよ?」
『ヴァナルガンド相手にやったみたいに手ごろな魔物か何かに寄生すればいいだろ。そこはちょっと手伝って貰うかもしれないけど、召喚した手間賃だとでも思ってくれ。それに『独立生存』を高レベルまで取得すれば寄生してなくても暫くは生きてられるみたいだし』
「け、けど……」
「そうですか、分かりました。勿論協力させて貰います」
「ちょ、ちょっと……姫様?」
『決まりだな。んじゃ、あの冒険者どもも流石にどっか行っただろうし、出発しようぜ』
「そうですね」
「ちょ、ちょっと二人とも……!」
口元を引き締めたままのシアが立ち上がり、その後をどうしたらいいのかオロオロしているリズが慌てて追いかける。
気まずい空気の中歩く二人。彼女らには聞こえないよう、ムサシは密かに毒づく。
『――青いんだよ、青すぎる』
シアの突き放したような態度は、彼女が自分の行く道の危険性を理解し、それに巻き込むまいとする優しさからで。
リズがムサシのことを心配したのもまた、打算などではなく本心からの優しさからで。
というか、そもそもシアやリズからすれば自分など窮地を脱した時点で用済みだったのだ。にも関わらず、未だ律儀にムサシが生存できるよう寄生させているのだから今更である。
そんな甘さも苛立たしく、しかしまた自身がそんな甘さに生かされていることも苛立たしく。やりきれない思いを何とか寄生蟲は押し殺そうとする。
『リズもシアも青すぎるんだよ……! どれだけ正しかろうと、生きていくためには大勢に身を任せなけりゃいけない時だってあるっていうのに……なんでそれが分かんねえんだよ……』
ご視聴ありがとうございます。
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