転生したら寄生生物なんですけど!? というかち×ぽなんですけど! 作:真喜屋五木路
「ふぅ、そろそろ出口も近いでしょうか?」
ゴブリン集団との一件から二晩。この日も先行していたシアは足を止め、後ろを付いてきていたリズに尋ねる。
「そうですね……出てくる魔物が変わってから一日ほど歩いていますし、そろそろだとは思います」
リズの言うよう、既にゴブリンが出てくる地帯は抜けてしまっていた。今出てくる魔物は、魔物といっても若干魔力を帯びた野生動物のようなものばかりで、それも殆どが兎や鼠ような小動物サイズのものだ。
それまでの魔物と違い、こちらから追い詰めでもしなければ積極的に攻撃を仕掛けてくる訳でもなく、シアも今日は剣を背中に背負ったままだった。
尤も、剣を手にしていない理由はそれだけでない。
「そうですか、ではより人間と会う可能性も増えると思いますから気をつけましょう」
「心得ています」
頷いて、リズはフードの下のバンダナを締めなおした。
そう、この魔族領と人間領をつなぐダンジョンにおいて、シアたち魔族にとっての出口とは人族にとっての入口に他ならない。遭遇する可能性は高いはずだ。
幸いにして今のところ、あれ以来人族の冒険者に出会ってはいないが、それでも警戒するに越したことはないだろう。
初めての人族との邂逅を経て尚、話せば分かってもらえると妄信し続けるほどシアは夢見がちではない。
「ところで、その子の様子はどうですか?」
敵対した人族の冒険者を助けるお人好しではあるのだが。
訊かれたリズは、首を捻って背中に背負った神官の少女の様子を確認する。
「傷も開いてなさそうですし、体は問題ないですが……まだ自分で歩けるほどではなさそうです」
「……そうですか」
リズの背中におぶわれた冒険者の少女は今も目を開けてはいるものの、二人の視線を注がれているにも関わらず、その眼はぼんやりとリズの背に向けられたまま動かない。
やはり肉体の傷に比して精神の傷が大きいのか。
――或いは、魔族であるシアたちと視線を合わせないようにしているのか。
どちらにしろ、二人が助けてから少女は一言も発してはいなかった。
「一応先ほどの休憩時も飲ませてやれば水は飲んでくれましたし、生きる意志はあるようですから、心配しすぎることはないかと思いますが」
「それならば少しは安心……でしょうか」
「はい、後は時間薬しかないかと」
「そうですよね、お仲間もあんなことになって、自分はゴブリンに……すぐさま立ち直れというのも酷な話でしょう」
そう言って、シアは今できることはないと判断したのか前を向き直し、再び進み始めた。
「……そうですね」
ゴブリンに犯されたのはシア様も同じなのだが……まあ本人が気になされてないならいいのだろうか。リズもその後に続いて少女を背負いなおし、歩き始めたところで頭の中に声が響いた。
『……ふん、リズも遠慮せず言ってやればいいだろ、自分のことは棚にあげて人の心配かって』
(いや、別にそういう嫌味ではなくボクは純粋にシア様のことを心配してだな……)
突然話しかけたのは勿論ムサシである。
こうやってムサシが今まで黙っていたのに突然話しかけてくるのにも、ここ二、三日で慣れてしまった。
いやこれに慣れるのもどうなんだと思いつつも、シアに気取られないよう歩調を保って続ける。
(というか、何でそれをボクに言うんだ。どうせまたシア様に『念話』は使ってないんだろ?)
あの一件以来シアと言葉を交わしていないのは神官の少女だけではなかった。
あれからムサシはリズに寄生したままで、今までと比べて大幅に話すことが減っていた。
リズには時折こうして愚痴交じりに話しかけはするものの、その時も一切『念話』は使用していない。つまり、シアへは一声も掛けていなかったのだ。
『……『念話』使うのも一応疲れるからな、今はその手間が面倒なだけだ』
(いや、今までは散々シア様へ無意味な雑談を振ったり、変な言葉を教えてきてただろうが)
『だーかーらー……今は、そういう気分じゃないだけだ』
「……はぁ」
言い訳くさいムサシの発言に、頭のなかだけで吐いたつもりの溜息が、無意識にリズの口をついていた。
「リズ? 疲れてるならそろそろもう一度休憩を入れましょうか?」
「……っは!? い、いえ、そういう訳では……!」
先を歩いていたはずの主がいつの間にか目の前にいて、自分の様子を窺うように見上げているのに気付き、リズは慌てて首を振る。
「本当ですか? 私が剣を背負っているからとはいえ、その子のことはリズに任せっきりですから……」
「いえいえいえ! 本当にこれくらい、全然っ、なんてことはありませんから!」
「……分かりました。でも、ここのところリズが疲れたように見えることが多いですから、無理はしないでくださいね?」
(……はぁ)
納得はしていないようだが、一先ず再び先に立って歩き出した主の後姿に、リズは口に出ないよう気をつけながら溜息をつく。
寄生蟲と主との板挟みで、従者の胃壁は順調に薄く擦り減っていた。
(……なあムサシ、頼むからそろそろ機嫌を直してシア様と和解してくれ、頼むから)
『は? いや、別に? 怒ってないが?』
(どう考えてもキレ気味じゃないとそんな話し方はしないだろ……)
露骨に喰い気味なムサシの否定に、リズは力なく突っ込む。
(……大体、ムサシはこの子の何がそんなに気に喰わないんだよ? 確かにシア様はこの子を助けようとしてるけど、それで協力するよう強制している訳でもないし、邪魔になってる訳でも……まあそこまででもないだろ。お前は元人族らしいし、人族が嫌いって訳でもないだろうし)
『別にそいつが嫌いだからとか、助けようとしてること自体にイライラしてるんじゃねぇよ』
やっぱり苛ついてはいるんじゃないか、と言いたい気持ちを飲み込みリズは続きを待つ。
『ただ、なんて言えばいいのかあんまりにもシアの奴が……まっすぐすぎる。それが気に喰わないだけだ』
それが堰を切ったのだろう。ムサシは言葉少なだったのから一転、感情に押し流されるように滔々と続ける。
『確かにシアの言うよう、人族と魔族間での争いを減らせるならいいことだろうさ。ただ漠然と争いが減ればってだけじゃなく、その後のことまで考えてるみたいだしな――だが、現状はあまりにその理想と逆行してる。お前が背負ってる冒険者だって、お前らが魔族だと分かった瞬間にあの態度の変えようだ。こっちの世界の事情に詳しくなくても、どれだけお互いの間に根深い感情があるかは何となく分かる』
(……それは、そうかもしれないが。でも、だからこそそれをシア様は変えようと――)
『そうだな。けどそれは、今ある大きな流れに逆らうようなもんで、例えるなら巨大な川の流れを一人で変えようとするようなもんだ』
(一人じゃないだろ、ボクもいる。シア様が行くならどこまでだって……!)
『だからそれは例えだって。それに、川相手に一人も二人も大差ないだろ。しかもその川が深くて流れも速いとくれば、いずれ押し流されて潰されちまうのがオチだ。だったら最初からその流れに身を任せる方が上手いやり方ってもんなんだよ。……例え、その流れが正しくなかろうが、気に喰わなかろうがな』
(…………)
ムサシの言葉に途中まで反駁しようとしていたリズだったが、最後の言葉に思わず黙ってしまう。
その響きには酷く生々しく重苦しい諦観が滲んでいて。それこそ、まるでそうなった誰かを目の前で見てきたかのように。
リズは思わず見たこともないムサシの顔が、苦虫を噛み潰したように歪むのが見えた気がした。
(……ムサシ、お前――)
――昔に何があったんだ。と、リズが訊こうとした瞬間。
前からごう、と一陣の突風が突き抜け、湿った土みたいな匂いで麻痺しかけていた鼻に、青臭い緑と澄んだ青空の匂いが流れ込む。
同時に前を歩いていたシアが曲がり角の先を指さし、振り向いた顔を輝かせた。
「見えました! 見えましたよ、リズ、ムサシ様! 外の光です!」
「本当ですか!?」
主の跳ねるような声に、思わずリズもそこまで駆け出し指差す先へ視線を向ける。
確かにその先から、小さいが眩しいくらいの白い光が差し込んでいた。
「やっとここまで……」
長かった。魔王城の隠し口から逃げ出してから優に十日は過ぎている。
久しぶりに見る外の光に、リズの頭の中をこれまでの道のりが流れるように思い起こされた。
突然のことに取るものも取り敢えず逃げ出したこと。
折り返し地点付近で主の武器が壊れてしまったこと。
窮地を打開するために召喚したのが元人族の寄生蟲だったこと。
そいつの案でヴァナルガンドの陰茎を胸に擦りつけられたこと。
水分補給とかいって姫様から生えたペニスを咥えさせられたこと。
寄生蟲に乗っ取られたゴブリンに不意打ちされ襲われたこと――
(――ん? もしかしてムサシが来てから碌な目に遭ってないんじゃ……?)
その時その時は必死だったり、冷静じゃなかったから落ち着いて考える余裕がなかったが、もしかしてこいつ味方のフリをして碌なことしてないのでは――などという考えが頭を過りかけた瞬間、執事服の裾が引かれるのを感じた。
振り向いた先に見えたのは、久しぶりに一点の曇りもない笑みを浮かべる主の顔で。
「ありがとうございます、リズ。あなたがいなければここまで来ることはできなかったでしょう」
「い、いえッ……! ボクは姫様の従者ですから、それぐらい当然で……!」
「当然なんてことはありません。道中、リズがいてくれてどれだけ心強かったか。本当にありがとうございます。手が塞がっているのでここで失礼しますね」
と言って、シアは女神官を背負って手が塞がっているリズの二の腕を柔らかく両手で包んだ。
「姫様……っ」
主に敬愛という字の後半に比重を置いた感情を抱くリズは、それだけで感慨に瞳を潤ませ、他の考え事など全て吹っ飛んでしまう。
『良かったなリズ、そこまで言って貰えて』
(ああ……。いや、いついかなる時も主たるシア様に従うのは従者として当然だから、別に当然のことではあるんだが……いやだが、改めてこう言葉にされると――)
『……よし、これで俺のことは忘れたな』
ムサシの最後の一言は、脳内で歓喜と謙遜を交互に積み重ねているリズには聞こえなかった。
そんな風に感慨に浸るリズを暫く微笑ましげに眺めていたシアだったが、表情を一度引き締めてから再度口を開いた。
「それから、ムサシ様もありがとうございます」
自分に水を向けられると思っていなかったムサシは少し考え込んだものの、結局『念話』を使ってシアにも聞こえるよう言葉を発する。
『はッ、自分をゴブリンに襲わせたような奴に礼なんか言っていいのか?』
「……確かにあれは警告にしても手荒だったとは思います。ですが、ここに来るまでムサシ様に助けられたことも確かですから」
『別に感謝されるようなことじゃない。俺はお前らに寄生しないと生きていけなかったからな、自分の為にやったようなもんだ』
シアのそれが嫌味などではなく、本心からの言葉だというのは目がしかと語っていて。ムサシは気まずさから早口気味に話題を逸らす。
『それよりも聞きたいんだが、人目につかないような魔族領と人族領間のルートはここ以外にどれだけある?』
「人目につかないようなとなると……ここ以外にはないと思います。他の道はお互い要塞が整備されていますから、それがないのはダンジョンであるここぐらいかと」
『ならもう一つ、このダンジョンの出口……というか人族領と繋がってるのはここだけなのか?』
「すいません、私は詳しくなくて……リズ、どうなんでしょうか?」
「……っは!? ああ、はい、確かここだけだったと思いますが」
主に呼びかけられて頭の中の世界から引っ張り出された従者は、わたわたと答える。
『……話聞いてなくて適当に答えてないよな?』
「だ、大丈夫ちゃんと聞いてたって! 魔族領側と違って人間領側の入口はここ一か所だけの筈だ。ボクらが中に入っている間に急な地殻変動が起こってたら、流石に分からないけど」
『そうか、なら無事を喜ぶのはまだちょっと早いかもしれない』
リズの返答にムサシは声を少し緊張させ、それにつられてシアも声を硬くする。
「……ムサシ様、それはどういうことでしょう?」
『あくまで可能性の話だが、出口がここ一つだけだっていうなら、シアを追ってる奴らにとってはここで捕まえるいい機会と考えるんじゃないか? 絶対に通らなきゃいけない場所なんだから待ち伏せするには持ってこいだろ』
「それは流石に心配し過ぎじゃないか? そもそも姫様とボクは王城の秘密通路からここに逃げたからな。このダンジョンにいるとは、ましてや人間領側に逃げようとしているなんて知られてない筈だ」
『けど、相手は魔族の有力者達なんだろ。なら、魔族領を虱潰しするのも難しくはないはずだ。そこでシアがいないと分かれば、人間領への出入り口を見張ろうとすると思うんだが』
ムサシの予想に、シアは指を顎に当て考え込む。
「なるほど、確かに私たちが逃げてから時間も経っていますし、その可能性はあるかもしれません。」
「……けどそうだとしても、他にルートがある訳じゃない。結局は進むしかないだろ」
『それでもさっきみたく気を緩めてるよりは、警戒してた方がいいだろ』
知らず表情を引きしめていた主と従者は、それもそうかと互いに頷きあう。
『それに、保険というか安全を確保するための考えがあるんだが……少し協力してくれないか?』
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