転生したら寄生生物なんですけど!? というかち×ぽなんですけど! 作:真喜屋五木路
「――な!?」
これまで黙ったままだった神官の少女が突然喋ったこと、その内容がムサシによる裏切りを予期させるだったこと、それらがリズの思考をかき乱して動きを硬直させる。
その隙を狙っていたのだろう。神官はリズの背中を蹴飛ばして、すたりとその後方に着地した。
リズは体勢を崩してよろけながらも何とか転倒する寸前で堪え、そのまま背後をねめつける。
「くッ、お前……っ、どういうつもりだムサシ!」
間違いなくあの少女はいまムサシに操られている。リズはそう確信し、神官の少女に向かって怒気を叩きつけた。
一方、神官の少女は、そんなリズの怒りなどどこ吹く風で、調子を確かめるように体を伸ばしていた。
「んん――ッ。あー、あー、あーあー。うん、やっぱり人型の体が一番しっくりくるな」
その声は見た目通り少女の声だが、口調はいつも『念話』で語りかけてきていたあの声そのもので。伸びをすると、裸に外套しか羽織っていないことなど気にしていないのか、色々な所が見えてしまっている。
体の主導権はムサシが握っているのは明らかだった。
「聞いているのかッ! ムサシッ、お前味方じゃなかったのかよ! 何でこんな姫様を裏切るようなこと――!」
更に燃え盛るリズの感情に、ムサシは一瞬ぽかんとした顔をして、それから盛大に噴き出した。
「裏切るぅ? ……くくっ、あははははははッ! おいおいやめてくれよ、人を勝手に裏切者にするのは」
何を言っているのか分からない、とでもいうようにわざとらしく両手を広げて首を傾げる少女の姿。それは明らかにリズを煽る為のもので、その意図通りリズの激情はいよいよ頂点に達し――
「ふざッ、ふざけるなっ! さっき言ってただろ、ここを出るまでは味方だって! あれは、嘘だっ……た…………?」
口にした瞬間、リズは気付いてしまう。
「遅いなぁ、やっと気付いたか? そう、俺はちゃーんと約束は守ったぞ? そしてダンジョンを出た後は別行動とも言ったはずだ」
「な……あ……」
激情の熱は、そのまま絶望の冷たさとなってリズの唇を震わせる。
「……ということは、魔族がいないと言ったあの時点で裏切っていたんですね」
「違う違う。俺はその前に一人で外に出ただろ? 魔族がいるか警戒しに、さ」
「あ……」
シアも遅ればせながら理解した。
「そ。魔族がいるかも知れないから警戒しに、ってのは建前みたいなもんさ。いなければいなかったでそれで良し――けど、追手がいるならそっちにお前らを売り渡す為のな」
「……そんな、ムサシ様はそんなことをなさる方ではないはずですッ」
「ははッ、そりゃあ過分な評価どうも。 けどなぁ、俺はシアと違って他人よりも何より自分が大事なんだ。んで目の前には、片や追われて逃げるのが精一杯の姫様と召使。片や現在魔族の最高権力の一角、ランドレース様だ。どっちにつくかなんて考える間でもないだろ?」
「……っ!」
シアは唇を噛んで立ちすくむことしかできない。
そんな動けない二人の横を悠々とムサシは通り過ぎながら、別れの言葉とでも言うように吐き捨てる。
「だから警告しただろ? 世の中を上手く生きていくのに必要なのは正しさじゃなくて、大きな流れ、力がある方に従うことだって」
そして腰も低くランドレースの前に歩み出ると、上目遣いにランドレースの足元へ跪いた。
「へへッ、ランドレース様。お約束通り二人を誘き出しました。これで、私も貴方様の末席に仕えさせて頂けるんですよね」
シアに対する態度とはまるで違い、揉み手までして媚びを売るムサシ。その姿を見下ろすタキシードの豚顔はその様子に満足したようにブヒヒと鼻を鳴らす。
「ふむ、そうですな。確かに貴公が言った通り随分と面白いものが見れました。あの気丈なシェシア君の表情が絶望に歪む様、なかなか楽しませて貰いましたよ」
「ということは……」
「ええ、貴公を我が末席に加えるとしましょう。丁度適職が空いておりますしな」
「ありがとうございますッ」
ムサシは神官の身体で深々と頭を下げ――それ故に、見ることができなかった。豚の魔物が口の端から牙が見えるくらいの笑みを浮かべ、不気味なほど目尻を下げていることに。
「――では、貴公には我が兵士の慰安係の任をくれてやりましょう」
「畏まり…………は?」
今度はムサシが困惑に凍り付いた声を上げる番だった。
「ら、ランドレース様? い、今のはちょっとしたご冗談ですよね?」
「おや、聞こえませんでしたかな? 私ははっきりと言ったはずですよ、慰安係と」
「な、ぁ……?」
「ああ! それとも知性のある寄生蟲と言えど所詮は魔物風情、難しい言葉は分かりませんでしたか。これは失敬、我が兵士の肉便器になりなさいと言ったのですよ」
首だけ上げたまま、打ち上げられた魚みたいに口をパクパクさせるムサシ。ランドレースはその様子を、喜劇でも見ているように嗜虐的な笑みで見下ろしていた。
「で……ですが! 先程知性がある寄生蟲は珍しいと言って下さったではありませんか!?」
「ええ。しかし所詮は珍しいだけ、低級の魔物やひ弱な人族に寄生するしか能のない魔物に大した価値などありませんからな」
「そんな……な、なら! この体の主は神官です! ですので回復魔法でお役に立つこともできるかと……!」
「ブヒッ、回復魔法? 脆弱な人族と違って我らは頑丈ですからな、そのようなもの必要ないのですよ」
「…………っ」
お前には何の価値もないと言われても、ムサシは表情を怒りに染めることすら忘れて、ただ冷や汗を流すだけ。
「ああ、ですが回復魔法が使えるなら、少しくらい乱暴に扱っても自力で直せるのですから肉便器としては最適かもしれませんな。おい――」
ランドレースが目で合図をすると、シアとリズを囲んでいた体格のいいダークオーク達の中でも一際大柄なダークオークがその輪を外れ、神官の少女の元へと近づいて来る。
身長は優に少女の頭が胸元に届かず、腕の太さは少女の胴回りと同じ程。
その威圧感に、近かれだけで少女は跪いていた体勢からバランスを崩し、腰から地面へとへたり込んでしまった。
「ひッ……!?」
「ブヒッ、おっと、これが仕事なんだから逃げてはならんぞ? ほら、今から使って頂くモノをしっかりと見ておけ」
「ブヒヒッ! おいメス、よく見ておけヨ?」
ランドレースの言葉にダークオークもニヤつきながら腰鎧の前部を外し、硬く張り詰めた剛直を露出させる。
その逸物は体格差に比して大きく、太く。そして何より人のモノと違うのは、その先端がどんな小孔でも関係なく削り開けようとするようなドリル状に捻じれていることだった。
神官の少女は、首を無意識に横へ振りながら少しでも距離を取ろうと、力の抜けた腰を引きずって下がろうとする。
「や、こんなの……絶対、裂けて……!」
「回復魔法が使えるんですから自分でなんとかできるでしょう? ――さあ、早速使ってあげなさい」
血の気の引いた神官の少女の顔、それすら娯楽の一部だというようなランドレースの言葉に、ダークオークが肉茎をビクつかせながら一歩進み。
「ひッ……こんなの、話が違ッ……!」
そこでなんとか体に力が戻った少女が立ち上がって、転びそうになりながら逃げ出した。
彼女はローブ以外碌な服など着ていないことも忘れたように、少しでも身を隠そうと道ではなく灌木の中へと飛び込む。
その後ろを急いで追う様子もなく、のんびりと笑いながら見送るランドレースとその兵士。だがそれは、情けをかけたわけではない。
「ブヒヒッ、なかなか活きのいいメスですな。……しかし、魔族がここまで来ているのがバレたら面倒です。逃がさず捕まえなさい」
「ハッ、捕まえた後はどうしましょウ? 連れてきますカ?」
「いや、構いません。人族のメスなど、また戦争になればいくらでも手に入ります。その場で使い潰してしまっていいでしょう」
「ブヒヒッ、了解でス!」
そう言って兵士は鎧を整えると地面を蹴って、灌木へと飛び込み――ものの一分と経たないうちにその向こうから少女の悲鳴が聞こえた。
「あッ、や、やめろッ! 離……せぇッ! ヒッ!? だ、だからそんなの無理ッ! 絶対、入らない、裂けちゃう……死んじゃうッ……!?」
そして一瞬の間、息を呑むような音が聞こえた気がした後。
「あぎィッ……! ひッ、あ゛ぁぁ……ッ!? やああぁぁあああぁあぁぁぁ――――ッ! 助ッ、助けて――ッ、リズっ……シアぁッ……!」
苦痛に塗れた絶叫が木々の葉を震わせた。
刹那、オークの囲みの中心で巨大な剣が翻る。
「退きなさい――ッ!」
背中から大剣を抜刀したシアは、その勢いを乗せたまま声のした方にいるオークに向かって突っ込んだ。
豚戦士は一瞬驚いたように目を見開いたが、直ぐに大盾を構えて剣閃に備える。
「遅いぞッ!」
が、いつの間にか足元に潜り込んでいたリズがバネのように脚を蹴り上げ、盾を構える手を上方へ向かって弾き飛ばす。
「はぁッ!」
斜めに崩された盾と大剣が擦れて激しく火花を上げ、しかし止まらぬ刃が盾の上縁からはみ出した首を捉えた。
豚の頭が宙を舞い、頭を失った鎧は首から血を噴きながら倒れ込む。
オークの囲みに生まれた一体分の隙間、全力で剣を振りぬいたシアは素早く体勢を立て直して、そこから外へと――
「――逃がすなッ!」
だがランドレースの声で即座にオークたちは空いた穴を塞ぐように距離を詰め、シアが踏み出そうとした所へも斧槍が十字に組まれて行方を阻んだ。
「くっ……⁉」
シアはあわや自分から刃に突っ込んでしまう所だったのを踏みとどまり、捕まらないよう後ろへ跳ぶ。
視線を横に向けると、リズも突破することはできなかったのか、苦い顔で拳を握りなおしている。
そんな二人に対して、既に落ち着きを取り戻したランドレースはパン、パン、パンとわざとらしく拍手を送る。
「ブヒヒッ、混ざりものといっても流石は魔王の娘、そしてその薫陶を受けた変異種。残念ですな、ここにいるのが我が親衛隊でなく、一般騎士程度であれば逃げられていたかもしれませんのに」
そんなランドレースの態度にシアの握る大剣が怒りに震え、キチキチと鳴く。
「そんな御託は結構です! それより、どうして貴方に従うと言った相手に対してあのような非道を――!」
ランドレースの顔から笑みが消える。
「……まさか、シェシア姫は先程、あの寄生蟲や人族のメスを助けに行こうと?」
「当り前でしょう!」
シアの怒りは自分を愚弄されたからでなく、裏切った元仲間の為だった。それを理解した瞬間ランドレースは顔に手を当て、表情の消えていた顔いっぱいに嘲笑を浮かべた。
「ブヒッ、プギッ! ブヒャヒヒッヒャヒャヒャッ! これは……これは傑作だッ!」
笑っているのはランドレースだけではない。二人を囲むオークたちも警戒を切らさないように武器を構えているものの、その口の端からは黄白い牙が侮蔑の色に光っている。
「何がおかしいんですか――ッ!」
シアの激高に応えたのは従者だった。
「……姫様、魔人化を経て魔物から魔族の一員となったダークオークにとって、力は絶対なのです。もともと魔族自体がそういう考え方の者が多いですが、それに輪をかけて。つまりこいつらにとっては力のない寄生蟲であるムサシにも、あの冒険者の少女にも価値を見出していないのでしょう」
「ブヒヒッ、そちらの変異種の方が分かっておりますな。低級の魔物や良くて人間に寄生するのが精一杯の寄生蟲も、少しばかり魔法が使える程度の人間も、どちらも弱すぎて役に立たぬ劣等種故、ああやって有効に活用してやっているのです。……しかしもう反応がなくなったことを考えると、肉便器ですら過分な役割でしたかな?」
「良くもそんなことをぬけぬけと――っ」
その言葉にシアは剣をゆらりと揺らし、リズも無言ながら目を鋭く細める。
ランドレースに向かって飛び出さないのは、囲まれたこの状態では勝ち目がないということが、何とか理性的に判断できているからに過ぎない。
そしてランドレースもそのことを理解しているからこそ、一切余裕を崩さなかった。
「……それにしても姫様は相変わらずお温いことですな。アレらは弱いというだけなく、姫様を裏切った相手ですぞ? にも関わらず、そこまで気にかけなさるとは」
「例え元であったとしても、仲間から助けを求められたのです。助けない理由はありません」
「流石はあの魔王の娘……いや、劣等種である人族とのハーフたる姫様らしい考え方ですな」
自分だけでなく両親までもを愚弄するランドレースの言葉に、とうとうシアも激情に声を張り上げた。
「ランドレースッ! 訂正しなさい! 力でしか価値を計れないようなお前如きに、父さまと母さまを下に見る資格などありません!」
追われる身となったとはいえ元王族、小柄な体躯からは予想もできないような芯のある声が木々を震わせ、ダークオーク達すらもたじろがせる。
が――
「――落ち着けッ! 所詮は威勢だけだ、何もできはせん!」
肝心のランドレースは眉を僅かに顰めただけで、ただの一喝でオーク達に統率を取り戻させた。
「ブヒヒ……やはり腐っても魔王の血脈ですな、その力我が嫁にしてやるに十分です。考え方に多少の難はあれど、嫁として飼っている間に矯正すればよいでしょうしな」
「姫様に対して嫁に相応しいだなどと――口を慎めランドレース!」
今にもご馳走が手に入るとでもいうよう、満足げな表情で二重顎を撫でていたランドレースだったが、リズの言葉に眉を顰める。
「口を慎むのはどちらだ、変異種の従者風情が。貴様自身は偶々少しばかり強力に産まれついたとはいえ、所詮は手先が器用なだけの非力なブラウニー、身の程を弁えよ」
「ふん、ボクのことなど好きに言えばいい。だが、姫様を嫁にしてやるだの、あまつさえ飼う、だと? 仮にも伴侶にしようとしている相手にどういう了見だ!」
「……何を怒っているのか分かりませんな。嫁とは手に入れて飼うものでしょう?」
嘲笑うでもなく、本当に何を言っているか分からないという様子のランドレース。
それもその筈、そもそもオークという略奪を本分とする魔物から魔人化を経て魔族になったダークオーク達にとって、女とは奪い、狩り、捕らえ、戦利品として”所有”するものという認識が種族の根本にあった。
故に嫁や結婚という言葉を理解しはしても、結局それは”所有するモノ”という考え方を下敷きにした、歪んだ認識でしか捉えられないのだ。
逃げられず勝ち目もないのなら、最悪姫様を説得してせめて無事を――などというのがあまりにも甘すぎる公算だったと、リズは舌を打った。
「……ちッ、魔物だった頃の考え方から抜け出せない野蛮人め」
「抜かせ、ブラウニー。あの魔王に気に入られたというだけで大きな顔をするつもりか? 貴様らのような弱小種族は人族共々、我らにただ傅いていればいいのだということが理解できておらんようだな」
改めて戦闘態勢を崩さない二人に、ランドレースは不快そうに鼻を鳴らす。
「ふん、迎えに来てやったのだから大人しく従えばいいものを……いや、嫁とはいえ所詮はメス、こういうのは初めが肝心か」
だがすぐにいやらしい笑みを顔に浮かべ直すと、手を振ってダークオーク達に指示を飛ばした。
「お前ら、少しこいつらに立場というものを分からせてやれ! ……おっと、シェシア姫は私の嫁ですから、やりすぎて壊さないよう」
最後の言葉に、二人を囲んでいたオーク達は下卑た嗤いを零しながら包囲の輪を縮め、そしてシアとリズそれぞれの前に一体ずつオークが踊り出る。
「ブヒヒッ。さぁシェシア姫、躾の時間ですぞ!」
因みにランドレースは実際の品種名が元ネタです。よく育てられている白い豚がそうだそうな。
意外とかっこいい名前だなとそのまま採用されました。