うなだれるような暑さの夜の繁華街。真夏の暑さを忘れる為に酒を入れた男達の下品な笑い声と女性の助けを求める声がビルの谷間に響いている。
「姉ちゃん、おじさん達とラブホでいいことしようぜ」
「嫌っ! やめてよ! あんた達の慰みものにされるのは嫌っ! 離して! 離してよ!」
「おい! 言葉に気をつけた方がいいぞ。キチンと金を払ってやるって言ッてんだろう?」
「やめてよ! 誰か、助けて! 助けてください!」
しかし誰も来なかった。皆、見て見ぬふりをして通りを歩く。こんな厄介ごとに巻き込まれるのはゴメンとばかりにうつむいて歩くばかりだ。
強引に腕を引っ張る男達の格好はまるで品のないマフィアみたいな男達。前時代的な力で屈服させるような男達だ。
女性はスーツを纏い通勤帰りの様子だった。紺系のリクルートスーツを纏う女性は、世の中は何でこんなに腐っているのかと思う。先月はやたらと金をせびる携帯会社にぼったくられた。
そんな時だ。
渋い声色の男性が彼らの横暴に立ち向かう声が聞こえた。独特の自信溢れるハリのある声が聞こえる。
「やめろ。お前らがやろうとしているのは強姦だぞ! 今なら警察に厄介になることもない。手を離してやれ」
「何だ、てめえは?」
「汚い口を閉じたらどうだ?」
「ヒーロー気取りかい? ぶっ殺してやるよ!」
暗闇で姿はわからない。でも女性の目には鮮やかな銀髪が見える。それ以外は漆黒だ。いったいこの人は誰?
まもなく乱闘になった。
「死ねやー!」
刃渡り7センチのナイフが銀髪の男性に襲いかかる。だが、身軽な動きで簡単にいなすと腰の入ったストレートでナイフを持つ男の鳩尾に重い一撃が入れられた。
「野郎!」
仲間の一人が倒されると別の男が顔面に向かって殴る。だが、それも簡単にいなす。そしてお返しとばかりに拳で鼻を潰した。
「ひぎゃあーっ! 痛え、痛えよ……!」
「どうする? お前もこうなりたいかな?」
「く、クソ! 覚えてやがれ!」
尻に帆をかけて一目散に逃げる男。そんな奴らに一瞥をくれる銀髪の男性は、ため息をつくと腰を抜かしてしまっている女性に、柔らかく声をかけた。
しゃがみ込んで手を差し出す。
彼女からは逆光になって顔立ちはわからない。しかし何故か彼女の目には金色の光、オーラみたいなものがみえる。気のせいなのか?
彼女は震えながら手を握った。うわ言のように謝辞の言葉を言った。
「あ、ありがとうございます……」
「とりあえず明るい場所まで行きましょう」
マフィアはまだあまりの苦痛にのたうち回っている。余程、先程の拳が重かったらしい。ボクシングでもしている男性なのかと女性は思った。
街灯が照らす路地に出るひと組の男女。
明るい繁華街に出て姿を見ることができた。
鮮やかな銀髪の短髪に、漆黒のシャツ、黒いズボン、細身に見えるが筋肉質な体付き、握る手は温もりを感じる。
まだ顔立ちを見ることはできない。
彼は呆れたように言葉を発した。
「本当に困った奴らでしたね。堕落しきった人間は本当に救いもない。こんなか弱い女性を欲望のままに弄ぼうなど」
「本当にありがとうございます。助けてくれて」
「気にしないでください。当然の事をしたまでです」
「でも、それをしてくれる人、いなくなったから嫌な時代になりましたね」
銀髪の男性は彼女に顔を向けて話す。
顔立ちをやっと見られた。
一言で表現するならナイスミドルな男性だ。少し吊り上がった眉毛、口元には髭を蓄えて、肌は艶を感じさせる。その瞳は不思議な輝きを宿している。紫色の活き活きとした瞳だった。
絵に描いたような紳士という言葉が似合う男性だった。背は170センチ前後という感じか。夏だからか、シャツにズボンに通勤カバンを手にしている。
男性はしばし彼女を見つめる。彼はこの女性に何かを感じた。
(まさかとは思うが、この女性は我々が探している女性では….…?)
不思議そうに顔を見る男性に彼女は恐れを抱いて繋いだ手を離そうともがいた。
「初対面の女性にすまない事をした。ごめんね」
彼女は駅が見えたのでここまででいいと言う。
「ここまでで良いです。アパートがこの近くにあるんで、今日はありがとうございました」
「ええ。くれぐれもお気をつけて」
一旦別れた二人は心に引っかかる何かを感じていた。
女性はアパートへ帰るとスーツを脱いで、風呂に入る。何気なく流す音楽に身を浸しながら下半身へ手を伸ばす。微かに濡れていた。
そしてあの銀髪の男性のことを考える。
あの時、不意に目にした男性の顔は探している女性を見つけたという感じの嬉しそうな表情だった。
いったい彼は何者だろう。
花びらは疼いている……。彼に抱かれてみたい……。
そんな初めて観た男性にそこまで欲情するなんて。理性で吹き飛ばす彼女はしばしその男性の事が頭から離れることはなかったという。
そんな悶々とした日を送ること数日が経つ頃に彼女は仕事帰りにたまには酒でも飲むかとバーへ立ち寄る。
そこには数日前に助けてくれた彼女の気がかりの男性がカウンター席にて酒を愉しむ姿があった。
「あ、あの時の?!」
「やあ、奇遇だね」
ここから物語は動き出す。
彼らの運命もまた動き出す。