また出会う事ができたことに彼女は密かに感動していた。こんな事が本当にあるなんて、思ってなかった。
今、気になって仕方ない男性が本当にそこにいる。ウイスキーを傾けて上品に振り向いて薄く微笑む。
彼女は嬉しそうに隣のカウンター席についていつもの酒をマスターに頼む。
バーのマスターは彼女にとっては頼れる年上の男性でもあるのだ。そのマスターはからかうように言葉を発した。
「リリアちゃん、嬉しそうだねー。そんなにそこの旦那が気になっていたのかい?」
「リリアって名前なの? キミ?」
「ええ。私、リリアと言います。あなたは?」
「エリオットだ」
彼は自分をエリオットと名乗る。
リリアはこの人はサラリーマンかと思った。相変わらず黒いシャツに、黒いズボンを履いて近くには通勤カバンを置いていたから。
だが、その黒い姿がとても様になっていた。黒に呑み込まれていない存在感がある。
エリオットはウイスキーを口にしながらも彼女の事をまるで確認するように見つめている。
(リリアか……リリスの生まれ変わりはこの子? 我々が探している女性はやはりこの女性なのか……)
「そんなに見つめられると照れます」
「リリアちゃんは照れ屋さんだしなー」
「マスター、もう、からかわないで」
「前の彼氏すらも響かなかったって言ってたのにこの旦那には何か感じるのかい?」
「そんなのないわ。でも、マスターに話したかも知れないけど、この人なの。マフィアに襲われた私の事を助けてくれた人って」
「へえ。そりゃあ気になって仕方ないね。俺からも礼を言わせてくれよ。エリオットさん」
「マスターはこの子とやけに親しいんだね」
「まあ、この子の親代わりみたいなものだし」
「親代わり?」
「この子の親は小さい頃に死んでしまったんだよ……。その時、近所には俺くらいしか住んでなかったんだ。ね?」
「うん。お父さんもお母さんも死んじゃった。まだ私、小学校に上がったばかりだった」
「……。辛かった?」
「この世界に絶望したわ。こんな世界なんて滅びれば良いのにって」
「……そうか」
(……悪魔の女性に相応しい考えじゃないか。我々が探している女性はやはりこの女性だ。多分だが)
エリオットは言葉を話す事もなく黙ってウイスキーを傾けている。
リリアの過激な言葉は続く。
この世に憎しみを抱く女性の嘆きがここにあった。
「学校に行けばいじめられて、働きに出ると嫌な男が偉そうに横暴を言うの。同期の女にはあんたなんて春を売れば良いのよって暴言吐かれて」
「売春してればいいって相当な言葉だね……本当に女なの? そいつ」
「向こうもヤリマンを絵に描いたような女なのにね」
「ひどいな」
「皆んな、金、金ってうるさいし、金さえあれば幸せって言うけど、そうなのかな……。でも彼氏はいた事はあってもSEXは気持ち良くなかった……」
リリアは決定的な言葉を言う。
「いっそのこと、こんな世界、悪魔に滅ぼされてしまえば良いのよ」
エリオットの中の安全装置が外れる音が聞こえた。我々の世界に来て貰う事にしよう……。
「なら、私に着いてくるかい?」
「え?」
「そんなキミを満たしてくれる世界があったら素敵とは思わないかい?」
「エリオットさん?」
「旦那、大胆だね」
「ふふふ……私には確信出来るんですよ。この人は私に相応しい女性って事が」
リリアはそこで観た。
まるで悪魔のような微笑みを浮かべる男性がそこにいる。まるで悪魔が隣にいるように感じた。独特の魅惑を感じる。
この世界に自分を満たす世界があると言うなら観てみたいと軽い気持ちで思うリリアは、疑り深く聞いた。
「私を満たしてくれる世界って本当にあるんですか?」
「決めつけは良くない。その世界を見ないで死ぬとか勿体ないとは考えない? 私なら見せる事ができるのに」
「誘っているんですか?」
「勿論」
「君みたいな女性がこんな世界にいるのが勿体無い」
何だか妖しい展開になってきたなと感じるマスターはリリアに促す。
「リリアちゃん。今夜はもうアパートに戻ったら?」
「明日も仕事だろう?」
「……そうね。ご馳走様、マスター」
リリアは勘定を払って家路についた。エリオットはバーにてまだウイスキーを傾けている。
マスターはそこで聞いた。
「あんた、まさかとは思うがマフィアかい?」
「マフィアではないよ。マスター。そんな小さい存在ではないさ」
「なら、何者だと言うんだ?」
マスターの挑発的な言葉に彼はこう言い放つ。
「私はこの世界を変える悪魔さ。そして、絶対に世界を支配してみせる。我々の下へ跪かせてみせる」
ルシフェルの名前の下に。
帰り道を歩くリリアは気になっていた。
私を満たしてくれる世界があるなら見せて欲しい。どんなものか教えて欲しい。
満たされる事のない欲望も、欲情も、満たしてくれるなら、満たして欲しい。
そんな時に彼が目の前にいた。
まるで悪魔のように、彼女を見つめている。そして言った。
「キミを迎えにきた。こちらの世界へ来るかい?」
リリアは黙って頷く。
そして、彼らの世界へと向かう。
そこは彼ら悪魔が住む世界。パンデモニウムと呼ばれる世界だった。