地獄の魔王たちは堕天使であるルシファーを信頼している様子だが、リリアが気になっているのは、ルシファーがなぜ、天使の世界から地獄へと堕天してしまったのだろうという初めを知りたいと思っていた。
そのルシファーは今は地上にて【信者】と呼ばれる悪魔に従う尖兵を集めて回っている。
彼女は万魔殿にて、他の魔王達とも言葉を交わしてみたいと思い、万魔殿の宮殿を歩いていた。
万魔殿は照明は薄暗く、柱には松明が置かれている。床は大理石で、自分の履いている靴の音がよく響く。
この時間、万魔殿には一体誰がいるのだろうか?
すると遠目から逞しい魅力の魔王がどこかへ向かっている光景が見えた。確かあの魔王はベルゼブブと呼ばれていた魔王だ。彼は整ったオレンジ色の華美な服を纏い、柱にて隠れるリリアの側を歩いて行った。
ベルゼブブさんならルシファーの事を知っているかと思って、リリアはベルゼブブを呼び止めた。
「あ、あの! ベルゼブブ様」
「誰かと思ったら、昨日、万魔殿に招かれた女性か。えーと」
「あ、リリアと申します。よろしくお願いします」
「リリアちゃんか。一体、どうしたのかな」
「ルシファー様の事を聞きたいと思って」
「彼のことかい?」
「ルシファー様って元々は天使だったんですよね」
「それを言ったらここの魔王達はほとんど元天使だけどな」
「何故、ルシファー様もベルゼブブ様も地獄に堕とされてしまったのか気になって……」
「色々込み入った話になるから私の部屋で話そうか」
リリアが明らかに胸をドキドキさせているのでベルゼブブは安心させた。
「私は君から許可を得るまでは君の事は抱かないから安心なさい」
道すがらリリアはベルゼブブの事も聞いた。
「ベルゼブブ様は暴食の大罪を象徴するって聞いてますけど、そうには見えないですよね」
「そうだね。いくら暴食の魔王だからって四六時中食べている訳でもないよ」
ベルゼブブの恰好は気品溢れるゆったりとしたローブに、頭からは2本の角が生えており、声は落ち着いた大人の渋い声色だ。
瞳もオレンジ色の鮮やかな色味で、堕天する前から気品のある天使だったのだろうなとリリアは想像した。
すると生贄に捧げられてきた子供たちがベルゼブブに声をかけてきたではないか。
「ベルゼブブ様ー!」
「本日の授業は終わったのかい?」
「はい! でもベルゼブブ様、僕、立派な地獄の兵士になれるか心配です……」
「焦らなくてもいい。地上に攻め込むまでには時間はまだある。今はしっかりと闘いの知識を学びなさい」
「はい、ベルゼブブ様」
リリアから観たベルゼブブはとても魔王とは思えない態度だった。まるで実の父親とか、それ以上に思いやりに満ちた人物だ。だてに魔王と呼ばれてはいない。
でも今の子供達は一体誰なのだろうか?
ベルゼブブの子供達とは見えないが、では彼らは一体?
「あの子供達は一体……?」
「彼らかい? あの子供達は私に生贄として捧げられた子供達だよ」
「生贄? ベルゼブブ様にですか?」
「私は元々は土着信仰から生まれた者だからね。その土地では作物の実りを祈る為に生贄を捧げられる風習があるんだ。私はその生贄の子供達を地獄の兵士として育てる事にしたんだよ」
そんな事を説明しながらベルゼブブの私室へと辿り着く。
部屋の扉の両側には女性の悪魔が控えている。彼に対して一礼をする。彼は頷くとリリアを自分の部屋へと入れた。
ベルゼブブは部屋に入るとリリアに飲み物を用意した。値段が張りそうなワインを開けて、グラスに注ぐベルゼブブ。
グラスのワインを彼女に渡すとベルゼブブはルシファーが堕天した理由を教えてくれた。
まだルシファーが天界に存在していた頃。彼は天使の中で最も美しい者と敬愛の眼差しを浴びていた。地上では人間達は来る日も来る日も様々な大罪に身を堕とす。ルシファーは唯一の絶対的な存在の神の下にいたが、その神は自らが産み出した人間に対して『失敗作』の烙印を押して地上から滅ぼそうとする。
その時、ルシファーは神に対して反発する。自らが産み出した人間に対して失敗作と烙印を押して滅ぼそうなど、それは思い通りにならないからこの玩具は要らないと駄々をこねる子供じゃないかと。
世界を産み出した者なのに寛容さが足りないと呆れて、神に対する反抗を企てたのだ。当時、天界の天使の3分の1がルシファーに味方した。
ルシファーは先陣を切り大天使ミカエルと闘い、そして彼の堕天した顛末の決定的な事件が起きた。
人間から『神のひとり子』と呼ばれる者が現れ、圧倒的な力でルシファー達を打ち倒していったのだ。
ルシファーは神によって天使の翼を揉み取られ、地獄へと叩き堕とされてしまったのだ。
それから数千年━━。
彼は地獄にて地上を、天界を攻め落とす為に、そして神を倒す為に準備に追われているのが現状なのである。
「じゃあ、ルシファー様こそが人間達を守り抜こうとしていたのですか?」
「そういう事だね。我々、魔王も元々は土着信仰の神だったり、人間達が産み出した概念だったりするんだよ。我々は人間達の心の隙間に入り込んで、欲望だったり、憎悪を煽ったりしているだけ……」
「あの……私がここに招かれたのはどうしてですか?」
「今にわかるよ。それまではこの万魔殿での生活を満喫なさい。地上では味わう事のできない経験が出来るよ」
ベルゼブブはグラスのワインを一口含み、リリアに微笑みかけたのであった。