【2巻11/14発売!】ずっと好きだった幼馴染にフられて始まる淫らに一途なハーレム生活 作:花染彩葉@幼馴染ハーレム2巻発売中!
足湯から旅館へと帰還。襖を開け、お姉さんは宣誓するように手を上げた。
「ただいまふたりとも!」
俺たちが客室に戻る頃にはすでに日は傾いており、窓の外に広がる木々の連なりは仄かにオレンジ色の影を落としていた。広縁に置かれた椅子に座り、その景色を眺めていたふたりがこちらに振り返る。
「おかえりでーす!」
「おかえりなさい」
サキは変わらず元気良く、神崎さんも変わらず素っ気ない態度だ。そしてふたりとも服装が変わっていた。
羽織は着てないが、俺たち同様に花模様がベースの浴衣を身に着けている。
俺は内心ガッツポーズを作った。
浴衣姿の神崎さん、グッジョブ。
「足湯気持ち良かったですか?」
「うん! 外は寒くて中はじわっと。中々に乙なものだったよ」
揚げ物の食レポみたいなお姉さんの感想に、サキは「へえ」と明るい声を上げた。
「私も明日行ってみますね! ここの温泉もめっちゃ気持ち良かったですよ、お肌すべすべになりました!」
浴衣の袖を捲り上げ、サキは自身の肌をアピールする。
「あらホント! 入るの楽しみぃ」
露出した細い腕を見て、お姉さんは共感を示す。
俺も注視してみる。……なるほど、見てもわからん。
サキの腕なんかより、テーブルに置いてある湯呑みの方が気になった。景色を眺めながらふたりは茶でも飲んでいたのだろうか。それが意識に入るなり、急激に喉の渇きを感じる。
座椅子がある方のメインテーブルの上には、包装されたお菓子とティーバッグが備えられている。暖房は十分に効いているが、外出で冷えた体を温めるには丁度いい。
俺も茶を作ろうと、電子ケトルに近づく。それと同時に神崎さんが椅子から立ち上がった。
ちっちゃな生足で畳を踏み締め、目の前までやってくる。俺が間近で見下ろす構図になった。
「私に無断で行った姉さんとの足湯は楽しかったですか」
棘のある物言いに、反射的に肩が震え上がる。ヤバい。これは怒っているのか。
「はあ……」
と、後ろから神崎さんを眺めていたサキが額に手を当てた。
「あ……これは違くて……その、あの……」
後方からのため息を聞いて、神崎さんは足元を見つめた。前髪の隙間から目を泳がせているのが窺える。
心配になり、「神崎さん?」と声をかけると、
「……なんでもありません! お手洗い行ってきます!」
真っ赤な顔で怒鳴ると、神崎さんはずんずんと歩き出した。襖を勢いのままに開け閉めし、客室から出て行ってしまう。
また俺は神崎さんを怒らせてしまったらしい。こんな調子で仲直りなどできるのだろうか。
「エミ、どうしちゃったの?」
「どうかするつもりみたいでしたけど、どうにもならなかったみたいです」
「?」
お姉さんと一緒に俺も首を傾げる。サキは湯呑みを手に持った。そうだ、お茶だ。水はまだケトルに残っていたので、スイッチを入れて沸騰を待つ。
「うぶな子ですよねえ、神崎さんって」
茶を啜り、サキはふぅと一息つく。
「昔から背伸びばっかする子だったからねえ」
お姉さんは座椅子に腰を下ろし、伸びをするように背もたれに体を反らせた。
「でも、そういうところが可愛かったりして。ねっ、デカチンポくん?」
首を捻らせ、お姉さんは片眉を吊り上げる。
「なにを今さら」
そんなの問われるまでもない。
「神崎さんが可愛いのは当然です」
俺は堂々と言った。直後、なにかが崩れ落ちたような衝撃が畳を伝う。音の発生源である手洗い場の方へ、全員が目を向ける。
神崎さんがアメニティでも落としたのだろうか。おっちょこちょいなところも可愛い。
「ねえ峰くん」
湯呑みを置いて、サキはこちらを見た。
「じゃあさ、私たち3人の中で一番可愛いのは? 彼女贔屓はなしで答えてね」
「おっ、面白い問いだねサキちゃん」
お姉さんもサキの余興に乗っかった。茶番――というか、時間の無駄なのに。
「そりゃふたりとも可愛いのは認めるけど、一番は神崎さんに決まってるだろ」
「えー? 私も神崎なんだけど? どっちの神崎のことかわかんなーい」
足湯での会話を思い出したのか、上擦った声でお姉さんに煽られる。この人……俺をからかいやがって。
怒ったわけではないが、思い通りになるのは癪だ。
「妹さんのことですよ」
「あれ、知らなかった? 私にはもうひとり隠された妹がいるのよ。どっちのことかなあ」
なんだよその設定は!
いやしかし待て。これは考えようによってはチャンスかもしれない。ぶっつけ本番で名前を呼ぶのは難しい。だが、『神崎さんに聞こえはするだろうが対面にはいない』というこの状況なら適度な難易度と言える。予行練習としては申し分ないのでは。
ごほんと咳払いをする。
「え……エミ……、さんのことです」
さんかちゃん、どっちをつけるか逡巡して結局さんを選ぶ。エミさん。なんだか余所余所しく聞こえるが、今の俺にはこれが精一杯だ。
「――うひひ! 男のくせに顔真っ赤にして超ウケるんだけど!」
指を差されながらサキに爆笑された。浴衣の裾が乱れるほど脚をジタバタさせている。
どこかに穴はないだろうか。俺が入る穴ではなく、このヤリマン女を埋める墓穴が今すぐ欲しい。
「そっかぁ、デカチンポくんはエミ派かあ」
「当たり前です」
まったく、どいつもこいつも俺の純心を弄びやがって。
「あー、久しぶりにこんな笑ったわー」
水の流れる音で、サキは笑いを止めた。襖が開いて神崎さんが戻ってくる。
ちらと様子を窺うと、神崎さんも俺を見た。多分、驚愕は同時だったと思う。
「……!」
大きく口を開けた神崎さんは、一刻も早く俺の視界から外れんとばかりに広縁の椅子まで足早に歩いていく。
「あれれー、聞こえちゃってたのかなあ?」
壊す勢いで椅子に座り、神崎さんは窓の外に顔を向けた。その脛を、サキが浴衣の上から足で突っついている。
「黙っててください……」
鈍感な俺でもこれはわかる。神崎さんは照れているのだ。呼び方ひとつで、こんなにも反応が変わるものなのか。
「――あっ」
そこで不意に鈴の音が鳴り響いた。お姉さんの携帯のアラーム音だった。
「もうこんな時間か。夕飯だからみんな準備してね」
飯の時間ならもっと早く言って欲しかった。せっかくお湯を沸かしたのに、茶を楽しむ時間はなさそうだ。
「はーい!」
「…………」
サキの陽気な返事とは対照的に、神崎さんは夕陽に染まった木々に顔を向けたまま頷くこともしない。
ポコポコと、使い道の無くなったお湯が沸騰の音を立てた。
*
夕飯は旅館の1階にある食事処で食った。天ぷら、刺し身、煮物――和食が中心のメニューに舌鼓を打ち、あっという間に夕飯を終える。
神崎さんとは食事中、10回以上は目が合ったと思うが、俺たちの仲を進展させるような会話はなかった。
ただ、蟹の炊き込みご飯を頬張って、幸せそうに目を細める神崎さんをこっそり盗み見られたので、個人的には心もお腹も満たされた時間だった。
食事を終えた俺たちは、スリッパをペタペタ鳴らしながら絨毯の敷かれた廊下を行く。
「いやー、美味しかったねえ」
「ですね〜。本当にご馳走様でした!」
前を行くふたり、お姉さんの二の腕にサキが抱きつく。
凄いなあいつ。お姉さんがオープンな性格をしているとはいえ、距離感の詰め方が異常である。それでいて交流1日目で打ち解けているのだから恐ろしい。きっと、ああして何人もの男を毒牙にかけたのだろう。
神崎さんは俺の斜め後ろを歩いていた。客室に戻るまでの僅かな時間だが、これは話しかけるチャンスだ。歩く速度を落として横に並び、当たり障りのない会話から始めてみる。
「ご飯美味しかったね」
「はい」
「ザ和食って感じで味も落ち着いてたし」
「そうですね」
「朝食はバイキングらしいよ」
「そうなんですね」
「明日の温泉巡りも楽しみだね」
「そうですね」
「…………」
話題の振り方が下手なだけだと思うが、ロボットみたいな返答だ。恋愛会話術の本でも買って勉強するべきだったか。
「神崎さん、やっぱり怒ってる?」
会話の駆け引きなど恋愛初心者の俺には不可能だ。結局ストレートに聞くと、神崎さんは「へっ!?」と素っ頓狂な声を発してから、
「怒ってません! 全然、まったく、これっぽっちも怒ってないです!」
両手を振りながらそう否定した。そのまま早足になって俺を追い越し、前のふたりに並ぶ。怒ってないならそんな態度を取らなくても……。
「あの……」
前を行く神崎さんが、一瞬だけ肩越しに振り返る。そして上目遣いに一言、
「本当に、怒ってないですからね……?」
小さく唇を動かして、すぐに前へと向き直った。
え……。ちょっと待って。なに今の。
めっちゃ可愛いかったんだけど!
怒ってばかりだったのに、急にデレるなんて卑怯だ。
「――なにボケッと突っ立ってるの? 置いてくよー」
かなり離れたところでお姉さんが手を振っている。俺は駆け足で3人に追いついた。
飯の間に従業員が来たのだろう、客室に戻ると4人分の布団が畳の上に敷かれていた。時刻は19時を回っており、窓の外には夜の帳が下りていた。
「私ここー」
真ん中の布団にダイブしたサキは、マーキングするように枕に頬を擦りつけた。神崎さんも真ん中の布団に居を構えたので、すかさず俺は神崎さんの隣、端っこの布団に腰を下ろす。お姉さんの寝床は、消去法で俺とは反対側の布団になる。
――良し。神崎さんの隣を陣取りながら、サキとお姉さんの隣を回避するという完璧な配置だ。このふたりが隣にいては安眠など夢のまた夢だからな。
とはいえ、俺はまだ入浴を済ませていない。就寝にはちと早い。
座って早々になんだが、すぐに立ち上がった。
「風呂入ってきます。ここは俺のですからね」
枕を叩いて一応強調しておく。戻ってきたら俺の寝床が真ん中になっているという可能性だって捨て切れない。
「誰も取りゃしないって」
お姉さんは肩を竦めた。あんたと幼馴染が信用ならないから言っているのに。
替えの下着を鞄から取り出し、貴重品と一緒に持ち運び用のトートバッグにまとめる。準備完了。
「じゃあ行ってくるね」
少しでも関わろうという俺の苦し紛れの一言に、しかし神崎さんは小さく「はい」と返事をくれた。
やった!
と胸が弾んだのも束の間、
「デカチンポくんのデカチンポを他の男たちに見せつけてやれー!」
「女風呂覗いちゃ駄目だからねー」
外野からの野次で心が重くなる。いい雰囲気だったのに台無しだ。
「見せつけませんし、覗かねえよ……」
声を潜めて返し、肩を落としながら俺は部屋を出た。