【2巻11/14発売!】ずっと好きだった幼馴染にフられて始まる淫らに一途なハーレム生活 作:花染彩葉@幼馴染ハーレム2巻発売中!
第26話『新生活』
雑然としたワンルームの部屋で、俺とサキはさながら窮鼠のようにベッドを背後にして立ち尽くしていた。
眼前に仁王立ちするのは金髪の男。ホストでもやっていそうな襟足の長い髪に、彫りの深い整った顔立ち。長身で筋肉質な体をした、誰がどう見ても高身長イケメンと判断するであろう男だ。
そいつは俺とサキに向かって、ひどくシリアスにこう命じた。
「早く服を脱げ」
「……マジで言ってるんですか?」
否定の意を込めて聞き返す。
「当然だ。名誉を傷つけられたまま引き下がれるはずないだろ。さあ、俺の目の前でセックスするんだ」
困惑する俺に、金髪は急かすように顎を突き出す。サキはサキで、俺の隣ですでに脱衣を始めていた。
どうやら逃げ道はないらしい。
――エミちゃん、どうか俺を助けてくれ……。
心の中で神頼みするが、この場に愛しの彼女の姿はない。一体どうしてこんな状況になってしまったのか。事の発端は1週間前まで遡ることになる。
*
全テストが終了し、大学生活初めての春休みに突入する。それと同時に俺は、人生初めてのアルバイトを始めた。
大学と自宅を結ぶ駅の区間にある個人経営の喫茶店。
学業を疎かにしないことを絶対条件に社会経験という名目で父を説得し、めでたく働くことが決定したのである。エミちゃんと遊ぶお金が欲しいというのが一番の理由だったが、きっとこの経験も将来の役に立つはず。
入って1週間のひよっこなので、今のところは簡単な接客と清掃が主な仕事だ。注文を聞いたり、配膳をしたり、一言でいうなら雑用係といったところか。お客さんの口に入るものを扱うのは、雑用を完璧に覚えてからになりそうだった。
「――峰川くん」
レトロな雰囲気に包まれた店内、カウンターの奥から聞こえたその声に、俺はパッと振り返る。
「ナポリタン、3番テーブルによろしくね」
声の主はひとつ年上の先輩――姫野キョウカさんだ。アッシュブラウンの長い髪をうなじのところで一本に結び、前髪を斜めに流している。垂れ目と間延びした声が特徴的で、どこかダウナーな印象を抱かせる女性だ。
俺が着ているのと同じ緑色のカフェエプロンを私服の上に通し、キョウカ先輩は調理を担当していた。
――了解です。
と、唾が飛ばないように心の中で返事をして、カウンターに乗った鉄板焼きのナポリタンを受け取る。木の部分を持ち、鉄の部分に触れないよう、そっと目的のテーブルへと届けていく。
「すいませーん、オーダーお願いしまーす」
「あっ、はい! 少々お待ちを!」
料理を運ぶや否や、別のテーブルから店員を呼ぶ声が聞こえ、その対応に当たる。土曜のランチタイムは特に忙しく、俺は仕事が終わるまで、ほとんど立ち止まる暇もなく店内を駆け回っていた。
お客さんの出入りが落ち着いたのは、時計の針が14時を回った頃だった。ちょうどシフトが切り替わる時間帯だ。
「ぐはぁっ……疲れた……」
深く息を吐いて、スタッフルームのパイプ椅子に腰を下ろす。背もたれに体を倒すと、どっと全身に疲れが押し寄せてきた。
同じく仕事を終えたキョウカ先輩が前方の椅子に座る。
「平日とは比べ物にならないでしょ? ウチの店」
「想像以上でした……」
休日に入ったのは今日が初めてで、客入りの違いに度肝を抜かれたというのが正直な感想だ。
「まっ、君は覚えが早い方だからすぐに慣れるよ」
「キョウカ先輩の教え方が上手いおかげですね」
お互い笑顔で会話を交わす。
キョウカ先輩は大学にも専門にも通っておらず、今はフリーターとして暮らしているらしい。進学しないなら就職するのが世の常で、初日の自己紹介で素性を語られた俺は当然『なぜ?』という疑問を抱いたわけだが、さすがに出会って間もない相手にそんな踏み込んだ話など聞けるはずもない。
フリーターなキョウカ先輩と、春休みになって時間を持て余している俺はシフトがよく重なり、この1週間はなにかと彼女から教わる機会が多かった。
ダウナー気質でのんびりとしているが、キョウカ先輩は後輩想いの優しい人だ。仕事はこれから徐々にマスターしていくとして、人間関係の方はいい人ばかりで一安心である。
「峰川くんはさぁ、今ってひとり暮らしなの?」
急にそんな話題を振られる。俺は倒していた体を前に起こした。
「いえ、実家暮らしですよ。大学が家から通える距離なので」
「私は4月からひとり暮らし始めるんだ」
話題を振ってきた意図を漠然と悟る。新しく始めることを誰かに話したい、その気持ちは理解に難くなかった。
俺だって中学や高校の頃の友人に会ったら、彼女ができたことを明かすために『お前って今付き合ってる子いるの?』とか聞いてしまうかもしれない。
要は、自分語りありきの質問というやつだ。
ただ、ひとり暮らし云々の話題が出ると、実家住まいの俺はやや肩身が狭い。悪いことをしているわけではないのに、なぜか罪悪感に苛まれてしまう。いや、劣等感だろうか。
そんな内心を気取られないように、俺は平静を装って「偉いですね」と応じた。
「でしょー。2年バイト頑張って初期費用とか諸々貯めたんだ。家賃は自転車操業になりそうだけど、なんだか大人の階段を一歩登ったって感じ」
「偉いですね。全部自分でやるなんて」
ひとつ年上とはいえ、キョウカ先輩はまだ20歳だ。成人になったばかりの人が親の支援もなしにそこまで身の回りの生活を固めるのは素直にすごいと思う。
労働経験1週間のぺーぺーだが、お金を稼ぐ大変さを知るとより一層にその感覚は重みを増す。
親の金で大学に行き、親の金で遊んでいた俺からすれば、キョウカ先輩は雲の上の存在に見えた。まさに大人の階段だ。
「家事とかも自分でやるんですよね? 俺はその辺ダルいなーって感じで親に頼りっぱなしなんで」
「うわぁ、ダメ男一直線」
率直に毒づかれ、ぐさりと言葉の矢が突き刺さる。距離が縮まった証拠なのだろうが、予期せぬ罵倒は心臓に悪い。
「まっ、そんな私も親の反対押し切って半ば無理やり承諾してもらった形だけどね。昔から憧れてたんだー、ひとり暮らし」
たしかに、人生一度は抱く憧れのひとつかもしれない。誰からも邪魔されず、誰とも私財を共有しない生活は、身軽なことこの上ないだろう。
しかしキョウカ先輩は、自分の言葉を皮肉るように自嘲気味に鼻を鳴らした。
「でもこういうのって、実際にやってみると期待ほど華々しいものではなかったりするよね」
「ああ。少しわかるかもです」
そういう体験は世の中にありふれている気がする。理想と現実のギャップというやつ。
「あるあるといえば、あるあるですしね。欲しかったゲームをようやく買ったら、思っていたほど面白くなかったみたいな」
うんうんとキョウカ先輩は頷いた。
「ファッションモデルが着てた服を買ったら自分には全然似合わなかった、みたいな」
「ですねぇ」
話の流れで共感するが、服はネットのランキングから適当に買っているため、俺は特定の個人を参考にしたことはなかった。
「たださ、一度望んじゃったら、一度は手にしないと一生モヤモヤが残るのも事実だよね。他人が持ってるモノを自分が持っていないことほど、惨めなことってこの世にないわけだし」
憂いに染まった顔を頬杖に預けて、キョウカ先輩は流し目で虚空を見据える。その表情はゾッとするほど冷たくて、同時に、霧の中に咲いた花のように儚げな美しさをまとっていた。
……なんてな。美人だと思うが、俺にはエミちゃんという最愛の彼女がいる。自重しないと彼女に嫌われてしまう。
キョウカ先輩の話を軽く受け流すように、俺は苦笑した。
「隣の芝生は青く見える、ってやつですか」
「そそ。私の座右の銘だね」
あんまりポジティブなイメージのある言葉じゃないが、そんなものを座右の銘にして大丈夫なのだろうか。
「――んっ」
ポケットに入ったスマホが震え、そこで思考が中断される。取り出して画面を確認してみると、サキからメッセージが届いていた。
『バイト終わったあと会えない? 神崎さんも込みで話したいことがあって』
という文面に加え、土下座のスタンプが送られている。エミちゃん込みで話したいこと?
なんだろう。まるで見当はつかないが、このあと予定があるわけでもない。断る理由はなかった。
OKの返事を送る。既読はすぐについて、『なら駅前のファミレスに16時集合! 神崎さんには連絡済みだから!』と返信が来る。
俺は伸びをしながら席を立った。
「そろそろ上がりますね」
「お疲れ様。また次のシフトで」
「はい。お疲れ様です」
キョウカ先輩と別れの言葉を交わし、俺は帰り支度を整えた。