【2巻11/14発売!】ずっと好きだった幼馴染にフられて始まる淫らに一途なハーレム生活 作:花染彩葉@幼馴染ハーレム2巻発売中!
ファミレスのドアを開けると、印象的なシルエットが意識に飛び込んだ。
小作りな顔に、毛先が内側にカールした黒髪のボブカット。ふわふわのセーターに身を包み、彼女は窓際のボックス席に座ってスマホに目を落としていた。
集合時刻の10分前だというのに、テーブルの上には氷が溶けたアイスティーのグラスと、食べかけのチーズケーキが乗った皿が置かれている。
「相変わらず時間に律儀だね」
近づきながら声をかけると、エミちゃんはくすりと微笑んだ。
「サキさんから誘いが来たとき、たまたま駅前にいたので」
「そうなの?」
立ち話は他のお客さんの迷惑になりかねない。問い返しながら、向かいの席に腰を下ろす。
「カラオケに行ってたんです」
「ひとりで……?」
馬鹿にする意図はないものの、思わず聞き返してしまう。エミちゃんは「ええ」と応じて、テーブルの上にスマホを置いた。
「以前なにかの間違いでサキさんとの勝負に負けてしまったでしょう? あれから暇を見つけては歌の練習してるんです。雪辱のときは近いですよ」
3ヶ月も前の出来事なのに、エミちゃんは未だにあの敗北を引きずっているらしい。垣間見えた負けず嫌いな一面に、なんだかほっこりした気持ちになる。
「根に持つなあ」
「あら、今さらですか?」
たしかに今さらと言われればその通りだ。温泉旅行のときも、仲直りするまでは、言動のひとつひとつに棘が潜んでいた。エミちゃんの逆鱗に触れぬよう、細心の注意を払ってお付き合いしなければ。
「じゃあ、そのときは俺も呼んでよ。エミちゃんの歌、また聴きたいし」
「嫌と言っても来てもらいますよ。大切な証人ですから」
どんな歌が聴けるのか、今から楽しみである。
広げられたメニューを眺め、注文を決めてから呼び出しボタンを押す。オーダーを聞きに来た店員に、ドリンクバーとドリアを頼んだ。
「結構がっつりめなの食べますね」
「昼飯、菓子パンしか食べてなかったから腹減っちゃって。飲み物取ってくるよ」
席を立ち、ドリンクバーでホットのコーヒーを淹れてから再びテーブルに着く。カップの中身を見たエミちゃんが不思議そうに首を傾げた。
「コーヒーですか」
「最近はまってるんだよね」
カフェオレとかコーヒー牛乳とか、甘味と混ざったコーヒーはこれまでもよく飲んでいたが、コーヒー本来を味わうようになったのはバイトを始めてからのことだ。
「バイト先でずっとコーヒーの匂い嗅ぎっぱなしだから。どんなものなのか気になって一回ブラックで飲んでみたら、これが案外美味しくて」
へえ、と軽く受け流すエミちゃんだが、突然その眼差しに鋭さが宿った。
「――で、いつになったらそのバイト先に私たちを誘ってくれるんですか? リョウタくんが働いてるところ、早く見たいんですけど」
「ああ……」
目を反らし、俺は曖昧な返事を口にする。
バイトを始めてからこの1週間、エミちゃんやお姉さんは俺の働く姿を見ようと事あるごとに口実を設けては店に来ようとしている。
だが俺は、始めたばかりの拙い姿を見せたくないという見栄から、それをどうにか断り続けていた。
「あと少しで仕事に慣れそうだから、そのあとでね」
もうっ、とエミちゃんは唇を尖らせる。
「変なところで意地っ張りなんですから。あたふたしてるリョウタくんを見ても、私は嫌いになったりしないのに」
「男の見栄っていうか……」
「リョウタくんはあれですね。ブランド品に溺れるタイプ」
「そんなことないと思うけど」
「まあ、無理にとは言いません。楽しみに待ってますから」
冷静に考えると、お店に来るのは客の自由なのだから俺が制止できる立場ではない。それでも意思を汲み取ってくれる辺り、エミちゃんは本当にいい彼女だと思う。
コーヒーを一口含み、ゆっくりと喉を潤す。
「…………」
味を批評できるほどの舌があるわけではないが、店長が淹れてくれたコーヒーの方が断然美味い。まあ、豆から挽いているコーヒーと、ドリンクバーのそれを比べること自体、無粋な話なのかもしれないが。
「それにしてもサキさん、急に話したいことがあるってなんでしょうね。リョウタくんはなにか聞いてます?」
首を横に振る。どうやらエミちゃんも内容は把握していないようだ。
「サキさんのことですからね。ろくなことじゃなさそうです」
「同感」
それから程なくしてドリアが運ばれる。会話を楽しみながら半分ほど平らげた頃、エミちゃんが急に「あっ」と声を上げた。
入口の方を真っ直ぐ見ているので、俺も振り返る。そこには見慣れた人物が立っていた。
季節外れのミニスカートから覗く素脚と、タートルネックを身に着けた上半身。一本にまとめた茶色の髪を、肩から前に流している。
見紛うはずもない。サキである。
「――峰くん!」
俺の姿を捉えて華やかな笑顔になるサキだったが、次の瞬間その笑みは悲嘆に歪み、
「お願い! 私の彼氏になってえ~!」
人目も憚らず、サキは大声で叫びながら俺たちのテーブルへと詰め寄った。
彼氏?
「サキさんサキさん。いきなり現れてなに言ってるんですか?」
エミちゃんが低い声で問い質す。微笑を湛えながらも、その瞳には怒気がチラついていた。
「リョウタくんの彼女は私ですよ。あなたはただの側室です」
側室って……。
いやまあ、当たらずといえども遠からずだけど。
「ち、違うの! 神崎さんの敵になるつもりはなくて! とにかく事情を説明させて!」
エミちゃんの剣幕にたたらを踏み、サキは慌てた様子で俺の隣に座ろうとする。
「なんでリョウタくんの隣に座るんですか? 私の隣が空いてますよ」
「めんどくさいなあ! この程度でいちいち妬かないでよ!」
釘を刺され、サキは向かいの席に収まった。
「まずは注文っと……」
早速メニューを手に取り、サキは呼び出しボタンをプッシュ。選んでから呼べばいいものを、一連の動作は慌ただしく行われた。訪れた店員にドリンクバーとグリルソーセージを頼むと、サキは席を立った。
「ジュース取ってくるね~」
ドリンクバーに向かっていくサキを横目に、エミちゃんがため息を落とす。
「いいですか、リョウタくん。サキさんがなにを企んでるのか知りませんが、自分が誰の彼氏なのかしっかりと自覚してくださいね。本気の浮気は許しませんよ」
じーっと凝視される。焦りを滲ませる表情がなんとも可愛いらしい。
「わかってるわかってる」
「ならいいですけど……」
そんなやり取りをしている間に、サキがカルピスを片手にテーブルへと戻ってくる。
一口飲んでから、「実はね」とサキが切り出す。
「ここ最近、付き合ってた男にSNSで付きまとわれてて」
「付き合ってた男……?」
聞き捨てならず、反射的に問いかける。
「うん。峰くんに告白される1ヶ月ぐらい前かな? 1週間で別れたけど」
告白したときの俺は、サキには交際経験がないものだと思い込んでいた。その後、ウリをやっていたというエミちゃんの暴露により遊び人だと知ったわけだが、今の話を聞く限り恋人がいたこともあるらしい。
「知らなかったよ……」
とことん俺はサキの上辺しか見ていなかったのだと、滑稽な気分にさせられる。
「アプリで知り合った男だもん。大学の人でも中高の同級生とかでもないし、知ってたら逆にキモい」
俺への気遣いで言っているのではなく、ただ思ったことを口にしている様子のサキ。終わった話なので、深く考えないようにする。
そこでエミちゃんが口を挟んだ。
「それって、旅行のときにお風呂で言ってた人のことですか?」
「あー、違う違う。あれとは別件」
「サキさん、どれだけの人とドラマを繰り広げてるんですか……」
エミちゃんが呆れたように肩を落とす。
一体なんの話だろうか。少し気になったが、それを聞く前にサキは「とにかく」と言って話を進めた。
「そいつにSNSで粘着されてて困ってるのよ。私のプロフィールを画像検索にでもかけたのか知らないけど、アカウントまで特定されちゃって」
SNSで粘着ねえ……。
正直ピンと来ない。ネット上の話ならブロックして解決ではないだろうか。
「ブロックすればいいだろ」
アカウントだけ作って投稿は一切しない俺でも、それぐらいのことはわかる。俺のその的確なアドバイスを、しかしサキは小馬鹿にするように一蹴した。
「甘いなあ、峰くんは。ブロックしても、こういう輩は別のアカウントでしつこく送ってくんのよ。いわゆるネットストーカーってやつね」
俺をストーカーしていたサキがどの口でストーカーを迷惑がるのか、という皮肉は飲み込むことにした。事実、女が男をストーカーするのと、男が女をストーカーするのとでは危険性が全く異なる。
「で? それがさっきの告白とどう繋がるんだよ。あっ、まさか……」
嫌な予感を口にしかける俺に、サキが朗らかに言葉を重ねる。
「そう、そのまさか! いい加減鬱陶しかったから、つい彼氏がいるって嘘ついちゃった。そしたら会わせろって!」
額に手のひらを当て、頭痛を紛らわせるように眉間を押さえる。
つまりアレか。俺が彼氏のフリをして、そのネットストーカーを説得しろと。……冗談じゃない。
「やだよ! 男遊びのツケが回ってきたんだろ? 尻拭いを俺に押しつけないでくれ」
もちろん断ると、サキは狂気じみた形相で声を裏返した。
「そんなあぁぁぁぁっ……ッ! 幼馴染の頼みを断るっていうのっ!?」
「前々から思ってたんだけど、お前、幼馴染って言葉を魔法の言葉かなにかと勘違いしてないか」
「一日だけでいいから! 一生のお願いだから!」
「断る」
腕を組み、俺は断固たる姿勢を示す。こういうのはちゃんと否定しないと、なし崩し的に押し通されてしまうから。
大体フリとはいえ、俺がサキの彼氏役を演じることをエミちゃんが承諾するとは思えない。
「エミちゃんからも言ってやってよ。リョウタくんは私の彼氏ですって」
二対一の構図を作るべく、エミちゃんに助け舟を求める。その結果は、俺の思惑とは真逆のものになった。
「許可します」
「え……?」
「自分の彼氏が、別の女性の彼氏役をやる。それはなんというか、背徳感がすごそうです。……正直興奮します」
「…………」
そうだった……この子、ちょっと変な女の子なんだった……。
両手を胸の前で重ね、エミちゃんは心ここに在らずといった様子で目をキラキラさせている。
ひょっとして寝取られ願望でもあるのだろうか。というか、それ以上にヤバい性癖を抱えていそうな疑いがある。サキやお姉さんとの肉体関係を容認した時点で、それは薄々感じていたことだが。
「ほらほら! 神崎さんも乗り気なら断る理由ないでしょ!?」
追い打ちをかけるようなサキの言葉と、期待に満ちたエミちゃんの表情に逃れられないことを悟る。俺は観念して深く息を吐いた。
「……わかったよ。ただ、あんまり期待しないでくれよ」
俺に彼氏役が務まるかどうか。強面の男が現れたりしたら自信はない。
サキの元カレか……事情は別にして、顔は気になるところだ。
「その男の写真とかないのか?」
「あるよ」
良かった。事前に顔を知っておけるなら心構えもつく。
全員に見えるように、サキはテーブルの上にスマホを置いた。
「これ」
金髪の男が自撮りしている写真が画面に映し出される。かなりのイケメンだ。
「わあっ。イケメンですね」
エミちゃんが漏らした感嘆の声に、俺の眉は自然と寄ってしまった。それを目敏く捉えた小悪魔から、しめたとばかりにねっとりとした視線を向けられる。
「ジェラシーですか? 嬉しいですねぇ」
さてはわざと俺が妬くような台詞を口にしたな……。
この子は本当に……まあ、イケメンなのは俺も同意だけど。
「そいつ何歳なんだよ? 見た感じ歳は近そうだけど」
「私たちと同年代だよ。美容学校に通ってるとか言ってたかな」
「ふうん」
年上の男じゃないだけまだマシ……、か?
しかしこんな金髪イケメンを相手に、俺がサキの彼氏役を演じなければいけないのか……。
気が滅入るどころの話じゃない。
「日程は峰くんに合わせるよ! 都合がいい日を教えて」
「来週の土曜とかなら一日空いてるけど……」
「おっけー。その人の最寄りがそこの駅だから、場所はこのファミレスでいいよね?」
一応頷くが、やはり気は乗らない。そんな俺とは対照的に、エミちゃんはいつにも増してはしゃいでいた。
「私もこっそりついて行きますっ! こんな面白そうなイベント、直に見物しないわけにはいきませんから!」
そうして俺の意思とは無関係に、次の土曜日にサキの彼氏役をすることが決定づけられてしまう。
冷めた視線を宙に彷徨わせながらドリアを口に運ぶ。するりと喉を通ったそれは、どこか味気なく感じられた。