性義?そこに無ければ…あっ、あるみたいです 作:うにうにうにう。
時系列的には最終編終わってしばらく経ってるころだと思う。
太陽の陽気が心地良い朝、見慣れた後ろ姿が見えた。
今日も今日とて、金色のポニーテールをふわふわと揺らしながら歩いている。
「スズラン〜、おはよーっす」
「アッ、オハヨッスッス」
ぎこちない挨拶が返ってきたと思えば、そのまま駆け足でどこかへ行ってしまった。
「……?」
別にこの後すぐ委員会で会うのに。
普段から様子がおかしい時はままあるが、いつもの具合とは少し違う気がした。
委員会の教室で話しかけた時も。
「スズラン、今日の外回りなんすけど」
「アッ、ボク、一年の訓練、お手伝い」
「あれ、そうでしたっけ?」
「ソウダヨッ」
そう言うと走ってどこかへ去ってしまった。
確かにスズランと一緒に一年の訓練を見る予定はあったはずだが…
念の為、スマホのスケジュール帳を開いて日程を確認する。
「……明後日、っすね…」
結局1人で外回りを終わらせ、午前の業務を終えた。
昼休憩中にもスズランを探して話しかけたがやはり様子がおかしい。
「スズラン〜、後で買い物行かないっすか?」
「ひ、ヒフミちゃんとウェーブキャットする予定だからっ!」
スズランはそう言うと、窓から飛び降りて中庭を駆けて行った。
ちなみにここは5階だ。
「……ウェーブキャットするってなんなんすかね?」
金色の髪を靡かせながら正門とは逆方向に走るスズランを見ながら、開けっぱなしにされた窓を閉める。
明らかにスズランの様子がおかしい。
いつものようにトンチキなダジャレを言うならまだしも、応答がぎこちなかったり、スケジュールを間違えたり、訳のわからない事を言って飛び降りたり。まるで私を避けているような……仲良くなったと思っていたばかりに、結構傷つく。
「あの〜、スズラン?私なんかしちゃいましたっけ…」
「アッ、いや、その……ご、ごめんっ!」
放課後になって、なんとかスズランを見つけ出して声をかけるも、スズランは私にウェーブキャットの抱き枕を押し付けて逃げ去ってしまった。相変わらず足が速い。
「あっ、ちょっと!……どうして、私のこと避けるんすか……」
湧いてくるのは悲しみと不安、そして苛立ち。
スズランに何かしてしまったんじゃないか、何か嫌われることをしたんじゃないか。そう思うと同時に、前は少しウザいほどこっちに構ってきたくせに顔すら真っ直ぐ見せず、理由も話さずに逃げるスズランに苛立ちを覚える。
「チッ…」
こうなったら絶対逃げられない状態で話を聞いてやる。
ひとまずは普段通りに過ごし、夜も更けたころ。寮の消灯時間の少し前にスズランの部屋の前にやってきた。
これで窓から飛び出して逃げられたら、いよいよ手段を選んでいられなくなりそうだ。
息を軽く吐いて、扉をノックする。
「はーい、今出まー…」
「スーズーラーン」
…案の定、目が合った瞬間に扉を閉められてしまった。
押してダメならなんとやら、ちょっとだけスズランの良心を利用させてもらおう。
「……スズラン、私のこと嫌いに…なったんすか?」
なるべく悲しそうな声でそう言うと、中からガタッと音がした。
大方、動揺して翼をどこかにぶつけたのだと思う。
「せめて、理由を聞かせて欲しいっす。そしたら、もう……近寄らないようにするんで」
答えは返ってこない。今頃どうしようか必死に考えてる最中っすかね…ならもう一押し。
「……今日も追いかけ回して、ウザかったっすよね。あはは……あー…先輩に頼んで、明日からシフトも被らないようにするんで、安心してほしいっす。それじゃあ、私はこれで……」
その場で足踏みをして、足音を出す。
本当に私が嫌いになったんじゃなければ、直ぐにでも飛び出して──
「ま、待って!!」
「捕まえたっ」
部屋着姿で出てきたスズランの手首を掴んで、そのまま担ぎ上げる。
髪を下ろしてる姿はなんだか新鮮だ。
「はぇ…?え?あっ、は、謀ったなぁ!?」
「はいはい、もう夜なんで静かにしましょうね〜。部屋の中お邪魔するっすよ」
担がれたままポコポコと背中を叩くスズランを窘めながら部屋に入り、鍵を閉める。ほんのりコーヒー豆の香りがする部屋は、ベッドに抱き枕やぬいぐるみが規則的に並べられている以外は意外と殺風景だ。
「はーなーしーてー!」
「逃げないって約束するんならいいっすよ」
「うっ……う〜ん…に、逃げない。もう夜だし、外寒いし」
「もし嘘だったら部屋に紅茶の香水ブチ撒けるっすよ」
「鬼!悪魔!茶会事件!絶対逃げないからやめてください」
スズランを肩から下ろすと、スズランはこちらを見ることなくベッドに近寄り、ペロロのぬいぐるみで顔を隠して向き直った。
「…別にイチカのこと嫌いになったわけじゃないペロ」
「じゃあ尚更なんでなんすか?」
ぬいぐるみを剥ぎ取ってベッドに放り投げると、今度はウェーブキャットの抱き枕で顔を隠していた。
「……い、言いたく、ないニャン」
「いや、こっちとしても理由がわからないと困るんすけど」
それを奪い取って小脇に抱えると、ほんのり頬を赤らめたスズランの顔が見えた。何を恥ずかしがっているのか、こちらには目を合わせてくれない。
「ほ、ほんとに……言わなきゃ、ダメ…?もう避けたりしないから…」
「ダメ。あんな露骨に避けられて、結構傷ついたんすからね。言わなきゃ出ていかないっすよ」
「えっ、お泊まり?」
「なんで自分が言わない前提で話進めるんすかね」
話を逸らそうとするスズランにため息が出そうになる。昨日までは普通だったのに、一体全体なにがどうなってこんな風になってしまったのか。
「まったく、どうしちゃったんすか?もうあなたの奇行にも慣れたつもりだったんすけど、ここまでとなると心配になってくるっす…」
「ご、ごめん……その…………絶対、引かない…?」
「…………いっ、イチカに…その、えっちなこと、される…夢、見て……」
「…………はい?」
「だっ、だからぁ!夢で、そのっ、イチカに…えっちな、こと…されて……顔見るの、恥ずかしくて…」
口元を手で隠して真っ赤にした顔を背けるスズラン。
それでいてこちらの反応が気になるのか、ちらちらと伏し目がちに視線を送ってくる。いっそのことベッドにでも潜ってしまえばいいのに、変なところで誠実というかなんというか。
「へぇ…ふーん……」
わざとやってるのかと思うほどその仕草はいじらしく、鳩尾のあたりがゾクゾクする。
日中の仕返しも兼ねて、悪戯心が湧いた。
「どんなことしたんすか?夢の中で、私と」
スズランに迫り、壁際に追い詰める。
「い、イチカ、近いってぇ…」
「教えてくださいよ。どんな、えっちなこと、したんすか?」
スズランの顔の横に手を付き、もう片方の手で顎を軽く持ち上げ目線を合わせさせる。
恥ずかしさでしどろもどろになるスズランの顔をニヤニヤしながら覗き込んでいると、きゅっと目を瞑ったスズランの顔が近づき、唇に柔らかくしっとりしたものが触れた。
「…こんな、感じ……」
……まさか、実演されるとは思っていなかった。
普段の天真爛漫な様子はどこへ行ったのか、顔を真っ赤にして胸の前で手を握る様はまるで恋する乙女のようだった。トロンとした目で遠慮がちにこちらを見るスズランが、どうしようもなく愛おしい。
「そんなことされたら、その気になるっすよ…」
「……うん」
意外にもスズランはイチカの背中に手を回して、自分から求めるように顔を近づけてきた。そのあまりのいじらしさにイチカは衝動的にスズランを抱き寄せ、その薄桃色の唇に、唇を重ねた。
唇と唇を合わせるだけの優しいキスが続く。
イチカは恐る恐るといった様子で、遠慮がちにキスを重ねる。
「イチカ……もっと、ちゅー…んっ、はぁ…」
スズランがイチカの首に腕を回して、唇を喰む。
ちゅうう♡と淫靡な音が静かな部屋に響き、スズランはイチカに足を絡ませて続きを求める。
親友と呼べる存在とこんなことをしているのは倒錯的な気がしてくるが、キヴォトスでは聞かない話ではない。ただ、スズランはそういった印象とは真逆の純粋な子だから、こんな関係になるなんて思わなかったし、こんなに積極的だなんて思いもしなかった。
だからと言って嫌というわけではなく、この子はノリと勢いで行動する癖に普段は聡明だから、その線引きがわかりにくくて、どこまでシていいのかとか、雰囲気に流されただけなんじゃないかとか、本当は全部計算尽くなんじゃないかとか、余計な思考が頭をよぎってしまう。
「んっ♡ちゅうっ…♡ふぅっ、はぁ…♡」
時々漏れ出るスズランの吐息はどんどん熱を帯びていき、冷静さも失われていってるように見える。
スズランを少し落ち着かせようとして頭を撫でると、舌が唇を押し退けて、次に歯を押し退けようと口の中に侵入してきた。驚いてスズランから顔を離すと、だらしなく口を開けたままのスズランが寂しそうに、その小さな口を閉じた。
名残惜しさは感じつつも、自分から引いた手前もう一度とは言い出しにくく、スズランの腰に回した腕を緩めた。
スズランはイチカから離れることなく、支えを求めるようにイチカの胸元に顔をうずめて、しなだれかかる。
「ふわふわ、する……好き…」
キスするのが好きなのか、それとも私のことが好きなのか判断がつかなかったが、それはイチカも同じだった。好きという感情は湧き出てくるが、キスに対してなのかスズランに対してなのか、熱を帯びた頭では判断がつかない。
「私も、好きっす…」
口から勝手に言葉が転び出ていた。その好きがどっちの好きなのか、今は自分でもわからない。
スズランの背中をさすりながら、スズランが落ち着くのを待った。お互いの吐息と、チクタクと針を進める時計の音が、かろうじて静寂を打ち消している。
だんだん頭が冷静になってきたが、現実感が薄い。だって、あのスズランだ。いつも隣でニコニコしていて、軽口叩き合って、一緒にダラダラして、私の本性を知っても変わらず接してくれる、感情豊かであたたかい友達。
そんな友達の朗らかな笑顔が、上気した頬に潤んだ瞳で私に縋る姿に上書きされかけている。
押し倒してしまえと本能は言うが、情動のままに動いてはならないと育てた理性がブレーキをかける。
大切だからこそ、今の関係が崩れてしまうのが怖い。割と手遅れかもしれないが、それでも一線を越えるのとはわけが違う。
そうして本能と理性の間で葛藤を続けていると、ふとスズランの吐息が浅く熱を帯びたものから、ゆっくりと規則正しいものになっているのに気がついた。
「…スズラン?」
軽く揺すってみても、声をかけてみても反応がない。まさかとは思うけど、寝てしまったのか?この状況で?
「おーい……起きないと、ホントにシちゃうっすよ〜……なーんて…」
やはり、反応はなく、規則正しく動く胸の感覚が返ってくるだけだ。
幸いと言うべきか、モモフレンズのぬいぐるみが並べられたベッドはすぐ横だった。
スズランを寝かせて、今日のところは帰って明日の自分に任せようと思ったものの、スズランが離してくれない。
離してくれないのだから仕方ないことだと言い聞かせ、スズランと抱き合ったままゆっくりとベッドに転がる。前に抱き枕がないと寝れないと言っていたけど、自分がその代わりなるなんて思わなかった。
自分の腕の中にいるスズランは、純真そうな可愛らしい顔で寝息を立てている。いつものスズランのイメージそのもので、安心感を覚えると同時に、自分はさっきまでナニを考えていたんだと自己嫌悪に陥る。
ため息が溢れた。
スズランの頭を撫でて、長い髪に手櫛を通す。何度か繰り返すと、スズランの背中に手を回して目を閉じた。スズランの匂いと、人肌の温かさがどうにも眠気を誘う。どうして人の体温というのはこんなにも心地良いのだろう。
「…意気地無し」
きっと聞き間違いだ。自分にとって都合が良すぎる。
でも、もし本当にスズランが発した言葉なら……なんて、そんなこと思うのも自分に都合良く考えてるだけか。
だって、あのスズランだ。
朝起きたら何もなかった風にしてるか、顔を赤くして慌てながら弁明するに違いない。「そんなつもりじゃなかったんだよぅ」と。
だから、聞き間違いでいい。本気で好きになったら、後悔するのはきっと私だから。
本当はノリノリのイチカにスズランが喰われる予定だったけどイチカっていざとなると関係を崩したくなくてヘタレそうだなって思ってこうなった。
モブちゃん食い漁ってるイチカも解釈違いではないけど、それなら本編でスズランと仲良くなるよりも前にスズランのこと狙って近寄ってきてそうだなと思ってこうなった。
スズランはちょっと誘えば夢みたいにノッてくれると思ってた。意気地なしはお前もだよ。