青年は、久しぶりに御坂美琴に連絡を取ってみることにした。
『いつもしてばかりだったろ。遊園地にでも行こう』
ちょうど、アルバイトの伝手でチケットが2枚手に入ったところだった。
『いいわね』と返事がある。『行けるか分からないけれど、多分行けると思う』
『話したいことがあるんだ』
『なに?』
『会ったときに話すよ』
『ん』
『待ってみるよ』
約束の日は数日後に決まった。
それだけのやりとりだった。
・・・♪・・・
学園都市の広大さと人口の多さで紛れているが、この街にも事件は起こる。普通に過ごしていても噂話や怪談、都市伝説の類には事欠かないし、神経異質に過ごせば、それらが実話だと耳にすることもある。
大抵の場合、そういった話は人知れず解決する。
というか、忘れ去られるといった方が近い。
噂話や怪談、都市伝説というのは日々アップデートされていく。関係者ならいざ知らず、部外者はいつも新しい話題に飛びつきがちだ。
その事件が誰によって解決されたのかなど知る由はない。
こんな話も荒唐無稽だ――たとえば、事件とあらば必ずといって良いほど、中心になるような男子高校生がいる――などと。
よっぽどの因縁か、執念があれば追いかける話ではない。
「おまえ、上条当麻だろう」
青年はつい呼びかけてしまった。
直後に反省したが、その様子を見せたくはなかった。
「そうだけど」
彼は女の子と一緒に歩いていた。印象には残りそうになかった。この都市にはおかしな格好の奴が多すぎるため、仮に変な装いをしていたとしても”ふつう”にカウントされてしまうからだ。それにどんな素性だろうと、彼には関係のない話だ。
「なんでおれの名前を知ってるんだ?」
彼は怪訝そうな表情で問いかけてくる。
「それなんだけどさ」青年は自分の髪を弄った。「聞いてたんだよな。髪型が似てるんだってさ。ツンツンの黒髪。おれの方が短いけど」
「聞いてたって、誰にだ?」
警戒。彼はそばの女の子を背中で隠す。
人混みの多い場所で良かった、と青年は思った。そうでなければ、興奮に叫んでいたところだった。
「――って名前、知ってるか?」青年は答えず、自分の言いたいこと言った。「おれの友人だ。ほとんど唯一のと言っても良い。アルバイトを紹介してくれたのも、金を工面してくれたのも、奴だ」
「聞いたことないな」
「だったら、そのままでいてくれ」
「――?」
「邪魔しないでやってくれってことだよ、ヒーロー」
「訳が、分からない」
「それでいい」
青年は踵を返した。
今日は服を買いに来ただけなのだ。就活用のスーツと、それからデート用の衣装と。
それだけだというのに、黒髪でツンツンの奴を見かける度に気にしてしまったのは、友人がいなくなったからだ。
”爆弾ではない”何かを作っていた彼が、学園都市から姿を消した。それは単に裏に逃げただけかもしれないし、青年がそうするかもしれないように、都市の外に就活でもしたのかもしれない。
『黒髪でツンツンの奴がいたら、挨拶しておいてくれ』それが彼からの最後のメッセージだった。
意味は分からなかったが、義理はあった。
友人は昔からそうなのだ。何かとトラブルに巻き込まれる。
だから、今回もそうだと踏んで、絡んで来そうな男子に声をかけた――それだけだった。
――十分、不審者だけどな。
青年はため息をつく。
――それにしても、ヒーロー、か。
この街には一体何人のヒーローがいるんだろう、と青年は思った。
確かに妙な事件は発生する場所だ。多発と言っても良いかもしれない。今もなお進行中のものが一体いくつあるのか、すでに解決されたものがどれだけあるのか、彼にはまるで分からない。
不審者から庇って、女の子の前に立ちはだかるのも含めれば、相当な数に上るのではないだろうか。
・・・♪・・・
「――さんですよね?」
遊園地前の広場に立っていた青年は、突然名前を呼ばれて振り返った。
遊園地の広場だった。
時計を見ると御坂美琴が来るまでには少し時間があった。
あの少年もこういう気分だったのかな、と思った。覚えがないのに呼び止められると、まるで自分が悪いことでもしたかのようだ。
黒髪ストレートの女子高生だった。白い花の髪飾りをつけている。
「佐天涙子と言います。御坂さんの友人です」
ああこの子が、と青年は思った。御坂は交友関係について深くは話さなかったから、名前を聞くのははじめてだった。
「伝言役で来ました。”行けなくなった、ごめん”だそうです」
あまりのことに、青年は少しの間、言葉を失った。
そこらで騒ぐ声が遠くに聞こえた。
「……メッセージでも送ってくれれば良いのに」とかろうじて言う。
「携帯が壊れちゃったらしいです」
「――そんなテンプレな」
そんなことが起こりうるのか? と青年は考えずにいられなかった。
納得しきれない彼に、見かねたのか、佐天は付け加える。
「実は御坂さん、今事件に巻き込まれているんです」
「事件? なんの? 大丈夫なのか」
矢継ぎ早に尋ねてしまうが、
「大丈夫ですよ」と断言されてしまう。「なんてったって、学園都市の第三位なんですから」
トドメの言葉だった。
学園都市の第三位。
この街の七人の上位、
今までずっと心の中に滞っていた壁が、今また見えた気がした。
御坂美琴は、大丈夫。
――そこにおれの力は必要ない。
「……なんの話だったんですか?」
野次馬だった。
「きみには、言わない」
「御坂さんが暗に話してたのって、あなたなんですね。楽しそうでしたよ」
本当か、と言う声は自分でも不気味なほどに平坦だった。
「それから、楽しそうでした」
胸が締めつけられるようになる。
「年齢の話をするつもりはありません。御坂さんの決めたことですから」責める口調ではなかった。「でも、あなたもどうなんだろうって思ってるなら、それはどうなんでしょうか。――いえ、これも年齢の話じゃなくて、ええと、あなたも今、何かに迷ってますよね?」
「……何の話だよ」
不貞腐れた言い方になってしまった。
彼女は人差し指を唇に当てて考える。
「ええと、ひとりの大人として?」
自分が大人? 青年は困惑した。
相対的に見れば、確かにそうかもしれない。しかし、まだ学生であることも確かだった。
彼を置いて、佐天は続ける。
「わたしは友人として、御坂さんには幸せになってほしいんです。ちゃんと考えてあげてください」
では、と言って、彼女は去ってしまう。
しばらく呆気に取られて、気がつくと遊園地の入場券を買っていた。こんにちの女子高生はみんなああなのか? ひとりでポップコーンをつまみながら、ぶらつく。何を見るでもない。人混みを避けるだけだ。
何かに迷っている、と彼女は言った。その通りだった。何に? 何もかもに、だ。御坂美琴と出会ってから、色んなことに疑問が湧いた。それらは解消されることはなく、彼はここまで頭の隅に押し除けながらやってきていた。
彼女の傷を通じて、色んなものが分からなくなった。
この街にはヒーローがいて、彼女はそいつに失恋した。おれは何をしていたのだろうか、とぼやく。観覧車は何も言わない。息苦しくなって、飛び出したくなった。窓に触れるが、開きそうになかった。
夕景の学園都市が揺れている。
燈がつきはじめるが、ここからではだいぶ遠い。