フェルシーは、犬である。名前はまだない(?)。
御主人様に呼び出しを受けた時は、犬耳のカチューシャと尻尾のアナルプラグ、それに首輪を付けて犬の真似事をされるのだと考えていた。しかし実際に理事長室に足を踏み入れてみると、御主人様に差し出されたのは、耳栓とラバースーツである。私は御主人様に見つめ返す。御主人様は無言で、にこにこと笑顔を浮かべるだけだった。
圧に押された私は、ラバースーツを受け取る。
想像していたよりも重量感がある。
両手に持ったラバースーツを呆然と眺める私の前に顔全体を覆うラバーマスクに加えて、口枷のようなものが足される。形状からして、口を開けっ放しにするものである事は分かる。気になるのは、開けた口に蓋のような何かを装着できる形状をしているという事だ。未だ、無言で見つめてくる御主人様。私に選択の余地なんてないのだと、諦観と情欲の狭間で制服のチャックを下ろす。
御主人様、赤毛で褐色の彼女は笑みを深めて「待ってください」と部屋の奥からバケツ入りの新しい道具を持って来た。
「行為中に催したら楽しめないですよね?」
中には、極太の浣腸器。フェルシーの吐息に熱が籠り、情欲を込めた瞳で御主人様を見つめる。
フェルシーは裸体を晒す。御主人様との誓いの首輪にリードを付けられた彼女は「お散歩です」と理事長室の外に誘導を受ける。フェルシーは躊躇した。安全の保証されたプライベートな空間の外に出る恐怖に身を竦ませる。誰かに裸を見られる事は勿論、変態趣味を知られる事は社会的な死を意味する。両親から親子の縁を切られるかも知れない。それ以上にグエル先輩に幻滅されるのは嫌だった。自分が変態だと万が一にも知られたくない。
故にフェルシーは、あと一歩の勇気が振り絞れない。
御主人様は、ただじっと自分のペットを見つめるだけだ。促しはしても、踏み外す決断は何時も自分に委ねられている。自分が決断しなければ、状況に変化はない。フェルシーは確信する。自分が拒絶すれば、御主人様は受け入れてくれる。だけど、それは、次がない事も意味していた。自分が道を踏み外せるのは、たぶん、人生で今、この瞬間だけだ。堕落への片道切符は、二度と手にする事が出来ない。
フェルシーは、妥協案を提示する。
先程、彼女に与えられた衣服の中には、彼女の身バレを防いでくれるものがある。
フェルシーは、御主人様に、縋るようにソレを手に取った。
「これを、付けさせて欲しいっす……です……」
ペットが手に取ったものを見て、スレッタは目を僅かに開いた後、にんまりと笑みを浮かべる。
「マジモンの変態さん、だったんですね」
顔全体を覆い隠すラバーマスクには当然、視界も塞がれている。
ラバーマスクはフェルシーの想像以上に肌を締め付けた。真っ暗な視界の中、鼻と口は解放されているので呼吸に不便はない。だけど耳がラバー素材で塞がれているので、音が遠く聞こえる。代わりに肌に撫でる空気の流れを感じて、フェルシーは身震いした。視覚と聴覚の制限を受けて、残る五感の感性が高まっているようだ。
しっかりとラバーマスクを装着した後、スレッタは後ろ手にしたペットの両手を手錠で拘束する。
少し不安げな、苦悶の喘ぎ声を零す彼女に口枷を嵌める。強制的に口を開いたままになる開口具。そして開口具の付属品である喉ディルド、スレッタはペットには何も語り掛けず、ゆっくりと挿し入れる。最初、フェルシーは困惑した。だけど受け入れる。従属欲の強い彼女は、誰かに支配される事に至福を感じる。故に決断を重い、与えられた選択に屈服する事に彼女は興奮する。選択した後で、自分は、変態だったんだ、と自問自答を繰り返す。想像していたよりも長く、ディルドを喉の奥まで差し込まれる。嗚咽を零す、生理的な拒絶反応。だけど自分は変態だからと受け入れる。自分のした選択で、勝手に転がり落ちるペットの姿は、スレッタから見れば滑稽だった。
口の端から涎を零し、身を強張らせながら懸命にディルドを咥える愚かな姿も、愛しく思える。
スレッタがフェルシーに向ける感情は愛玩動物である。スレッタは、愛犬を導くようにリードで軽く引っ張る。フェルシーは御主人様の合図を受けて、おずおずと部屋の外へ歩みを進める。二人の間に恋愛感情もなければ、純情な乙女心もない。あるのは主従、性欲で縛られた鎖が二人を繋いでいる。
トイレまで誘導する道中、フェルシーはラバー越しにコッコッという不穏な足音を耳にした。
だけどリードを握るスレッタが平静を保っていたので、フェルシーは大丈夫だと自分に言い聞かせた。いずれにせよ、視界を妨げられて、両手も拘束された状態では逃げるのも難しい。フェイスマスクの中でギュウッと目を閉じて、恐怖を堪えた。足音は、しなかった。気の所為だったのかも知れない。もしくは、方角が違ったのかも知れない。
フェルシーは、ホッと息を零す。
「まじでやってるじゃない、笑えるんだけど」
そんな呟きと一緒にパシャリという音が聞こえる。
錯乱と困惑、御主人様にリードで繋がれていた私は身動きが取れず、何度もシャッターを切られる音に頭の中が真っ白になる。「SNSにアップロードしといてあげる」と嘲笑する声と一緒にピロリンという電子音。暗闇の中、脳裏に巡る破滅の数々、人生の終わる音を耳にした気がした。
スレッタを信じていた、だけど裏切られた。最初から貶めるつもりだったのだと察した時、フェルシーは、それまで暗闇の中で感じていた恐怖が、堰を切ったかのように股下から小便を漏らした。チョロチョロと太腿を流れる温かい感触、強張った身体が弛緩し、パシャリと身震いする様子をカメラに収められる。
出し切るまで写真を撮られた後、またピロリンという破滅の音を聞いた。
「ミオリネさん、女子トイレの一番奥。故障中の張り紙が貼られた個室でお願いします」
恐怖でもう頭が空っぽになった私に、スレッタの声がした。
「私、知識もないんだけど?」
「ミオリネさんなら大丈夫です。綺麗な透明色になるまで繰り返してください」
「貴方はどうするのよ?」
「私は、此処の掃除をしないといけませんので。出迎えの準備もありますし」
フェルシーの
「あなた、本当にフェルシーなの? まあ少し加工もしてあるし、簡単にはバレないわよ」
実際にSNSで自分の裸を公開されたのは本当のようで、フェルシーは安心と羞恥に心を蝕まれながら泣き笑いの表情を浮かべる。
しかしフェイスマスクに隠された顔をミオリネは読み取ることが出来ず、乱暴に彼女の紐を引っ張った。
フェルシー自身は気付いていなかったが、理事長室から点々と続く透明の雫の跡、未だ彼女の股間から落ちる愛液を見てミオリネは僅かに赤く染めた頬で溜息を零す。
落ちる雫は、スレッタが先導する時よりも大きかった。