「今日も。地霊殿は平和です。」
旧地獄はいつ見ても
常に超超超高い岩石の天井にはどす黒いオタマジャクシみたいな魂が
血の池地獄では何とも言えぬ恍惚顔で船長?が日帰り入浴しに来ているし。
ここはいつ見ても混とんとしていて、なおかつ全ての悪が馬鹿みたいに正直に映し出される、こいしにとっては居心地の良い場所。正に理想郷です。
私は腰掛けていた人骨タワーから「よっ、」と右足で着地をしてそのまま勢いで肋骨の部分だけをガッコ~ン!と蹴り倒した。
するとそれに連鎖するようにガラガラと
「すとらーいく!バッダーアウトーーー!」
私はきゃははと軽く笑って超速球で地霊殿へと走り出す。
トタタタタタと体重の軽い私の足音が自分の耳に響き、道中1人だけ「ん」とがたいの良い鬼のお姉さんがこちらを見たような気がしたが、それでも構わずに爆走する。
そうしてやがて大きなお屋敷、今の私のホームである地霊殿が私の眼に映り出し、玄関先で何やらお空とお燐が骨を片づけたりぶちまけたりわちゃわちゃしてたが、大丈夫?と手伝うほど私はヒマではないのでそのままスルーして重厚な黒いドアの金の取っ手をこじ開けて屋敷内へ侵入した。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん・・・・おねえちゃんおねえちゃんおねえちゃん♪」
私は自分でも意識できるくらいに口角を上げて今日はお姉ちゃんにどんなちょっかいやイタズラをしてやろうかと意気揚々とお姉ちゃんの執務室へと飛んで行った。
●
「・・・・ふーーーーー」
私は執務室でただ一人、大きなため息を
別に私は誇り高きサトリ妖怪であるし、そんな私は簡単にはニンゲンのように身体が疲労したりはしないが、やはりヒトの形をしている以上長時間の勤務、ましてや目の前に広がる光景がまるで紙芝居のような単調な書類整理の事務仕事じゃ精神的疲労も溜まるものだ。
カチコチという壁掛けの鳩時計の音でさえ、自身の肩凝りの擬音というかとにかく憂鬱な音響に聴こえてくる。
「ふわぁ・・・・」
絶対に誰にも見せたくない間抜けなあくびを漏らして、私は旧地獄のいざこざ書類の山の断片(一枚、残り五十六枚)に「古明地さとり」の名が描かれた朱印をダンッ!と少々乱暴に殴り押す。
よく地上のニンゲン共は「妖怪は楽でいいな」とか「旧地獄なんて地獄のお古なんだからやりたい放題だろ」とか言うけど、全っ然分かっちゃいない。
旧地獄にも無法地帯に見えてそれなりのルールや書類手続きがあるってものなのよ、なんだったら素敵な巫女さんとエリート魔法使いにも一日体験させてあげましょうか?
・・・なんて、意味のない愚痴妄想をしてまた現実へと引き戻される。
ダンッ!
「あっ、ちょっとずれちゃったわ・・・・ま、許容範囲ね。うん。」
妖怪は楽でいいね。か。
そんな訳ない。確かに何の責務も常識にも縛られない輩は旧地獄にも一定数は存在するが、少なくとも私やお空やお燐はしっかりと毎日旧地獄の整備をしている。
ウチで唯一自由なのは、こいしだけだろう。
本当にあの子は自由気ままで風来坊で長年の付き合いだけれどいっつも何をしているのか、何を思考して今を生きているのか分からない子だ。
「私も妹になれば、楽かもね。」
フッ、と自分を嘲笑するように無意識に笑みが零れた。
「呼んだぁー?」
はっ、とその声に意識を向け、一度瞬きをして開眼するとその僅かな瞬間に既にこいしは私の目の前に居た。
「呼んではいないわ。お遊びなら外のお空お燐かペット達にしてなさい。ご覧の通り私は今とても忙しいのよ」
もう幾度となく繰り返された私の機械的な返答にこいしはいつものリアクションをする。
「え~!?やだやだやだやだ!せっかく可愛い妹が息抜きの提案しに来たんだよ!?ちょっとぐらいかまってよぉ。」
「はいはい。これが終わったらね。じゃあ後で」
「もう!毎回そうじゃない!後後って私もうここに飽きて何処かに行って居ないよ!お姉ちゃんはいつもそうよね、そんなに根詰めてたらストレスで角生えて酒豪の鬼になっちゃうかも」
「ならないわよ。というか冗談でも鬼関連の話は止めて頂戴。あいつらどこで聞き耳立ててるのか気が気じゃないわ・・・・。」
「もう!そんな事はどうだっていいっ!」
こいしはワーワーキャーキャーとまるでネジが外れたベーゴマのように私の執務室をあっちこっち走り回って私に「つまんない」とか「石頭」とか姉妹相応の不平不満を言う。
私はそれを全無視して目の前の書類整理に全意識を集中させる。
やがてこいしは私の机近くの本棚にぶつかり、そこからズッ、と擦れる音がして何冊か重い本がこいしの頭へと落下してきた。
私はその瞬間、何か第六感でも働いたのか妹の身の危機を察しあんなにも書類へと一点張りだった目線をこいしへとギロッ、と移し変えた。
「こいしっ!!」
「え・・・?」
私はこいしの名を叫ぶと同時に机と椅子を蹴飛ばすかのように体を奮い立たせてこいしの元へと向かったが遅かった。
ドッ、と一冊の本がこいしの頭にもろに直撃してそのまま転がり落ちた。
「い、痛ーい・・・・・ぁ」
「こいし!こいし大丈夫!?」
私は頭の衝撃にうずくまる妹を雛鳥を守る親鳥のように厚く抱擁しこいしの緑色の髪の毛やその頭部を優しく撫でた。
もしかしたら怪我をした当事者のこいしより私の方が取り乱しているかもしれない。
そう感じた私はこいしが落ち着けるようにそして新鮮な酸素を吸えるように、それと並行して私自身も落ち着けるようにこいしへの厚い抱擁を解除して俯いたままのこいしの肩へと優しく手を置いた。
「?・・・・こいし?」
何か違う。
妹の何かが違う。まさか、、、
「んー、あ。・・・・あれれ、あーあ・・・・・・・。」
こいしはモールス信号のような単調な呻き声を口から出して虚ろな顔で私の正面へと向き合った。
まず私の目に飛び込んできたのは、紫色から緑色へと変色したこいしの開ききったサードアイ。そして次に目に入ったのは、今まで見たことも無いこいしのギラギラとした開眼した表情。
「んもぅ。せっかく閉じてたのに開いちゃったー。お姉ちゃんってば罪な人だね。」
こいしは自身の久しぶりに開ききったサードアイをまるで我が子のようにして大切に大切に撫で擦ってほんの少しだけ心底悲しそうな顔をした後に開き直ったように眉を潜めて笑った。
「・・・・・・。」
私はそれに対してその場ですぐに何も言えなかったし、こいしのそれに対して罪悪感や焦燥感は一切感じず、ただ単純に「その時が来たか。」と思っただけで至っていつも通り冷静沈着であった。
「私もお姉ちゃんと同じ思い。無意識中でもいつかこうなるだろうなって思ってたよ。ていうか、お姉ちゃんってこんな時でもクールキャラなんだね。ふふっ、可笑しい」
当たり前であるが、私たちの象徴とも言える第三の目「サードアイ」によって私の思考はもはやこいしに筒抜けであり、これでようやく姉妹とも同じ条件が揃って対になった感覚を覚える。
私はこれからこいしと文字通り表も裏も無く接し合えることに僅かに希望の光を見出してしまっていた。
「私もお姉ちゃんと忖度無しで話せることだけは嬉しいよ。これは本当の心。まぁ、お姉ちゃんには判るよね。」
「ええ。」
「でもお姉ちゃん、今、私はこいしにとんでもないきっかけを与えたんじゃないかって後悔したね」
「・・・・ええ。」
「気にしないでいいよ。だって私は生まれた時からこうなんだから。それがもとに戻っただけ。自然の摂理だよ」
「・・・そう、ね」
「・・・煮え切らないなぁ。私は私で今とってもすっきりしているんだよ?なんだか充分にお昼寝した後に目覚めた感じみたいに・・・・」
そう言ってこいしはまるで産まれたての自我が芽生えた幼子のようにギョロッとした顔面の二つの瞳で私の部屋を一望した。
そして不意に先程落下した本の一冊を数秒、だけれどもまじまじと真剣に見つめてすぐに私の方に視線を戻す。
「どうしたの、お姉ちゃん。」
三つの瞳が私を直視する。
どうしたの、って別に。ただ初めて見るあなたの姿を観察していただけよ。
怖がっても恐れてもいないわ。私がそういう性格だってあなた知っているでしょう?
私は心の声でこいしにそう返事を返し、こいしは私に「そうだよね、ごめんごめん。」と口で謝って、その後に数分の生苦しい沈黙が訪れる。
私は次の話題も考えず「ねぇ」と言おうとした所でこいしが先に口を開く。
「そうだ、ちょうどお姉ちゃんも今暇になったから、私の昔話を聞かせてあげるね。」
「・・・昔話?」
「そう。まだ私が地霊殿に来る前、それにお姉ちゃんに出会う前のお話。」
「興味ないわ。」
私は何だか嫌な流れを感じて即決でそう答えた。
「まぁそう言わずに、ね。いつかはお姉ちゃんに言わなきゃなーと思ってたんだし、機会は今しかないかなって。」
私は自分の赤いサードアイの力をいつもよりフルに開眼してこいしの話そうとする内容を先取りしようとした、が、全く視えない。
それはこいしが必死に次に口から紡ぐ言葉を意識しないようにしているからなのか、はたまたこいしが自らの持つ特殊な無意識の能力を使いこなせるからなのか、とにかく私はそれすら分からないお手上げ状態であった。
「いいわ。話して。私が全部聞いてあげる。それにあなたは私にしか話さないようだしね。世界で一人の聞き手として私が付き合ってあげるわよ。」
「やったぁ!流石お姉ちゃん、地霊殿の女王陛下!」
「はぁ」と調子のいい妹に対して若干呆れつつ、私はこいしと同じ目線に立つために絨毯の上に重い腰を下ろして正座をし、へたり込むようにして座り私をギラギラと見つめ続けるこいしに向き合ってこいしの昔話に耳を傾ける。
そして、すぅ、と第三者の語り手のようにこいしは空気を吸い込んで静かに語り始めた。
「これは、私が「目(こころ)」を閉じるまでのお話。」