「このこの心が知りたい」
私の❝始まり❞はそれだった。
サルがヒトへと無意識の間に進化した時、そしてヒトが脳という心を発達させた時、まず最初に「恐れ」や「恐怖」という感情が芽生えた。
「恐れ」や「恐怖」はヒトが生存して子孫を残すのにとてつもなく大切な欲望(エゴ)であった。
原始時代。男が狩りに行き、女がその帰りを待つ。
その間、妻は自分の夫やそれ以上に夫に付いて行き狩りの修行をする我が子の安全を気が狂うほどに心配して憂いを抱いていた。
そして狩りを終え帰宅する夫と自分の子供を妻は痛いほどに抱きしめて涙を流す。
「ああ、良かった。生きててくれて良かった。本当にありがとう。」
そんな激流のような感動と喜びの心が芽生える度に同時にこうも思う。
『私の心は悲しみと喜びに溢れているが、この子(ひと)はどうなのだろう。』と。
何もこれは女性に限った話じゃない。男性だってそう思うし、男の通過儀礼として狩りに独り立ちする我が子に対しても夫はそう思っていた。
そんな原始時代から始まった愛する者たちを失う事への恐怖や不安という、裏を返せば「愛」がまるで集合意識のようにもくもくと、煙のようにして宙に浮かび上がっていき、やがてそれは不可視の雲のように自由に世界中を飛んで回るようになった。
不可視の感情の雲はその後も沢山の感情を吸い取り成長していく。
「あいつを出し抜いて俺が頭領になりたい、だからあいつの心が知りたい。」
「あの人の心が知りたい。私を好きじゃなかったらどうしよう。」
「民衆の心を全部知って神様になり崇め奉られたい。」
原始時代から先立ち、ヒトという個々が世界中に散りばめられ文明が栄えていくにつれてヒトはありとあらゆる感情やそれに関する願いをいくつも幾千も抱くようになっていく。
それは善悪も汚い綺麗も自己愛他者愛も全部含めて、根底にあるのは全て「恋」や「愛」であった。
際限のない「恋」と「愛」を吸い取り成長していく不可視の雲はやがて、「恋」と「愛」に添加されている欲望(エゴ)という脂肪により肥えてゆく。
やがてその重みに耐えきれなくなった雲は、日本の山奥に辿り着き空中に静止した後、とうとう地面へと落下しまるで膿んだ卵が破裂するかのようにしてべちゃり、と潰れ堕ちてその全体像を明らかにした。
得体の知れないような黄色い真っ二つに割れたゼリー状の黄色い殻。
そしてその周囲には真緑色の羊水のような液体。
その中央部にはまるで卵から破水したように、胎児のように縮こまって指を咥え三つの目を閉ざす「私」が、生まれたばかりの全裸の状態で横たわっていた。
「私」の姿は誰がどう見ても視認可能な細身の人の少女の姿であり、唯一の人との相違点は第三の目という相手の思考や心をいとも簡単に読み取れる緑色の単眼が身体に巻き付いているという点であった。
やがて眠りと言う無意識から目覚めという意識に私の世界が切り替わる。
初めての姿で見る世界は雲一つも無い青空・・・と思いたかったが深夜の星空と銀河と満月が織りなす
「きれいね。」
元は意識の雲だった身が「私」に生まれ変わって初めて放った第一声はそれだった。
それは「感動」とか「美しい」という、心が明るくなるけど切なくなるような感情。
その次に新たに生まれた感情は、「
とりあえず私は元通りに、まるで最初から産まれていなかったかのように子宮内に居る胎児の様に縮こまって指を咥え、目を全て閉じて外界との関係を断ち切り、光を待った。
やがて私は夜空の時間を終えて青空の世界もこの目で見届けて、それからしばらく現在地点が何処なのか全く皆目も付かない放浪の旅を始めた。
ゆく場所ゆく場所が緑に囲まれた森や林、たまーにサラサラやダーッとした川の流れ。
あまり変わり映えの無い視界と世界に旅の半ばは飽きかけたが、それでもこの姿で産まれたからには目に映る全てが新鮮で美しい光景だった。
私は日々生きていき腹を満たすために川の水や雨露で喉を潤し、地面を這い蹲る虫やミミズや雑草などを手当たり次第に食らい尽くした。
そんな野生動物と変わらない人生の道中、私は何回も動物たちの「感情」を第三の目で読み取り続けていた。
喰うものは純粋な殺意と食欲を満たしたいという生への執着を持ち、喰われるものは純粋な恐怖とここで喰われては子孫を残せないという生への執着を持っていた。
「あーあー食べられちゃった。来世に期待しなくちゃね」
私は山中の青紫色のキノコを片手に持ってそれをむしゃむしゃと食べながら、クマが川魚を手で
動物たちは人ほど複雑な感情や思考を持たぬ生物だね、と。
基本的に彼ら野生動物の思考回路は単純だ。だが、人は脳が大きくなりすぎたせいで余計な「感情の進化」を自ら生み出し更に「私」のような存在も産み出した。
だからどうしたという話だけど、つくづく人という感情あるいは「心」に支配された生き物が不思議でしょうがない。
いつか私が初めて人に触れ、その心を読み取った時、私は何か変わるのだろうか?
そんな「期待」や「好奇心」を抱き、そこにはほんの少しの「不安感」が渦巻いた。
「嫌だなぁ。たった1つ考えただけで、こんなにも想像が飛び込んできちゃう。」
私は何百回目か分からない独り言を吐いて裸のままとぼとぼと草樹の茂る世界を彷徨い歩き続けた。
○
その日は唐突にやって来た。
きっかけもとい出会いは正に偶然で、何個目の山を乗り越えたか分からない地で私がいつものように泥に塗れてとぼとぼと食べるものを探して森を徘徊している時。
そんな時にある中年の夫婦とばったりと出くわした。
「あ、人だ。初めて見た。」
私は夫婦に指を差して先陣を切ってそう感想を述べた。
対して夫婦は数十秒間、私の第三の目を使っても心が読み取れないほどにぽかん、とした顔で私をまるで異星人かのように見つめていた。
それからすぐに私の第三の目に心という情報が鉄砲水のように流れ混んできた。
『『なんでこんな所に一人で子供が』』
最初に夫婦は二人で同じ感想を持ち、
『なんて汚らしい恰好なんだ、もしかしたら山の怪かも知れん、関わりたくないな。』
と、夫婦の男性は私を嫌悪し、
『可哀そうに。きっと捨て子ね。体にもう一つ目が付いているせいで
と、夫婦の女性は私を哀れみ愛の感情をそこに
私は初めて見る人間を実験サンプルのように扱い、二人の「心」を分析しようとした。
だけど次の瞬間には何故か私は夫婦の女性の方にきつく抱きしめられていて、気が付けば私の顔には女性の瞳から出る悲しみの感情を実体化した水の粒がポロポロと絶え間なく落ち続けていた。
「可哀そうに、もう大丈夫よ!」
「はぁ」
私は私の意見も聞かぬままに私に愛と言う名の感情を向ける女性に圧倒され、間抜けな返事を返した。
「おい、そんなにくっ付くな!変な病気だったらどうするんだ!第一、人間かどうかも怪しいガキなんだぞ!」
「あなたは黙って!この子はそんな子じゃないの!きっと神様が私たちにくれた授かりものに違いないわ!」
女性はそう言って母性愛を力で表現するかのように私をふわふわと抱き締め、夫に向かって物凄い形相で怒鳴り散らした。
それは愛のある「怒り」であった。
「チッ!・・・ま、お前の勝手にしろや・・・」と、夫である男性はバツが悪そうに大きな舌打ちをしながら腕を組み私の事を
表情こそおっかないが、その心は
『頼むからこの一件で俺を嫌いにならないでくれ。俺にとってお前が人生の全てなんだ。』
と、弱弱しく女々しい悲痛な叫びであった。
その日から、私と夫婦三人の
今考えればその時代はまだ、黒い愛憎が渦巻く戦争という歴史が起こる前の世界であったので、その時の世の人の生活様式は旦那が生活費のために毎日山へと狩猟に出かけ、その間に嫁は家で旦那の安否を祈りつつ家の家事や畑仕事などの雑務をこなす毎日であり私はそのルーティンに近視感を覚えた。
それは「私」が産まれる元となった時代からのヒトの営みであり、人間はいつの時代も変わらぬ生き物なのだと思い知らされた。
そんな時代の家族に養子のような形で引き取られた私は毎日、夫婦の女性の家事のお手伝いや可能な限り夫婦の男性の身の回りの世話を行った。
そんな私の存在を夫婦は事あるごとに「いい子」と評したが、それは裏を返せば『とても都合のいい便利な存在』である事を私はいつも通り第三の目で見抜いていた。
最初期の頃、女性は私に家事のやり方や畑仕事のやり方や旦那との接し方などを詳細にまるで教師の様に教えてくれた。
全ては私がこの家で生きていくためにという愛のある指導であり、私はその教えをどんどん吸収していくと同時に、「普通の人間の生活やコミュニケーション」もある程度学んでいった。
自分でも不思議なくらいに毎日が充実していて、楽しい勉強の連続で、ある日それをふと疑問に思ったが即座に答えは出た。
前までは何のあても無くフラフラと生きていただけだった「私」という「存在」が、いつの間にか人との交流を得て多くの「心」と「感情」を学び、「自己」を確立していっているという充足感がその答えであった。
そんな次々と感情が満たされていく日々の中で、最初は私を
「よく見れば可愛い奴だ」なんて後出しじゃんけんみたいに言ってよく私の髪をわしゃわしゃと、乱暴な愛で掻き乱していたのを覚えている。
ある日私は夫婦に、もう私達、俺達は正真正銘の家族なんだから「あなた」呼びは止めてお母さんやお父さんと呼びなさいと言われた。
お母さんやお父さん・・・その響きは今まで人の意識を吸い取るだけで生きて、その結果産まれてこの方、孤独に生きて来た私にとって一種のゴールのような特別なものだった。
その時の私の笑顔は間違いなく光り輝いていたと思う。
鏡こそ目の前に無かったが仮の両親の心を覗き込めば私の表情が心の声越しでも
そして今度は私は「名前」をお母さんから与えられた。
「あかり。それが貴方のお名前よ。」
そう言ってお母さんは自己満足の笑みを浮かべた。
「あかり?あかりって囲炉裏の炎のこと?」
「それも灯りと言うけれど、貴方の名前は特別よ。貴方は陽の光。みんなを照らし出すような女の子に育って欲しくてあかりって名前を付けたの。」
「ふーん。でも夜もお月さまの光があるし、私は朝と夜どっちのあかりでもいいかな。」
「駄目よ。貴方はお日様の方のあかり。それだけは伝えておくわね。」
『何を言うの。そんな月の光だなんて、格好が付かないじゃないの。』と、お母さんの心の声が同時再生されたが、「分かった」と適当に返事をして私はお母さんのご機嫌を保った。
このあたりから私は、薄々と人間のエゴを感じ取り始めていたような気がする。
ある月夜の夜、私は何だか深夜に目が覚め両親に挟まれて川の字になっている寝床から体を起こし、本能が
「わー、変わらないなぁ。」
初めて見た世界の景色と変わらない、それでも全てが同じではない
思わず見惚れる。それにあの大きなお月さま、何だか私の第三の目のように見えて仕方ない。
手を伸ばすが当然その月は掴めず、その腹いせに手元にある私の緑色の第三の目をしっかりと両手で掴み私の身長という制限付きで天高く掲げ、あんな風に大きくなーれと月の光を浴びせてみる。
意味のない行為だなんて百も承知だったけど、そんな行為がなんだか楽しかった。
そんな一人遊びをしていると、私の後ろから静かに足音が聞こえてきた。
そして「あかり?眠れないの?」というお母さんの表の声と『どうしたのかしら、寂しいのかしら?』というお母さんの裏の本音を聞いて私はくるっ、と振り向き、トタタタタタと走りお母さんの胸の中に飛び込んだ。
「寂しくなんかないよ!だってお母さん来てくれたもん!」
「あら、まあ。」『この子ったら、面白い子ね。』
「面白い子でしょ?私って」
「そうね、あかりはいつも驚くような事を言ったりする面白い子。私の大事な娘。」
『ちょっと変わっている所も含めて大事な私の一人娘。』
「えへへ、ありがとう。お母さん大好きー!」
私はすりすりと子猫が母猫にマーキングをするかのようにお母さんへと頭を擦り付ける。
初めて会った時から今だって、お母さんの「愛」は一貫して同じ「愛」だ。
わたしはその「愛」に切なさを覚えながらずっとしばらくの間、お母さんに甘え続けた。
「ねぇあかり。どこか遠くに行かないでね。お母さん心配よ・・・・。」
「え?」
いつもなら言葉を発する前にその人の思考が読み取れるのに、お母さんのその言葉はおそらく無意識から飛び出た深層の真実の言葉であった。
「お母さん、急にどうしたの?」
「ううん、なんだかね、月を羨ましそうに見てるあかりを見ていたら、なんだかまるでかぐや姫さまみたいに遠くに行っちゃいそうで・・・怖くなってきちゃって・・・・」
産まれて初めて見る悲しみと恐れの表情、真実の気持ち。
それとほんの少しだけの嗚咽を私は見逃さなかった。
「大丈夫だよ。お母さん。きっと大丈夫・・・・。」
私はお母さんの手を無意識取っていて、その手を私の頬に当てた。
「ほら。私は目の前に居るでしょう?」
○
あっという間に私達三人はまるで本当の家族の様に成り、愛が日常に溢れるのと同時に、あっという間にその関係性も愛も崩れ落ちていった。
その原因は私の第三の目であった。
常に未来予知のように相手の思考を先読みできる私は、そのあまりに的確な両親に対する日常の会話や接し方に疑問を持たれ、特にお父さんに煙たがられていった。
夕ご飯の時、久々の夫婦の情事を示すためにお父さんがさりげなく右手で合図を送り、それにお母さんが左手で応える。
そんな事は私にお見通しなので当時の無神経な私は、
「私に気にしないで今日もたくさんきもちよくなってね!」
なんて大声で言ってしまい、一気にその場が冷めるような事があったり。
だけどまだそんなのは可愛い序の口の事件である。
ある日のこと、いつもはお父さん一人だけだが、私は無理を言ってお父さんと一緒に野生動物を狩りに出かけた。
猟銃を持ち鹿を狙うのはお父さんの仕事。それを間近で視察するのが私の仕事・・・・だったが、思わず私はいつもの癖で鹿の心を読み取り、これから移動するルートをお父さんに事細かく伝えた。
最初こそお父さんは「素人のクセに、黙ってろ」と私のアドバイスを完全無視したが二頭くらいの鹿を仕留め損ねて、三頭目の時にようやく私の言葉をそのまま実行に移してくれた。
そしてものの見事に銃弾は鹿の腹に突き刺さり、お父さんは私を置いて大急ぎでびくびくと痙攣を続けながら血を流す鹿の元へと走り寄り、息をする間もなく鹿の首の動脈を短刀で切り裂いた。
そして茫然と立ち尽くし、遅れてやって来た私の方へと半身を向けてこう心の中で言った。
『そういや、外しちまった鹿もこいつの言う通りの行動をしていたな・・・・前々から勘の良すぎるガキだって、敏感なガキだと思っていたがまさかこいつ、本物のバケモノなんじゃ・・・・・』
そんなおぞましいような恐れの感情を、私に百の割合で向けて来た。
そうして彼はギュッ、と猟銃を握りしめて、
『もしかしたら俺もこいつに寝込みを襲われるかもしれねぇ・・・いっそここで撃っちまうか?』
「・・・お父さん?」
私は瞬時に身の危機感を感じて、お父さんに呼びかけた。
「え!?ああ、いや、何でもない・・・・何でもない・・・・」
そう言ってお父さんは一瞬血迷いそうになった自分を誤魔化すように急いで猟銃を背中に掛けて鹿の解体へと作業を始めた。
私はお父さんの背中を見ながら、ぎりぎりで命拾いをした現実に酷く安堵してから私のこの目は、こういった時のためにもある物なんだと改めて実感をした。
初めてお父さんと狩りに行ったその日から、元からゆっくりとぎくしゃくしていた歯車は更に加速するように歪に毎日を歪めていった。
お父さんの『いつかあかりという名の人間真似をしたバケモノに殺される。』という不安感と恐怖感はまるで際限のない水風船のように膨らんでいき、最早爆発寸前になっていた。
それと同じ、いや、それ以上にお父さんはお母さんの愛を直に受ける私を見て常にイライラして激しい嫉妬の感情を腹の底に蓄積するようにもなっていった。
元々この家は特殊な家庭環境で、私が来る前から夫婦は少し山の上の人目付かぬ所でひっそりと暮らし、子供も作らず、かつ全く周囲とは人付き合いをせずに今まで生活を継続してきたようであった。その理由は単純で、夫の妻に対する独占欲や束縛が異常なくらいに強く、二人の関係性は夫婦というより現代の言葉で表すなら共依存という縛られたような関係性であった。
『なんであんな他人のガキがあいつの愛を間近に受けているんだよ。本来その場所は俺のもんだ。とっとと熊に襲われるなり体壊すなりしてくたばりやがれバケモノ女。大体、俺はあいつに嫌われたくないからお前みたいな汚いガキを引き取ってやったんだ。ああ腹が立つ。ああ今すぐにでも殴り殺してや』
私はお父さんのどす黒い心の声に耐え切れなくていつもお母さんの顔を、そしてお母さんの心の声だけをなるべく聞くようにして毎日を生きていた。
それでも毎日顔を合わせなきゃいけないお父さんとは機転を利かせて私の第三の目を上手く利用してご機嫌を取ったり、もちろんお母さんにだってご機嫌と言う名の幸せを取ってあげたりして私は毎日毎日をそれとなく誤魔化して生きていた。
生きて、しがみついていた。
どうしてかって、それは。
私の居場所が無くなるのが、私を視てくれる人が居なくなるのが怖かったから。
私は自分自身がどうしようもなく臆病なことを知っていたから。
だけれどとうとう、そんな偽りの幸せに限界の果ての果てがきてしまったようで。
とある日、黙々と夕飯を三人で食べていた時お母さんがすっ、と私の口元を自身の人差し指でなぞってご飯粒を取ってくれた。
「あかりったら、うふふ、可愛いわね本当。」
私はにへらと笑ってお母さんの心の声を見ようとして、その時だった。
「そんなにそのクソガキが可愛いのかっ!?」
空間を張り裂くような怒声が鼓膜にビリビリと響き渡り、次の瞬間には物凄い速度で私の額へとお父さんが投げた茶碗が直撃した。
「うあっ・・・うぅ・・・」
私は思わず激痛で自分の額を抑え込みその場でうずくまる。もはや心の声など聞く余裕も無かった。
「こいつはな、紛れもなく妖怪だ!バケモノだ!俺とお前を破滅に導く疫病神なんだ!」
そう言ってお父さんは私に馬乗りになって跨り、私の髪の毛を乱暴に掴んで無理矢理顔を上げさせて、どこから取り出したのか猟銃の銃口を私の額に当てがった。
嫌ぁっ!というお母さんの短いけどつんざくような悲鳴が耳に聴こえて、お母さんはお父さんの猟銃を取り上げようとお父さんを後ろから羽交い締めにした。
「離せ!馬鹿野郎が!」
「嫌っ!あなた自分が何してるか分かっているのっ!あかりは私たちの娘なのよ!」
「うるせえ!娘娘って、俺達こいつとは何の血の繋がりも無ぇんだ!だから俺は最初からこんな役に立たねぇただのゴミガキを拾うのは嫌だったんだよ!あぁ!?」
「確かに血は繋がっていないわ!でも、そんなのは関係ない!だって私とあなたの為の子でしょう!?」
私はこんな最悪な状況でも第三の目で二人の心を読み取った。
残酷なことに、二人の今現在の心の声は全て口から発せられるものと合致していた。
やがて夫婦は取っ組み合いを止め、男は土で出来た家の壁へと私を激しく放り投げてそのまま放置し、奥の部屋へと
そんな身も心もボロボロな私に、女はまるで逆に救いを求めるかのように私のもとに縋るようにして近寄る。
「ごめんね、あかり。普段はあんな人じゃないの、ただ今日は多分、お酒が入っているだけなのよ・・・だから許してちょうだい・・・・あかり・・・・」
そう言って女は壁を背にして座り込む私の胸の中で号泣し始めて何度も何度も「ごめんね」『許して、あの人を許して』と
かつてお母さんと呼んでいた女の心に映るのは今現在こうして額から血を流す私ではなく、いつだって息苦しさを感じながらも決して離れたくはない旦那の姿だけであり、そして本当に愛を全振りして与えたいのは女の旦那のみであり、女は更にそんな旦那を過剰に愛する自分を旦那以上に愛していた。
まぁ、最初から判っていて目を逸らしていたことだったけど。
要するに私は最初から装飾品だった。
初めて夫婦に会った時から、私の第三の目は『この子を使えば私達の絆も深まる』という女の欲望が見えていた。それから女の私に対しての「愛」はいつだって「利用価値」という一貫とした、ある意味純愛であった。
だけども、だけども初めて会った人、そして初めての抱擁、初めての家族、偽物だったけど毎日与えてくれた愛情。
それらを嘘でもいいから、信じて見たかった。
ひとりぼっちだった心に他人の心を、感じていたかった。
私は我に返り、三つの瞳で現実を直視して相も変わらず私に縋って泣きじゃくる女の事をいつしか彼女がそうしてくれたように優しく抱き寄せた。
「私の方こそごめんね、お母さん。私のせいでお母さんに苦しい思いさせちゃって。」
それからしん、とした静かな夜が訪れた。
男は奥の部屋で大きないびき声を出し、女は泣き疲れてとっくに火の消えた囲炉裏の近くでそのまま眠りに落ちていた。
私はそんな光景を名残惜しそうに見つめ、女に薄手の布団を掛けてあげた。
「ありがとう。大好きだったよ、お母さん。」
私はお母さんと慕った女の手を軽く握って、頭を軽く優しく撫でてあげた。
「じゃあね、お母さん、お父さん・・・・・お元気で。」
私はそう、眠りの最中の二人に最後の挨拶をして深夜の夜闇へと自立の一歩を踏み出した。
夫婦には感謝をしている。
お陰様で「私」という揺るがない「心」が作り上げられた。
だけどその心の創造は夫婦によるものではなく、あくまで私が選び取ったものであると自負をしている。
後はこの先、例え何が起ころうとも私が私という心を持っている限り、道には迷わないであろう。
それくらいに私は自分に自信があるし、自分を愛している。
さぁ、次はどんな人に、どんな世界の断片に出会えるのかな。
私は心を弾ませながら一人で夜の闇に囲まれた山を歩いてゆく。
冷たい夜風が額の傷跡に少し沁みて、思わず上を向くといつしか見た大きな白い満月が私の頭上で世界を優しく照らしていた。