※この作品はR-18です。

ハルトマンの妖怪少女   作:命月夜

6 / 8
第6話『閉じた恋の瞳』

 あれからどれくらいの距離を走っただろうか。

 

 耕多から差し伸べられた手を取り、ヒサメちゃんの亡骸に後ろ髪を引かれながらも、燃えて朽ちていく祝い村を抜け出して私と耕多はただ二人で手を繋ぎ合ってまるで見えない追手から逃げるようにして行き先も無く山の中を走っていた。

 

 それは愛の逃避行とか駆け落ちとかそんな情緒溢れる素敵なものではなく、ただ単に全てを燃やし尽くされ、破壊された私が唯一の愛の存在である彼の手を取ってそのままその手に連れられて私の全てを奉げている・・・そんな感じの行動であった。

 

 やがて夜が明け、山中の新緑にも明るい陽射しが差し込んでくる時間帯に私達はようやく走る事を止め、いつの間にかここが一体全体どこなのか分からない山中の場所で二人ぼっちになっていた。

 

 「はぁ、はぁ」と私は酸欠によって呼吸を乱させて、耕多もまた「ふぅ、ふぅ」と私と全くもって同じような間の取り方で呼吸を乱している。

 

 それはまるで私と耕多の愛の情事の時の、お互いが繋がり合いお互いの相性を確かめ合う時の呼吸法のようなものにも思えてきて、ああ、やっぱり私はこんな比喩を思いつくらいに彼を好いて、そして愛しているのだなと確かにそう思えた。

 

 少したってお互いの呼吸が落ち着いてきた頃、二人で走り始めてからここに来るまで一切会話をしていなかったが耕多が先に口を切るかのようにして私に話し始めた。

 

 「結構走って来たなぁ。恋、これからどうしようか?」

 『いつもより全然、空気が美味しいな。初めてだ、こんな爽やかな気分は。』

 

 私は不安で先が見えないではなく希望や期待に胸を膨らませる清涼感を多分に含んだ耕多の表の声と裏の心の声を聞き、若干斜め下を向いたままで眉を顰(ひそ)めて控えめに笑った。

 

 「・・・・恋?どうしたんだ?」

 『どうしちゃったんだよ。頼むからまた俺に余計な事を聞かないでくれよ。』

 

 ここで私が彼に、「ううん、何でもないよ。」と言えば、全ては丸く収まるだろう。

 

 そのまま黙って、都合の悪いことから目を背けて、こうして私達は仲睦(なかむつ)まじい夫婦として末永く幸せに永遠に暮らしました。というおとぎ話のような最高の結末であったならどんなに嬉しくて幸せだったことか。

 

 そんなもしもの事ばかりをあれこれと考えるのは止め、私はやはり自分の心には嘘を付けないと決心をするよりも前に自然と気が付けば自分の口からその問いを耕多に放っていた。

 

 「ねぇ、耕多。みんなに何をしたの?」

 

 「?・・・何をしたって、何が?」

 

 「とぼけないで。耕多があの村で大名を刺してから私の顔をまともに見てくれた時、その時に気が付いちゃったの。あなたが自らの意思で仕組んで、なにかをしたって。」

 

 私はきっと二人の関係性が変わるような、最悪の場合は壊れてしまうであろう言葉を耕多に投げかけてきゅっ、と私の心臓付近にある緑色の第三の目を握った。

 

 「・・・・まぁ、どれだけ取り繕(つくろ)っても恋には嘘を吐(つ)けないよな。分かった。教えるよ、全て洗いざらい君に打ち明けるよ。」

 

 耕多は頭を軽く掻きながらそう言って、その一切を全く悪びれる素振りも無く自分の知る全ての事を私に話し始めた。

 

 「村に火を放ったのも、村の連中を皆殺しにしたのも元はと言えば全部俺が指示した事なんだ。大名(あいつ)ってバカだからさ、俺の店の中とか食事処でお仲間の兵隊達にそろそろこの村も潮時かだの何だの自慢気に言ってて、その時は俺もこの村が嫌いだからそうなってもいいって、どっかふんわりした感じで聞いていたんだ。そんなある日、君が、恋がこの村にやって来て俺は産まれて初めて生きる意味を見つけたんだ。」

 

 耕多は私が役所の地下牢へと連行される前と同じ胸の内の一部を私に話し、そのまま続ける。

 

 「恋と幸せな毎日を過ごしていくうちに、この村には俺と恋の二人だけしか、いや、この村自体が最早必要が無い事に俺は気が付いた。元々、俺を愛してくれない憎くて恨めしい塵溜(ごみた)めみたいなあの村は大嫌いだったから、恋が連れていかれたあの日、その時に明確に周囲の空気の流れが変わったのを俺は確かに感じ取ってこれは大きな機会だと思った。それから俺が恋と引き離された後すぐに俺は大名に話があると一対一で話をした。あんたと国の長(おさ)がこの村を半ば厄介者扱いをしているのは知っている、だからこれを機にこの村を跡形も無く更地にしたらどうだと大名に提案をしたんだ。」

 

 耕多は最初こそは静かな声色だったが次第に高揚するような声色になって、どこかうっとりとしたような顔を浮かべた。

 

 「お前もいくら国の役人とはいえ村という私腹の肥やしが絶たれたら心許(こころもと)ないだろう、だから俺の家の全財産をやるから俺と恋だけは見逃してくれ、と大名に頼み込んでその後に俺の家を襲撃してもらい、俺と恋の生活の邪魔者の両親を殺して金を大名に貢いだ。それと村を跡形も無く消し去る方法は火でいいと、俺と恋以外の全ての存在は皆殺しにしてくれとも頼んだ。大名は良く働いてくれたよ。でも一つだけ厄介な奴がいた。ヒサメだった。俺と恋だけの人生にあんなのは要らない。だから俺は、燃え盛る村の脱走防止の強力な結界を自力でぶち破ってでも恋を助けたいと、恋を必死に探すヒサメを発見してあいつに恋の居場所教えて大名や役所の兵隊共に俺は勝てないと泣き言を言ってヒサメを利用した。結果、ヒサメは兵隊を皆殺しにして大名に殺されてその役目を終えてくれた。大名(あいつ)に致命傷というお土産も与えてな。もし全てが思い通りにならなかったら俺が全てを終わらせるつもりだったが、面白いもんで全ての駒が俺の都合のいい通りに動いてくれたよ。」

 

 『俺は心は読めないけど、人の空気感には人一番敏感なんだ。これも一種の才能だろう?なぁ、恋。』

 

 耕多は更にすっきりとした、と言うような感じでふぅ、と胸を撫で下ろすかのようにして息をついた。

 

 「・・・・もし、」

 

 「?」

 

 「もし、あなたに少しでも人間の心があるのなら、あなたの心は痛まないの?」

 

 「今更何を言い出すかと思えば。あのな恋、あの村は気狂いの村だ!そんな村で望んでもいないのに産まれて育ったのなら、朱に交われば赤くなるように俺だって狂うに決まってるさ。それに俺は悪い事をしたなんてこれっぽっちも思っちゃいない。悪いのはあの村の連中ともっと言うならこの国の長(おさ)が全てを見殺しにしてきた事が原因だ。」

 

 「確かに、あの村の人たちは歪(いびつ)だった。だけど、耕多だって悪意を持ってあの村を、みんなを破滅に追いやった。それは事実でしょう?」

 

 「俺の愛を悪意呼ばわりするな!!!とにかく、俺は君しかこの世に要らないんだ!君しか俺を救ってくれないし見てくれないんだ!全ては二人の愛のため、俺と恋のためにやったこと。それでいいじゃないか!」

 

 耕多は興奮気味に声を荒げて私に力説し終え、そのせいか走り終わってから再度の酸欠により肩を上下させながら呼吸を乱していた。

 

 「・・・・。」

 

 私はそんな耕多の自分勝手な愛に、本当にただ何も感情も浮かばず感想も言えずに口を噤(つぐ)み続けた。

 

 「さ。もういいだろう。また新しい場所に行こう、恋。」

 

 耕多は村から私を連れ出してくれた時の様に自分の右手を私の方へと差し出す。

 その仕草は、この手を握って今すぐ俺と共に生きよう。という私のほんの少しの行動と意思による承認待ちの象徴であったが、今回ばかりはその手を掴むことも握りしめることも私には出来なかった。

 

 「・・・・恋?」

 

 「ごめんなさい、耕多。今はその手に応(こた)えられないの。」

 

 「どうして?」

 

 「・・・どうしても、なの。ごめんなさい。」

 

 「・・・なんだよ、それ。俺の事嫌いになったのか?」

 

 私は完全に地面を向いた状態で俯き、沈黙を続ける。

 

 別に耕多を嫌いになった訳では無い。今でも愛している。

 

 だが、今の私は以前の様に彼を愛せなくなってしまった。

 

 酷く可哀そうで悪意に染まり果てた彼を、純粋な気持ちで愛せなくなってしまっていた。

 

 「くそっ!」と耕多は地面の土を私の方に向かって抉るかのように勢いよく蹴った。

 するとそれによって地面に転がっていた小石が数個ほど宙を舞い、そのうちの一つが私の右頬に軽く当たった。そして右頬からつー、と血が真っ直ぐ垂直に垂れ下がった。

 

 「耕多・・・。」

 

 私は俯いていた顔を上げて、まるで先程までの私の状態を交代したかのように地面の方を向いて俯く耕多に何を言うでもなくただ名前だけを呼んで終わってしまった。

 

 すると耕多は、

 「分かったよ。それじゃあ、」

 と言って、私の第三の目がその言いかけた先の言葉を先取りして読み込んでしまい、私は思わずその場から逃げ出そうとして足を踏み出した途端に耕多は私に掴みかかって来て、私の身体はあっという間にその場に仰向けに組み敷かれてしまい、私の両手首も耕多の凄まじい力量の右手によって地面に固定されてしまった。

 

 「耕多、止めてっ!ねえ!離してっ!やめてよっ!!!」

 

 『お前が俺の子を孕みさえすれば、簡単に俺から離れる事は出来ないだろ。』

 

 耕多は冷たく心の中でそう言い、理性を失った獣(けだもの)のように目を血走らさせながら興奮冷めやらぬ内にと私の着ている着物の帯を解いてそのまま着物の上部を両手で乱暴にひん剥き、私の上半身の裸姿が露わになった。

 

 これが普段の耕多との段階を踏んだ上での行為ならまた話は違ったが、今の彼が私にしようとしている行為はただ単純に己の我欲を突き詰めた末の暴行や暴力行為であった。

 

 「嫌だ!」と何回も私は耕多を否定し続けるが、耕多はそれに聞く耳持たぬといった感じで私の上半身を嘗め回すように見ながら自らの顔を近付けて舌で私の乳首から順に腹部の臍(へそ)までをじゅるじゅると舐め回し、その後に跡が残るんじゃないかと思うくらい痛く乱暴に私の乳房を掴んで揉みしだくと、今度は自分も服を脱ごうとして一旦私の両手首から右手を離し、私を仰向けにして自らが馬乗りになったまま自分の着物の帯へと手をかけた。

 

 私はその隙を狙って反動を付けるようにして上体を起こし、両手の平で耕多の体を後方へと付き飛ばし、耕多はそのまま後ろへと背中からドサッ、と倒れ込んで私の身は軽くなった。

 

 「どうして、どうしてだよ!?どうしてみんな俺のことを理解して愛してくれないんだよぉぉぉ・・・・・」

 

 私は耕多のその声を両耳で聴きながら、彼に背を向けてすっかり開けた着物を手で引っ張って軽く自分の体へと被せる様にして直し、帯から落ちた物を拾ってその場に立ち尽くした。

 

 耕多はその後も何度も「どうして」とか「俺はこんなにも愛しているのに」とか「誰か俺を愛してくれよ」と何度も何度も慟哭する様にして耕多にしか感じられない悲痛な表と裏の本心を泣き叫び続けた。

 

 私はもう、彼と正面から向き合うことは出来ずにただ何も言わぬ背中を向け続けて、代わりに背後の脇腹付近へと追いやった緑色の第三の目を通して彼の様子を見守ることしか出来なかった。

 

 どうして、どうしてと耕多は嘆くが、それは私の方が言いたい言葉だ。

 

 せっかく愛したのに、見捨てられる。

 

 せっかく愛したのに、裏切られる。

 

 せっかく愛したのに、殺される。

 

 せっかく恋から愛に生まれ変われたのに、真っ黒に染められる。

 

 もう嫌。

 

 人の心なんて読めなければよかった。

 

 こんな呪われた眼、付いていなければよかった。

 

 意識や人の心を持って産まれてこなければよかった・・・・。

 

 私は耕太の様に声こそは上げないものの、静かに、しかし激流のような深い悲しみと虚しさに呑まれるようにして唇を噛み締めてぽろぽろと涙を零し続けた。

 

 『ああ。もういいや。』

 

 不意に、私の第三の目を通じて耕多の開き直ったようなあっけらかんとした心の声が聞こえた。

 

 「恋、さっきはごめんな。全部俺が間違っていたよ・・・・」

 『もうお前なんか要らない。要らないから今ここで殺してやる。』

 

 私の後ろからザッ、ザッ、という耕多のゆっくりとした足音と、偽りだらけの謝罪の心が聞こえてくる。

 

 「もう心配しなくていい。だから、お願いだから仲直りのためにこっちを向いてくれないか」

 『もう心配するな、不必要なら俺がこの手で首を絞めてやる。その後は新しい子を見つけて俺だけに懐くようにすればいい。恋みたいにこうして逃げるのなら、手と足首を切り落としてしまえばいいんだ。』

 

 見たくない。

 

 視たくない。

 

 読(み)たくない。

 

 でも、もう現実から目を背けるのは、臆病者になるのは御免だ。

 私は私にそう誓ったんだ。

 

 そんな自己の葛藤の末に、私はあることに気が付いて身体中が痺れるような感覚を覚えた。

 

 そしてあと一歩進めば私の首にその両手を掛ける事が出来る所まで進んでいた耕多に、相変わらず私は背を向けてそのことを伝える。

 

 「あのね、耕多。私ようやく今、気が付いたの。」

 

 私のその言葉にぴたりと耕多は動きを止め、『なんだ?』と全く私の感情を計り知れないが故の単純な疑問の感情を抱いた。

 

 そして私は彼に背中を向けながら私の脇腹付近へと追いやった緑色の第三の目を、ずいっ、と彼の目と鼻の先まで近付けた。

 

 私の哲学。そして私の人生の答え。

 

 それは

 

 「心(め)に視得るもの それだけが、真実だ。」

 

 彼にとって私のその言葉は、まるで私の第三の目が目の前で喋ったかのように見えたことであろう。

 

 「え?」

 

 耕多は私の予測不能な行動と言葉に気の抜けた声を漏らし、私はその声を聞き終わるや否や瞬きも出来ないような速さで後ろを振り返り、手に持ったそれで、ヒュンッ、と空を切り裂いた。

 

 そして次の瞬間には、耕多の右目に私が持っていた短刀が奥深く突き刺さっている光景が私の視界に映り込んだ。

 

 「い゛っ・・・い゛て゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛!!!」

 

 耕多は自分の右目に刺さった短刀を弱々しく握りながら、そのあまりの痛みと片目を失うという膨大な喪失感に心の感情の全てを支配され、そのまま崩れ落ちるようにして地面に倒れて自分の右目に突き刺さった短刀の刃の周囲を押さえ込みながらじたばたともがき苦しみ始めた。

 

 私はそんな終わらない苦しみの渦中で叫びながら痛みを訴える耕多を無表情で見下ろし、彼を救うために、そして私の気を晴らすために仰向けになった耕多の上に馬乗りになり右目付近を押さえるその手を片手で強く払いのけて、そのまま勢いよく彼の右目に刺さった短刀を、ズボッ、と思い切り引き抜いた。

 

 私が引き抜いた短刀の刃の先には、耕多から綺麗に解離して赤く熟れた右目の眼球が突き刺さっており、私はそれを手で引き抜いてどこか遠くへと適当に投げ捨ててしまった。

 

 そして再び私の下に居る彼を見ると、「うぁぁぁ」と声量の小さくなった呻き声で右目をぽっかりと空いた空洞にして『痛いよぉ・・・誰かこいつを殺してくれ・・・』と心の中でも呻き声のような声を上げ続けていた。

 

 私は思う。

 

 二つの瞳があるからこそ、人は見たくないものを現実として認識してしまうと。

 それならば、それを亡くしてしまえばいい。

 

 「うん。大丈夫、安心して。私が今、耕多を助けてあげるね。」

 

 私は彼にそう約束をして、自分の両手に握った血塗れの短刀を今度は耕多の左目に目掛けて思い切り振り下ろした。

 

 ずちゅ、という柔らかな感触が私の手に響き、わたしはそのまますぐに左目の奥まで突き刺さった短刀を引き抜く。

 

 引き抜いた短刀の刃の先には眼球は付いていなかったが、これで耕多の両目はもう何も、私という彼を悩ませる存在も人の表情や動作から分かる空気感も何も見えなくなった。

 だから彼は今ここで長年に渡って苦しんできた「目」による呪縛から解き放たれたということになる。

 

 「良かったね、耕多。」

 

 私は耕多を上から優しく見守るようにして見下ろし微笑んだ。

 

 耕多は右目を空洞にしてその奥から赤い血肉を見せ、左目は元々生まれつき紅い瞳を更に血で真っ赤な単色に染め上げて、両眼から文字通り血の涙を絶え間なく流し続けていた。

 

 「ぁ・・・ぅ・・・・」

 

 もはや掠れた声でしか激痛を訴える事が出来なくなった耕多を視て、私はまだあと一つだけやり残したことがある事に気が付いた。

 これをやり遂げなければきっと、彼は永遠に未練を持って救われないまま暗闇の世界で亡霊のように彷徨い続けることになってしまうだろう。

 だから私がやらないと。これは私の責任だ。だからこそそれを行う前に私は想う。

 

 人の心の正体とは何だろうか。

 

 それはきっと脳みそだ。脳みそで全てを考えてしまうから、楽しいこと悲しいこと苦しいこと怖いことを嫌でも全身で感じてしまうんだ。

 

 それじゃあ、脳みそを取ればいいのか?いや、違う。

 

 もっと直接的なもの、そう例えば「心」という字が付いている心臓を無くしてしまえばいい。

 そうすれば、生命は「心」という苦しみから永遠に、恒久的に開放されるのだ。

 

 私はそう考える。

 

 「耕多、聞こえる?もしあなたに来世があるのなら、今度は本物の愛に包まれるような人生を送ってほしいな。私からの最後のお願いだよ。」

 

 私はそう言って、両手に握りしめた短刀の刃を耕多の心臓へと、ドンッ、と奥まで差し込んだ。

 

 「あ゛っ゛・・・・!」

 『あ゛っ゛・・・・!』

 

 耕多は表の声と裏の心の声の両方で短い断末魔をあげて、何か抵抗でもするかのように両手を軽くぱたぱたとさせてから急激にがくっ、と身体の力が抜け切り、背面から血だまりの大きなしみを作り上げながら息を引き取った。

 

 「ああ。死んじゃったね。」

 

 私は至近距離で彼を看取った後、すぐに彼を地に縛り付ける杭のような短刀を引き抜いてそれを右目の眼球の時のようにどこか遠くへと放り投げた。

 

 これで彼の人生に終止符が打たれた。

 

 「ねぇねぇ、耕多は今、幸せかな?・・・・え。私?私は・・・・、」

 

 私は彼の死体の前で一人芝居をするのが急に馬鹿らしくなって、心が抜けきってしまった耕多だったものに馬乗りになりながら一人、山中の森から見える青空をずっと仰ぎ見ていた。

 

 真っ青な青空にはぽつぽつと白い雲が浮かんでいて、その手前には山中の新緑の木々たちが太陽からの恩恵である日差しを目いっぱいに浴びて光り輝いている。

 

 その時の私にはそんな何気ない自然の景観があまりにも美しくて、涙が出そうなほどに切なくてやるせない気持ちになった。

 

 空、雲、木々・・・個々の存在はとても美しいが、それらが混ざり合って同じ場所に存在するとなると完璧な一つだけの存在を目視するのは不可能になる。

 

 それは人の心と同じで、人の心もまた自然と同じで単純そうに見えて様々な感情や思惑が木の枝の蔓(つる)のように複雑に絡み合い、天に存在する陽の光や白雲や青空という名の他者から影響を受けて、花を咲かせたり枯らしたり腐らせたりしていく。

 

 私はそのまま、木々の間や白雲の隙間から見える何の雑味も無い青いだけの透明な空が見たくなってそのまま空の青色を目で追いかける。

 

 私がかつて耕多の家の本棚や村の本屋にあった小説や詩集などの本を見た時、大抵のほとんどの作者は、人間は脆く儚い存在であるからこそ美しいと皆が口を揃えて言っていた。

 

 「本当にそうかな・・・・?」

 

 本当に美しいのだろうか?それすらも彼らの、いや、人という存在が持つエゴではないだろうか。

 

 少なくとも今のどこかふわふわとした頭の私にとってはその回答は答えずじまいであった。

 

 そして私は空を仰ぎ見るのを辞めて、地を見つめ直す。

 

 そこには愛しの彼、耕多がすっかりかちこちに冷たくなって抉れた両目から赤い涙の跡を残して大きな大きな血の水溜まりを形成していた。

 

 そして私は無意識に、本心からの想いを耕多に伝える。

 

 「耕多。私なんだか今ここであなたと交わりあいたくなってきちゃった。だから、愛し合いましょ。」

 

 私はそう言って、地面に寝そべったままの耕多が着ているものを全て脱がして彼を全裸にして横たわらせ、私も同じ条件になるために一度は開けた着物を今度は全て脱ぎ捨てて、仰向けになっている彼の元へとゆっくりと腰を下ろし、その綺麗な氷よりも冷たい肌と自分の肌を重ね合わせ、元は生命を維持するために脈動していて今はその役目を終えた穴の開いた心臓部分に片耳を合わせてみる。

 

 当然だが、何も聞こえないし、何も視えやしない。

 だけどそれでよかった。

 意識の在る私は意識の無い耕多をこうやって愛している。それだけでいい。

 

 きっと死でしか感じる事の出来ない温かさや温もりがあると、私は本気で信じていた。

 

 私は冷たくなった心臓から耳を離し、彼の上に跨ったまま新しい愛の確かめ合いの行為を考案した。

 

 そして耕多の心臓に空いた短刀による刺し傷に自分の片手を突っ込んで、掘削(くっさく)をするようにして生々しく冷たい感触の肉の筋を掻き分けてわざと血を溢れ出させて、その真っ赤な鮮血をまず耕多に、次に私にへとお互いの身体中に耕多の血を塗りたくって、私達は塗斑(ぬりむら)こそはあるが真っ赤なもの同士になった。

 

 私は耕多の血の鉄臭い匂いに「彼」を強くそして深く感じて、私は次第に制御不能な性的興奮へと高められて導かれてゆく。

 

 私は耕多の物言わぬ閉じた口とその内部の歯を無理にでもこじ開けて、私の舌に耕多の心臓の血を絡めて耕多の硬いままの舌と濃密な接吻(せっぷん)を交わした。私がいくら舌を生き物のように動かしても耕多の方からは何も反応が無かったが、かえってそれが昔に耕多に挿入を意地悪でじらされた時のような気持ちいいもどかしさを思い出して性的興奮は過剰なほどに高まった。

 

 一方的な接吻(せっぷん)という前戯を終え、私は最後の大取の本番として仰向けで血塗れの状態の彼の上に血塗れの私の身体を重ね合わせて上から強く、しかし痛くないようにして彼を深く抱擁した。

 

 お互いに産まれたままの姿と同じ赤色の単色の姿で、まるで胎児の様にゆっくりと安らかに眠れたのなら、それはきっとこの世で究極で極上の完成された性交に違いない。

 

 私は自分の気が済むまで、愛しき人の抜け殻と共に子を成す事のない性交を楽しみ合った。

 

 やがて飽きが来たのか、私は乾いた気持ちで彼から離れてその場からむくりと立ち上がった。

 

 そしてようやく、何か大きな違和感があることに気付いてきょろきょろと私の身の回りを顔を左右に振って捜索して、次に私のつま先から身体の部位を見ていきようやく、その違和感は自分のすぐ身近にあることが判明した。

 

 いつの間にか元々緑色だった私の第三の目は壊死でもしたかのように紫色に変色しており、人の心を見透かす為に開いていたその瞳は深く、もう二度は開かぬといった感じで閉ざされていた。

 

 私の第三の目のその変化は、耕多を刺した時に起きたのかそれともその後に起きたのかだなんてもはや私には知る由も無かった。

 

 「閉じちゃった。」

 

 私はそんな第三の目の変化を見て、悲しみや焦りや絶望感などは一切感じずに、代わりにもう人の心を読めなくて、視れなくて済むという嬉しさや穏やかさや希望の感情を静かにしかし確かに携(たずさ)えていた。

 

 「もうここに居てもしょうがないよね。行こうかな。」

 

 私は誰に言うでもなく自分で自分のこれからの道先を至純する。

 

 私の視えていた世界は山の中と夫婦の家と灰になった村だけで、それらは全て今となっては意味のない廃墟に成り果てた。

 

 だからこれから私は目的地も難しい思考さえもなにもなく色んな場所へと自由気ままに遊びに行くつもりだ。

 

 その末に本当に愛せる場所に辿り着くことが出来たり、そしてうまく説明できないような私の中で欠けた私の破片を拾い集めることが出来たならそれでいいし、別に最悪出来なかったとしてもいい。

 

 無意識という人や命の本当の姿を体現化する人じゃない私は、きっと何があったとしても、一人でも生きていける、から。

 

 私はそのまま、一糸纏(いっしまと)わぬ産まれたての姿で私にとって全てが新しくなってしまった新たな世界への初歩を踏み出す前にもう一度地面に横たわっている彼の姿を視認した。

 

 「さようなら、私の愛しい人。」

 『さようなら。耕多。』

 

 こんな顛末(てんまつ)になって終わってしまったが、私は今でも彼を、耕多を本当に心から愛している。

 

 そして私は地に最初の一歩を踏み出してその場を後にする。

 

 こうして私の恋はそこで死んだ。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。