※この作品はR-18です。

ハルトマンの妖怪少女   作:命月夜

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第7話『愛しき無意識へ』

 それからというもの、私は目的地も行動理由も無くただ無意識の赴くままに世界中を放浪して回った。

 

 まずは出発地点の日本国内を頭のてっぺんからつま先に至るまで歩き、それに飽きたら今度は人の文明の利器である船にお邪魔して世界中の国々を余すことなく旅して歩いて行った。

 

 その結果分かったことは、人間は結局どの場所やどの時代であっても、使う言葉や身に付ける衣服や使う道具が変わっていっても永久不変といった感じで恋焦がれるような殺戮や狂おしいほどに愛しいエゴを抱きかかえながら生きる生き物だということが分かった。

 

 そして私にとって人間とは外側から見ている分には人畜無害でどうしようもなく滑稽で愛すべき面白い生き物であった。

 

 第三の目を閉じて人の心が読めなく、視えなくなった代わりに私は無意識を操れる力という素晴らしい私からの贈り物を手に入れることが出来た。

 

 他人の無意識を操ることで私は誰からも視認されない存在となり、常時透明人間のようになる事が出来る。

 

 だから私はその力を有効活用して他者の視線を一切を気にせず自由にどこにでも行けたし、何回も目の前の他人に子供じみたいたずらやちょっかいをかけて、その結果「なにが起きた?」と目の前の他人があたふたする様を外側からしげしげと面白そうに観察していたりした。

 

 また、私の力を以てしてもどうやらまだ数歳くらい、または数歳に満たないくらいの子供には私の姿が見えてしまうらしく、そんな時はそのまま流れでその子たちと年相応に無邪気に大地を走り回ったり遊んだり、まだ活発に動けないような赤子などに対しては変顔をしてあやしてあげたり見守ってあげたりした。

 

 まだ他人や人の心を色眼鏡で見たり、人の裸体に劣情や羞恥心を抱かぬ幼い純真な子供たちと遊ぶのはとても楽しかったし、遊んだ子供たちに別れを告げた後にこっそりとその後を追い、いつものお約束のように子供が「裸のお姉ちゃんと遊んだよ。」と言いその親が「何寝ぼけた事を言ってるの。」と言い合う様子を見つめてくすくすと笑いながら「本当なんだけどなぁ。」と言うような日々もそれはそれで特別な感じがして楽しかった。

 

 やがて私は世界の全ての路(みち)を歩き終わり、とある諸外国の北の地点で夜の時間に見えたまるで緑色のカーテンのような空の光景を見て私の旅の終幕の兆しを感じると、なんだか無性に自分が初めて産まれ落ちた場所で見た深夜の星空と銀河と満月が織りなす神々(こうごう)しいイルミネーションにもう一度会いたくなり、そうと決まれば私は無意識のうちに諸外国から出発する船にお邪魔をして日本へと帰国を果たしていた。

 

 戻って帰って来たといっても肝心の私が産まれた山の奥地の場所については全く見当も付かなくて、とりあえず私の無意識を信頼してありとあらゆる緑に囲まれた山々を経由して歩き、私は原点に舞い戻ったかのようにずっと、自分の産まれた場所を探し求めて無意識に歩き続けた。

 

 その道中、私は暇潰しも兼ねて地面に転がる小石を蹴っては追いかけ、蹴っては追いかけを繰り返して遊びながら道を進んでいった。

 

 小石は私が今まで見て来たものたちの中で一番好きなものだった。

 どうしてかって、それは当たり前であるが小石は心を持たぬ存在であるし、誰にも気づかれずただひっそりとそこに居るだけという在り様がどことなく私に似ていたので親近感を覚えたから。それだけだった。

 

 そんなマイペースな旅路の果てに、何やら言いようの出来ない神秘感の空気の流れを感じて感じるがままにその方角へと進むと、そこにはかなり古ぼけながらも逆にその質感に威厳と特異性を感じさせる赤い鳥居とその奥に見える木造の老朽化した神社があった。

 

 私はその神社を見た瞬間に分かった。ここは間違いなく普通の寂れた神社などでは無く、現世と別世界を隔てる境界線であると。

 世界中を旅して生きて来てかなりの神秘にも触れて来た私には容易(たやす)い看破であった。

 

 「絶対ここじゃないよね・・・・でも、なんだか行ってみたい気分かも。」

 

 私は自分のその直感もとい第六感を信じて、別にもう行きたいところは行き尽くしてしまったし、鳥居を潜って現世に戻れなくなってもいいやという軽い気持ちで臆することなくその赤い鳥居を潜り抜けた。

 

 すると、普通であれば目の前にはただ木造の老朽化した神社の光景が広がるはずなのだがどういうカラクリなのか私の目前には別世界のような広大な景色が、山々に囲まれた人里などが広がっていて、景色が視界に入るのと同時にこの世界ならではの郷愁(きょうしゅう)を感じさせるような匂いが私の鼻孔をくすぐった。

 

 「すごい・・・。」

 

 一体何が凄いのか、こんな景色は旅の途中何回も見ていて珍しくも無いというのに私はつい思わずそんな言葉を口走っていた。

 

 まるで私のそんなリアクションを待っていました、と言わんばかりにその景色はとても魅力的に見えたし、それに誰かに「ようこそ。」と数文字の言葉でとても歓迎されているような気分にもなった。

 

 そして私は元来た方向をばっ、と確認するようにして振り向いて見ると、そこにはある程度立派で良い木材を使っていそうな綺麗な神社とそこに行くまでの光り輝くような清潔さの石畳があって、神社の前ではどうやらここの管理人のような巫女服を着た強い存在感と気迫を持つ成人女性が丹精込めて落ち葉を竹ほうきで掃いて掃除している姿が見えた。

 

 その巫女は私の事に目もくれぬどころか、私の性質上、私の存在を全然認識出来ていないらしく掃除を続けていて、私もそれを見て今あの人は忙しそうだし後で挨拶しに行けばいいよね、と思ってまずは先に何だかよく知らないけれどわくわくとした感情が湧き上がるようなこの世界を旅して回りたいと思って神社の長い石段を急ぎ足で降っていった。

 

 そして私はこの世界を旅して回った。

 

 人里はかつて私が祝い村で見たような華やかさは無かったけどどこか落ち着いた居心地のいい雰囲気を感じる所であり、そこに住まう人も標準的な表情で張り付いたような笑顔のお面を被っている者は誰一人として居なかった。

 

 そして人里以外にもこの世界は色々な場所があって、生の終着点の香りがする彼岸花咲き乱れる花畑やそれとは対照的な向日葵(ひまわり)が咲き誇る太陽がいっぱいあるような花畑や、たくさんの天狗が住む鳥の巣のような妖怪だらけの山があったり、じめじめすぎる不快なキノコだらけの森があったり、巨大な蛙が居る池があったり・・・とにかく当分の間、私史上において前人未到のこの箱庭のような世界は私を飽きさせなかった。

 

 この場所には私と同じ妖怪という属性を持ちながら、多種多様な個性豊かな妖怪たちも居て、「あの巫女いつか絶対に喰ってやるわ。」と恨めし気に言う黒い球体から金髪頭を出したお札のリボン?をした闇の妖怪や、常に忙しそうに「特報だよ!朗報だよ!」と飛び回りながらカメラ片手に新聞を巻き散らす鴉天狗や、満月の日には思わず月に吠えて毛むくじゃらになってしまうもうお目にかかれないと思っていたニホンオオカミの妖怪のお姉さんなど、なかなかくせ者揃いであった。

 

 私はそんな妖怪たちや人ならざる者たちや普通の里の人たちに近づいたり遠目で見たりはするものの、決して自分から接触をしたり話しかけようとは微塵にも思わなかった。

 

 何故かと言われれば、別に興味が無かったからだった。

 

 そんなこんなでこの世界の大体の全体像も住人も観察し終えた後、なんだかまた私は飽きたような満たされないような空虚で空っぽな気持ちに襲われていて、この感情が何なのか全く自分でも分からなかった。

 

 そんな毎日のある日、私はこの世界の地下へと繋がるある縦穴を発見した。

 

 それは私がここに来てから久しぶりの新たな発見であり、地下へと伸びるその縦穴を見つけた時、私の頭の中ではかつて祝い村の裏の顔であった地下牢が連想されるようにして想起していた。

 

 別にそれを思い出したからと言ってトラウマだったりの余分な念は湧き上がらず、何となく、自分はなんだか地下という存在や響きと強い因果関係があるのかもしれないと思ってそのまますいすいとその地下への縦穴の道へと降りて進んでいった。

 

 地下の空洞のような道を歩いて行く途中、桶に入った上半身しか見えない緑髪の可愛らしい女の子の妖怪が居たり、巨大な蜘蛛の糸を張り巡らせた中心に陣取る蜘蛛の子が居たり、最後に隙あらば妬ましー妬ましーと飽きずに連呼し続ける残念美人な橋の妖怪の娘(コ)を気にせずにそのまま素通りをして橋を渡りきると、地上とはまた全然違う姿の広大な地底の楽園がそこに広がっていた。

 

 大きな洞窟のようなその世界には、私がこれまでの人生で見たことのない繁華街のような都市が形成されており、そこら中にぽつぽつと和紙で出来た提灯や灯篭の灯りが付いていて明るいのだけれどもどこか薄暗いような妖しい雰囲気を醸し出していた。

 

 そしてそんな照明に彩られた繫華街のような都市の住民はとにかく多くて、人間は全く見かけなかったが代わりに通り過ぎていく者たちは皆、頭から角が生えた鬼やその他にも妖怪たちが我が物顔でこの世界を蹂躙(じゅうりん)し跋扈(ばっこ)していた。

 

 私はそんな街並みを「わ~~~」と間の抜けた声で感想を述べながら歩き、「お。」と多分一瞬だけ私に気が付いたであろう、がたいの良い鬼のお姉さんがこちらを見て、その横に居る小さいちんちくりんな鬼が顔を真っ赤に染めてべろべろに酔っぱらいながら「どうした~勇儀ぃ~」と呼びかけたが、「いや、何でも・・・見間違いかな?」と言って、そのままとても仲の良さそうな強者の風格を漂わす二人の鬼はどこかへと行ってしまった。

 

 私はそんな面白おかしい住人たちが沢山居るこの場所の空気感や雰囲気にすっかり魅了され、地上の表世界の箱庭よりも心が落ち着いているのを実感したうえで、私は思わず「此処ね!」と叫んでしまった。

 

 鳥居という入場門を潜りまだ見ぬ表の箱庭世界へと降り立ち、探検家のように未開の地下へと縦穴を通り過ぎて、無意識の旅の果ての果てに辿り着けた今この場所こそが私の理想郷なのだと意識的にも無意識的にも確信が持てた。

 

 「私、決めたわ!今日からここが私の拠点よ。」

 

 思い立ったが吉日といった感じで私はまず、過去の旅の中で通過儀礼として何度も行っていたその土地全ての全容を把握するという行為を行うために目の前に広がる地底世界の探索をやや駆け足気味でその日のうちに大体終えて、さて残りはと繫華街の向こう側に見える大きな豪邸のようなお屋敷に目を付けた。

 

 全てを把握という名目の元、目に見える場所は例え土足であったとしても上がり込んで攻略したい欲張りな私はそのお屋敷にトタタタタタと軽い裸足の足音を立てながら一直線に駆け出していった。

 

 そうやって辿り着いたそのお屋敷は、遠くから見ていてもかなり立派な風貌であったがいざ近くで見て見るとその迫力は数倍以上にもなるような、そんな巨大で豪華で存在感しかない西洋風の建物であった。

 

 私はどうせ誰の目にも留まらない存在でもあるので、いきなりそのお屋敷の玄関から入って内見をしても良かったのだが、私にもそれなりのポリシーというものがあるのでまずはお屋敷と同じくらいに広くて立派な外庭から開拓を進めていくことにした。

 

 屋敷の外庭はとにかく神経質なくらいに綺麗に手入れがされていて色々な花が咲いていたが、中でも一番多いのは迂闊に触れれば間違いなく血が出るだろう鋭い棘を持った美しい青い薔薇と赤い薔薇であった。

 

 「綺麗・・・。」

 

 思わずそんな感嘆(かんたん)の囁き声が出てしまうほど、私は目の前の花壇の薔薇に目を奪われた。

 

 私は目の前に大量に咲いている赤と青の薔薇のうちの二つに焦点を合わせて、右の瞳には青い薔薇を、左の瞳には赤い薔薇を映し出して、更にその内の一つである青い薔薇に手を伸ばして花が咲いている部分を優しく手で触り、その芳醇な薔薇の良い匂いを嗅いだ。

 

 するとその匂いのおかげで頭や視界が冴えたのか、薔薇の花壇の隙間から人影が見えて、よく目を凝らして見てみるとそこには薄紫色の髪と瞳を携えたここにある薔薇の様に綺麗な顔立ちと容姿の、いかにも屋敷の主人らしい人物がいた。

 

 しかも細部まで目を凝らすと、私と同じ第三の目を所持しておりその色は赤色であった。

 

 「私以外にも、居たんだ・・・・。」

 

 私は初めて見る同族の妖怪の彼女からもう目が離せなくなって、しばらくの間ずーっと彼女を薔薇の隙間から覗き見していた。

 

 どこか気だるげそうで、眠そうにも見えるその顔で彼女は一つ一つ丁寧に花壇に咲く花たちと向き合って優しい手付きで手入れをしていく。

 

 彼女の視線はもっぱら花への一点張りであるが、胸の辺りにある赤い第三の目は何だかずっと私の方を見ている気がしてならなかった。

 

 「・・・・さっきから何を隠れているの、出てきなさい。」

 

 彼女の赤色の第三の目と彼女自身の顔面についている二つの薄紫色の瞳の三つが完全に私に向けられる。

 私は思わず面食らって、ガサッ、という大きな音を立てて花壇から彼女の目の前までその姿を現すことにした。

 

 「あらら、バレてたんだね。ほんと、私ってかくれんぼが不得意だなぁ。」

 

 「・・・・?」

 

 私はえへへと照れ笑いをして頭をぽりぽりと掻いた。

 そんな私を彼女は汚いものでも見るかのようにして嫌そうな顔を浮かべていた。

 

 「ところであなた、どうして私のことが視えるの?」

 

 「どうしてって、そんなの決まっているじゃない。ただそこに居るのが見えたからよ。」

 

 「へー、そうなんだ。あなた結構すごい人なんだね。」

 

 「???」

 

 「私を見つけてくれて、どうもありがとうね。」

 

 「?・・?・・・?・・・・。」

 

 私が第三の目を閉ざして以来、幼い子供たち以外にはその存在を誰も認識してくれなかったのに、彼女だけは私をすぐに見つけてくれた。

 

 私はそのことに対して感謝と称賛の気持ちを言葉で表現してみたが、肝心の受け取り手の彼女は頭の上に大量の疑問符を浮かべて意味が不明すぎるといった感じであった。

 

 「ねぇ、毎日お花の手入れをしているの?」

 

 「・・・まぁそうね、毎日欠かさずにしているわ。私の生きがいの一つだもの。」

 

 「そっか。羨ましいなー毎日こんなにも愛してもらえて。」

 

 私はそう言って彼女の近くに咲いていた赤い薔薇を選択してちょんちょんと優しく突いた。

 するとなんだか横から視線を感じて、見ると彼女が少し悲し気で切なそうな面持ちで私のことを無言で見つめていた。

 

 もしかして可哀そうな子だとか思われちゃったかな。

 でも別に同情は要らないよ。だって悲しみも枯れるほど経験したし、今の私はいつだって無意識だから余計なこと考えなくていいし、辛くも何ともないしね。

 

 「・・・私の名前は古明地さとりっていうの。あなたの名前は?」

 

 「こいし。」

 

 私は咄嗟に悩むでもなく即答した。

 こいしにした理由は旅の中での私の相棒もとい分身が小石だったから、それだけだった。

 

 「小石?」

 

 さとりは軽く素っ頓狂な声を上げる。

 

 「私の名前はこいしよ。」

 

 「小石、?」

 

 「うん。こいし。」

 

 「・・・・小石?」

 

 「だからこいしだってば。もっとひらがなみたく、こ・い・し!」

 

 「小石・・・いえ、こいし、ね・・・・」

 

 さとりは納得がいかないといった風に腕を組んでうーんと唸ったが、この埒(らち)が明かない押し問答に無理矢理結論を出すかのように、

 

 「変な子。」

 

 と一言言って腕組を解除し、片目で私のことを品定めでもするかのようにして見つめてもう私の名前を問い正すのをきっぱりと止めた。

 

 「ま、いいわ。何だか変な子すぎて逆に興味が湧いてきたもの。だからこいし、こんな所で立ち話もなんだから家に来てお茶でもしましょうか・・・あ、やっぱりあなたにはまずお風呂を優先的に振舞いたいわね・・・。」

 

 「わーいやったぁー!!!私、ケーキと大福とカステラと砂糖とミルクいっぱい入れたコーヒー飲みたい!!!」

 

 「あぁ。やっぱり誘わなきゃよかったかしら、、、」

 

 そんな寸劇のような馴れ初めが私とお姉ちゃんの関係性の始まりであり、最初はどこかずれていた歯車もいつの間にかぴたっと組み合さって、私は古明地さとりの妹、古明地こいしとして地霊殿に迎え入れられて気が付けばたくさんの家族に囲まれていたのだった。

 

 

●

 

 

 私があの子に抱いた初対面の時の感想は、なんて不潔で汚くて礼儀知らずな子なのというものであった。

 

 おまけに会話をしてもどこか空の雲を掴むようなもどかしさを感じるし、話の先が読めないというかどう見たって私と同じ種類のサトリ妖怪なのに第三の目は閉じてしまっているしそのせいか心も読めないし、何の経緯か全裸で体中が汚れてるわで、突っ込みどころを上げればきりがなくて丸一日潰せそうなくらいに不可解な子であり、本当は全然関わりたくもない存在であったが一応同じ仲間であるはことは確かだし、シッシッと狂犬病にかかった野良犬を追い払うようなことをしても後味が悪いので、私は地霊殿の主としてこんなにも器が広いのよと自分に言い聞かせてあの子と少し花壇の前で交流を図ってみた。

 

 するとどうだろうか、最初はいかにも外見からして訳ありで面倒ごとの種子のような子だと思っていた私であったが、指先一つとは言え赤い薔薇の花を愛でる彼女、こいしの横顔に何か言葉に表せないような不思議な想いと人としての縁や繋がりを強く感じてしまったのだ。

 

 花を愛でる者に悪い者は居ないとよく言うが、私はそんな常套句よりも先にこの不思議で可愛らしく何か私に熱い想いを想起させるような子をここで放っておけない、というか逃すものかと思ってまず彼女を私の住まう地霊殿へと誘(いざな)った。

 

 こいしというネーミングセンスは如何(いかが)なものかと腑に落ちなかったが、まぁいいわ、ともしかしたらこいしという響きを気に入る日が来るかもしれないし、気に入らなければ私が新しく名前を付けてあげればいいものと軽く思っていた。

 

 そんなこいしという目が閉じた変わり者のサトリ妖怪との初遭遇であったが最初は本当に、彼女のことはペット同様な扱いで家で飼おうかしらねなんて考えだった。

 

 こいしが初めて地霊殿に足を踏み入れて、お菓子と珈琲(コーヒ)~!と駄々をこねるのを無理矢理引きずってまずは最大限のマナーである入浴をさせた・・・のはいいのだが、どこで拵(こしら)えてここまでやって来たのかとにかく体の汚れや泥臭いような体臭が洗っても洗っても落ちなくて落ちなくて・・・もはや入浴というよりかは私に課された作業という名の拷問の様にその時は思えた。

 

 「お風呂なんて何十年ぶりだろう。とっても温まったし気持ちよかった~♪ありがとう、さとり!」

 入浴後にほくほくとした顔でそんな能天気な事を言うこいしとは対照的に、私は普段からの運動不足も祟って肩を激しく上下に揺らし続けてぐったりとし、ゼーハーと腹式呼吸をするような虫の息であった。

 

 それでも私の見立て通り、こいしは磨けば光る原石のように入浴後は見違えるほどに綺麗な容姿になり、緑髪とそこに少しの癖っ毛を備えて緑色の透き通ったピュアな瞳と童顔で可愛らしい顔であるが、そこには少し大人の女性というか、どこか成熟したような妖艶(ようえん)さが在るそんな美人な少女であった。

 

 入浴時間が終わった後は、約束通りお茶とお菓子をこいしにご馳走してあげた。

 

 こいしが「丸半日何も口に入れていないから好きなものをお腹いっぱい食べさせて」と言うから、半日とはまた微妙な・・・と思いつつも、私は何だかよく分からないけどこうなったらこいしの我儘なフルコース注文を全部叶えてやろうじゃないのと半ば対抗意識を燃やしてケーキと大福とカステラと砂糖とミルクいっぱい入れた珈琲(コーヒー)とその他諸々のスペシャルティーセットをこいしに大盤振る舞いしてやった。

 

 そんな糖分の山塊(さんかい)をこいしはあれも美味しいこれも美味しいと一生懸命頬を膨らまさせて食べていて、私はそんなこいしの姿を見てまるで鼠が頬袋に食料を貯め込んでいるみたいねとこいしの小動物のような可愛らしさに思わず笑顔になってしまった。

 

 そしてそんな食べ放題なお茶会もひと段落ついたところで、私はこいしのことをもっと知りたくなっていたので「こいしはここまでどうやって来たのかしら?」と単純にこの地霊殿までの道のりを尋ねてみた。すると。

 

 「・・・・ごめんね、さとり。あまり過去のこと言いたくないの。」

 

 と、さっきまで太陽の様に明るかったのが嘘だったかのように曇り顔になってしまったので私は内心とても慌ててこう言った。

 

 「あ、いえ、違うのよ。過去とかそんなじゃなくて、どうやって幻想郷に入ってからこの旧地獄と私の家を発見したのかって意味なの。ごめんなさいね、誤解させてしまって。」

 

 「・・・ううん、大丈夫。でも、さとりにはお風呂に入れてもらったり美味しいもの一杯食べさせてくれたし、何よりも私のことをちゃんと見つけてくれた・・・・だから、そのお礼として私の昔話を話した方が良い。かな?」

 

 「・・・それは私に聞くことじゃないわね。あなたの、こいしの心が決めることよ。話したければ好きなだけ思う存分話せばいいし、話したくなければ無理に話す必要はないわ。」

 

 「わかった。じゃあ話さない。ごめんね、せっかく楽しい雰囲気だったのに・・・」

 

 「謝ることないじゃない。私だって過去に碌(ろく)な思い出が在りはしないから自分から進んで昔話を話したりはしないわ。それに、いいのよそれで。だって過去ばかり振り返っても前に進めないもの。」

 

 そう言って私は無意識のうちに自分の手を伸ばして小さなテーブル越しの向かい側に居るこいしの頭を優しく撫でた。

 するとこいしは最初はしょんぼりとしていた顔が私のその行為によってふわふわとした笑顔になってくれた。

 

 その後、私は気を取り直してこいしに旧地獄の知る人ぞ知る豆知識や私だけが知る秘湯や地霊殿のひみつやそこで飼っているペット達についての話や私、古明地さとりという世界で一番賢く利口な誇り高きサトリ妖怪の武勇伝などを話して聞かせた。

 

 こいしは私の話をとても楽しく聞いてくれていて、でも何故か最後の大取に取っておいた私の話になると途中でテーブルに顔を付けて夢の世界へと旅立ってしまったが、今日一日旧地獄巡りや私の家で色々と遊んで疲れ果てちゃったのねと自分で納得をして、その穏やかで口角を緩めて安心しきった可愛い寝顔を崩さないようにと静かにこいしをテーブルから柔らかい大きな敷布団のようなクッションに寝かせて暖かい毛布を掛けてあげた。

 

 「今まで疲れた分、ゆっくりおやすみなさいな。こいし。」

 私はすぅすぅと気持ちよさそうに寝息を立てるこいしの額にまるで自分の所有物でもあるかのように軽くキスをした。

 

 そんな初日を終え、次の日も、そしてそのまた次の日もその先もこいしは私を決して飽きさせることのない子であった。

 

 だってちょっとでも目を離した隙にふらふらと危なっかしい千鳥足のような歩みでどこかへと行こうとするし、当人をとっ捕まえて問い質せば「だって無意識だから自然に足が動いちゃうんだもん。」とさぞ当たり前のように言うものだから、私は束縛や説教こそしなかったが常にこいしのことをなるべく視界の隅にでも置くように努力をした。

 悪い鬼に連れ去られたり物に衝突したり針地獄の落とし穴にでも落ちたらどうするのよ、私は絶対こいしがそんな目に遭うのは嫌よ。という心持で日々を過ごしていた。

 

 こいしは愉快な子で、私が地霊殿の執務室で全意識を集中させて旧地獄関連の書類整理などの仕事をこなしていると、こいしの持つ無意識の能力を悪用して急に目の前に現れて「ばぁっ!」などと私にちょっかいを掛けてくるのであった。

 最初こそは「きゃっ!」等と常に冷静沈着な私に相応しくない小娘のような叫び声を上げて、「大成功~」と謎の勝利感に酔いしれるこいしを三つの目で恨めしそうに見ていた私だったが、それを何回も繰り返されるうちにこいしが急に目の前に出現しても「あーはいはい。」と軽くあしらうくらいには肝の筋肉を鍛えることが出来るようになった。

 

 ・・・・でも、たまに天と地がひっくり返るくらい驚いてしまうのはこいしには内緒。

 だってあの子すぐ調子に乗るんだもの。

 

 こいしが家に来てから一か月くらいが経って、そろそろあの子にも私のお下がりの洋服じゃなくてこいしらしいお洋服を着てほしいと思い、私はそう思った日からすぐにこいしのために、こいしがこいしらしく居られるようなそんな服のイメージ図をデッサンしてそれを形にするために生地選びや裁断や刺繍などを自分の手で一から十まで行い、こいしの体(てい)を視覚化し表すための洋服や帽子を作り上げた。

 

 そんな私の丹精込めた職人気質な洋服や帽子をこいしはとても気に入ってくれたようで、

 「うわぁー!とってもかわいい!ありがとう、お姉ちゃん!」

 と、満点な笑顔で舞い踊るかのようにして喜んでくれた。

 私はそれを満足顔でうんうんと素直に喜んでいて「・・・ん?」と一瞬違和感を感じた。

 その違和感の正体はこいしに初めて「お姉ちゃん」と呼ばれたことであり、私はそのお姉ちゃん呼ばわりにこう、なんだかこう、むず痒いような恥ずかしいような?感情を心で感じていたのであった。

 

 後からこいしに聞いてみると、さとりはなんだか私よりも大人みたいで何でも器用にこなしちゃう頼もしさがあるから「お姉ちゃん」と呼んだ、という別に姉妹という意味ではないというこいしの回答に私はそわそわしていた胸を落ち着けるように撫で下ろした分、なんだか少し悲しいような気分にもなってしまった。

 

 そりゃ、最初は手間のかかるペットが一匹増えたわねくらいの認識だったけれど、いつの間にかペットなんて枠を飛び越えて親しく、下手をすれば姉と妹・・・とその時の私はそこでぶんぶんと頭を横に振って孤独を愛する私に相応しくない感情ねと自分に嘘を付いてその場をやり過ごした。

 

 それでも私は気が付けば、あの子のために、こいしのためにといつの間にか日常的に頭の中がこいしのことでいっぱいになっていた。

 

 こいしの笑う顔が見たいから、こいしの無邪気に駆け回る姿が見たいから、こいしの悪戯っ子な一面に勝負を挑みたいから、こいしと何気ない毎日を過ごしたいから、ずっと一緒に居たいから。

 だから私はこいしの幸せを願って色々な心の交流やあの子がまだしたことのないアクテビティなどを喜んで惜しみもなく無料提供していった。

 

 そんな私の試みや、私の右腕左腕両腕で側近で大切な家族であるお燐やお空との瞬きする間もないような打ち解け方や、地霊殿という名の動物園に大量に居るペット達との文字通り肌と肌との交流などが功を奏したのか、こいしの表情やオーラは最初にここに来た時よりもどんどん明るく朗らかなものになっていって、私はそんなこいしという存在本来の個性や閉ざされていた優しい心が次第に蕾が夜を越えて開花するかのように開かれていく姿を見守るのが心の底から嬉しかった。

 

 ここまで来るとこれは最早、愛という感情なのでは?

 

 と、何回も考えたことがある。

 でもお生憎様(あいにくさま)、私は「愛」という小恥ずかしいような、原料が独占欲と利己主義とエゴの添加物で造られた邪(よこしま)な感情なんて大嫌いなので、私がこいしに抱く感情は「愛」では無いと、逆にそんな身体に有害な感情をあの子に与えたら失礼だし可哀想だものと自分の中で仕舞い込んでいた。

 

 その時の私は自分に素直になれない臆病者で、単なる格好つけのしょうもない馬鹿者だった。

 

 そんな私の悶々とした感情を嘲笑うかのようにお燐とお空は事あるごとに「さとり様、こいし様に溺れる愛と書いて溺愛だね~。」とか「さとり様はあたいが妬いちゃうくらいこいし様に惚の字じゃないですか。」などと、私の憎たらしい大切な家族の二人は表の声でも心の本音でも私のこいしに対する感情を応援してくれていた。

 

 しかも決していやらしい笑みでは無いが、お燐とお空は二人並列に並び合って私とこいしのわちゃわちゃとした交流をにやにやとした非常に嬉しそうな笑顔で『『さとり様、人生で一番幸せそうな顔してるな~可愛い。』』と二重の心の声が聴こえた暁にはとんだ主人や飼い主に対する下剋上ねと照れながら怒るような変な感情を私は右拳に押さえ込んでいた。

 

 こいしと過ごすようになって一年と半年くらいが経ったある日、いつものようにこいしと二人水入らずの気取らないお茶会をしていると、こいしが急にこんなことを言い出した。

 

 「ねーさとり、私達って家族だよね?」

 

 こいしのその発言は別に私を試すような算段の言葉でも無かったし、家族扱いされていないんじゃという恐怖や不安からの発言でも無かったし、普通に何気なく口から出たような言葉であった。

 私は世界で唯一、こいしの心だけは読めないがこれまでに多くの人や心を視て来た分、イントネーションで大体の心理や感情は分かる。

 

 「そうね。でも、家族っていうのはわざわざその相手に聞いて確かめるものじゃないのよ。」

 

 「どうして?」

 

 「当たり前だから。それを聞くまでも無く、私はこいしを家族だと思っているしこいしだって私を家族だと思ってくれている。でしょう?」

 

 「・・・・当たり前、当たり前ね・・・なんだか私、当たり前っていう言葉で初めて嬉しい気持ちになれたかも。ありがとう!さとり!私、さとりのその言葉を聞けてとっても嬉しいよ!。」

 

 「どういたしまして。そう、それとねこいし。今日から私のことはさとりじゃなくてお姉ちゃんでもいいわ。いえ、お姉ちゃんって呼んでほしいの。」

 

 「え!?どうして、そんな急に・・・?」

 

 こいしは目に視えて心拍数や感情が高ぶって、驚きの表情の中に期待と幸福感の表情を織り交ぜていた。

 

 「理由は簡単よ。あなたと、こいしと本物の姉妹になりたいの。」

 

 「でも、私はさとりと血が繋がっていないし、生き別れでも双子でもないし、それに・・・・」

 

 「それに?」

 

 「また愛が壊れるのが怖いの。」

 

 私は、こいしの奥底に眠るトラウマの心の声が表層の海面から顔を出したのを胸が痛くなるほどに感じた。それでも私はあえて、私が今最大限の全力で出来るこいしの心に明るい灯(あか)りを灯す言葉を贈呈した。

 

 「あのね、こいし。血の繋がりとかなんだとかそんなの全く関係の無いことなの。心が繋がっていれば、人は家族でも姉妹でも何にだってなれる。人ってそういうものよ、こいし。」

 

 「・・・お姉ちゃん。」

 

 こいしのその「お姉ちゃん」は尊敬の念や目上に対する言葉遣いなどでは一切無く、家族として、そして姉妹という絆や愛としての完璧な発音であった。

 

 「こいし。人を愛するのを恐れないで。私はあなたを見捨てたりなんかしない。こいしの怖いことや悲しいことや嬉しいことや楽しいこと、全部私が受け止めてあげるわ。だって私はこいしの姉だもの。そしてあなたは今日から正真正銘正式に、古明地こいしよ。」

 

 「~~~っ!!!はいっ!ふつつかものですがよろしくお願いします!お姉ちゃんっ!!!」

 

 そう言ってこいしは私の肋骨が粉々に砕け落ちそうなくらいに激しく胸元に飛び込んできて、いつも以上に眩しすぎる笑顔と本人が気づいているかどうかは分からない涙を零しながら、私の抱擁に抱擁で返してくれて承諾の意志を示してくれた。

 

 「もう、ほんとこの子ったら。ちょっとこの後文学の授業でも行った方がいいかしら」

 

 私は相変わらず面白くて可愛くて心底愛しき妹の頭を優しく撫で続け、こいしは「えへへ。」と嬉しそうにいつまでも私と一心同体のようにくっ付いていた。

 

 その後、どこから聞き耳を立てていたのかお燐やお空が「祝!古明地姉妹同盟!」だなんて横断幕をぶら下げて紙吹雪の代わりに頭蓋骨や怨霊や火の玉やゾンビフェアリーを巻き散らして私がまるで地霊殿を跡形も無く崩壊させてしまうような怒鳴り声を上げ、それら一連の流れをこいしが腹の底からおかしそうに笑っていた光景は今、本 当 に 今 となっては良い記憶である。

 

 こうして無事、古明地さとりと古明地こいしは血の繋がりは無いが本当の姉妹のような関係性になることが出来た。

 

 あの時、こいしが家族という当たり前の質問だけれど、姉妹に成れる大切なきっかけの質問を与えてくれたことについて本当に感謝をしているし、もう自分に嘘は付かない。

 

 私はこいしを家族として、姉妹として心から愛しているわ。

 

 その想いに見返りも押し付けも必要無い。だってそんなものは愛なんかじゃないもの。

 

 私はこいしに「産まれてきてくれてありがとう。」だなんて身勝手で在り来りな事は言わない。

 

 その代わりに、今そこに居てくれて、私の元まで生きて会いに来てくれて本当にありがとう。

 

 私はこいしのためならば例えその命を枯らすことさえも構わない。

 

 それぐらいに私にとってこいしは私の生きる意味、生きがいよ。

 

 

●

 

 

 私の心がふわふわとしていて、とてもとても暖かい。

 

 まるで暗闇の中にぽつんとある電球色の円形の光の中で眠っているみたいに心地が良い。

 

 きっと今の状態が、これこそが私が追い求めていた愛なのね。

 

 いつの間にか、瞳で瞬きする間もなく私の隣には静かに優しい顔で見守ってくれるお姉ちゃんが居て、私の周りにはにっこりとした笑顔のお燐やお空や地霊殿のペットたちが居て、私は毎日飽きることも逃げ出すこともないような幸せな愛に優しく包まれている。

 

 ああ、本当に幸せだなぁ。

 

 生きてて、生きてお姉ちゃんに会えて本当に良かった。

 

 私の人生の長い長い旅路はきっと、お姉ちゃんに出会うためにあったものなのね。

 

 お姉ちゃん。あの時私を見つけてくれて、姉妹になってくれてありがとう。

 

 私、いつも心に秘めていることがあるの。

 

 お姉ちゃん大好き。ううん、家族として、お姉ちゃんとして本当に心から愛してる。

 

 そして私の愛しき無意識へ。

 

 私をお姉ちゃんに導いて会わせてくれて本当にありがとう。

 

古明地こいしより。

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