午前11時08分
▼水の国バブロー J区 噴水広場前▼にて
跳ねておどるその背の音は、癒しの水音というよりは彼の耳にはただのゲーム内の環境音。
特段浸りはしない。
そして、そこそこの人通りの大噴水の前でもて余していた暇に、このしっくり来ない感覚をもう一度半透明のメニュービジョンを宙に投影し開き確認する。
□装備
土鬼殺しのアサシンソード
爆炎スパイダークラブの指抜きグローブ
太陽騎士の赤ロングコートマント(黒カラー)
湖騎士のサイレントジェットブーツ(黒カラー)
黒紫檀の数珠
刹にぃ印のハイじゃんけんプロテクター
□
「これじゃねぇんだよなぁ…シャドウカリバーがないとやっぱり、あーークソぉ……」
「それに」
□ステータス
シャドウ・シェード
所属ギルド チョコレートデスティニー
レベル255
種族 ヒューマン 女
職 影属性魔法剣士
装備称号 グルメ王 傭兵 トリックスター
□
「なんで女になってんだぁーーちくしょーーー!!!」
「あ、やべっ!??」
「俺の声ミュートしてるからまわりに聞こえないから大丈夫だけど……あーあ、このバグ……」
黒服の剣士が躁鬱のリアクションを繰り返していると、前からゆっくりと近づき何かが歩みを止めた。
幾何学的模様をした淡いクリーム色の足元から見上げて見ると、
「まっくろくろすけのこれがシャドウ・シェード?」
口元からもくもくとくゆらせているピンク髪の女がいる。半分死んでいるいるようなやさぐれた女性の目元にひとつほくろがある。シャドウはさりげなく話しかけてきた女の情報を確認した。
□公開情報
サンサン・シュガー
所属ギルド チョコレートデスティニー
種族 ヒューマン
職 メイド
装備称号 休憩師 サボリ魔 リサイクルショップドリーム店員
■装備
淡雪のホワイトチョコブリム
クラシックビターチョコ板メイド服
ウェハースウェーブシューズ
殿様幸運ハンカチ
□
開幕開口そうそう態度が悪いアンドぼそぼそしゃべりのメイドがいきなりタバコを咥えて黒い剣士の前にいる。もはや咥えながらしゃべっていたのだろう。
「俺はそうだが……?」
爽やかな噴水広場の景色に合わない、すこし甘くて苦いそんななんともいえないニオイがシャドウの鼻先までただよってくる。
「タバココアだけど? ──いる?」
メイドはポッケから一本、ココア色のタバコをすっと取り出し、シャドウへと渡そうとした。いきなりの連れゲームタバコの提案に────シャドウは闇凪陽でよくしてくれている男の狂ったスマイルを何故か思い出し冷静にこたえた。
「今はいらねぇー……タバコって臭いしイカれた刹にぃでも総じてカスって言うぐらいだし、たしかそのおやつ一本でもレア素材がいっぱいいるんだろ、それってヤバイだろ、色んな意味で」
「あ?」
タバコを噛みながら『あ?』と驚いた反応をみせるも口はさほど開かない。相当に煙たい人だとシャドウはわかった。そして気にせずシャドウは続けた。
「それより話しかけてきたってことは遣いなんだろ? …チョコデスの」
「……このぉ、紅茶ウッドドラゴンってのを倒して来いって、あんたにギルマスが」
メイドが開いて見せつける文房具メーカーとのコラボアイテムであるタコイカ学習帳には、紅茶ウッドドラゴンからのレアドロップの茶葉を納品せよというクエストの簡潔な内容が書かれていた。
「紅茶ウッド…まじか? たしか期間限定だったモンスターだな」
「は? 限定? なにそれつよいの」
「あーー、もう終わってるから今はレア敵扱いだけど。ま、闇凪陽でも狩りまくったし攻略法は覚えてる気はするか? たぶん俺1人でもだけど? ────せっかくだから? ゲーム世界にいるのにゲームやらないなんてそれこそホンモノの舐めたカスじゃね」
「あ?」
破いたノートのページを丸めてタバコ女へと投げる、ふざけた軌道をえがいた紙は黒い炎に燃え尽きていき──咥えた新品のタバココアに火をつけた。
▼
▽
▼秋の道7▼にて
【シャドウブーメラン】己の影の内から取り出した影兵器を投げつけた。
鋭い弧を描いた黒いブーメランが火鹿の片角を砕いた、これで厄介な誘導性能をほこる火のマジック【シカビ】は使えない。
後は影魔法も回復薬も使う必要もなく、影魔法剣士はアサシンソードで冷静に立ち回り中型のエリアボスを倒した。
紅葉樹木立ち並ぶ秋の道の落ち葉に引火した落ち火に、タバココアをそっと触れさせる。
メイドがサボっている間にも奥深くへと黒い剣士はアサシンソードを剣鞘に仕舞い進んでいく。だが途中で立ち止まり彼は振り返る、手のジェスチャーもなく離れた距離の睨めっこをしている、だるまさんがころんだをしているわけではない。
ココア色の息を吐いたメイドはまた歩みはじめた黒い背をすこしして追っていった。
▼秋の道8 紅葉の木の下 隠し休憩ポイント▼にて
「え、こんなにポイント残ってんのか?」
ステータスビジョンの操作を小うるさいので大人の余裕をみせ明け渡す。対面でぽちぽち指をせわしく動かしている黒ガキを、木の幹にもたれ座りながらピンク髪は眠たそうな目で観察をする。
「職は素メイドやり込んでなくてある意味ラッキー。それとたしかメイドって武器笛使えたよな? 普通に戦闘職のバトルメイドもありだけど、なんかふかしてばっかで向いて無さそうだしなー。やっぱ補助職のメイドウィッチか冥土あたりがいんじゃないか。あ、たしか刹にぃがカス専用の職があるって言ってたな、えっとなんだっけあーあーアレだ」
「じゃ目指すべきはこれだろ、そうそうそう弓矢マスターから嘘じゃなけりゃ未開地が派生するはず……おおおおやっぱり! 半信半疑だったけどすげぇ!! アローマスター…アロマスター、ツリーにおっさんのダジャレなんてやっぱ人がつくってるゲームだなぁははははは」
勝手に決められてゆく。サボっている間にもコンセプトが固まっていき、知らないスキル情報が蓄積されて後戻りできなくなっている。
しかしそんなどうでもいいゲームの事より、春なのに知らない秋の景色エリアで一服嗜むのも──。
メイドアロマスター職サンサン・シュガーはタバココアを優雅にふかしながら、ギャラルホルンオンラインを今日もユラユラぷかぷかどこともなく……漂うようにサボっていく────────。
⬜︎秋の道12
ENEMY
紅茶ウッドドラゴン
海老蝉×2
PARTY
シャドウ・シェード 影魔法剣士
サンサン・シュガー メイドアロマスター
小芝★まりさ バトルウィッチ
御子柴★ばりさ バトルウィッチ
⬜︎
秋の道12を徘徊すること27分────予想していたよりも早く、幸先よく現れたレアエネミー紅茶ウッドドラゴンとその他おまけを、シャドウ・シェードをリーダーとする初対面即席パーティーで挑む。
既に役割分担はされており、ボスの取り巻きであるうるさく飛び交う赤い昆虫モンスター海老蝉2匹を相手にするのは、珍種バトルウィッチコンビ。
赤紫のトンガリ帽子と学校のジャージが小芝、青紫のおそろい衣装が御子柴である。両方とも装備するメイン武器は箒である。しかしバトルウィッチとは魔女として魔女たる所以の魔法を一切使えない物理特化の職であり、さらに剣や槍を装備できず箒しか装備できない……バトルウィッチとは名ばかりの一見落ちこぼれのようなものである。だが腐ってもウィッチの系譜、他の前衛職より多少MPが多いだけの……使い手の非常に少ない努力型遅効性大器晩成型の珍種であるため────
高速の羽音で体当たりを仕掛けてくる海老蝉に箒を振り回し対応するが、海老蝉の運動性は取り巻きながらなかなかすばしっこい、ハチドリのようなキレのいいステップとホバリングに翻弄されていく。さらに厄介なのは【蝉時雨】である、蝉のうるさい鳴き声が魔力を帯びて放たれる中距離技でこれを浴びるとダメージ+かるい麻痺状態になってしまう。
「あぎゃああああこのせみつよーーーきもーーー」
「くんなくんなーーーどぅへええええぎゃあああ」
ミンミンミンミン鳴く蝉に人間様魔女様がまるで歯が立たない。
再び海老蝉が麻痺状態の獲物に攻撃を仕掛けようとしたそのとき────
海老蝉たちは方向転換しトンガリ帽子のコーンをUターンしながら別の方向へと飛んでいった。
サボっている良い匂いのする方へと……そして2匹こ海老蝉は木に取りつき、その尖った口元のストローを昆虫らしく樹皮に刺した。
「あ? ──ほんとにきたんだけど、セミホイホイ」
木にもたれ大人しく羽を休め休憩をはじめた赤いデカ蝉を凝視、龍骨の喧嘩煙管をふかしながら、ピンク髪のメイドは不味そうな顔を浮かべた。
【刻み:メープルアロマ】:
メダルゲームの景品である喧嘩煙管の先端に丸めた刻みをのせて、火をつける。
丸めたアロマ刻みは豊かな香りバフを漂わせながらその効果を付与する対象を指定可能。
漂うアロマ煙の行く末はもくもくと鮮やかに煙り、戦闘エリアに事前に見つけ出して文房具メーカーコラボの付箋アイテムを貼りマーキングしていた渋ベリー酒の木を燻した。
職はアロマスター系譜、サボリ魔の休憩師かつメダルゲームの景品がないと使えない技。
しかしあくまで炊いているのは一般用途のアロマである、体におそらく害はないが長時間の吸い過ぎに注意。
嘘か冗談かゲームか現実か、サボっているだけでも戦力になる職メイドアロマスター。
酒の木に誘導した海老蝉はその渋甘くてクセになる樹液を吸うのに夢中だ。
□CHAT
サンサン:蝉がフセンの木にとまってるけど
シャドウ:OKそのまま酔うまで放置してりゃ勝ち
サンサン:トンガリっこが親の仇ばりにセミはたいてる
シャドウ:今すぐとめろ!!!
□
これでは上手くハマっている策も台無しやむを得ない、喧嘩煙管で背後から小突かれたトンガリコンビは倒しても復活する海老蝉への攻撃をやめた。
舞い落ちる葉を刻み避けながら影は舞うように戦う。
ボス格レアENEMYとして厳しい攻撃を続けているはずもなかなか影を捉えられず……ついに高度思考回路がしびれを切らした紅茶ウッドドラゴンは【ダジリンドラゴンブレス】をおどろしい樹木竜頭から放つが、──予習済み。
その香りの変化を影剣士でグルメ王の称号もちは決して嗅ぎ逃さない。
変わり種のギミックを嗅ぎ取り、手痛く熱いドラゴンブレスを回避。
その長いモーションの隙間にしっかり技をきめていく。
樹木系ドラゴンの巨影へと回ったシャドウは、【土竜斬り】アサシンソードを地の敵影に突き刺し、相手の影へと自分の影を潜伏させた。【土竜斬り】自体は対地属性の敵への特効剣技であり通常ダメージはそれほど多くないが、影魔法剣士は敵の影を特殊技で斬れば他の職種にはない隠された効果を発揮することができる。
ニヤリと笑ったシャドウは怒った紅茶ウッドドラゴンの地から引きずり出てきた根尻尾を避けながら、さらに舞い落ちる木の葉を避ける。くわえて自分の影を自在に少し広げて、影エリア内の異物を常に押し出し、落ち葉に当たらないように注意を払う。
「ブッ刺し上々!! やっぱりパーティーリーダーってのは最高だよな。いずれイカれマシーンの刹にぃも倍返しの恩返しでこきつかいたいっ!! ハハハハなぁーーん──てぇ??」
「いたーーーい!? ぬぇええ!?? なんでぇなんで毒ってダメージ受けてんのぉ!?? バグぅ!??」
「なんこれえええええしぬしぬーー!!! もうワケわかんなーーーーい!!?」
「何やってんだ……紅茶ウッドドラゴンの落ち葉に触れると猛毒ダメージだぞ? ここまできて自殺願望?(バトルウィッチにするぐらいだし自信あるのかと思ったぞ?)」
「「さっさささささ……さき言えーーーーーーー!!!!」」
呆れ振り返るトンガリジャージ魔女の落ち葉の音をかさかさ鳴らす愉快なタップダンスに、パーティーリーダーは冷静に注意を促したが時すでに遅し……いたずらな耳に珍種たちの心地良い絶叫が響きわたる。
小うるさいトラブルは尽きないもののそれもゲームを飽きさせないスパイス、ギャラルホルンオンラインの光も影も多く知るシャドウ・シェードはやはりリーダー気質ではないと……また怒り香り枝葉の両翼を広げた巨竜紅茶ウッドドラゴンに勇むアサシンソードを構えた。
投稿していた数話の文章をまとめて分かりやすく編集しました。
既に途中までお読みであった方々は申し訳ないですが、よろしくお願いします。