TSの退魔狐 作:TSスキー
天照大神おわす 昼 の世は 人 のもの
月夜見尊おわす 夜 の世は 妖 のもの
されど欲深き人の子は
神の光を持ちて夜を犯し 世の全てを我が物とせしむ
禁忌を犯せしその代償
夜と昼の狭間に生まれし罪の烙印
それが『辟邪の半陽』なり
退魔陰陽寮
辟邪退魔師隊書簡 序文より
時刻は草木もねむる丑三つ時。
悪鬼羅刹、魑魅魍魎。
御祖十二柱と呼ばれし大妖怪達、彼らを源流として現るモノ、定型妖魔。
この世に在って人の営みに影を落とす者達が、ある神社を取り囲み、その周囲の森すら埋め尽くすほどに集っている。
そんな彼らに囲まれた只中で、少女が一人悠然とそこに立っていた。
「随分といるな」
少女から大人の女へと変わる最中の、可憐さと美しさが見事に合わさった相貌に余裕の表情をたたえ。
ぴっちりと身体に張り付いてその豊満な肉体を強調するボディースーツを纏い、月明かりを反射して煌めく金の髪を靡かせる。
何より目を引いたのはその頭の上でぴくりと動いた獣の耳と、ゆらりゆらりと揺れる毛並みの良い金毛の尾。
「コン」
子気味良い呪文が暗い夜の森に響く。
その呪文の紡ぎ手である少女はまさに鈴の音のような、そんな表現が相応しい声で二の句を続ける。
「我、魔性の仔。この身は人を惑わし、魔を誑かし、現世を欺く」
「汝、狐を追うなら覚悟せよ。狐を狩るなら用心せよ」
起動詠唱以降を破棄しない全文詠唱は、それを唱え続ける一人の少女の、半陽の退魔師としての本気。
その妖力は膨れ上がり、彼女と対峙する人ならざるモノ、妖魔達に畏れの感情を抱かせた。
「一歩、無音。二歩、無痛。三歩、無息」
コツ、コツ、コツとブーツの靴底が石の道を三度踏み鳴らす。
聞くモノ全て世界が無音となり、少女の靴音だけが標となる。
その音に意識を奪われた妖魔達は致命的なまでの隙を晒し、すぐ目の前に少女の美貌があることにようやく気がついて。
「
その声を聞いたが最後、森を埋め尽くした妖魔達はその首と胴を別れさせ、塵となって消えた。
あれだけ群れをなしていたその全てが、一体と残らずだ。
「ふう」
軽く一息。
汗のひとつもかくことなく、こともなげに一瞬にして周囲に在ったありとあらゆる妖魔達を塵へと変えた少女。
彼女は陰陽寮に所属する退魔師。
それも、半陽の退魔師と呼ばれる妖魔と人との混血、『辟邪退魔師隊』の辣腕退魔師であった。
「よし、帰るか」
そう言って彼女が踵を返したその瞬間。
しゅぅ、と音と煙を立てて先の美貌の少女の姿が掻き消える。
後には夜の静寂と、平凡な顔立ちをした
□
鐘の音が、その日の午前中最後の授業の終わりを告げた。
まだ授業は締められていないものの、待ち侘びていた時間に教室内が活気付く。
「えー、では今日はここまで。次回は三角関数を使った距離の測り方を教えますので今日出した方程式を覚えておくように」
教科担任の教師も長話などで生徒達を拘束するつもりはなく、流れるように次回の授業の告知を行うと、最後に教室内を見渡す。
「そうそう、このところ体調不良者が増えています。みなさん遅くまで校内に残ったりせずすみやかに帰宅しましょう。では、これで」
それだけ注意をして教師が出ていくと、先まで由緒正しき
急ぎ購買へと向かう慌ただしい生徒、昼食前に友人と談笑する生徒、午後の授業の準備をする真面目な生徒。
そして、朗らかで不思議な雰囲気を纏った少女、
「みなかちゃん♪」
「……なに?
猫撫で声で己の名を呼んだ友人に、少女天之みなかは微笑みながら応える。
相手は
「どう、授業にはついていけてる? 転校してきたばっかで、前の学校とは教えてるとこもぜんぜん違うでしょ?」
みなかは転校生だった。二週間前にとある理由で淤能碁呂学校に転校してきたのだ。
淤能碁呂学校は千人以上の生徒を抱える由緒正しき巨大校で、規模に比例するように生徒達に求められるレベルも高い。別の学校から来た生徒では勉強の進度に置いてきぼりにされる可能性も高いだろう。
若姫はそのことを心配していたようであったが、しかし、みなかにはそれは無用のものであった。
「それにそれに一、教科書もちがうしねー。ねねね、ワタシのメモわかりやすかった? かった?」
「……ん。問題ない。こっちの任……学校に来るまでの間、予習は済ませてきた。学習指導要綱の範囲内なら、対処できる」
「えー、すっごーい! アレ全部読み終わっちゃってるのー? みなかちゃんって頭いーんだねー」
みなかの能力に若姫は素直な賞賛を送る。彼女にとっては友人のみなかが凄いということは我が事のように嬉しいのだろう。
「でもでも、昔からちょっとあわてんぼうなとこあるよねー。今日も後ろの人が指されたのに、自分だと思って手あげちゃって♪」
「あれは妖魔がっ、んんッ。……うん、つい。ぼーっとしてて」
不意をついた掘り返しに危うく自らの素性、目的に関係する事を口走ってしまいそうになるも、すんでのところで堪える。
「まったくもー♡ ねね、今日はちゃんとお弁当もってきた?」
幸い気に留めなかったらしい若姫は、あくまでもみなかがおっちょこちょいであるという認識のままだ。
恐らくは、若姫にとってみなかという少女はほうっておけない、庇護しなければならない存在なのだろう。
「はじめて登校してた時はびっくりしたもんー。だってみなかちゃん、なんか変な餅一つだけですませようとしてるし……」
「あの日は夜に悪霊をたくさん食べたから……ごほん。食事は、最低限の栄養分はとるようにしてるから、平気」
「まったくも一、ダメだよー? 花もうらやむお年頃なんだからさー。お食事も、色恋も、もっとも一っと愉しまないとね?」
みなかにとって、それらはあまり馴染み深くなく、特に色恋などは自分の境遇を考えると縁遠いもののように聞こえた。
だが、それをそうでないかのように言ってくれる若姫の存在は、少なくともこの学校に通う中では大きなものでもあった。
「ねねね、カフェテリアに行こ? そのぶんだと今日も一発満悦バーとかしか持ってきてないでしょ? 今日はワタシのおすすめランチが……」
「……ん。ごめん、若姫。保健医に呼ばれてるから……」
そう言って若姫の誘いを断ると、若姫はあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「ぇえー、いけずう。あのオバチン、ワタシのみなかんを横取りしてー」
横取りしたというのは違う気もするが、しかしそれを指摘することもないだろう。
若姫はそれだけ自分のことを想ってくれている。それは間違いない。
「ん。ありがと。転校してきたばかりの私に親切にしてくれて、助かってる」
「やぁん♡ みなかちゃんったら♡ だってだって、右も左もわからない子は助けてあげないとでしょ? それにみなかちゃん、かわいいから変な虫がつきそうだし。特にあの
そう言って小さく、相手に気取られないように若姫が指を差した先には次の授業の準備をしているらしい男子の姿。黒髪黒目に中肉中背、特に制服を着崩すようなこともなく前に髪を染めたような跡もない。影の薄い優良生徒といった感じの男子生徒だ。
気が付いたわけではないだろうが、彼はチラリと二人に、正確にはみなかに視線を送ると立ち上がって教室を後にした。
「……とりあえず私、行くね」
「はーい。ちゃんとワタシのところに戻ってくるのよー、みなかちゃーん♡」
時計を見れば待ち合わせ時間まで後少し。自分も行かなければ。
少年の後を追いかけるように、みなかもまた若姫に一時の別れを告げると教室を出る。
「天之さん、もう少し警戒心を持った方がいいよ」
「妲己」
そして、教室の外でみなかを待っていたらしい先ほどの男子生徒に声を掛けられた。
少年は鋭い目を向けてみなかを見ている。どうやら若姫との会話は筒抜けだったらしい。みなかも最初からわかっていたことだが。
みなかと時を同じくして淤能碁呂学校に転校してきた少年。みなかが初めて彼と顔を合わせたのは二週間前だが、彼らは同じ
彼とみなか、他にも数名の人間がとある目的、任務のためにこの学校に集まっていた。
「別に友達と仲良くするのは良いと思うし、俺が口を挟むことじゃないけど、でもあの子はもう少し警戒するべきだ」
「……若姫を?」
「ああ。確証はないけど、俺の感覚はそう言っている。あの生徒には何かある、と」
ただの勘に過ぎない。しかし、彼の勘を疑えない理由もまたあった。
彼にとって人を惑わすこと、騙くらかすことは得意分野であり、ゆえに逆にそれを見抜くこともまた造作もない。それをみなかは知っているからだ。しかし、
「忠告、ありがとう。でも、大丈夫だよ」
「……まあ、天之さんがそう言うならこれ以上は言わないが」
みなかには分かっていた。
本当ならば理由があれど友人を疑われて嫌な思いにならないはずもない。
それでも、みなかにはわかる。
人も環境も違えど、優しさというものを受け続けてきたみなかには。
「妲己は優しいんだね」
「……前も言われたけど、俺はそんなんじゃない」
彼が自分を心から心配してくれていることが。互いのことを深くは知らないながらも、出会ってからまだ二週間の自分を想ってくれる彼が優しい人間であるということだけは、わかった。
「行こう、火野隊長達が待っているはず」
「うん」
ほんのり顔を赤らめた九乃の様子を不思議に思いながら、みなかは先を行く九乃の後を追いかけるのであった。
これから先に、何が待ち受けているとも知らず。
しばらく原作沿いです。