TSの退魔狐 作:TSスキー
みなかと九乃、二人が呼ばれている保健室は一階にある。
メディアセンターや庭園など、この学校は設備も最新式で巨大校として恥じない校舎を持つが、それでも保健室への道は階段を下ってまっすぐであるため道中迷うようなことはない。
二人は特に寄り道をすることもなく、保健室の前へと辿り着いた。
「天之一師、妲己一師、火野三師がお待ちです」
真面目そうな雰囲気を纏った男、今回の派遣部隊の副長を務める青年が二人の姿を見つけて声を掛けてくる。
身に纏う空気はいつもより固く、緊張しているようにも見える。
「……先ほどから陰陽寮の通信量が爆発的に増えています。なにかが起きたのは間違いないかと思われますが……」
「……ん」
「了解しました。ありがとうございます、副長さん」
副長は辺りに聞こえない、しかし二人にはしっかりと伝わる程度の声で状況を伝えてくる。
何やら異常事態が発生しているらしい。それが、自分たちに関係のあるものか、それとも陰陽寮の中でいざこざでもあったのか。
詮索したところで自分達のような使い捨ての構成員にとっては何も意味はないが、九乃はなにか嫌な予感を覚えざるをえなかった。
しかしもうすぐ定例報告の時間だ。二人は副長からの報告を一度頭の片隅に置いて保健室へと入った。
「来たか、みなか、九乃」
「……他の三人は?」
そこで二人を出迎えたのは電子タバコを咥えた白衣姿の美女。厭世観か、少しの憂いを帯びた疲れた大人。そう見えながらも、決して揺るがない芯の強さのようなものが声から滲み出ている女性。
みなかと九乃と同じ部隊に所属する者であり、階級は三師、二人にとっては上官に当たる存在だ。今は淤能碁呂学校に保健教諭として赴任している。
長く艶やかな黒髪に、クールで落ち着いた佇まい。漂う色気もあって、大人の女性として憧れの目を向ける女性とも少なくない。
「お一っほっほっほっほ! お待たせいたしましたわ〜!」
「うわ、うるさ」
多くの学生達が通う賑やかな学校の中にあって、いっそ場違いなほどの大声量。よく通り人を惹きつけるような声だが、しかしとにかく騒がしい。九乃もたまらず耳を塞ぐ。
高貴さを纏いながらも快活で明るい少女、
「やっっっかましいな……。人掃いの結界敷いてるからって全力で騒いでんじゃねーよ……」
今度はそんな佐保への煩わしさを滲ませた表情で、苛立たしげに白髪の少女が入室してくる。
少女
「ごめんあそばせ〜! 我が弓削家の家訓は『常に全力!』。『出せるものは出し惜しむな』が座右の銘なのですわ〜!」
「それが金持ちの言うことかぁ!?」
「相変わらず無茶苦茶なお嬢様だな……」
ともすれば台詞だけなら一触即発。しかし、佐保の裏表のなさがそれを和らげ、また導子も喧しいとは言いつつも佐保のこと自体は嫌ってはいないようであった。九乃もまたお嬢様の口から出るにはあまりにもあまりな家訓と座右の銘に、自らの中のお嬢様という存在に対する
「さすがは傍流から一代で主家をも越えて成りあがった弓削氏。娘に品も恥じらいも投げ捨てさせて、現場で泥臭く顔つなぎに奔走しているだけはあるね」
そんな賑やかな雰囲気に水を差すような言葉と共に、新たな顔が佐保と導子の会話に割り込んでくる。
男子生徒の制服を着た黒髪の少女。名を
冷ややかな目と皮肉げな声音が無ければ、中性的で端正な見目形やスタイルの良さもあり王子様系女子とでも形容できそうな出立ちだ。事実、彼女はこの学校に転入してきてからものの二週間で王子様としての立ち位置を確保しているのだが。
その辛辣な言葉とアイロニーな態度は、身内か、はたまた隠す必要のない相手に見せる本性か。
「そのとおりッ! まだまだ味方も手駒も少ない我が家にとって、身体を張っての顔つなぎはかかせませんことよ〜!」
「……やれやれ。これでもわかりやすく毒を込めたつもりだったんだけど、流されてしまうとはね」
「銀の匙を咥えて生まれてこなかった身ですもの。毒を喰らわば皿までもですことよ〜!」
皮肉屋な伊佐の言葉に佐保は一切取り合わず、むしろそうであることにかけらの負い目もありはしないとばかりに声高々に返す。
そんなお嬢様の在り方には、流石の王子様でもお手上げのようだ。
「……チッ、もっと耳障りなヤツが出てきやがって」
不良少女にとって、その王子様は気に食わない存在らしい。
不機嫌さを隠そうともしない言葉に、伊佐もまた嫌味たらしく応える。
「おや、そうかい?このハスキーボイスが人気の秘訣と自負していたんだがね。キミがご執心の彼だって……」
「……あ? テメェ、まさかアズマにまで粉かけてるんじゃ」
今度こそ一触即発。
そんな伊佐と導子の間に、青筋を浮かべた円真の言葉が割って入る。
「いいかげんにしてもらえるか。ミーティングは昼休憩の間に済ませねばならんのだぞ。
それとも飯抜きでかまわないのか」
彼女たちにとっては上司の言葉だ。意を唱える者はここにはいない。
全員が口を閉じたのを認めると、チラリと時計を見遣ってから円真はみなかに視線を送った。
同時に空気が引き締まる。
彼女達は部活動の仲間と顧問の関係でも、友達の集まりと教師という間柄でもない。
『辟邪退魔師隊』
妖魔を滅し人の理を護る者、退魔師。その中の異端。ある理由で真っ当な人間として扱われることのない者達によって構成される部隊。
天之みなか、妲己九乃、火野円真、弓削佐保、玲原導子、鹿ヶ壺伊佐。
この六人は、同じ部隊に所属する同僚であり退魔師なのだ。
「定例報告、はじめます。午前10:37、2-C教室にてはぐれ型妖魔の発生を確認。同刻独自判断により排除しました」
「同刻、俺も現場にいましたがみなか一師に排除を委任、祓滅を確認しました」
みなかの報告に続き九乃が証言を付け足す。
そのまま次の報告へ、つつがなく続けられようとしたところでまたも伊佐が噛みついた。
「男子のくせに女子に下働きを押し付けたのかい。流石はお偉い十二主家様の血が流れているだけはあるねぇ」
「……鹿ヶ壺、君には関係ないだろ」
「関係なくはないさ。こんな使い捨て同然の酷い部隊にボク達を押し込めている本寮の連中、そのどれかの血を引いている奴が仲間内にいるんだ。代わりに文句の一つでも受け止めてもらいたいね」
「俺に言ったってどうしようもないだろ。本寮の人間と話す機会だってそもそもない」
言い分はわかる。
その言葉の通りだ。辟邪退魔師隊の扱いは悪い。使い捨ての駒と言っても差し支えはない。
しかし、九乃もまた同じ境遇に変わりはない。それを言ったところで伊佐が納得するかどうかは別であり、九乃もわざわざ口にするつもりはなかったが。
険悪な空気が流れる中、円真が喧嘩をする教え子を叱り、諭すように仲裁する。
「噂を鵜呑みにするな伊佐。それに、仮にそうだったとしても九乃が置かれている状況は我々と全く同じだ。仲間内で啀み合うのはやめろ」
「そう言われちゃ仕方ないね」
「……」
有無を言わさぬ圧にこれ以上口論が続くようなこともなく。
伊佐は今度は自身の報告をあげるために口を開いた。
「小鹿ちゃんからの情報をまとめても、悪霊型や獣化型、化生型などの定型妖魔は夜に。はぐれ妖魔は日中に出没を始めてるようだね」
「確かなのか?」
「伝聞だから確か、なんて呼べはしないけどね。ただ定型妖魔は体調不良や幻覚などの症状をもたらし。はぐれ妖魔は現実と認識の齟齬を引き起こす。その傾向と彼女らの話をまとめるに、おおむねそう考えていいと思うよ?」
伊佐の報告に一同は考え込む。
そして、全員が考えていたことを導子が代表するように言葉にした。
「……一か月ほど前から、この学校での妖魔出没の疑いってのがあると聞いてたけどよ。確かにこれはちょっと、異常じゃねぇか?」
妖魔の出没、そして彼らによる被害はそれこそ日常的にある。ゆえに退魔師達が、その組織である退魔陰陽寮が存在する。
しかし、淤能碁呂学校を取り巻く現状は確かに異常の一言に尽きた。
「異常だからボクらが送り込まれたんでしょ? 『半陽』の血交じり隊がさぁ」
「……辟邪退魔師隊だ」
「ハッ、本寮の連中がボク達のことをどういうふうに思っているのか、ここにいる全員が知らないはずないだろ」
『半陽』。その一言に面々の表情は曇った。
それは彼ら彼女らの出自に最も関係する言葉。
「この後生大事に持たされてる手帳……退魔陰陽寮書簡の序文、見ただろ? 隠す気もなく
懐から取り出した手帳をヒラヒラと揺らす伊佐は自嘲するような笑みでそれを口にした。
「ボクたち、『妖魔の血が混じった一族』の者たちのことはね」
半陽。または半妖。
妖魔の血が混じりし一族。
それが辟邪退魔師隊の構成員である彼らに共通する素性。
「「「……」」」
みなかも、九乃も、導子も。
皆一様に口をつぐむ。
「……普通の人間と比べて、俺たち辟邪隊が対妖魔戦において有効戦力であることは間違いない。俺たちは使い潰されることが前提であるのはわかっている」
九乃にも思うところはあった。
普段、境遇の愚痴はあまり吐かない彼でも、今日はそういう気分だったらしい。
それに乗るように、伊佐の言葉の矛先は佐保と隊長である円真へと向いた。
「そういう意味では……厚顔なことにも『純血』のご身分で半陽隊なんかに娘を送り込む弓削氏の気が知れないね。それを受け入れてる隊長どののことも、だけどさ」
「そういうな。実際、弓削の父君には頭があがらん」
伊佐の言葉の通り。ここに集まっている面々の中で唯一、弓削佐保だけが
退魔陰陽寮、その上層部は純血であること、混じり気なく人間であることを尊ぶ。
反面、半陽の存在に対する当たり方は厳しい。ゆえにそんな冷遇される半陽達のところに、冷遇する側の娘が混ざっているなどおかしなことだ。
「思惑がどうあれ、私の母の代までに比べればはるかに我々の待遇は改善されているんだ」
しかし、円真が言うように、その待遇が昔と比べマシになっていることも事実だった。
その要因が佐保の家、弓削家によるバックアップであった。
「私など、父親が本当に人間なのかすら怪しいものだ」
そう言う円真に、一同は黙らざるを得なくなる。
そんな中、佐保が補足するように続ける。
「九乃さんが仰った通り、背景がどうであれ辟邪隊の者が対妖魔戦において有効な戦力であるのは事実」
半陽の退魔師達は皆頑丈で、膂力に優れ、妖魔由来の力を生まれつき備える。
それは妖魔との戦いにおいては、どのような局面であれ生きる。たとえ負けたとしても。
「なら、わざわざ高い金を兵士に使って後ろから脅すより最初から高い金を辟邪隊にかけて飼い慣らした方がよっぽど経済的というのが我が家の方針ですわ〜!」
「あけすけねぇにもほどがあるっつーんだよ!」
佐保、ひいては弓削家の包み隠さぬ打算に導子の突っ込みが放たれるもなんのその。これは遊びでも仲良しごっこでもないのだから、当然そこには目的や打算がある。
「仕方がない。私たち『半陽』……『半妖』の一族は。ほうっておいても妖魔をひきつける体質」
「……」
「どうあがいても平穏に生きられないなら、駒として使われようとも組織に身を置いた方がいい。それは、わかっているはず」
「立派に飼い慣らされた考えだねえ。ボクの使役獣にもその爪を煎じて飲ませてあげたいよ」
少し重くなった空気を散らすように、円真が咳払いをする。
今はミーティングの時間だ。昼休みの時間も刻一刻と終わりに近付いている。
「境遇の愚痴をこんなところでこぼしても埒があかない。話を任務に戻そう」
異論はない。
時間は限られているのだから。
「やはりこの学校を襲う異変は、定型妖魔が主因ではない。昨今頻発しているはぐれ妖魔の発生が元凶と見ていいだろう。こちらの調査では、おそらくグラウンドの「火野三師ッ!」」
そこで、円真の言葉を遮りながら一人の青年が保健室に飛び込んでくる。副長だ。
その手には退魔陰陽寮支給の銃を持ち、装いは霊装と呼ばれる退魔師に馴染みある、しかし学校の中ではおおよそ着る必要のないものになっていた。
「どうした!? 何故、昼間の校内で霊装などして」
「それどころではありませんッ! 校外をご覧ください!」
もう既にここにいる全員がわかっていた。
なにかが起きたのだと。
九乃の脳裏には先の副長の報告が、嫌な予感が的中してしまった可能性が過っていた。
「アレは?」
「物々しい雰囲気だな」
校外を確認するべく窓付近に集まった面々の中で、みなかと九乃がまず最初に声を上げた。
校外にはいくつもの車が止まり、それらから武装した人間達、そして一人のスーツ姿の男が威厳ある様で降りてくる。
「まさか……土御門のおじさま!?」
「土御門って……陰陽道十二主家の筆頭。つまりは陰陽寮の親玉だろ!? なんでそんな奴がこんなところに来てるんだ!?」
「それも子飼いの兵士を引き連れて、か。ずいぶんと外間を気にしない有様じゃあないかい?」
続き、その男の正体に佐保が思い当たると、導子や伊佐が驚きの声をあげる。
それもそのはずだ。相手は自分たちが所属する組織のトップ、それがどういうわけかこの場所にいる。
「っ」
「? どうしたの、妲己」
「あ、ああ、いやなんでもないんだ。気にしないでくれ」
土御門。その名前を聞いた途端、九乃が顔色を変えたことに気がついたみなかであったが、九乃は触れないように頼む。どうやら九乃と窓の外の男には何か因縁があるらしいが、それ以上踏み込むことは本人も拒絶している。
ゆえにみなかは一度考えるのをやめて、円真の指示を待つことにした。
「喫緊の事態なのは間違いなさそうだが……原則、活動を秘匿する陰陽寮として尋常ではない行動だぞ」
まさしく異常事態。
何が起きているのかはわからないまでも、良からぬことが起きていることくらいは外にいる彼らの雰囲気で察することができる。
わからないならば確認するしかない。幸い、彼らはこの学校の中に用があるらしい。ならばすぐに合流できるだろう。
まず事態の確認を図り、それから動きを決めなければ。
「とにかく、彼らと合流を」
円真がみなか達に指示を出そうとしたその時、
───
「なんだ!?」
誰も彼もが、衝撃で身動きが取れない。
ぱきりとひびが入り、重みに堪えきれなくなったように崩れる。
空間が壊れる。
「───世界が、
みなかが溢した驚愕が、最後の言葉となった。
ユメ ハ ウム
アラタナ カミ ヲ
セカイ ハ……