※この作品はR-18です。

TSの退魔狐   作:TSスキー

3 / 4
第三話 淫靡優麗なるシターテル

 

 

「んぅ……んん……?」

 

 目が覚める。

 寝惚けた頭でも、ぶよぶよとした地面の感触のその不快さだけははっきりと伝わってくる。

 九乃は起き上がると辺りを見回して、すぐさま身構えた。

 

「っ、ここは……!?」

 

 周囲を奇妙な空気が漂っているのを感じて、すぐに自らが異常事態に巻き込まれていることを理解する。

 ねばつくような、肌に絡まるような嫌な感覚。日常では感じることのない怖気の走る空気、まるで空間そのものが塗り変わったような……。

 

「もしかして、常夜世(とこよ)か……?」

 

 この空間に、一つだけ思い当たるものがあった。

 

 常夜世、常世、幽世、あるいは単に異界。

 通常であれば神籬(ひもろぎ)や磐座(いわくら)を媒介として祭祀を執り行うことによって限定的に人が触れ得る神域、もしくは妖域と言ってもよい領域。

 下等な妖魔では開くことも、繋ぐこともおぼつかない高等結界術の一種。退魔師ですら、実際に触れ得るのはほんの一握りだろう。

 しかしなぜだか九乃自身、生まれて初めての経験ではあるものの、ここが常夜世であるということは体感的に理解できた。

 

 しかし分かったからと言って、九乃にこれを今すぐどうにかできる術はない。

 できることと言えば一つ。

 

「情報を集めるしかないな」

 

 情報の収集。仲間との合流。この二つを並行する。

 この空間を開いた存在がいる、それは間違いない。その存在の情報を集めながら、同じように飲み込まれている可能性のある仲間を捜索、合流する。それが最善だと判断した。

 

 通路は一本道。前か後ろ、どちらかに進むしかない。どちらに進んでも何かはある。死か、それよりも悍ましい何かか。

 ならば先ずは前に進むのみだろう。

 そう決めて、怖気付く自分を叱咤するように足を前に出したその時、九乃は前方に見知った後ろ姿を見つける。

 

「天之さん?」

 

 天之みなか。同じ部隊に所属する退魔師の少女。

 見間違えではないだろう。しかし、その後ろ姿は声に気が付かず、先に進んでしまう。

 

 しばらく追いかけると、通路の先が俄かに騒がしくなったのを認める。

 戦闘音だ。それも複数人の。

 

「っ、あれは、火野隊長達か!」

 

 見遣れば戦闘音の中心には辟邪退魔師隊の仲間達の姿。天之みなかの姿もそこにあった。

 幸先が良い。優先目標の一つをすぐにクリアできるとは。

 

「九乃か、無事だったようだな!」

「はい、妲己九乃、作戦行動に支障ありません!」

「そうか。早く霊装しろ、我々は既に攻撃を受けている!」

「了解」

 

 どうやら円真達の方も九乃の姿に気がついたらしい。顔触れは保健室で見た時のメンツと変わらない。

 しかし見れば全員が全員、どこか扇状的な装い、全身に張り付いてその体型を曝け出すようなボディスーツに身を包んでいる。霊装、形代狩衣と呼ばれる退魔師のための戦闘服だ。それを着ていることはすなわち戦闘態勢であることに他ならない。

 霊装しろ、その言葉に薄ら顔を顰めつつ、九乃は一度彼女達と合流すべく駆け出した。

 その前に壁となるようにいくつかの影が現れる。

 

『ーーーッ!』

「定型妖魔……!」

 

 河童、大百足、死霊。

 それぞれ姿形は違う集団ではあるものの、退魔師として活動していれば飽きるほど見かける定型妖魔達。

 半陽の退魔師である九乃にとっては祓うことなど容易な相手だが、油断すれば熟練の退魔師であっても簡単に屍を晒すこととなる。もしくはもっと悍ましい末路を迎えることになるやもしれない。

 

(背に腹は変えられないか……!)

 

 とある理由で、九乃は他人の前での霊装、正確には戦闘態勢を取りたがらない。

 だが、そうも言っていられない状況であれば躊躇いはない。戦場での躊躇いは仲間の命にも関わるゆえに。

 殺意を剥き出しにして立ち塞がる妖魔に、九乃は右の五指でもって狐を模し、瞬時に霊力を練る。

 そして呪文を口にした。

 

「コン」

 

 それは己の姿を隠す、欺きの言葉。手招く美声。

 草子に綴られる狐としての力を引き出す妖術。

 

 瞬間、ぼふんっと音を立てて爆ぜ散るように紫煙が周囲に満ちる。

 その煙は辺り一帯に広がり、妖魔達の目から九乃の姿を隠す。

 

「一つ」

 

 先までその場にいた誰のモノでもない少女の声が響き。

 次いで紫煙の中で刃が閃いた。

 

『ッ!?』

「二つ」

 

 大百足がバラバラとなって地に転がる。

 狼狽える河童と死霊。間髪入れず煙の中より再びの斬撃。

 怨念によって構成された死霊の首と胴とが別れる。

 

『ッ!?!?』

 

 わからないという恐怖は人であれ、退魔師であれ、妖魔であれ変わらないらしい。

 祓われる恐ろしさに堪えかねてか、河童は未知の存在に背を向けて一目散に逃げる。

 

 その背に紫焔の火球が放たれた。

 

『ーーーッ!?』

「三つ」

 

 一瞬にして妖魔を包み込む火炎。声にもならぬ悲鳴は長くは続かなかった。

 

「これにてお仕舞い」

 

 炎が妖魔を燃やし尽くし、長く立ち込めていた煙が晴れた時。

 そこには一人の人影。

 

 西瓜のようにたわわに実った乳房、下腹に柔らかな肉が付きながらもしっかりくびれた腰、女性的な強さを象徴するような大きく形良い安産型の臀部。それらを紫を基調とした霊装に包み込んだ少女。

 靡く金髪の頂きには狐の耳、腰から一尾の大きな尾を揺らし、彼女は悠然とそこに立っていた。

 

「……おい、てめぇ何者だ。いきなり現れて、アイツをどこにやった」

「退魔師みたいだけど、僕達の隊じゃないよねえ? どんな手品か知らないし、彼の生死に興味はさほどないけれど、彼をどこにやったんだい?」

 

 唐突に現れ、妖魔達を葬り去った少女に対し驚く一同。その中で最初に復帰した導子と伊佐が、その正体と少年妲己九乃の所在を問う。

 

 少しでも動きを見せれば攻撃に動ける、そんな体勢の二人。そして黙りこくる少女。

 膠着した状況に、天之みなかだけが確信を持った声音でその名を呼ぶ。

 

「……妲己?」

「ぁ」

 

 妲己九乃という少年。彼は平々凡々な容姿をした極々ありふれた少年だ。少なくともここにいるメンバーのほとんど全員がそういう認識を持っていた。

 ゆえに目の前の似ても似つかぬ少女とは、その存在が重なるはずもない。

 それでも、みなかだけは彼女の正体を疑うことなく理解していた。

 

「……なるほどな。特記事項はそういう意味だったか」

「な、何をおっしゃってるんですの? 状況を説明してくださいまし」

「そうだな。導子、伊佐、二人とも身構えなくていい」

 

 円真が納得したように頷きながら前に出る。

 上官がそういうのであれば、納得はいかないまでも食い下がる道理もない。二人も一応の警戒はしつつ、話を聞くことにした。

 

「九乃、お前の親は?」

「……母は退魔師、父は女狐の定型妖魔です」

「はぁ? 九乃って、お前そんなはず」

「……なるほどね」

 

 九乃、そう呼ばれた少女は自らの素性を明かす。女狐、有名どころで言えば末喜や玉藻前といった女の狐の妖魔。

 導子はうまく飲み込めていないようだが、伊佐はすぐに理解を示した。

 

「定型妖魔の中には、雪女や、姑獲鳥、山姥といった女人の姿をとる妖魔がいる。古くより名は体を表すと言うが、奴らは女性的な符号を持つその名前の通り、必ず女人の姿になる。女狐もまた、そういう妖魔だ」

「……仮にその定型妖魔との間に生まれた子が男児だった場合、男でありながら女として扱われる妖魔との半陽として、存在があやふやになる。それが今の彼女……いや、彼というわけかい」

 

 半陽は親となる妖魔の特性を程度の大小はあれど色濃く受け継ぐ。

 それは特殊な妖力だ。血に混じったのならば、人の身体によく馴染む。人としての標準的な体質、それこそ生まれ持っての性別さえ容易く変えてしまうこともあるだろう。

 どこか申し訳なさそうに、九乃は口を開く。

 

「……オレは女狐としての幻惑、誑かしの力を使うと身体がこの姿になる」

「でも、妲己は妲己、でしょ?」

「っ、あ、ああ。中身は一切変わっていない。人を騙す女狐の半陽であれど、それだけは本当だ」

 

 どたぷんっと擬音がつきそうな乳を揺らしながら、胸を張って答える九乃。

 

「……ま、九乃がそのままだってんなら、別になんでもいいか」

「おや、えらく素直に受け止めたね。思考放棄かな」

「あァ?」

「おっと、怖い怖い」

「でも、九乃さんが無事で何よりですわ。これで六人揃いましたし」

 

 導子も佐保も一先ず受け止めることにしたようだ。ここでどうこう話していても事態が解決することはない。

 あるがままを受け止める退魔師としてのドライさ、切り替えの早さはこの場にいる全員の中である程度の指標、次の目標を示していた。

 

「九乃は我々の隊が巻き込まれている事態について現状把握できているか」

「ここが常夜世に類する空間ではないか、というくらいであれば」

「そうか。お前も私達と同じ見解らしいな」

 

 常夜世に飲み込まれたこと、それは既に九乃自身も推測していたこと。とはいえこれ以上の、原因や対処法などについては何も分かってはいないのであるが。

 だが、その先の話を、この場で唯一立場が違う人間が口にした。

 

「九乃さんも合流したことですし、ちょうど良かったですわ。火野隊長、先のお話の続きをしましょう」

「ああ、頼む」

 

 九乃が合流する前、円真達もまた情報の共有を図っていたのだろう。

 そして、おそらくは弓削佐保、この中で唯一の純血の退魔師にして陰陽寮上層部とも縁のある彼女が、この状況についての大切な情報を握っていることは九乃自身可能性の一つとして考えていたことだった。

 

「常夜世は自然の狭間に在るもの。だけどこれに自在に触れうる者が、たった十二柱だけ存在すると陰陽寮の上層部には伝えられておりますわ」

「十二柱……?」

 

 空気がヒリついた。

 誰も彼もが嫌な予感を覚え、ざわつく胸の内を鎮めんとしながら続きに耳を傾ける。

 

「十二柱……柱? 神に並び立つと数えられんその存在とは、つまり……御(・)祖(・)か?」

「ええ。定型妖魔、その全ての源流にして最上位の妖魔。それが御祖」

 

 円真がその名を口にする。

 御祖。はぐれ妖魔を除いた、全ての定型妖魔達の生みの親。十二柱存在するとされる、神にも等しい言い伝え残りし最凶の大妖怪達。

 それを肯定するように佐保は頷いた。

 

「信太ノ森が長狐、クズノハ。まつろわぬ民が怨念、悪路ノ王。淫靡優麗なるシターテル……」

 

 例として名を出したものだけでも、退魔師であれば名を知らぬ者はいないという御伽草子の中の存在。

 

「……いずれも伝承のみに現る、されど実存疑うを禁ずる大妖怪。私どもが知る限り、こんな空間を一瞬に繋げられるのは彼ら以外に考えられませんわ……」

「そうか……そうだな」

 

 言われてみれば、それ以外には考えられない。いっそ出来すぎていると言っても良いほどに揃っていた。

 

「おいおい、待ってくれよ。御祖だって?」

 

 信じられない、いや信じたくないと伊佐が首を振った。

 そうだ。境遇ゆえにリアリスト思考になりがちな彼女達にとって、御祖などどう楽観的に見積もっても命を捨てなければ祓うことはおろか、目の前に立つことすらできない。それほどまでに強大な存在なのだ。

 

「勘弁してくれないか、まったく。そんなもの相手になんかしてられないと思わないかい」

「テメェと同じ意見ってだけで翻したくなるが、こればっかりは同意だな」

「流石のオレ達半陽でも、御祖なんてビッグネームの相手はな」

 

 伊佐の言葉に導子、九乃の二人も同意する。

 口にはしないが、この場にいる全員が同じようにほんの少しの諦観を抱いていた。

 そんな空気にみなかが一石を投じた。

 

「……だけど、別に倒す必要は無い。常夜世を脱出できさえすればいい」

「天之さん、そうは言うが」

「いや、そうだ。倒す必要は無いんだ」

「火野隊長?」

 

 円真もまた同調する。

 彼らは確かに退魔師であり、さうであるならば妖魔と戦わなければならない。しかし、必ずしも強大な相手に玉砕覚悟で挑まなければならないわけでは無いはずだ。

 

「そう指示されたなら、我々は戦わなければならない。それが使命だからな。しかし、今の我々にはすぐ近くに頼るべきお上がいる。合流を優先することは間違いではない」

「……土御門」

「なるほどな、向こうの親玉が出張ってきたからこっちの親玉も血相変えて乗り込んできたんだろ。てことは、何か策があるに違いねえ」

「あの脚が重い土御門のおじさまですもの。それは間違いないとわたくしも思いますわ〜」

 

 彼女達が飲み込まれる直前、淤能碁呂学校に乗り込んできた存在。

 退魔陰陽寮の実質的トップ、それが敵地になりかねない場所に無策で突入するはずもない。

 事態を解決する術を持っている可能性はあると見て良いだろう。

 

「取り込まれる前なら逃げ出せもしただろうが、もうそれはできない。現状、我々はここにいるのだから」

 

 指揮官としての声で円真が少女達をまとめ上げる。

 半陽の退魔師として生半可ではない人生を送ってきたものもいるが、それでも彼女達は年端も行かない学生達だ。引率である自分が面倒を見なければという年長者として、教師の端くれとしての矜持が円真の声に強く乗る。

 

「方針を決める。目的、異界『常夜世』からの脱出。目標、辟邪退魔師隊隊員との合流。次いで土御門麾下へ接触」

 

 その方針に異論のある人間はこの場にいなかった。誰もがそれ以外に取れる動きがないことを理解していたゆえに。

 その中で一人、導子だけが素直に頷けなかった。退魔師として方針に異論はなく、しかし生来の情の深さが頷くことを止めていた。

 

「……アズ……淤能碁呂学校生徒および職員の救出は?」

「目標に含めない。現状を鑑みるに学校全体が異界に取り込まれていると判断するが、彼らの身柄を確保する能力を我が隊は保有しない」

「…………コピー」

 

 苦々しい顔で黙り込むこと少し、飲み込んだ導子は了解の意を唱える。

 それが彼女にとってどれほど酷なことであるのか、それを強いていることに嫌気が差す。それでも方針が変わることはない。

 

「飲み込んでくれ、導子。全てが不足している現状、この場にいる五人の安全さえ保障されていないんだ」

「……わぁってるよ、隊長ドノ。目の前が見えねぇほどに腐っちゃいねえ」

 

 完全に飲み干したわけではないのだろう。それでも、私情を捨てて前を向く彼女は強いと、九乃は眩しく思った。

 

「よし、全員準備はできたな。出発しよう」

 

 一同は歩き出す。これから己達を待ち受ける何もかもを知らず、ただ先へと。

 

 

 ♥︎

 

 

 そして、彼女達の前にソレは姿を表す。

 探索の末に現れた奇妙な結晶のオブジェ。墓標のようにも見える妙な造形のそれ。

 

「これは……?」

『ここは眠りの墓所。深キ夢ノ跡。全ての夢が産まれ、そして葬られた場所……』

 

 空間が歪み、目の前に現れたのは一つの異形、人外。

 艶かしく熟れた青肌の女体に、言い表しようのないグロテスクさが継ぎ接ぎされた外見。少なくともまともな人型ではない。

 何より纏う力の圧、溢れ出る妖力がその存在が単なる妖魔ではないことをその場にいた退魔師達に知らせていた。

 

『うふふふ……ここに来ちゃってたのね』

 

 それは流暢な人語を介して、みなかに語りかける。

 まるで迷子になった子供を心配していたと叱るように、慈愛をもって。

 

『ちょっと焦っちゃったわぁ? こんな深いところに嵌りこむなんて、思わなかったから』

『やっぱり、引き寄せられてしまったのかしらね……?』

 

 妖魔は独り語り続ける。

 驚愕より復帰した退魔師達が臨戦の構えを取るのも気にせずに。

 

「んだぁ、コイツッ……!?」

「妖魔……ッ!? 確認したことのない類型……だが、この妖力値ははぐれではありえない! いや、この計測値はッ……!」

「おまえは……何者……ッ!?」

『うふっ! そういえばアナタは、ワタシを知らないんだったわぁ』

 

 みなか以外は見えていない、いや見るつもりがないのだろう。

 彼女にとってみなか以外の全ては些事に過ぎない。

 

『天地再発之時、高天原に成れる神の名は、高御産巣日神。高キニ眠リ、夢ヲむすびシ神は獨神と成りまして、身を隠したまひき』

 

『次に夢稚くして浮きし脂の如くして、海月なす漂へる時、罪と穢れを抱きて目覚めて並び立つ十二の泡沫、之を併せて御祖十二柱と称ふ』

 

『春の苑紅にほふ桃の花、下照る道に出立つをとめ、之に亦の名を与えて呼ぶに、シ(・)タ(・)ー(・)テ(・)ル(・)。生まれし御祖は、淫魔の祖にして源とならん……』

 

 その名を聞き逃すことなどできようはずもない。

 それはこの異常事態の元凶と目される存在の名、まさにそのものであったから。

 

「シターテル? 淫靡優麗なるシターテル……!?」

『あらっ。その呼び名、キライじゃないわぁ』

「淫靡優麗なるシターテル……淫魔の、御祖だと……!? 淫魔に括られるすべての妖魔を生み出した、源流なるもの……!」

 

 淫靡優麗なるシターテル。御祖十二柱に連なる大妖怪。

 考えられる限り最悪の展開だった。本来なら情報を集め、土御門麾下に合流し、然るべきタイミングで接触、対処するはずだった相手が、向こうから唐突に出向いてきたのだ。

 九乃はすぐにでも奇襲できるよう、悟られないように手の上に短刀を生成する。

 

「……淫魔って、人の寝こみを襲うしかできない卑屈な輩だろう? なら、その親玉といっても大したことないんじゃあないかい?」

「普通の妖魔ならそうですわね……でも、御祖は違いますわ……」

 

 淫魔の御祖と聞いて、伊佐が少しの余裕を取り戻した表情を見せる。

 それを窘めたのは佐保だ。

 

「並び立つ十二の柱。それは文字通り、霊格の上下がないということ」

 

 それは絶望にも似た響きだった。これと同じだけの妖力を秘めた存在が他に十一柱。

 伝承の中で語られてきたこれまでとは違う。その存在そのものを前にしたからこそ分かる。分かってしまう。

 

「御祖の間に限っては、低級も高級もない。等しくみな最凶の妖魔なんですわ……!」

「御祖に貴賤無しか」

 

 これには勝てない。

 少なくとも一人ではなすすべもないだろう。ここにいる半陽の退魔師全員でかかってもどうなるか。

 だが、半陽一人の決死の覚悟なら? 皆が逃げる隙くらいは作れるかもしれない。

 九乃はより強く短刀を握り締め、覚悟を決める。

 

『夢は終わり。天地再発之時は再び来たれり。世界は、夢見る者を求めたり』

『眠りにつきましょう、みなかちゃん。二度と目覚めることのない、とこしえの眠りに』

「!? なぜ、私の名を」

『でも、ただの眠りじゃあダメ。アナタ自身がけして醒めることを望まない、甘く蕩けるような深い深い────悦楽にまみれた夢を、見るのよ』

 

 シターテルの指先が虚空に踊る。何かをしようとしている。

 それが合図だった。

 

 

「一千年の狐火よ! 我が身に宿れ!」

 

 

 紫炎が迸る。

 それは術者を薪にして、相手を呪い焦がす呪殺の焔。

 ごっそりと体内の霊力が削られるのを感じながら、術者は、妲己九乃はみなかとシターテルの前へと躍り出る。

 焔を纏った刃がシターテルへ迫った。

 

『あら、この術、クズノハの直系かしら。珍しいわね』

「なっ!?」

『それにしてもこんな子、学校の煤たちの中にいたかしら』

 

 その刃は誰を斬ることも、誰を燃やすことも、誰を呪うこともなく。

 妖力による障壁に拒まれて勢いを殺された短刀は、シターテルの目の前で止まった。

 

『火は消さないとね。ふぅっ』

「っ、くっさぁ……!?」

『失礼しちゃうわね。女ならいつもこれくらいザーメンとチンカスの臭い漂わせてなきゃだめよぉ?』

 

 ふぅっと艶やかな吐息。腐るほど熟れた甘い果実と、性液の臭いが混じった淫魔らしい一息が焔を掻き消してしまう。

 悍ましい息に顔を顰める九乃を覗き込むように顔を近づけたシターテルは、まるでろくでもなく愉しいイタズラを思いついたようないやらしい笑みを浮かべる。

 

『まあ、いいわぁ。気高いクズノハの直系を堕として豚以下の雌畜生に変えてやるのも、最後の時間の余興になるでしょう』

 

 万力に固定されたように動けなくなった九乃の頬をシターテルが撫でた途端。

 

「ぐぅっ!?」

 

 強力な妖力が流し込まれる激痛。

 そして浮遊感。

 

「妲己ッ!?」

 

 限界を超えた痛みと不快感に意識を失う直前。

 最後に九乃が聞いたのは、自分の名を呼ぶみなか(想い人)の声であった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。