「お客さん、そろそろ着きますぜ」
「ん……」
声をかけられ、俺は目を開ける。
荷台から御者席《ぎょしゃせき》に移動すると、獣人《ビースト》族の運転手は前方を指差した。
「あれが目的地の、迷宮都市ウォレスイトですぜ」
ゆっくりと進む二頭の馬が目指す先には巨大な門。
その奥からは、活気ある様々な音が聞こえてくる。
「そういえば、お客さんも目的は地下迷宮《ダンジョン》ですかい?」
「ああ」
俺の愛刀でもある大太刀と鍛え抜かれた体付きを見て、運転手は何度も頷く。
「そうでしたかそうでしたか。お客さんのような身形の方を私は毎日のように乗せているので、そうかなと。地下迷宮……いいですねえ」
私ももう少し若ければ、と運転手は大きなため息をつく。
「こう、ぶんぶん魔物を倒して最深部まで行って荒稼ぎしていたんですが。お客さんの目的は金ですかい? それとも名誉……あっ、もしかして女っすか?」
運転手のゲスな笑いに釣られ、俺は鼻で笑って答える。
「地下迷宮の最深部へ到達すれば全て手に入る。地位も名誉も、女も金も。どれか一つかなんて選べないな」
「くくっ、強欲っすねえ」
「男の夢だろ?」
「違いねえ──っと、到着しましたぜ」
門の前で馬車が止まる。
衛兵は視線だけをこちらへ向けてくるが、近付いて来る様子はない。
「では、私が送り届けられるのはここまでですので」
「ああ、助かった」
「門を抜けたらまず、カトレアさんが運営するギルド協会に行ってくだせえ」
「ギルド協会?」
「もしかしてお客さん、迷宮都市自体に来るの初めてでしたかい?」
キョトンとした顔を浮かべる運転手に、俺は頷く。
「それであれば尚の事、ギルド協会に向かってくだせえ。迷宮都市で必要なことを聞けるはずなんで。それじゃ、私はここで」
そう言って、馬車と運転手は来た道を戻っていく。
「ギルド協会か」
迷宮都市ウォレスイトへ俺は足を踏み入れる。
てっきり門の前で衛兵に止められるかと思ったが、彼らは通ろうとする俺を視線だけで追い、話しかけてはこなかった。
ここは来る者拒まずの地なのだろうか。もしも俺が危険人物だったら、衛兵の責任になりそうなものだが。
そんな当たり前の疑問を持ったが、おそらくは王のいない都市──それも迷宮都市ならではの理由があるのだろう。
「ここか……」
そういったことも、これから知っていけばいい。なにせ俺は何も知らないのだから。
俺は街中に建つ一軒の建物の前に立つ。
おそらくここが、運転手が言っていたギルド協会というところだろう。
足を踏み入れると、建物の中には装備をした連中で溢れ返っていた。
男女比率は七対三と男が多い。種族も人間だけではなく多種多様の種族がいて、熱気があり一人一人の声も大きく騒がしい。
「いらっしゃい」
そんな中、ふと声をかけられた。
騒々しいこの場所でもはっきりと聞こえるほど聞き取りやすい女性の声。
野蛮な連中たちのような戦う為の服装とは違い、しっかりとした正装をしている。
「初めて見る顔だけど、ここへは初めて?」
「ああ、さっき到着した」
「そう、ここへ来たということは……探索者希望でいいのよね?」
俺が頷くと彼女は手を合わせ、にっこりと微笑む。
「私はこのギルド協会の代表を務めているカトレア・ウォーレスト。向こうで説明するから付いて来てちょうだい」
彼女はそう言い、奥へと歩き出す。
ピンク色の長髪を右肩から垂らした人間の女性。
背丈は160ほど。年齢はおそらく30代前半といったところだろう。
「おっ、カトレア姐さん! 俺たち今日は中層まで行ってくるぜ!」
「中層? あまり無茶しないのよ。前に中層へ行って大怪我したばかりなんだから」
歩きながら屈強な男共と楽し気に会話をする彼女。
決して物怖じせず、大人の落ち着きが見える。
ここに来る者たちから慕われていることも見てわかる。
──通り過ぎた男たちの視線が、彼女の身体に吸い寄せられるのも。
まあ、あの歩くたびに震える肉付きのいい尻は、男なら見惚れるわな。
「こちらに座ってくれるかしら。軽く説明させてもらうけど……まず、探索者のライセンスを発行するから名前を教えてくれる?」
「……クレスだ」
「クレスだけ? ファミリーネームは……」
と、そこまで口にした彼女だったが、すぐに言葉を続けた。
「いいえ、名前だけでいいわ」
何かを察したのか、彼女はそれ以上は聞かず書類に何かを書きながら話を続ける。
「それじゃあ、クレス。地下迷宮のある迷宮都市に来るのはここが初めて?」
「ああ、そうだ」
「初めてなら、そうね……軽く迷宮都市、それに地下迷宮について説明しようかしら」
そう言って、カトレアは説明を始めた。
──地下迷宮、通称ダンジョン。
遥か昔。この世界には多種多様の種族が生き、暮らしていた。
腕力に長けた種族や、知力の優れた種族。他にも奇妙な力を持った種族なんかもいた。
けれど長い年月が流れるにつれ、そうした数多く存在する種族は二つに分類された。
淘汰する種族と、淘汰される種族。
人間やエルフ、獣人やドワーフといった種族はこの世界で生きる力を得て、数を増やして今もこの世界で生きている。
だが他の淘汰されてきた非力な種族は住む場所を奪われ──この地下迷宮に身を隠した。
けれど身を隠したところで長くは生きられなかった。
そんな消えていった種族の者たちは死期を知ってか知らずか、その種族だけが知る知恵の結晶を地下迷宮に残した。
──それが古代遺物、通称アーティファクト。
それぞれの種族が持ちえた知恵や力を凝縮した古代遺物。
何百年と経った今もなお全てが解明されたわけではなく、まだ地下深くの地下迷宮には、誰も知らない古代遺物が眠っているという。
「──どうしてまだ、全ての古代遺物が発掘されていないかわかる?」
「地下迷宮には狂暴な魔物がいるからか?」
「ええ、そう。地下迷宮に潜む魔物は何処で、どうやって生まれてくるのか未だ解明されていないの。一説によれば、かつて存在し、淘汰された種族の残留思念や亡霊なんかだと言われているけど……解明されていないから確かではないわ。ただ魔物たちは、地下迷宮を進む者たちに敵意を向け、邪魔をする。そんな存在を倒す為に必要となっていくのが、あなたのような地下迷宮に潜って魔物を討伐する者──探索者。はい、これが探索者のライセンスね」
話の途中だが、カトレアにカードを渡された。
これが探索者のライセンスか。何の変哲もない、紙でできたカード。ただ奇妙な印字がある。おそらくはこれも古代遺物で作られた特製の物なのだろう。
「地下迷宮へ入るにはこのライセンスが必要だから、くれぐれも無くさないでちょうだいね」
「ああ、わかった。それで確認なんだが、探索者の仕事は地下迷宮に潜って魔物を狩り、古代遺物を持ち帰ってくればいいんだよな?」
「ええ、そうよ。ギルド協会に持って来てくれたらこちらで鑑定するわ。もしその中に貴重な古代遺物であったり、世界で初めて発見された古代遺物があったら、世界各地で行われるオークションにかけられて高値で取引される。たった一つの古代遺物で王国が保有する領土を手にした、なんて事例もあるほどよ」
「ここにいる奴らの夢、というわけか」
「あなたもでしょ?」
カトレアはテーブルに肘を突き、俺の顔を覗くようにこちらを見つめる。
胸元を開けた上着。純白の豊満な谷間も、非対称的な真っ黒の下着まで見える。
「ああ、そうだな。ここに来れば全てが手に入る、そう聞いて俺はここへ来た」
「だけど夢を追えば追うほど、地下迷宮の深くまで潜れば潜るほど死ぬ確率も増える。夢を求める代償は大きいけど、その覚悟はある?」
「問題ない。俺は死なないからな」
はっきりと答えると「みんな最初はそう言うわ」と笑って流された。
「簡単な説明はこの辺にしときましょうか。それで、すぐにでもダンジョンへ向かえるけど?」
「いや、今日はいい」
「そう、それじゃあオススメの宿屋とかの説明を──」
「その前に一つ聞いてもいいか?」
「ええ、いいわよ」
「ここでは欲しい物が全て手に入ると聞いた。金も名誉も、地位も女も」
「そうね」
「それは、お前を抱くことも可能ということか?」
雰囲気や仕草なんかを見ていると、その可能性はある気がした。
「初対面の相手に面白いこと聞くのね……あなた」
カトレアは笑みを浮かべる。
それはさっきまでの優しい笑顔とは違い、どこか誘惑的な微笑みだった。