「成人前にエルフの里を出る、ただそれだけか……?」
「ええ、それだけ。他には何も」
肌を焼かれ、エルフの里を追放される禁忌。
もっと重罪な何かだと思っていた。だがエリザから聞かされた内容は、かなり単純なことだった。
「もちろん成人したエルフは里を出てもいいの。外で生活しているエルフを目にしたことあるでしょ?」
「ああ」
「だけど成人する前に里を出てはいけない。理由はわからないけど」
「じゃあ、エリザは成人前に里を出たのか?」
話しの流れからは当然であろう質問をすると、エリザの表情は暗く沈む。
「出た、というよりも、出されたが正しいわね」
「出された? エルフに里を追い出されたということか?」
「いや。……退屈で重い話だけど、聞いてくれる?」
もちろんだと頷くと、エリザは話してくれた。
「私が生まれ育ったエルフの里は、その地で暮らすのはエルフだけだけど、足を踏み入れていいのはエルフだけじゃない。里で手に入るモノにも限度があるから、足りないモノ、手に入らないモノなんかは里の外から仕入れていたの」
「商人が訪れて……といったところか?」
「私が生まれるずっと昔からね。もちろん来てくれるのは里の外で暮らすエルフだけじゃなく、別の種族……そのほとんどが人間だった。彼らは独自の仕入れルートを持っていたし、何より種族としての数が多いから、世界各地のモノが手に入った。誰が見ても良好の関係を築けてきたと思う」
だけど、と声のトーンを下げてエリザは言葉を続けた。
「多種族と比べてエルフは長寿だけど人間の寿命は違う。ずっと昔からエルフの里で商売してきた人が、数百年先もそこで商売しているわけじゃない。その子供が、孫が、代々続けて商売していく。──そうして時を重ねて、善良な人間の子孫が、必ずしも善良な人間とは限らない」
「悪人が生まれ、親が作った善人のレッテルを貼られた悪人が、何食わぬ顔でエルフの里に入ってくる可能性はあるか」
「そう。そして善人の皮を被った悪人は、何も知らないエルフに近づき……エルフの子供を捕まえて、奴隷として売ろうと考えた」
俺は黙ったまま、彼女の言葉を聞き続けた。
「それが私。……私は子供の頃に捕まった。人間に」
握った拳に力が入っているのが見てわかった。そして微かに震えているのも。
「今でもあの時のことをはっきりと覚えている……。何も知らず、手招きされて近づいた私に、笑顔を浮かべながら藁袋を被せる人間たち。気づくと視界は真っ暗になって、怖くて言葉が出なくて、何の抵抗もできなくて」
「……」
「私が初めて見た里の外の景色は、藁袋で何も見えない真っ暗だった。そして人間たちに抱えられて里の外へ出た瞬間──私に雷が落ちた」
「もしかしてそれが、禁忌を犯したということか?」
「痛みの無い不思議な雷だった。だけど私を捕まえた人間たちは雷に脅えて逃げて行った。捕まえた私を捨てて。そして白い肌が焼けて今のこの肌になった私は、泣きながら家族の下へ歩いて帰った。だけど……エルフの里へは、誰も入れてくれなかった」
「禁忌を犯した者はエルフの里を追放される。だがその話なら、正当な理由があるじゃないのか?」
「理由なんてどうでもいいの。エルフにとって肌が白いか黒いか、それしか意味はない。他種族だってそうでしょ? 同じ人間かどうか。同じドワーフ族かどうか。その内面は見られず、見た目で判断される」
すまない、重い話を聞かせて。
エリザはそう言ってエール酒を注文する。
「それからは、なんとか頑張って生きてきた。まだ子供だった私は、大きくなるまで外で暮らすダークエルフの家で暮らしていたの。今まで通りの生活とはいえなかったけど、生きられただけ良かったと思ってる。それで大きくなってからは探索者に。一人で生きていくためにね」
「そうだったのか」
「ごめんね、重い話しちゃって」
「いや、大丈夫だ。エリザは、そういった過去があって人間を憎んでいたのか」
「……ええ、そう。それにエルフも。ううん、きっと全てを憎んでいたんだと思う。ダークエルフだからってだけで、ずっと……」
微かに涙を浮かべたエリザ。
ずっと苦しんできたのだろう。
そして周囲を全て敵だと思った彼女は孤独に、ずっと一人で生きてきたのだろう。こうして誰かに胸の内を話すこともできず、ただ一人で。
「俺もエリザの憎んだ人間だ。俺のことも憎いか」
「クレスは……。いや、クレスは私を助けてくれた。嫌いな人間だけど、憎い気持ちはない」
「そうか。だったらこれからは俺が側にいる」
「え……?」
「俺は一人でここに来たからな、知り合いもいないんだ。一人よりも二人の方が生きやすいだろ?」
そう問いかけると、彼女は涙を拭いて笑顔を浮かべる。
「何それ。もう少し上手い口説き方あるんじゃない?」
「残念ながら、泣いている女への口説き方は知らん。それで、返事はどうなんだ?」
こうして話してみてわかったのは、彼女は一人でいることを望んでいる者ではないこと。できることなら誰かと、でも頼れる相手も信じれる相手もいない。
俺のことを他の人間と別に考えてくれるのなら、きっと俺みたいなのでも側にいれば孤独を味わうことはないだろう。
「まあ、クレスがそうしたいって言うならいいけど?」
頬を赤く染めながらそっぽを向くエリザ。
だが少しして目が合うと、彼女は子供のような無邪気な笑顔を浮かべた。
「……閉店だ」
二人だけの空間にふと低く小さな声が聞こえる。
足下を見ると、ムスッとした店主がそこにいた。
会計は結局、奢られることが今までなかったから癖で俺が払ってしまった。
店を出ると、エリザはムスッとした表情を浮かべた。
「私が払うって言ったのに」
「まあ気にするな。また今度頼む」
「まったく、次はちゃんと払わせてよね。約束は守りたいタイプなの! ……あんまり誰かと約束したことないけど」
夜風が涼しく、時間が経って明かりが灯っているお店の数は減っていた。
「それじゃあ今日は本当に助けてくれてありがとう。それと……これから、よろしくね、クレス」
ばいばい、と手を振って立ち去ろうとするエリザ。
そんな彼女の手を握って引き留める。
「俺がエリザと会ったとき、なんて言ったか覚えてるか?」
「え、会ったとき?」
「いい女だと言った。そして無事に地上へ戻れたなら、エリザは俺にこう言った。なんでもするって」
「なん、でも……?」
みるみるうちに顔が青ざめていくエリザ。
「よし、エリザの泊っている宿屋に行くか!」
「待って! 待って待って! なんでもって、なんでもってそういう意味じゃないからあっ!」