「ん、クレス……寝ないのか?」
「すまない、起こしたか」
ベッドで眠っていたエリザが目をこすりながら起きる。
まだ服を着ていない彼女はシーツで身体を隠し、俺の持っていたモノを見て首を傾げた。
「大丈夫だ。それよりそれは、カギか……?」
「……これが、俺がここへ来た理由だ」
拳よりも小さなカギ。
少し錆びついていて、首にかけられるようにヒモが付いている。
持ち手には”13”という数字が刻まれていた。
「そういえば、クレスはどうして探索者に?」
「どうしてか、そうだな。少し長くなるが、聞くか?」
「クレスがいいなら。何か飲む?」
「いただこうか」
下着を身に付けた彼女は恥ずかしがる様子も見せず、コップに飲み物を注いで俺に渡す。
ただジーッと身体を見ていると、彼女は微かに頬を赤く染めた。
「見ないで」
「恥ずかしいか?」
「まあ、一応」
「さっきまで、もっとあられもない姿を見ていたがな」
「……うるさい。それで?」
椅子を隣に置きエリザは座る。
「探索者になろうとする前──俺は元々、記憶を無くして倒れていたんだ」
「え?」
「レイスセットの町って、わかるか?」
「迷宮都市ウォレスイトから馬車で数時間のところにある、小さな町……だったよね?」
「ああ。俺はそこの近くにある大草原で寝ていたそうだ。金目のモノを何一つ持たずな」
懐かしむように、俺はこの世に生を受けた瞬間といっても過言ではないときのことを思い出していた。
「目を覚まして初めて目にしたのは、髭の生やしたおっさんの顔だった。自分が誰か聞かれてもわからないし、どこから来たのかも、なんでここで寝てるのかも答えられなかった。そんな俺を、そのおっさん──まあ、後の育ての親になる団長が指揮する傭兵団に引き取られたんだ」
「完全な記憶喪失だったのか?」
「ああ、何も覚えてなかった。だが不思議と、感覚的に覚えていたこともあった。それがアレの使い方だ」
俺は壁に立て掛けた大太刀に目を向ける。
「育ての親である傭兵団の団長は『お前の剣の扱いは手慣れすぎている。おそらくずっとこれで生きてきたんだろう』って言っていた。まだ十歳程度のガキがだ」
「記憶を無くしても感覚的に覚えていたのなら、その可能性はありそうだけど。でも十歳の子供がか……」
「そんなことありえんのかって話しだが、結果的に何もわからない俺はどこで覚えたのかもわからないその剣の扱いに救われた。きっと使い物にならない普通のガキだったら、あの団長は俺を捨てていただろうからな。そして傭兵団の一員として世界各地で仕事をした。だが……」
俺はこの後、自分に待っている全ての”謎”をエリザに話そうとした。だが止めた。そして一部だけを隠して説明した。
「その傭兵団での生活は長く続かなかった。俺以外の連中がとある仕事中、簡単に逝っちまったんだ」
「失敗して、死んだってこと?」
「傭兵団の仕事なんて死と隣り合わせだからな。これに関しては不思議でも珍しくもない。そしてまた一人になった俺は、他の傭兵団に移動した。だが次の傭兵団でも同じようなことが起き、俺は転々と居場所を変えていった。そんな時だった」
俺は手に持っていたカギに視線を向ける。
「仕事先で知り合った探索者に言われたんだ。『このカギに合いそうな鍵穴を地下迷宮で見たぞ』ってな」
「どういうこと?」
「俺が唯一持っていたモノ。御守り感覚で持っていたこの”13”と記されたカギと同じ感じで、別の”6”と記された不思議な扉が地下迷宮にあったそうだ」
「字体が似ていたってこと?」
「そいつが言うには、鍵穴とこのカギの形がピッタリだったらしい」
「地下迷宮に、謎の扉……。そんな話し初めて聞いた。ねえ、数字は違っていても、クレスが持っているカギはその探索者が見たっていう鍵穴に合わなかったの?」
「俺はその当時、傭兵であって探索者じゃなかったからな。ライセンスを持っていなかったから地下迷宮に入ることができなかったんだ。そいつには『俺が代わりに開けてきてやっか?』と言われたが、俺の見ていないとこでこのカギを使われるのを当時は嫌った。それで貸さなかった。生まれたときに唯一持っていたモノだから、なんか他人に渡したくなかったんだ」
「そうなんだ。それで、その扉はどうなったの?」
「迷宮都市バンダイク。知っているか?」
その名前を伝えた瞬間、エリザは大きく唾を飲んだ。
「……そこって確か、都市全体を飲み込む崩落が起きて消えた迷宮都市じゃ」
「ああ、そうだ。そしてその崩落が起きる寸前、俺はそこにいた。そしてこのカギについて話してくれた探索者が崩落前日に『絶対にこの扉の奥には大量の古代遺物が眠っている。扉はカギがないと開かなそうだが、無理にでもこじ開けてやる!』って息巻いていた。偶然だと思うか……?」
「何か、爆発物でこじ開けようとして失敗した?」
「可能性はある。だが今日、初めて地下迷宮に行って土壁を見たが、爆発物でどうにかできるとは思えなかった。だとすればカギを持たずこじ開けようとして何かが起きた──トラップみたいなのに引っかかったんじゃないかって、そう勘ぐってしまうんだ」
「それは……」
「そしてこのカギに記された数字。世界中にある14つの迷宮都市には誰が付けたか、識別する為の番号があるだろ?」
「ええ、古代遺物を見つけて、オークションに出されたときに使われる識別番号よね。──もしかして」
「迷宮都市バンダイクは6番目の迷宮都市で、ここ……迷宮都市ウォレスイトは13番目の迷宮都市と呼ばれている」
「じゃあ、そのカギに合う扉がこの地下に?」
「わからない。だがここへ行けば自分が何者かも、何処で生まれ、どうしてあの地で眠っていたのかもわかるかもしれない。だから俺はここ、迷宮都市ウォレスイトに来たんだ」
あくまで可能性。いや、希望を含んだ予想でしかない。
ここにあってほしい、ここが目的の場所であってほしいと。
自分が何者かわからず生きるというのは、言葉にするよりずっと辛いものがあるから。
──何より俺には、誰にも持っていない
あれが何なのか知らずに生きるのが怖い。だから、知らない部分を知りたいんだ。
「クレス……?」
ふと、声をかけられた。
「どうした?」
「どうしたって、急に汗が」
「汗……?」
額に付いた汗を拭う。
俺は苦笑いを浮かべた。
「嫌なことを思い出させてすまない」
「いや気にするな」
「……そろそろ寝るか」
手を引かれベッドへ。
隣で横になるエリザは、俺の胸の中に顔を埋める。
「今までずっと一人だったから、こうやって誰かと一緒に眠るのは安心する。クレスも、安心する?」
「ああ。なんだかんだ傭兵団を転々としていたっていっても、俺もずっと一人だったからな。俺とエリザは似ているのかもしれない」
「だから優しくしてくれたの?」
そう問いかけられて、たぶんそうなんだなと思った。
ダークエルフとして一人で生きてきたエリザ。
自分が誰なのかもわからず一人で生きてきた俺。
同情ではないけど、自分に似た彼女に惹かれ、側にいたいと思った。
「いいや、ただいい女だったからだ」
「もう。こういう時は「二人が出会うのは運命だったんだ」とか言ってもいいんじゃない?」
「そんなメルヘンチックな言葉が欲しかったのか?」
「よく考えればクレスっぽくなかったかも。忘れて」
「なんだそれ」
クスクスと俺たちは笑う。
このまま眠る流れなんだが、彼女を抱きしめていると邪な考えが俺を支配する。
「……ねえ、どこ触ってるの」
「ん、お尻だが。正確には撫でてるだな」
「撫でないで」
「いいだろ、別に」
「そんな風に撫でられたら寝られないでしょ」
「発情してか?」
「動物みたいに言わないで!」
「こうしてエリザを抱きしめているのもいいが、無性にまたしたくなってな」
「え、また!? さっきあんなに……」
言いかけて、エリザは恥ずかしくなって止めた。
「駄目か?」
「ダメ、では……でも、寝なくていいの?」
「このままだと眠れなさそうだしな」
呆れているのか。
いや、頬を赤らめて求められて嬉しく思っているのだと思う。
「まったく……。じゃあ、一回だけね?」
仕方ない、といった感じで言うエリザだが、その表情はやっぱり嬉しそうにしていた。