「──おいクソガキ、なに一人で寝てんだよ」
何もない草原。
背中を預けた大きな大木に、首にかけた13と記されたカギ。
そして死んだ、かつての俺の仲間たち。
「お前、名前はなんていうんだ?」
「……わからない」
「はあ? 自分の名前だぞ? じゃあ何処から来たんだよ」
「…………わからない」
「チッ、記憶喪失かよ。めんどくせえ」
初めて会った連中は、金にもならねえクソガキに声をかけちまったぜ、みたいな嫌そうな顔をしていた。
まあ、その通りだが。
だからそのまま捨てれば良かったものを、謎の親心を発揮して俺は傭兵団の一員として育てられた。
自分が誰なのかわからなかったから、団長が名前を付けてくれた。
クレス。
その名前の由来は団長がずっと前に振られた女の名前だそうだ。
鍛えてくれる過程でクレスという名前の俺をボコボコに殴りたかったからとかいう、クソみたいな名前の由来だ。
ただ今となっては、この女みたいな名前も少しだけ気に入っていた。
それから、目を覚ましたあの日から何年か経った頃。
俺は立派な傭兵らしく、依頼された仕事であれば魔物でも人でもドワーフでも、ドラゴンだって殺してきた。
それが生きる為に必要だったから。
俺は所属する傭兵団の中でもトップクラスの実力があった。
魔法の才はなかったものの、大太刀を扱う技術と殺しのセンスはずば抜けていたのだという。
普通であれば嬉しくもない才能だが、生きていく中でこの才能は重宝された。
──この先もずっと、こいつらと傭兵団として生きていく。
そう思っていた。
というより、自分は記憶を失う前からこんな生き方をしていたのかもしれない、そう思った。
だが、
「次の依頼は少し厄介だが、報酬は悪くねえ。腹一杯に飯を食ってぶっ倒れるほどの酒を浴びて、好きなだけ女を買えるだけの報酬だ」
団長の声に団員から歓声が上がる。
どんなに難しい依頼でも俺たちは失敗しない。それだけの実力があった。これは決して驕りではなく、経験と実績からくる自信だった。
だから今回の依頼も何事もなく達成できると思っていた。
「それじゃあ行くぞ」
団長の声を受け、俺たちは大規模な戦争に駆け出そうとした。
だが──。
『……いかないで』
「え?」
どこからか声がした。
男の子の声。振り返るがそこには誰もいない。空耳かと思って無視しようとしたが、
『死ぬよ』
『死ぬんだ』
『死んじゃえ』
子供、大人、老婆。
今度はその声がはっきりと聞こえた。
「おい誰だ、何処に隠れてる!?」
「どうしたんだ、クレス」
周囲を警戒しても誰もいない。
だがこの謎の声は止まらない。
『みんな死ぬ』
『誰も守れず死ぬ』
『死ね』
『死なないで』
『死んじゃえ』
『死ね』『死ね』『死ね』
老若男女、様々な声が聞こえた。
助言するような声。心配して投げてくる声。早く俺が死ぬのを見たいと笑う声。
そして異変は声だけじゃない。
地面から伸び、俺の両足に絡みつく無数の黒い手。
「なんだよ、おいなんだよこれ!」
「どうした、クレス! おい、クレスしっかりしろ!」
振り払っても蹴り上げても、無数の黒い影のような手は俺を離さない。
そしてその手は、俺だけじゃなく傭兵団の奴らにも伸びていた。だが、
「お前ら手が!」
「手……? 手ってなんだよ?」
俺以外には見えず、声も聞こえないのだとわかった。
敵の魔法かとも思った。だがこんな魔法を今まで見たことがない。そもそもこんな未知の魔法を使われたら勝てるわけがない。
だから俺は団長に伝えた。
「団長、引き返そう」
「なに?」
「今回の依頼、絶対に危険だ」
口が上手いわけじゃなかったが、それでも俺は必死に止めた。
だが誰も聞かない。なにせ今回の依頼の報酬は今までの倍近い金額だったから。それに声も聞こえない、手も見えない。
俺以外の奴が頷くわけがなかった。
「臆病風に吹かれたか」
誰だって死が怖いと思うのは当然だ。
戦場で臆病風に吹かれる者なんて珍しくない。
だから誰にも俺は責められなかった。先に戻って俺たちの帰りを待っていろと命じられた。
死地へ向かう団長たち。
その前に踏み出した足には無数の手が絡みついている。
『あいつら死ぬ』
『死んじゃった』
『お前も死ぬ』
『死んじゃえよ』
『死ね』
『死ね』『死ね』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』
「うるせえ、黙れ黙れ黙れッ!」
気づいたら俺は走っていた。
仲間たちとは逆へ、逃げるように。
奇妙なことに、その声は団長たちと離れれば離れるほど、嘘のように聞こえなくなった。
無数に伸びる手も、いつの間にか消えていた。
──そして、団長たちが帰ってくることはなかった。
悲しかった。だけど仲間の死は、残念ながら見慣れていたからそこまでの喪失感は無かった。
だからこそ俺は、生きていくために別の傭兵団を探した。
探して、活躍して、そして時が経ち、またあの声が聞こえ無数の手が俺と仲間たちを襲う。
誰も俺の言葉を信じなかった。
薬のやり過ぎだと馬鹿にされ、臆病な奴だと笑われた。
だが見えるし聞こえる。
そして必ず、あの声を聞き、無数の手が見えたとき、俺の言葉を無視した奴らはみんな死ぬ。
俺も付いて行っていたら死んでいたのだろうか?
この気味の悪い力はまるで、自分や周りの者の”死期”を見ているようだった。
いつからだろうか。
『クレスという傭兵の周りで死人が出るとき、必ずそいつだけ逃げて生きているんだ』
そんな噂が流れた。
そして俺は陰でみんなからこう呼ばれるようになった。
──死を呼ぶ死神、と。