「あなたって意外と肉食系だったのね」
「こんななりで草食系に見えたのか?」
「そうね……」
カトレアは俺の頭の天辺からつま先まで、まるで値踏みするように見つめる。
「そうね。大柄で鍛え抜かれた体。衣服で隠せない無数の傷痕。それなりの戦闘経験があるのは一目見てわかったわ。……ただ、無口だから。無口な肉食系といった感じかしら?」
「別に無口を気取ったつもりはない。お喋りは好きだ。こういう場でも、ベッドの上でもな」
「……ふふっ、冗談も言うタイプだったのね」
クスクスと笑うカトレア。
おそらく口説き慣れていて、何より、こういった誘いを流すことも慣れているのだろう。
「訂正するわ。アナタは正真正銘の肉食系よ」
「それはどうも」
「それにしても、アナタみたいに会って数分で、それにこうもはっきりと口説かれたのは初めてよ」
「目の前にいい女がいれば抱ける可能性を求めるのは当然だろ」
「あら、嬉しい。だけど……」
彼女は左手の薬指をちらちらと俺に見せる。
銀色に輝いた指輪。相手がいるという証だった。
「それは夫がいるから駄目、ということか?」
「まあ、そういうことよ」
「そうか」
さっきの反応、あれは誘っているものだとばかり思っていたが……。
「ただ」
すると、カトレアは顔を俺に近付け、周りに聞かれないようにと人差し指を立てる。
「もし、私個人の依頼を叶えてくれたら……その時は考えてもいいわよ?」
「なに?」
最初から駄目というわけではないわけか。
彼女の全身から発する甘い香りが鼻孔をくすぐり、男である俺を誘惑する。
「その依頼とは何だ?」
「そうね、ただ依頼をこなしてもらうには、まず地下迷宮の中層に足を踏み入れられるようになってもらわないといけないわね」
顔を離し、クスッと笑うカトレア。
地下迷宮には上層、中層、下層、そして──深層と、どんどん下へと続いている。
つまり今の俺は、まだ彼女の依頼を受けられる資格がないということ。振り向いてほしければ力を示せということだろう。
「なるほど。それじゃあ中層へ行けるようになるまではお預けということか」
「ふふっ、そうなるわね」
それじゃあ、何か困ったことがあったら相談してちょうだい。
カトレアはそう言い、本来の業務へと戻った。
彼女の後ろ姿を眺めてから俺は立ち上がり、出口へと向かって歩き出す。
オススメの宿屋なんかをカトレアから聞くのを忘れていた。
仕方ない、自分の足で探すか。
「兄ちゃんも、カトレア姐さんに惚れたんか?」
ギルド協会を出ようとしたところで声をかけられた。
それはさっき、カトレアに話しかけた大柄の男だった。
「まあ、いい女だからな」
「ガハハハッ、そうだろそうだろ。あんな綺麗な女性、この世界にそういねえよな!」
「外見もそうだが、中身もな……。それより他の連中の会話が聞こえてきたんだが、ここの連中は彼女のことを姐さんと呼んでいるのか?」
「ああ、ここで探索者をする奴らはみんな、姐さんに助けてもらってるからな。この都市で生活する知恵も、探索者のパーティーを組む手助けまでしてもらった。何年もこのギルド協会のリーダーをしているカトレア姐さんに何から何までみんな助けられてるから、俺たちの姐さんってわけだ」
「なるほど」
優しくされ、面倒を見られ、ここの連中は上手く掌握されているということか。
それにあの美貌だ。追いかけたくなる気持ちもわからないでもない。まあ、俺は女の尻に敷かれるタイプではなく、支配したいタイプだが。
「そうそう、兄ちゃん」
すると、大柄な男は他の連中に聞かれないよう俺に耳打ちをする。
「もしも姐さんに悪さしたり抜け駆けしたら、ここの探索者全員を敵に回すことになるからな。くれぐれも気を付けるんだぜ、ガハハハッ!」
男は手をひらひらとさせながら去って行った。
そう言われると、余計に燃えるたちなんだが……。
まあとにかく、カトレアに敵対心を持たれないようにしないと、この迷宮都市ウォレスイトで食っていくのは難しくなるだろうな。
引っ越して早々、新しい住処を探すのはごめんだ。
「それに、ここに目的のモノがあるかもしれないしな……」
俺はむさ苦しいギルド協会を出た。
「さて、どうするか」
宿屋を探すにしても、日が暮れてからでも十分問題ないだろう。
荷物なんかも特になく、左手に持った商売道具でもある大太刀と一週間ほどで尽きてしまうような少ない金だけ。
荷物を置く必要もない。
となれば。
「地下迷宮に行ってみるか」
明日からと考えていたが、やることがないのであれば見に行くのもいいだろう。どんな場所なのか興味もある。
そう考え、俺は地下迷宮の入口へと向かった。
──迷宮都市ウォレスイト。
迷宮都市ウォレスイトは、世界各地に存在する地下迷宮を要する迷宮都市の一つだ。
迷宮都市のほとんどに共通することだが、ここに家を持ち暮らしている住民よりも、宿屋で泊まる者や朝早くに出稼ぎに来ている者たちの方が多い。
その目的は地下迷宮だ。
地下迷宮へ挑む探索者と、彼らを相手に商売する商人のお陰で、この地が賑わっていると言っても過言ではないだろう。
そんな迷宮都市ウォレスイトには、多くの種族が行き来している。
多いのは俺と同じ人間だが、他にも多種多様の種族が存在している。
「──あそこだな」
都市の外側から中心部へと歩いていくと、いくら迷宮都市に来たのが初めてだといってもすぐわかるような地下迷宮の入口を見つけた。
平坦な地に突き刺さった巨大な柱が六本。おそらく魔法の類を使用する為に建てられた柱なのだろう。
その柱の中央に建つ大きな建物。
装備を身に付けた者たちが建物に入っていく姿が見える。あそこが地下迷宮への入口なのだろう。
「これは……」
地下迷宮への入口がある建物というから、もう少し錆びれた雰囲気だと思っていたが違った。
雰囲気的には神を崇める教会に近い。
ステンドグラスの窓に、壁や地面の白色タイルは清潔感があった。
「探索者の方ですか?」
建物の内装を観察していると声をかけられた。
服装はギルド協会のカトレアと似ている。水色の髪を肩まで伸ばした、背の小さな女性だ。