隣から物凄く睨まれているが、これも男の性、止まることはできない。
「彼女に会ったらこれを渡してちょうだい。うちの酒場で使える飲み放題の無料券」
カトレアは一通の手紙──というかチケットみたいなのを俺に渡す。
「賄賂か何かか?」
「まあ、そんなとこかしらね。そして紹介状も兼ねてるといったところ」
「有難いが、いいのか? こんなに俺たちに優しくしたら、カトレアもここの連中に敵として認定されたりするんじゃないのか?」
「あら、私の心配してくれるの? 嬉しい」
にこにこ微笑むカトレア。だが、
「私は大丈夫。大丈夫なの──ほら、ここのみんなから好かれてるから。もし何かしてきたら、この都市で生きられないようにしてあげるわ」
ウインクして恐ろしいことを言うカトレア。
だが一瞬だけ見せた曇った表情。
まるで狙われないのには別の理由があるような、そんな気がした。
「ほら、そろそろ行かないとあの子いなくなっちゃうから」
カトレアはそれ以上は何も言わなかった。
彼女にも秘密がある。それはきっと、出会ったときに話してくれた”中層へ行けるようになったらお願いする”と言った依頼と関係があるのかもしれない。
「ああ、ありがとう。それでそのいい女はどこにいるんだ?」
今は話してくれないのであれば、何も聞かず、彼女の優しさに甘えよう。中層に行けるようになって、彼女から話してくれるまで。
「そういえば言ってなかったわね。彼女、アリス・ラフィットなら──」
♦
「ここか」
「ここみたいね」
カトレアに紹介された運送屋に会いに俺たちは言われた場所へやってきた。
そこは他と雰囲気が違って探索者の姿はあまり見えない。代わりに貴族のような、高価な身形をした者が多くいた。
「入るか」
「ええ……」
高貴な者たちが揃って向かう先にあった建物──そこは、
「ラッキー・ラッピー・ハッピーカジノへようこそ!」
金を賭けて遊び、金を稼ぐ娯楽施設──カジノ。
建物の扉を開けると騒々しい音が鼓膜を襲い、強烈な香水の匂いが鼻を襲う。
「み、みみ、耳があ!」
ダークエルフであるエリザには、この騒音はきつかったらしい。
「大丈夫か? 外で待っていてもいいぞ」
「あうぅ……い、いや、慣れたら、たぶん大丈夫」
「そうか。でも無理するなよ」
耳を両手で塞ぐエリザと共に建物の中へ。
俺自身は別の都市でだが、カジノへは何度も来たことがあった。
傭兵団にいたころ、めちゃくちゃギャンブル依存症の仲間がいて連れて来られたからだ。
何が楽しいのかわからないが、ハマる奴にはハマる。そして、
「──赤の15! 赤の15!」
ルーレットだろうか。
そこで騒いでいるあの女のようにドハマりすると、全財産を失って破滅する。
「今日のボクはイける気がするんだ! うんうん、絶対にイける日なんだよ!」
「あの子、なんか凄いね。覇気っていうか、全身から物凄いオーラが出てる気がする」
「ああ、あれは相当ハマってるな」
くるくると回転するルーレットに、コロコロと回される小さな玉。そして熱すぎるほどの熱視線を送る女。
黒色と桃色の毛並みが入り混じる髪。それを肩まで伸ばした髪型の彼女。
大きな黒い瞳に、小さな鼻。全体的にまだ幼さの残る印象だが、発育された部分はちゃんと育っており、体型は既に大人だ。
背丈は150ほどで、服装は他の貴族たちとは違い白のYシャツに太股を露わにした丈の短いピンク色のスカート。
──そして最も目に留まったのは、頭上に見える桃色の大きな耳と、お尻の上に見える小さく丸い尻尾。
あれがオシャレで付けているとかではないのは一目見てすぐわかった。
「兎人族《ラビット》か」
大きな耳で遠くの音を聞き、両脚の筋肉が発達していて脚力に優れた種族。
逃げるのに特化した種族として有名な兎人族。その脚力で絶滅を免れ、そこまで多くはないが確かに今もいる種族だ。
兎人族の男は、ウサギという名称とは似付かわしくないほどの筋肉隆々な見た目だ。女の兎人族は何人か見たことあるが、彼女のように明るくなく、どちらかというと家の中で本なんかを読んで暮らしているタイプだ。
「入って、入って入って入って! お願いだからああああああッ!」
聴力に優れた兎人族なら離れた場所で会話する俺たちの声も聞こえているだろうが、彼女は俺たちの視線を無視してルーレットに熱中していた。
そして彼女の言っていた赤の15のマスにボールがスポッと入ると、
「やったー、当たった当たった!」
ぴょんぴょんと大きく跳ねる女。
俺たちは顔を見合わせ、彼女へと近づく。
「アリス・ラフィットか?」
「よしよし、今日はどんどん稼ぐぞー……って、ん、キミたち誰?」
顔だけをこちらに向けた彼女。
彼女こそが、カトレアが紹介してくれた運送屋──兎人族のアリス・ラフィットだった。
なるほど、兎人族であれば荷物を運ぶ運送屋にぴったりだな。
「なんでボクの名前……ふうん、そういうこと。キミたちが噂の二人組ってわけ」
今手に入れた大量のチップを自分の方へ寄せた彼女は、ニヤリとした笑みを浮かべる。
どうやら俺たちのことを知っているようだ。そして、ここへ来た理由もわかっているらしい。
生意気そうな笑みを浮かべた彼女。