「ああ」
「そうでしたか! では向こうでライセンスを確認しますね」
女性に案内されて建物の奥へ。
俺は彼女にライセンスカードを渡した。
「クレスさんですね! 地下迷宮へは初めてとのことなので軽く説明──の前に自己紹介を。わたしはここで受付をしている、メア・アトレナといいます!」
水色に輝く大きな瞳。目がパチッと閉じ、彼女は笑顔を浮かべた。
おそらくまだ十代といったところだろう。見ていて癒される、そんな明るい笑顔が特徴的な女性だった。
「よろしく頼む」
「ではまず、地下迷宮に入るには予定日数をここに記入してもらいます」
「予定日数?」
俺は渡された紙を見ながら首を傾げる。
「はい! 朝に地下迷宮へ行って昼には帰ってくるのか、それとも夜なのか。それと後々にはなりますが、上層から中層、中層から下層や深層といった感じにどんどん深くまで進むと、当日に帰ってくることが難しくなります」
「移動だけで時間がかかるからか?」
「ええ、そうです! 下層までですと……移動だけで二日や三日かかってしまいます。それも片道でです!」
それを聞いただけでも、この地下迷宮は深く長く、俺の知らない世界が広がっているのがわかった。
「なのでどれぐらいで帰ってくるのかを、地下迷宮に入る前に記入して我々に提出していただきます。万が一、予定日数を過ぎても帰って来なかった場合は、こちらで捜索隊を招集します」
「捜索隊か。道中で魔物にやられたり、自力で帰ってこれないような傷を負った者を救出する為か」
「ええ」
メアは先程までの明るい表情を封じ、声を抑えて言葉を続ける。
「地下迷宮に生息する魔物は人の肉を喰らい力を付けます……。そうして少しずつ狂暴になっていき、いずれ──」
「地下迷宮から這い上がってここの都市の連中を襲うかもしれない。それを防ぐ為か」
「もちろん地下迷宮内で行動不能になってしまった探索者を救うことが大前提ですが、そういった理由もあるので。予定日数を過ぎても帰って来なかった場合はこちらで捜索隊を雇うことになります。その際の依頼料の請求は本人にきちゃいますが」
「無事に捜索隊が間に合って命を救ってもらえたら、それだけで感謝すべきだろ。まあ、ほとんどは死んで本人から回収できないだろうが」
「その場合は身元保証人の方に……その方もいなければ、探索保険費用から工面させていただきます」
さっき彼女から貰った紙にも探索保険費用という文字が。
どうやら地下迷宮に潜るたびに金を取られるらしい。で、その費用を探索費に充てるわけか。
「なるほどな。それで、他には何かあるか?」
「いえ、他の決まりは特にありません。ところで、クレスさんはお一人で向かわれる予定ですか?」
「ここに知り合いはいないからな。その予定だ」
「そう、ですか……」
難しい表情をするメア。
「何か問題か?」
「一人での行動は、あまり推奨していなくて……。地下迷宮の魔物が危険であることはもちろんのこと、他にも予期せぬことが起きた場合、一人よりも複数人の方が対処できる可能性が高いので」
「もしも仲間の誰かが魔物に襲われ瀕死の状態になったとき、ここへ戻って探索者を依頼したりできるからか?」
「ええ、他にも一人行動だと持てる荷物にも限界があるので……。もちろん中には一人を好む方もいますが」
一人が楽だから、という理由でもっと単独の者は多いと思ったが。それほどまでに地下迷宮は難しいということか。
「もしクレスさんが良ければ、パーティー募集をかけてみませんか?」
「パーティー募集?」
聞き返すと、メアは「こちらへ」と場所を移動する。
そこには大きな掲示板があり『依頼表』と『パーティー募集』という二つの項目があった。
「こっちの依頼表は、主に地下迷宮内でのみ取れる物の収集などを依頼するところです。魔物の体の一部や血液、他には鉱石や野草などですね」
地下迷宮にあるのは古代遺物だけではない。
そこにいる魔物の中には、最高級料理に使われる食材になってくれたり武器や防具の素材になってくれるものまである。
鉱石や野草も、決して地上では手に入らないもので、よくお店なんかで売られているのを目にしたことがある。
戦う術がない者が依頼する、それがこの依頼表ということか。
「そしてこっちがパーティー募集です。どの階層へ行くか、予定日数はどれぐらいか、後は目的は何か。そういったことを記載してこのパーティー募集表に貼る。そして同じ目的の人が応募して、パーティーを組んで一緒に地下迷宮へ挑むことになります」
「なるほど。一人で行くのは危ないと思ったら誰かと……ということか」
「ですね。今回のクレスさんに合うのは……」
メアは背伸びをしながら、上に貼ってあったパーティー募集から順に俺に合ったのがないか探してくれた。
「いや、今日はいい」
「え、いいんですか?」
「ああ。簡単な下見のようなものだからな。行って数時間で、危なかったらすぐに帰ってくる」
「そう、ですか……。ですがクレスさん、無茶だけは絶対にしないでくださいね?」
ジッと見つめられながらそう言われた。
少しだけ瞳がウルッとしている。そんな彼女に上目遣いで見つめられると、大抵の男なら心臓を鷲掴みにされるのは間違いない。
「ああ、危ないと思ったらすぐに帰ってくる」
「絶対にですよ。約束ですからね」
もう一度、俺が頷くと彼女はにっこりと微笑み「良かったです。それじゃあ、向こうで手続きを完了しますね」と歩いていく。
彼女のアレは素なのか、天然なのか、それとも……。
まあ、話していていい子なのには違いない。
「もしかしたら魔性の女とかだったりしてな……ん?」
彼女の背中を見つめながらぼやく。だが、ふと気になる光景を目にした。
他の探索者とは違った三人組の人間。防具には微かに泥が付着していて、傷痕も目立つ。そして何より、その表情は少し青ざめていた。
「……なあ、どうすんだよ」
「どうするって……」
周囲に聞かれないように小声で話しているつもりらしいが、焦りからかところどころ離れた俺の位置まで声が聞こえる。
「このまま放置したら、絶対にあの女やばいって……」
「だったらどうすんだよ。今から助けに行くってか?」
「それは……」
「無理だ。というよりもう……」
「だ、だけど、このまま見殺しにしたら……受付に言って、捜索隊に頼むのはどうだ?」
「ば、ばか、捜索隊への依頼料なんて……もし女が死んでたら、身元保証人扱いで俺たちに支払いがくるんだぞ。そんな金、俺たちが払えるわけないだろ……」
「だ、だったらどうすんだよお……元はと言えば、お前がいい女だからって誘ったから」
「はあ!? 俺のせいだって言うのかよ! お前だっていい尻だって、戦闘中もずっとあの女の尻ばっか見てただろ!」
「み、みみみ、見てねえし! つか、それを言ったらお前だってあの大きな胸ばっか見てただろ!」
「見てねえし! 俺は胸よりも尻派だし!」
「そんなの知らねえよ! だったら俺だって尻より太股派だし!」
「はあ!? 太股とか──」
「二人とも言い合いは止せ。それより……たぶん大丈夫だ」
二人の男が慌てふためく中、一人は笑みを浮かべた。引きつった、そんな笑顔だった。
「俺たちとあの女は一緒に受付していない。あくまで、地下迷宮内で出会って共に行動していただけだ」
「そうだが……って、もしかして!」
「このまま知らんぷりしていれば……」
「予定日数を越え、勝手に捜索隊が組まれる。そうなれば費用の請求は俺たちにいかない……」
三人のゲスな会話を聞きながら、俺は大きくため息をついた。