「昨夜は随分とお楽しみだったみたいだね、クレス?」
──次の日の朝。
地下迷宮へ向かう前に三人で朝食を済まそうとしていた。
そして会うなり、ニコニコとした笑みを浮かべるアリスに聞かれた。
「なんのことかさっぱりだな」
「んー、わかんない? じゃあ、なんでエリザはずっと不機嫌なのかな?」
「……別に不機嫌じゃないから。……クレスが何処で、どの女と、何をしていても、私には関係ないもの。……ほんと、怒ってないから」
「……」
「えっと、クレス。もちろん、ちゃんと謝ったんだよね?」
「ああ、謝った。だが」
「謝る必要なんてない。別に、クレスが私じゃない女と何をしていようが……」
ぶつぶつと小さな声で恨み言を呟くエリザ。
カトレアとセックスしてから宿屋に帰ると、エリザは寝ずに俺の帰りを待っていてくれた。
きっと心配してくれていたのだろう。
俺の帰りが遅いから、宿屋に戻るまでの間に誰かに襲われたんじゃないかと。
そんな帰ってきた俺を見て「おかえり!」と嬉しそうにしながら駆け寄ってきてくれたが、近くまで来た彼女は鼻をピクピクと反応させ、それから今のようにムスッとして口を聞いてくれない。
カトレアに会うことは二人には伝えてあるから、匂いで何をしてきたのか気付いたのだろう。
「要するに、まだ拗ねてるわけだね」
「拗ねてない!」
「もう、関係ないボクにまで怒らないでよ。そもそもさあ、そういう男だって知りながら関係を持っちゃったエリザも悪いんだからね?」
「……わかってるわよ。ふんっ!」
「ありゃりゃ……クレス、なんとかしてよ。こんな状態で地下迷宮に行くの危ないから」
「と、言われてもだな」
今まで一夜限りの関係ばかりだから、こうして妬かれるのは生まれて初めてかもしれない。
「じゃあ、帰ったら好きなだけセックスするか」
「な……っ!?」
なんて言われたら納得するかわからないから、俺だったらこう言われたら嬉しいだろうなって言葉を伝えた。
エリザは顔を真っ赤にさせ、アリスは呆れ顔で首を左右に振る。
「もう、そんなので納得してくれるわけ──」
「──ほんと?」
「……え?」
エリザは顔を真っ赤にさせながら、俺の手をギュッと掴む。
「カトレアとした回数よりも多く、してくれる……?」
「もちろん。初めてしたときみたいに、朝までするか?」
「……じゃあ、うん。もういい」
どうやらエリザは納得してくれたらしい。
「はあ……。もう好きにして」
アリスは呆れて、それから何も言わなくなった。
…………。
……。
食事を終えると、俺たちは地下迷宮へ向かう為に中央入口へやってきた。
時刻は九時過ぎ。
迷宮都市ウォレスイトにある暗黙の了解『人間は七時から、他種族は九時から受付する』というのを仕方なく守る形になった。
ここの腐った暗黙の了解に従うのは癪だが、また受付で待ち伏せされて襲われるのは面倒くさいから、時間をズラせたのは良かった。
なのに。
「うわ、またいるんだけど……」
アリスが大きなため息をつく。
建物の扉を開けると、受付には多くの人間の探索者がいた。
連中は俺たちを見ると、ゆっくりとこちらへと近付いてくる。
「今日も待ち伏せか? お前らも懲りないな」
「……お前に手紙だ」
「は、俺に?」
男から手紙を受け取ると、それが目的だったのか連中は地下迷宮へと降りて行った。
「なんだった、あいつら」
「クレス!」
そして入れ替わるように、ドワーフ族のドーゴンとその仲間たちが駆け寄ってくる。
その額には汗を流し、豪快な漢には似付かわしくない表情の険しさだ。
「ドーゴン、お前たちもまだここにいたんだな」
「それどころではない。儂らはお主らを待っていたのだ」
「俺たちを?」
「さっきの奴らに渡された手紙を読んでみるんだ」
そう言われて手紙に目を通す。
そして記されていた文章を見て舌打ちをする。
「クレス、どうかしたのか?」
エリザに聞かれ、俺はエリザとアリスにも手紙を読ませる。
「これって……」
「うわぁ……」
そこに記されていたのは、ここの受付をしているメア・アトレアを誘拐したという内容だった。
「要するに、メアを助けたければ、連中が指定する北エリアってとこに来いってわけか」
「うむ。現に儂らがここへ来たときには既にメアはおらんかった。朝早くにはいたというのは人間の探索者から確認した」
「だが、どうしてメアなんだ? 俺とメアはまだ会って間もない、人質にするには関係性が弱いだろ。俺を誘導したいなら、俺と親しいエリザかアリス、それかカトレアにすればいいだろ」
率直な俺の疑問に、ドーゴンは少し考えてから答える。
「受付の彼女は戦える力を持っておらんから、脅せば簡単に従わせられると思ったのだろう。エリザやアリスであれば反抗されるか逃げられる可能性がある。カトレアは……彼女のことは、知っておるだろ?」
「なるほどな。カトレアを人質にしたら連中の王様に何されるかわからないってことか」
だからこの三人では駄目というわけか。
「それに、お主の性格であればメアを放っておくようなことはせんはずと考えたのだろう」
「まあ、そうだな」
もしも、誘拐されたのがそこら辺の男だったら助けなかったが、メアであれば別だ。
彼女は初対面のときから俺に良くしてくれた。何より、エリザの一件でこの場所で連中と衝突したとき、メアは庇ってくれた。
その時の借りも、まだ返していない。
「北エリアか。俺は行くが、二人はどうする?」
「もちろん行くに決まっている。メアは、ダークエルフの私にも優しくしてくれた。そんな彼女が我々のせいで危険に晒されているのだ、無視はできない」
「ボクも行くよ。まあ、何ができるってわけじゃないけど、あいつらムカつくからね。クレスにボッコボコにされる様を指差して笑ってやるんだ!」
「アリス、あなたね……」
「ん、なに?」
「別に。なんでもない」
「クレスよ、儂らも行くぞ」
ドーゴンと、他のドワーフ族がそう言ってくれた。
その表情は力強く、連中と戦うことを覚悟しているようだった。
「すまない、助かる」
それでも全員で8人。
この場にいる他の連中は知らんぷりだ。
確実に待ち伏せされているだろう。果たしてどんな罠が用意されているか。
「それじゃあ行くぞ」
俺は足を前に出した。
だが──。
『……いかないで』
「え……?」
男の子の声が聞こえた瞬間、全身を悪寒が襲う。
既視感があって、俺は足を止め、顔を下げた。
俺の足に絡みつく黒い影の手が。
「クレス、どうした?」
エリザに声をかけられ、顔を向ける。
黒い影の手は、エリザやアリス、それにドーゴンたちにもべっとりと絡みついていた。