「ちょっと待ってくれ」
俺はみんなにそう伝えた。
エリザもアリスも、それにドーゴンたちも不思議そうに俺を見つめる。
死期を意味する影の手とどこからともなく聞こえる謎の声。
わかる。間違いなくこの先に進めば俺は死ぬ。
いや、俺だけじゃない。ここにいるみんなが命を落とすかもしれない。
「クレス、どうしたの? 凄い汗よ」
「あ、ああ、大丈夫だ。だがちょっと待ってくれ」
エリザに心配され、額を拭う。
ゆっくり考えたい。どうすべきなのか、どうしたらいいのか。
『そっちに行ったら死ぬよ』
『みんな死ぬ』
『逃げなさい、さもなくば死ぬわよ』
『死んじゃえばいいのに』
『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』『死ね』
「うるさい、黙れ……ッ!」
老若男女、どこからともなく声が聞こえる。
俺が死ぬのを必死に止める少女の声や、興味無さそうに告げる男性の声、それに楽し気に笑いながら死ねという子供の声。
俺は天井に向かって叫んだ。
「え、だいじょうぶ……?」
驚かせてしまったエリザに、また心配させてしまった。
この声のこと、無数の影の手のこと、それを話したらみんなは引き返してくれるだろうか。
いや、無理だ。
今まで一度もこのことを話して信じてくれた者はいなかった。
だが記憶喪失のことを話し、愛し合ったエリザなら信じてくれるかもしれない。
だけど信じてもらえたところで彼女は引き返さないだろう。もし引き返せば、誘拐されたメアを見捨てることになるのだから。
「ははーん、クレス、もしかしてビビってるの?」
「なに?」
アリスが伸びをしながら、笑ってそう言った。
それに続けてドーゴンが深いため息混じりの声で彼女に伝える。
「こら、ウサギ娘! クレスは女の為に命を投げ捨てられるような男だぞ。臆しているわけなかろうが!」
「ウサギ娘!? それボクのこと!?」
「他にいないであろう」
「ムカッ! ウサギ娘って呼ばないでよ! チビデブドワーフのくせに!」
「なんじゃと!?」
「なにさっ!」
二人の喧嘩を見てて、自然と笑みがこぼれる。
そして前に自分で口にしたことを思い出す。
「女を見捨てて逃げるなんて、そんなの男らしくないだろ……か」
ここで逃げるという選択肢は俺のプライドが許さない。
それが例え、死が待っているとしても。
「すまない、もう大丈夫だ。行くぞ」
みんなにそう告げて足を前に出す。
『あはは、死ぬんだ』
『みんな死ぬ。君のせいで死ぬ』
『そうそう、みんな死んじゃえ』
進めば進むほど、心配や忠告する声が消え、悪意に満ちた声ばかりが響く。
それは螺旋階段を降り、地下迷宮内を進んでも止まらない。
ただ俺たちの脚に絡みついていた影の手は、それ以上悪化することはなかった。
「クレス、前から魔物が!」
「ああ」
急いでいるのに魔物が襲ってくる。
ここまでは前に見たムカデのような魔物が多かったが、北エリアに近づけば近づくほどデスマッドと多く接敵する。
エリザが、北エリアに生息する魔物はデスマッドが中心だと言っていた。
動きが鈍く攻撃パターンも少ない。楽な敵だ。それでも脳内に声が直接響いてくるこの状況では少し厄介に感じる。
「黒き雷よ、無法者に裁きを下せ──ライトニング、ボルトッ!」
走りながら詠唱を始め、レイピアの剣先から黒い雷を放つエリザ。
「うおりゃあああああッ!」
ドーゴンとその仲間たちはドワーフ族特有の肉弾戦で、デスマッドの体を大きなハンマーで吹き飛ばす。
強い衝撃を受けて泥をまき散らしながら、デスマッドの弱点である核を砕く様は圧巻だ。
「右通路からも来てるよ!」
デスマッドを倒すと、地面に落ちた戦利品を背中に背負った大きなバックにしまうアリス。
その一連の動作は手慣れていた。
戦う俺たちの邪魔にはならず、ひたすら走り続けて戦利品を回収する。
新たに現れた敵や、攻撃モーションに入った魔物がいたら知らせてくれる。
サポート役としても優秀だ。
そして戦利品を拾う手とは逆の手には、謎の丸い玉を持っている。
前にアリスに聞いたが、一応は身を守る為の古代遺物は携行しているのだとか。高価なモノらしいから使っているところを一度も見たことはないが。
「ふむ……どうやらここを通ったのは、儂らの他に直近ではいないようだな」
ハンマーを地面に突きさすドーゴン。
「どういうことだ?」
「地下迷宮の魔物は、一度倒したらある程度の時間が経たないと同じ場所には現れんのだ」
「なるほど。つまりここまで魔物と遭遇したということは、俺たちの少し前にここを通った奴はいないということか。じゃあ、違う道を連中は通ったってことか?」
「……いや、そうでもないんじゃないかな」
アリスが地面に手を触れながら言う。
「来た道にだけど、クレスたちが倒したんじゃないデスマッドの戦利品が落ちてたの。中にはまだ泥が乾ききってないものとか、熱が残ったものがあったから、昨日倒した魔物ではないかな。たぶん数時間前に探索者がここを通ったのは間違いなさそうだよ」
「ふむ、ウサギ娘の言うことが正しければこの先にいるということか。クレスよ、儂の持っている地図から大きく地形が変化していなければ、この先は行き止まりだ。おそらくそこに」
「メアと、誘拐した連中がいるわけか。準備はいいか?」
全員が頷く。
俺は影の手が絡みついた足を前に出す。
この先が俺の死に場所の予定というわけか。
今まで影の手が現れ、声が聞こえてから、引き返したことはあっても足を前に出したことは一度もなかった。
だからこの先に行ったら本当に死ぬのかはわからない。
もしかしたら俺が行動したことによって、未来を変えられるのかもしれない。
わからない。
わからないが、エリザやアリス、それにゴードンとその仲間たちだけは、死なせたくはない。
「──よお、やっと来たのか」
丸い空洞地帯。
地形の奥半分は湖が広がっているこの場所で、大勢の人間たちが出迎えてくれた。
全員がしっかりとした装備を整えていて、俺たちにはっきりとした敵意を向けてくる。
「お前が、ウェルダー・ウォーレストか?」
「ああ、そうだ。そういうお前が、クレスとかいう新入りだな?」
連中の中心に立つ男──ウェルダー・ウォーレストは、俺を見て余裕の笑みを浮かべる。
『……やっと死ねるね。ずっとこの時を待っていたんだ』