「くっ、ああああ……ッ!」
肩から真っ二つに食い千切られた左腕。
激痛と目眩が全身を襲い、片膝を突いて奴を見る。
『ぐぎぎぎぎ、あぎゃ? ぐぐぐぐぐ』
さっきまでちゃんとした言葉を喋っていたはずのウェルダーの亡骸は、意味不明な言葉を発しながら、首をかくかくと揺らす。
俺が大太刀で貫いた傷はそのままに、血は流れていない。
確実に殺したはずだ。
だがウェルダーは動いている。
それは生きていたというよりも、生き返ったというよりも──死んだまま動かされていると表現するのが正しい。
「ク、クレス!?」
起き上がったエリザが俺を見る。
その表情は青ざめていて、俺の状態がどれほど悪いのかを物語っているようだった。
「……逃げろ」
俺は背中を向けたままエリザたちに伝える。
右手で大太刀を構えて、ウェルダーだったモノが標的を俺に定める。
けれど、ウェルダーだったモノは首をかくかくさせたまま動こうとしない。
「私も──」
「──エリザ!」
一緒に戦おうとしてくれるエリザ。
アリスやドーゴンたちも、逃げず戦う気でいた。
けれど、エリザと違って表情は恐怖で染まっていて、ウェルダーだったモノの異様さを理解していた。
俺も無理だと思う。
こうして睨み合って、はっきりとわかる。
ウェルダーだったモノは普通じゃない、異常な存在だ。
死霊を操る死霊術師の力が呼び出すアンデットとはレベルが違う。
ここで全員で戦っても、どうせ殺される。
あの声と影の手が示す死は、こいつのことだったんだろう。
「……逃げろ。全員でかかっても、こいつは倒せない」
「嫌だ! もし死ぬんだとしても、殺されるんだとしても、私もクレスと共に残る! やっと一緒にいたいと思える相手と出会えたのに、離れたくなんかない……ッ!」
その言葉がどれほど嬉しいか。
だけど。いや、だからこそ、逃げてほしい。
大切な女だからこそ、一緒に死なせるわけにはいかない。
「いいから逃げろッ! 一緒にいても──」
振り返ると、エリザの口元にタオルのようなものを押し当てるアリス。
興奮気味だったエリザは弱々しく「アリス、どうして……」と言いながら、ゆっくりと目を閉じた。
「ごめん、エリザ。それにクレス」
小さく言葉を漏らしたアリスはエリザの体を抱える。
決して顔を合わせようとしないアリスを見て、俺は笑顔を浮かべる。
「すまないな、嫌な役割をさせて」
「そんなこと……っ! 誰か……誰か、呼んでくるから、だからッ!」
アリスはそう言って走り出した。
ドーゴンたちも死ぬなと、必ず助けを呼んでくると、そう言いながら走っていった。
アリスたちの脚に絡みついていた影の手が、遠ざかっていくにつれ消えていくのを見て安堵する。
「……ここが、俺の死地か」
アリスたちに絡みついていた影の手が俺の脚を、そして全身に絡みつく。
こんなの初めてだ。まるで全身が黒い影の服を着ているような、そんな感じだ。
「あいつらが逃げられるだけの時間は、稼がせてもらうぞッ!」
『ぐぎゃややぎゃやが、ぐぎぎぎぎぎい、うぎゃあ……ッ!』
あいつらが逃げるまでそこでジッと待っていてくれたのか、意外と優しいのかもしれない。
「俺の左腕を食い千切ったが、もしかしたら話せばわかり合えるのかもな」
すぐにそんな考えは失せた。
ウェルダーだったモノは、口からドロッとした液体を煙突から湧き出る煙のように吐き出す。
量にしてウェルダーの体の三倍ほどで、その液体は人の形を作る。
ウェルダーの亡骸は、空気が無くなった風船のように萎んで原型がない。
「……元々が化け物だったのか?」
さっきまで普通に話していた人間から、異形の怪物が生まれた。
人間が変化したのか、それとも元々異形の怪物がウェルダーに化けていたのか。
いや、そんなことどうでもいい。
魔物かもわからないこんな怪物なんて今まで見たことがない。
どう戦えばいいのかも不明。
「だが、やるしかない……。生きて帰る為に」
大太刀を構えて俺は駆け出す。
左腕の痛みはいつの間にか全身を蝕み、立っているのも走っているのもやっとだ。
そんな体で、俺は大太刀を異形の怪物へと振り下ろす。
笑みを浮かべて、無理だとわかりながら、俺は最後まで自分の選択に後悔ないように生きようとした。
「──ぐ、はあっ!?」
異形の怪物の何かに全身を貫かれた。
その瞬間、俺の意識は完全に途絶えた。
♦
『やっと死ねたね』
『うんうん、やっとだね』
『はあ……。もう少し早く死んでくれたら、僕たちも楽だったのに』
『だからわたし言ったのに、言い方をもう少し変えようって。脅えさせたら死んでくれないって』
『だってビビらせた方が面白いだろ?』
『面白い面白くないじゃなくて──っと、彼が目を覚ましたようだよ。それじゃあ──』
──色欲の魔女様、契約の儀の準備が整いました。
目を開けるとそこは、さっきまで俺のいた地下迷宮とは全く違った場所だった。
壁一面真っ白な世界。
鋼鉄の巨大な鳥籠。
その中には、丸いテーブルと二つのイス。
そしてドレスを着た少女が、俺に屈託のない笑顔を向ける。
「随分と長い時を待たせてくれましたね──旦那様?」