「旦那様……?」
紺色の生地に朱色の刺繍で彩られたドレス。
雪のように白い肌に、クリーム色の長髪。
年齢はおそらく十歳満たない、容姿は子供そのものだ。
だが俺をジッと見つめるエメラルド色の瞳と、イスに座った落ち着いた雰囲気は大人びた感じだった。
「まずはこちらへ。話はそれからにしましょう」
彼女がパチンと指を鳴らすと、影の手がイスを引き、マグカップにコーヒーを注ぐ。
魔法のような力だが、詠唱はなかった。それに影の手を操る魔法なんて見たことがない。
とにかくイスに座ることに。
「ここはわたくしの部屋──幻の世界ですので、現実ではありません」
「幻の世界? そういえば俺の腕も……」
「ふふっ。こうして直接お会いするのは初めてですね。わたくしは色欲の魔女──アスリアと申します」
「色欲の魔女……?」
「ええ、そうです」
ニコリと微笑むアスリア。
「魔女というのは……そうですね、今は”不思議な力を持った存在”とでも思っていてください」
「思っていてくださいって、随分とざっくりとした説明だな」
「ここで難しいことを長々と話していても、きっと旦那様は理解できませんでしょうから」
「まあ、そうだな。んで、その旦那様ってのはなんなんだ?」
「そうですね。その説明は少しだけ詳しくいたしましょう」
再びパチンと指を鳴らすと、空中から十四体の指人形がポトンと落ちて横に並ぶ。
「魔女はわたくしを含めて全員で七人います。嫉妬の魔女。強欲の魔女。 憤怒の魔女。怠惰の魔女。暴食の魔女。傲慢の魔女。そして、色欲の魔女」
デコピンで七体の指人形を押し出す。
それぞれ少女の姿をした七体の指人形。
どことなく色欲の魔女の指人形の容姿が、目の前に座るアスリアに似ていた。
「わたくしたち七人の魔女は、この幻の世界でしか生きられません。現実世界からこうして人を呼べても、わたくしたち魔女が現世に行くことはできません。そんなわたくしたち魔女は、とある
「遊戯?」
「この七人の魔女のうち、誰が最も優れているのかを決める遊戯です」
大きくため息をつくアスリア。
「……娯楽のない、この幻の世界の中でしか生きられない、わたくしたちの退屈しのぎのお遊びなのです」
「遊びか」
「ですが、先程も言ったようにわたくしたちはこの幻の世界でしか生きられません。なのでこの遊戯には、現実で魔女の代わりをしてくださる方──代行者が必要なのです」
「つまり、色欲の魔女の代行者に俺が選ばれたということか?」
「おお、察しがお早いですね!」
「いや、まあ話の流れ的にそうかと思ったんだが……マジか」
「ええ、大マジです」
ニコニコと屈託のない笑顔を浮かべるアスリア。
「魔女はそれぞれ代行者に特別な力を与えました。全ては自分の代行者が、他の魔女の代行者を殺す為に」
「殺す……? いきなり物騒な話しになったな」
「遊戯なれど、ちゃんとした目的はありますからね……。そして他の魔女が選んだ代行者よりも上だと証明する方法──いえ、この場合は遊戯の勝敗を決める方法と言った方が正しいですね。その最も簡単な方法が、魔女が力を与えた代行者を殺し、その力を奪うことなのです」
「力を……?」
「はい」
魔女の指人形の隣に立つそれぞれ七体の指人形。
アスリアは指人形を手に取り、一体の指人形の後ろに並べていく。
「魔女の代行者を殺し力を奪うことで、その魔女の持つ力を扱えるようになります。そうして他の六人の魔女の力を奪い、最後に残った代行者とその魔女が勝者ということになります」
「要するに、俺に殺し合いをしろと言うのか?」
「はい、そうなります」
手をパンッと叩いて笑顔を浮かべる。
呆れてため息しか出てこない。
「そんな面倒なこと、なんで俺がしなくちゃならないんだ?」
「それは……ふふっ」
「どうした?」
「いえ、なんだか懐かしいなと思いまして」
さっきまで笑っていたアスリアは、急に真剣な表情に変わる。
「このやり取りもきっと、二度目なのでしょうね……。実は旦那様とわたくしは既に一度、他の代行者に敗北しているのです」
「なに?」
「十年前のことです。旦那様はとある魔女の代行者に敗れました。そこで旦那様もわたくしも──記憶と年齢を奪われました」
「記憶と年齢を奪われた? その魔女の力とかいうのじゃなくてか?」
「当初、この遊戯の目的は、この七人の魔女のうち誰が最も優れているのかを決めることでした。なので勝敗の決め方は、魔女の力を授けた代行者を殺し合わせることです」
一体の指人形を操作して、アスリアは他の指人形たちを次々と倒していく。
だが途中で、倒したはずの指人形を再び起こした。
「だけどわたくしたちに勝利した魔女とその代行者は、どういう目的があってか旦那様を殺さず、代わりに記憶と年齢を奪ったのです」
「じゃあ、俺は……」
「若返った、ということになりますね。人間としてそこは良いかもしれません。旦那様は時を重ねて成長しましたが、幻の世界に生きる魔女は成長しません。なので、わたくしの体はこのように奪われて小さくなったまま止まってしまいました」
ジッとアスリアは俺を見つめる。
「そのままの年齢でいたいのであれば、そこは返してもらわなくても構いません。ですが旦那様の失った記憶と、わたくしの体は元に戻してほしいのです。この小さい体では、わたくしの”力”は不完全のままですから」
今でも可愛らしい感じだが、なるほど、十年の年月が経ったら確かにいい女になりそうだ。
「それと、色欲の魔女として敗れたときに失った尊厳もついでに」
「要するに、やられたらやり返せ、ということか?」
「色欲の魔女として、とってもとーっても優秀で崇高で貴重な力を殺して奪うわけでもなく、ただの年齢と記憶を奪うなんて、こんな馬鹿にされたまま仕返ししないなんて死んでも嫌ですから。もちろん、お願い聞いてくれますよね?」
ニコニコとした無言の圧力を受けながら、俺は大きくため息をつく。