「……マジかよ」
目を覚ました俺の体はすっかり元に戻っていた。
もしかしてあれは夢だったのか?
そう思ったが、左腕は元に戻っても服は千切れていて、お腹周りの服も丸く綺麗な穴ができていた。
そして、目の前にはウェルダーだった異形の怪物。
時が止まっていた、そう考えるのが最もだろう。
「クソが……ッ!」
大太刀を握る腕に力を込め一振り。
大きく開いた口でまた腹を噛み千切られるのを牽制して防ぐと、俺は異形の怪物から距離を取る。
「なんも新たな力に目覚めた感覚はない……。ちっ、自力でなんとかしろってことか」
アスリアは『微力ではありますが魔女の力を与えます』と言っていた。
だがそんな新たな力はなく、変わっていたのは負った傷が治っていたこととこれまでの疲労が癒えたことだけ。
訳わからんが、やるしかない。
俺は大太刀を構え、異形の怪物の動きを見ながらゆっくりと足を前に出して距離を詰める。
『ぐぎ? ぐぎゅぎゅぎゅぎゅうッ!』
「会話しようぜ会話を、なあ?」
対人戦であれば会話から相手が今どんな心理なのか伺える。
感情を怒りが支配しているのか。俺に脅えているのか、はたまた何かを隠し一撃を狙っているのか。
魔物であれば基本的に知能が低く何も考えてないから、力と力のぶつかり合いでいける。
──だが、この見たことも戦ったこともない異形の怪物がどんなことを考えているのか掴めない。
飛び付いて腹部を食い千切ろうとするだけかと思ったら、急に方向転換して左右や後方から狙ってこようとする。
『ぐぎゅうううううううッ!』
「はあ……ッ!」
飛び掛かってきた異形の怪物に大太刀を振り払って牽制すると、奴は寸前で方向転換して大太刀を避ける。
こんな戦闘を繰り返していても体力が奪われていくだけだ。
同じく異形の怪物の体力が切れてくれればそれでいいが、あれに体力という概念があるのか不明だ。
気味悪い鳴き声、というか悲鳴のような声を発する異形の怪物は、動きを止める様子も諦めてくれる様子もない。
であればだ。
「……一か八か、一気に攻めて殺すしかないか」
牽制を続けていても大太刀は異形の怪物の黒い体には掠りもしない。
持久戦になったら、確実に俺の負けだ。であれば一気に攻めて終わらせるしかない。
一か八かの賭けだが、奴の情報の無い俺にはこれしか選択がない。
地面に足を付けたままじりじりと詰め寄る。
異形の怪物は無い首を傾げるように、俺のことを不思議そうにジッと見つめる。
『ぐぐぐっ、グギャアアアアアッ!』
考えるのを止めたのか、もしくはただ立ち止まっていただけなのか。
鳴き声と共に勢いよく飛びついてくる異形の怪物。
大太刀を振って牽制──だがすぐに横っ飛びで避けられる。
「そこだ……ッ!」
俺は一気に避けた方向へと駆け出す。
速度であれば向こうの方が上。けれど前進は速くても横っ飛びは遅い。それに急には止まれないので、地面を擦って滑る隙が生まれる。
そこ目掛けて大太刀を振り下ろす。
異形の怪物はズズズッと横に滑ったまま避けられない。
このまま一撃を──。
『ぐぅぎゃああああッ!』
異形の怪物は自身の体を液体状にする。
全身の比重を右側に寄せて、俺の一撃を最小限にして避ける。
体の中心にあった心臓をずらしたかのようなその動きに、俺は舌打ちをする。
「器用な化け物だなあッ!」
形を変える異形に、俺は力を込めて追撃する。
「
斬撃をお見舞いすると、ずっと攻めていた異形の怪物は避けて逃げるしかできなくなった。
だが心臓であろう部分に当たった手応えはなく、寸前で体の一部を犠牲にして避けられていた。
「牙狼天月! 牙狼天月!」
それでも少しずつ黒い塊が剥がれて、地面に付着するのがわかった。このまま攻撃を続ければ体が小さくなっていき、倒せるかもしれない。
そんな希望を抱いた瞬間、体に異変を感じた。
「く……っ!」
奪われていく体力に左足が急に重く感じた。
左足が膝を突く。だがまだだ。ここで一気にいくしかない。
使いたくはないがこれしかない。
俺は大太刀に全力を込める──。
「
全身に流れる血がマグマのように熱く燃えたぎる。
体中が熱くて、痛くて、苦しい──だけど肉体は限界を超えて、俺の意志に応える。
『ぐぐ?』
目にも止まぬ速度で異形の怪物に接近すると、奴は初めて、短く弱々しい言葉を発した。
それはまるで、自分の死を悟ったかのような反応だった。
人間のような反応に俺は鼻で笑い、一切の力を込めず大太刀を振るう。
「──消えろ」
その瞬間、異形の怪物の体が真っ二つに斬れる。
二つに分断された黒い液体は何かの細胞のように、切断面が繋がろうとお互いを求めてうにゃうにゃと動き出す。
だがすぐに切断面から燃えだし、勢いよく飛散する。
辺りの地面を黒く染めた異形の怪物は一切動かなくなった。
地面に大太刀を突き刺す。
その場に座り込み、ゆっくりと息を吐く。
「なんとか、なったか……」
全身の熱は少しずつ冷めていくのがわかる。
けれど肌を炎で炙っているかのような肉体の痛みは消えることなく続き、呼吸もまだ荒い。
俺はその場に倒れ込む。