地下迷宮への入口。
螺旋階段を上がり、扉を開けた彼は何食わぬ顔でそこにいた。
大勢の探索者たちの表情が青ざめ、ざわつき、まるで死人が現れたかのような雰囲気だった。
そんな静まった雰囲気の中でも、エリザだけは彼の生還を喜んだ。
嬉し涙を流しながらクレスに抱き着くと、愛おしそうに彼の胸板に頬を擦り付ける。
「どういう、こと……?」
嬉しいのはアリスやドーゴンたちも同じだ。
同じなんだ。だがエリザのように素直に喜べない。なにせ”ありえない”という言葉が邪魔をするのだから。
「ねえ、ドワーフ。ボクは夢を見ているのかな?」
「……いや、夢ではない。儂がお主と同じ夢を見るなんてありえない」
「じゃあ、どうしてクレスは生き……いや、左腕が治ってるのさ。だってクレスはボクたちの目の前で──」
あの異形の怪物に喰われた。
そう言おうとしたが、ドーゴンはアリスの言葉を止め、誰にも聞かれないよう小さな声で伝えた。
「それ以上は口にするな。ありえないことが起きているのは確かだ。だが、あやつは失った腕を治し、無事にここまで戻ってきた……。その奇跡を、誰にも知られるわけにはいかない」
「わかってるよ、言われなくても……」
この世界には奇跡の力が存在する。
それは地下深くに眠る古代遺物だ。
古代遺物の中には、死者さえも蘇らせる力を持った物もあるという。
もちろんそんな物を実際に手にした者なんていないから、希望が含まれた噂話に過ぎないが。
ただもしかするとだ。
奇跡的に左腕を元に戻す古代遺物を手にして。
奇跡的に傷を癒してあの異形の怪物を倒して。
奇跡的にここまで戻ってくることができたのかもしれない。
実際はどうかわからないが、もしもそのことを誰かに知られれば、おそらくクレスは命を狙われ続けるだろう。
だからこれ以上は何も言わず、アリスたちはエリザと共に彼の帰還を喜んだ。
♦
「──クレス! 無事で良かった!」
地上まで戻ってくるなりエリザが勢いよく抱き着いてくる。
どうやら無事に戻ってこれたらしい。彼女の笑顔を見れて安心した。
「ただいま」
「……おかえり!」
嬉し涙を流すエリザの頭を撫でながら周囲に視線を向ける。
どいつもこいつも俺が帰ってきた姿を見て唖然としている。
まあ、そうだろう。俺が帰ってきたということは人間たちのリーダーであるウェルダーが敗北したことを意味する。
これで身の振り方を考え、俺に尻尾でも振ってくれればいいのだが……。
「クレス、あの……」
少し遅れて寄ってきたアリスとドーゴンたち。
その表情は、エリザのように無事に帰ってきたことを喜んでいるというよりは、あの場所で俺のことを置いて行ったことに対して申し訳なく思っているようだった。
「お前らも無事だったんだな。良かった」
「クレス……。えっと、ボク、その」
「あれが最善の選択だった。それに結果として無事だったんだ、そんな申し訳なさそうにするんじゃなくて笑顔で出迎えてくれ」
そうやって笑いかけると、アリスはうんうんと何度も頷く。
「おかえり、クレス!」
「ああ、ただいま。ドーゴンたちも、厄介事に手を貸させてすまなかったな」
そもそもアリスやドーゴンたちは俺やエリザとは違い、今回の厄介事に付き合わせてしまった感じだ。
だから謝ったのだが、ドーゴンは俺の背を叩いて大笑いする。
「ガハハハッ! なに、気にするでない。お主に手を貸そうとしたのは儂らの意志、こちらが謝ることがあっても、お主に謝られる理由はない!」
「そうか。だったら、これでお互いに謝るのは無しだな」
「うむ。生還祝いだ、旨い酒と飯を奢ってやろう! クソウサギ娘たちにも奢ってやるぞ!」
「えっ、ほんと!? ありがと、短足デブドワーフ!」
なぜか急にいがみ合いを始めるアリスとドーゴン。
ずっと俺を置いて行ってしまったことを気にしていたのだろう。
無駄に明るい二人を無視して、俺はエリザを見る。
「行くか」
「うん」
俺たちは施設の出口に向かって歩き出す。
そしてふと、こちらをジッと見つめているメアの姿が視界に入った。
彼女はこの輪に加わろうとはせず、ただ遠くでこちらを見つめているだけ。
一言あってもいいと思うのだが。
「メア──」
「──クレス、行くぞ」
無事で良かったな。
そう言おうとしたのだが、エリザに腕を組まれて引っ張られる。
「どうしたんだ?」
「……メアには、今日はまだ話さない方がいい」
「なに?」
そこでやっと気付いた、エリザの真剣な表情に。
それにさっきまでいがみ合っていたアリスとドーゴンも重い表情でメアを見ていた──いや、睨んでいたに近いかもしれない。
まるで喧嘩でもしたかのような、どうしてこうなったのかはわからない。
あなたのせいで私たちは危険な目にあったのよ!
ということでエリザたちがここまで怒るとは思えない。
じゃあどうして?
「──クレスさん」
挨拶も交わさずに施設を後にしようと思ったが、ふと声をかけられる。
振り返るとメアは、にっこりといつもと変わらない笑顔を浮かべながらお辞儀をした。
「ご無事で何よりでした」
俺は「ああ」と短く返事をして彼女に背を向ける。
少しだけあの笑顔が歪な気がしたのは、エリザたちの反応を見た後だからなのか。